ぼくと彼女が自殺をやめた理由

ジェロニモ

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こうしてわたしは死ぬことにした

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 わたしの名前は、蒼井彼方。どこにでもいるような、高校三年生の女子。そんな普通であるはずの私が、昨日自殺しようとした。いじめられているとか、家庭環境が複雑ということは、多分ないと思う。

 わたしはきっと、人の何倍も心が弱い。バカと言われたり、ため息をつかれたり、舌打ちをされたり、陰口を叩かれたり。

 普通の人なら傷つかないような小さな悪意が、わたしには致命傷だ。小さな悪意は私の胸に針となって突き刺さり、抜けることなくどんどん数を増やしていく。

 だからこれ以上串刺しにならないように、わたしはみんなに好かれようと必死に努力してきた。完璧になれば、非難されることはなくなると思ったし、みんなに好かれていれば、嫌なことを言ってくる人もいなくなると思ったから。

 そしてその努力は一定の成果が出ていると自負していたのだ。

 つい先日までは。

「ねえねえ!このまえ出来たカフェのパンケーキがめちゃくちゃ美味しいって良子達が話しててさ、私達もいこうよ!ほらこれこれ」

 具体的に言うなら、今話しかけてきているわたしが友達だと思っていたクラスメイトが、SNSでわたしのことを「誰にでも良い顔をしてキモい」「点数稼ぎが露骨」などと呟いている裏垢を見つけるまでは。

 わたしはスマホに映るパンケーキの画像を見て、笑顔で「えー!おいしそう!」と相槌をうった。

 なお、わたしは甘いものが好きじゃない。仮に提示されたのが自分の食べたいものであったとしても、おまえなんかと食事なんて行きたくないんだよと怒りすら覚えながら、それでもわたしは笑顔を崩さなかった。

 こうやってわたしが嫌われない努力をしているのに、そんなの知るかとばかりにわたしを悪く言う人はいて、その度にわたしの心に針が刺さる。

 自分が今までしてきた努力が徒労であったと気づくと同時に、やはりこれ以上心が串刺しにされる前に、人生をさっさと終わらせた方が傷は浅くて済むとわたしは再認識する。

 昨日はよくわからない男のせいで失敗に終わったが、今度は邪魔されてなるものか。

第一候補だった橋がダメになったことは残念だが、こんな性格なので、死んでしまいたいと思った回数は一桁じゃない。そのたびに自殺に適したスポットの下見をしてきたので、候補はまだまだある。

 わたしは今日こそ自殺する。元友達のくだらない話題に話を合わせながら、そう決意を固めた。

だというのに……その日の夜、死に場所に選んだデパートの屋上には、昨日邪魔してきた男の姿があった。

「なんで、生きてるんですか」

 わたしとしては純粋な疑問だったけど、よくよく考えるとひどい言い草だ。まるで目の前の男に死んでほしいように聞こえてしまう。まあ、消えてほしいとは思っているので、そこまで間違いではないか。

「もともとあの日は自殺の下見に来ていただけだからね。死ぬのは当分先の予定だったんだ。生きがいを見つけたから、もうこれから死ぬ予定も無くなったけど」

 男はそう言ってあくびをした。

「自殺をやめたなら、なんでこんなことろにいるんですか」

 本来ここは、夜になると人がほとんどこないはずの場所だ。なんとなく、で来るような場所じゃない。

「そりゃあ、君が来そうだなって思った自殺スポットに先回りしたんだよ。他の候補場所にもカメラを設置して保険をかけてたんだけど、予想が当たってよかったよ」

 こいつはわたしを探してここに来た。そう思うと気持ちが悪くて鳥肌がたった。

「なんで、そんなことするんですか?」
「それはぼくが見つけた生きがいと密接に関係しててね。聞きたい?」
「……いいです。もう帰るので」

 どこか嬉しそうに聴いてくる男を見ると虫唾が走った。

「お、それは助かるよ。なんせ、君に自殺を諦めさせるためにここに来たんだから」

 その言葉に、踵を返そうとした足が止まった。

「この前ぼくのせいで君が自殺の日を改めたっていうのが快感でさ。じゃあ君を完全に自殺から救ったらどれくらい快感なのかなと思ってね。だからなにか困ってることがあるなら言ってみなよ」

 ペラペラと続ける男の物言いに、カッと頭に血が昇るのを感じた。

「ふざけんなこのクソ野郎」
「君、綺麗な顔して口は悪んだな」

 そう言われてはじめて、自分の口から出る言葉が、随分と荒々しいものになっていることに気づいた。いけない。わたしらしくもない。こんなのいつもなら、軽く受け流して終わりじゃないか。わざわざ話をめんどくさい方に持っていってどうする。

 自分でもそんなことはわかっているはずなのに、「救う」だなんて口にする目の前の男が無性にイライラして、わたしは憤りが抑えられなかった。

「だれかに救われなくたって、死ねばわたしは救われるんだ。おまえなんて必要ない。誰がおまえを幸せにするための道具になんてなってやるもんか」
「そこをなんとか。代わりにぼくに救われてくれないものかと」

 男は「この通り!」と手を合わせて頭を下げる。一見下手に出ているようで図々しいことこの上ないその態度が、わたしの神経を逆撫でする。

「……誰かを救うことは素晴らしいことだと思うので、それはわたし以外にしてください」

 思わず殴りかかってしまいそうな拳を握りしめて、なんとかそう言うに留めた。

 殴ってやればよかったかもしれない。でもこれまで家でも学校でも、嫌われないために、好かれるために色んな感情を押し殺してきたわたしが、こんなやつに我慢の限界がくるだなんて、なんだか負けたような気がしてたまらなく嫌だった。

 わたしはやり場のない怒りに奥歯を噛み締めてその場を去る。男に背を向けてからのわたしの顔は、到底人に見せられるものではなかっただろう。

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