13 / 23
そうしてぼくに後輩ができた
しおりを挟む「おまえ、本当にわかってんのか?そんなんだから……」
「もうし、申し訳ありません」
クソ上司の今日の犠牲者に選ばれたのは後輩だった。まだ入社してきて一年も経たない新入社員だ。
別にぼくが指導係というわけでもないけど、デスクが隣のせいか、よく話しかけてくるやつだった。それに対してぼくはいつも面倒くさいなと思って、すげなく返事をしていた。
彼からしたら、会話の続かない、さもやりにくい先輩だったことだろう。
そんな彼は、今にもぶっ倒れるんじゃないかってくらい息を荒くして、クソ上司に震えた声で謝罪している。理由はぼくが叱られたときと同じイチャモンじみた理由だった。
パニックになると過呼吸になることがあるというが、多分彼も今そんな感じだと思う。だというのに、クソ上司は彼の異変に気づく様子もなく、気持ち良さそうに怒りをぶつけていた。
いや、気づいたとしても、どうせ心配なんてしやしないだろう。
以前のぼくだったら、知らんぷりしていただろう。またやめるかもしれないなーと他人事のように考えていたと思う。
なのに今日に限って、涙を流すあの少女の姿が頭をよぎった。
「沢村さん、そのくらいにしてあげてくださいよ」
ぼくはぺこぺこと下手に出ながら、二人の間に入った。近くに来たことで、後輩の顔色の悪さや額にべっとりと浮かぶ脂汗がより一層目についた。
「なんだおまえ」
「見てください。今野くん、うまく息ができなくなってるじゃないですか。倒れたら問題になると思いますよ。そして問題になった時、矢先に立たされるのって誰でしょうね」
「倒れたとしたら体調管理のできて無いこいつの責任だろうが」
「ぼくはあなたって答えますけど」
「なっ、おまえ」
神経を逆撫ですると、血管を浮かび上がらせてプルプルと震えるクソ上司。このまま血管が切れて、死んでくれればいいのになとふと思った。
「多分、この部署の全員が、あなたと答えると思います。だってみんなあなたのこと嫌いですから」
ぼくがそう追撃すると、本当に血管が破裂するんじゃないかってくらい怒鳴り散らし始めたが、今までの僕に対する理不尽な罵倒を録音したデータを出したら嘘のように静かになった。
本当は、自殺した時社内で精神的に追い詰められていたという証拠として使うつもりでいたのだが、遺書と一緒に処分しなくてよかった。
「あの、ありがとうございました。冷たい人だと思ってたけど、相浦さんって、結構優しいんすね」
隣の席からまだ顔色の悪い後輩が頭を下げてきた。
別に彼のために口を挟んだわけじゃない。彼を通してあの少女のことを思い出しただけだ。
自分も人のことを気遣うことができるのだと、だから彼女をもう傷つけないこともできるのだと、そう証明したかっただけだ。
そんな自分勝手な理由も知らず、ぼくに感謝をしてくる後輩に、胸がずきっと傷んだ。ああ、ぼくが以前あの少女に「優しい」と言ったとき、彼女もこんな思いをしたのかもしれない。
あのときも、ぼくは彼女を傷つけていたのか。
「それは多分、普段悪いことしているやつがちょっと良いことをするだけで褒められるみたいな、そんな感じだよ。今回はたまたま助けただけで、いつも見て見ぬ振りをしてきたんだ。だから感謝なんてしなくていい」
じゃないと、そのキラキラした目を向けられる度、罪悪感で押しつぶされそうになる。
ああ、また面倒くさいことを言ってしまった。こういう余計なことを言ってしまうところも、空気が読めないというやつなんだろう。
「でも、何事も結果が大事じゃないっすか。相浦さんが助けてくれたのは事実なんだから、感謝くらい素直に受け入れてくださいよ」
しかし、彼は気にする様子もなく屈託のない笑顔を浮かべた。
「……とりあえず善処はしてみるよ」
「ぜひお願いしますよ!」
ぼくの逃げるような中途半端な答えに、しかし彼は笑顔をさらに輝かせた。
いままでだってぼくの後に会社に入社したやつはたくさんいる。こいつだって、今までずっと隣のデスクで働いていたわけで。
だけどぼくには本当の意味での後輩というものが、今初めてできた気がした。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
今さらやり直しは出来ません
mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。
落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。
そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎
倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。
栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。
「責任、取って?」
噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。
手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。
けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。
看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。
それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる