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こうしてわたしはあの男の正体を知る
しおりを挟む「ちょっとトイレ」と相浦が席を立ったことで手持ち無沙汰になったわたしは、なんとなしに周りを見渡す。すると、棚の上に立てかけられた一枚の写真が眼に止まった。おそらく家族写真だ。そこには両親らしき大人が二人。今よりもだいぶん幼い相浦。そして、相浦の隣に立つあの男にそっくりな、けれど少し幼い青年が写っていた。
それがあの男だと、わたしは直感的に確信していた。
相浦がトイレから帰ってくる。
「ね、ねえ、これ」
震える声で、わたしは写真を指差す。
「ああ、家族写真だよ。見ればわかるだろ?」
「それは、そうなんだけど。その、この人って……」
「あーそうそう。それがさっき話してた兄ちゃんだよ」
あっさりとそんな回答が返ってきた。
「死ぬのは当分先の予定だった」「生命保険があるから行方不明は困る」
目の前の同級生を見て、あの男のそれらの発言に納得がいった。
……嘘つきじゃないか。特別なことはなにもないなんて、嘘じゃないか。親が亡くなって、一人で妹を養って。特別なことしかないじゃないか。わたしと違って、なにもないことないじゃないか。
自分と同じだと、勝手に仲間意識のようなものを持っていたわたしは、勝手に裏切られた気持ちになった。
「この人、なの」
迷ったのち、わたしは相浦にそう告げた。
「は?なにが?」
「だから、わたしの自殺を止めようとしてる人が、相浦のお兄さん……ぽい」
豆鉄砲を食らった鳩という表現はこういう顔を指すんだろう、相浦はそんな顔をしていた。
「なんだよ、それ……」
わたしの突拍子もない発言を咀嚼した彼女が絞り出した声に、胸がきゅっと締めつけられた。
「ごめん」
「なんで、あやまんだよ。それが本当なら、むしろ恩人だろ。おまえのおかげで自殺やめたんだろ?うちの兄ちゃん」
そう、なるのか。
「でも、それが本当なら、自殺、考えてたってことだよな」
彼女は沈んだ声でそうつぶやく。その瞳は、不安げに揺れている。ああ、そうだ。やはり相浦にこのことを伝えるべきではなかった。
「もう、死なないんだよな。大丈夫だよな?」
相浦は、まるで悪夢をみた子供のように上目遣いでわたしに尋ねる。
「うん。むしろ生きがいを見つけて生き生きしてるみたいだったけど」
嘘ではない。わたしと会う時の男は本当に、ムカつくほどに生き生きしていた。
「わたしの、せいかなあ……」
それは相浦から出たものとは思えない弱々しい、震えた呟きだった。
「それは……違うよ」
だってそうじゃないか。
「あいつ、生命保険に入ってるから、死体を見つけてもらわないと困るって言ってた。それって、お金を残したい人がいるってことでしょ?」
その相手は、相浦しかいない。
「自殺も、するのは当分先のつもりだったって言ってた。多分、相浦が自立するまでは、生きる気だったんだと思う」
相浦がいるから、あいつは生きてた。
本当は、感謝しなきゃいけないのはわたしの方だ。あの男が自殺をためらったのは、ただただ妹の、相浦のためだったのだから。
「あいつが今まで生きてきたのは、相浦がいたからだよ。あいつの命の恩人は、わたしなんかじゃない。相浦の方だ。
「相浦のおかげであいつは死ななくて、そのおかげてわたしの命は救われた。だから、命の恩人がそんな情けない顔しないでよ。もっと、えらそうな顔してよ」
「……うん」
相浦には似つかわしくない可愛らしい声を出して、コクリと頷いた。
そういえば、兄弟ということは当たり前だがあの男も、相浦ということになる。
今度、紛らわしいから相浦のことを橙子と下の名前で呼んでもいいかと、そんなもっともらしい理由をつけて持ちかけてみよう。密かに下の名前で呼びたいと思っていたわたしはそんなことを考えた。
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