ぼくと彼女が自殺をやめた理由

ジェロニモ

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そうしてぼくはやり過ごす

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「おまえこの会社に入ってもう三年になるのに、こんな初歩的なこともできないでどうするんだ、ああ?そもそもおまえは……」
「申し訳ありません」

 ぼくは会社で上司にかれこれ三〇分は頭を下げていた。なお叱られている理由は、提出した企画書の数文字の誤字についてだ。いつもは怒られるようなミスではないが、今日は上司の機嫌がすこぶる悪いようだった。

 この上司は、叱るべき時に叱るのではなく、自分の機嫌が悪い時になにかと理由をつけて人を叱ろうとするダメ人間である。今日はぼくに白羽の矢が立ったらしい。

 ぼくを怒鳴りつけることで機嫌が持ち直したのか、ようやく開放されて自分のデスクへと戻る。

「今日はまた一段とひどかったですね」

 と隣の後輩がヒソヒソと話しかけてくる。見渡せば、他の社員も同情するような視線を本日の犠牲者であるぼくにチラチラと向けていた。

「まあ、またパチンコで負けたんじゃないか?」

 ぼくは目線も向けず、そうおざなりに返事して仕事に戻る。

 実のところさっきのように理不尽に怒鳴られるというのも、周りから可愛そうと思われるのも、以前のぼくからするとそう悪いことでもなかった。

 ぼくの加入している生命保険は、加入から何年か経っていて、保険金目当てでなければ保険金が支払われることになっている。

 だからこういう上司の機嫌によって理不尽にいびられるエピソードは自殺の理由を偽装するのにもってこいなので、大変ありがたかった。

 あの上司のいじめに耐えられなくて退職した同僚や後輩は数多い。だから遺書に上司のいじめ、会社での人間関係に耐えられなかったとでも書いておけば、保険金目当ての自殺だと疑われることもないだろう。理不尽に怒鳴られている場面を録音したデータも同封しておけば尚更だ。

 妹が自立するまで自殺は我慢すると決めたものの、妹に嫌われてるだろうなーという自覚があったとしても。それでも血のつながった家族を一人残してこの世を去るというのはそれなりの罪悪感があった。だからぼくはせめてもの罪滅ぼしに保険金と死ぬまでに貯めた貯金を残そうとしていたのだ。

 上司のおかげで死亡保険もバッチシ。金を消費するようなたいした趣味もないので貯蓄も順調だった。

 けど自殺の予定が無くなった今では、上司のいじめはただただ面倒くさいだけになってしまった。貯金は無駄にはならないだろうけど……。書いていた遺書と録音データはあとで処分しておかないと。万が一妹にでも見つかったら面倒なことになりそうだ。


 ぼくはキーボードを指で叩きながら、今日はあの少女はどこに現れるのだろうかと思考をめぐらせた。
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