ぼくと彼女が自殺をやめた理由

ジェロニモ

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そうしてぼくは彼女の秘密を知った

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「知ってます?ストーカーって犯罪なんですよ」

 ぼくに気づいた少女は、心底軽蔑した視線をぼくに向けた。

「少なくとも二回、わたしにストーカー行為をしてますよね。まずわたしの家を突き止めるために一回、それで、今日家から出るわたしを尾行したので二回」
「失礼な。ぼくは君が自殺しないように監視していただけだよ」
「ものは言いようですね。警察でも同じことを言ってみたらどうですか」

 ぼくの言い訳は即座に潰された。ひとまず話を逸らそう。

「そのノート、クラスメイトの悪口を書き溜めてるわけ?」

 ぼくが指差すと、彼女はすっと背中にノートを隠した。

「……なんの話ですか?」

 どうやらしらを切る気らしい。

「いや、あんな素晴らしいストレス解消法を持っているのに、それでも自殺を考えるくらいストレスが多いんだなと思っただけだよ」

 彼女は警戒するようにぼくを睨む。

「あなたはどういうつもりなんですか」
「別にどうもしないよ。休日は行動が読めないから万が一自殺をしないようについてきただけだから」
「死ぬなら夜と決めてるので、付きまとわないでください」
「そうか。それは朗報だ」

 とりあえず彼女が仕事中に死んでしまうということはなさそうだった。

「……あなたも死のうとしてたんですよね」

 警戒した様子を崩さないまま、彼女はそう尋ねてきた。

「自慢じゃないけど綿密な計画を立ててたね」
「なんで、死のうとしたんですか?」

 改めて聞かれると、言語化が意外と難しい。どう説明したものか。ぼくは頭の中で、しっくりとくる表現を探した。

「これからの人生への期待値が、ぼくの期待を下回ったから、かな」

 たぶん、それで合ってると思う。

「期待、値……?」

 予想外の単語だったのか、彼女の辞書に記載のない単語だったのか。彼女は不可解な面持ちでそうつぶやいた。

「そう、期待値。別になにか特別な事情があるってわけでもない普通の人生だったけど、これから生きていく上で起こる不幸と幸福と。その差し引きがどうにも合ってないように感じてね」

 そう更に説明するも。彼女はきょとんとした顔をしていた。

「別に人に比べて不幸だと感じたとこは無いんだけど……きっとぼくが高望みしてるだけなんだろうな。これからも平坦な人生が続くと思ったら色々嫌になってさ。そんなことで、って思うかもしれないけど、ぼくにとってはそのことがとても重かったんだ」

 マラソン中、あとどれくら走ればいいんだろうかと、もう止まってしまいたいと思うような、そんな感覚に似ているかもしれない。

「いいと……思います。そういう理由で死にたくなっても、いいと思います。わたしも、そういう一般からしたらそんなこと?って言われるような理由で死のうとしてるので」

 まるで誰に言うでもなく、自分に言い聞かせるように彼女はそう呟く。

「あ、君は絶対死んじゃあだめだけどね」

 と、忘れずに付け加えると、彼女は顔をしかめた。

「自殺を諦めさせたいこちらとしては、君が自殺しようとする理由も聞きたいんだけど。ぼくは正直に話したんだからそっちもさ」

 彼女に初めて肯定的な反応をされて調子づいたぼくは続けて質問を投げかける。

「……教えません」

 しかし好感度が足りなかったらく、すげなくそう返された。

「それは残念だ」

 そう答えて、ぷつりと会話が途絶える。

「……誰にも気づかれず、消えるように死にたいって思ったことはありませんか?」

 意外にも沈黙を破ったのは、ぼくではなく彼女の方だった。

「ぼくは死亡保険がでないと困るから、行方不明とかにされたら困るからなあ。ちゃんと死体を発見してもらう必要があるからね」

 そう言うと、なぜか彼女はすこし残念そうに目を伏せた。

「家族や知り合いに自分の死体を見つかりたくないとか、思わないんですか?」
「ちょっとは思うけど、そういうのを気にしすぎる人は、そもそも死なないと思うし」
「そう、ですよね……」
「ずっと思ってたんだけど、その全然敬ってないことが透けて見える敬語、やめない?」

 ぼくがそう指摘した途端、彼女の身体はまるで魔法をかけられたかのようにピタッと止まった。

「……そんなに、嫌な感じですか?わたし」
「まさか隠せてるつもりだったの?すごいよ。ぼくに対する軽蔑の眼差しが漏れ出てるよ」

 そう答えると、なぜか彼女は急に顔色を悪くして、胸に手を当ててぎゅっと握りこんだ。その様はまるで……

「君は、一体なにに怯えてるの?」
「怯えてなんか、いません」
「いやでもあきらかに」「怯えてなんかない!」

 彼女は目をいからせて叫んだ。多分、こっちの言葉遣いの方が素なんだろうな。

「そうそう。そんな感じで喋ってくれると気が楽でいいよ。この間ぼくにふざけんなクソ野郎って言ったときと同じで、本心って感じがして心地良いから」

「……わたし、嫌なやつなの。さっきのを見ればだいたいわかると思うけど」

 彼女は自分で言ってから、ハッとしたような顔をして口を塞いだ。ついつい口が滑ってしまったような、そんな風だ。

「さっきの」というのは、井戸に叫んでいたあれだろう。

「あのノートは、その日に思った悪口を全部書いてる。それを一週間に一度ここに来て、井戸に向けて叫ぶ。それがさっきやってた、わたしのストレス解消法」

 大方ぼくの予想通りのようだった。

「さっきの様子から見ると、周囲への悪口が溢れまくってるみたいだね。そんなにひどいわけ?」
「多分、わたしの周りは普通だと思う。家も学校も。ただわたしが嫌な奴だからさ。そのくせ、人に嫌われたくないんだ。悪い子がいい子の振りをするのって、結構ストレスが溜まるんだよ」
「君、嫌なやつなのか」
「自分だって悪口はやまほど浮かんでくるのに、そんなこと棚にあげて、他人に悪口を言われるとものすごい傷つく。ほら、嫌なやつでしょ?」

 彼女がそう自嘲して、ぼくは首をかしげる。

「どうだろう。嫌なやつって、悪口を誰かにすぐ言うやつじゃないかな。でも悪口って愚痴られた人も、悪口の標的になる人も嫌な気持ちになるだろ?君は誰にもそんな思いをさせないで、ストレスを自己完結させてる時点で、そこまで嫌な奴じゃないと思うけど」
「わたしが悪口を言わないのは、良い子だからじゃなくて、嫌われたくないだけだよ。嫌われて、自分が悪口を言われるのが怖くてたまらないっていうそれだけの話。わたし、心が弱いからさ」

 彼女はそうやってまた自嘲する。まるで自分はダメな人間なんだと決めつけるような言動が、ぼくはどうにも気に触った。

「だからわたし、みんなに好かれる良い子でいようと頑張ってたんだ。でも良い子な私のことを嫌いな人もいるみたいでさ。なら、もうどうしようもないなって思ったわけ」


 ああ、今話しているのは彼女が自殺をすることにした理由なのだろう。

「……なんか、喋りすぎたかも」

 彼女は眉を寄せて、口を尖らせた。

「すごい饒舌に口を滑らせてたよ」

 そう言うと彼女はぼくをキッと睨みつけた。

「たぶん……君は優しすぎるんだな。もっと嫌な奴になるべきだ」
「わたしの話、聴いてなかったの?」

 彼女は呆れたようにため息をついた。

「聴いてたよ」
「ならなんでそんな結論になるの。おまえに気とか使れても気持ち悪いだけなんだけど」

 本心から出た言葉だったのに、どうにも彼女は不服そうだった。

「普通は、もっと手っ取り早くて、他人を不快にして自分だけスッキリする方法を選んでしまうんだよ。こんな誰も傷つけない方法を選ぶ時点で、君は優しすぎるんだよ」
「だからそれは、嫌われたくないからで……」

 彼女はうんざりした様子でそう反論する。でもそれは違うのだ。

「嫌な奴っていうのはね、他人にどう思われようと傷つかないよ。どうでもいいと思ってるからね。君が嫌われるのを怖がるのは、嫌な奴だからじゃなくて、優しいからだよ。君は相手がこんなことをされたら嫌って思うだろうなって考えられる、思いやりのある人間なんだ。だから傷つきやすいんじゃないかな」
「……やめて」

 なぜか、彼女は怒っているみたいだった。その反応は、まるで自分が優しいというぼくの主張をなにがなんでも認めたくないような。

「だからまるで自分がダメなやつなんだっていう風に自虐的に笑うの、やめなよ」
「……やめてよ。どうせわたしはもうすぐ死ぬんだから、わたしが優しいとか嫌な奴とか、もうどうだっていいよ」
「それこそどうせ死ぬつもりなら、後先なんて考えず、最後に全部ぶちまけてみればいいじゃないか?そのノートに書いてるようなことを全部。案外スッキリして死ぬ気もなくなるかもよ」

 彼女はなにも答えず、ムスッとした表情でぼくの横を通り過ぎていく。どうやらお帰りのようだ。

「君は自分より人のことを考えるような良い子でいることをやめて、もっと嫌なヤツになるべきなんだ。クラスのやつらをどれだけ傷つけようと、何を言われようとどうでもいいって思うくらい嫌な奴に。そうすればもうちょっと生きやすくなると思うよ」

 ぼくはずかずかとすこし大股で去っていく彼女の背に、最後にそう投げかけた。
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