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感情という合理的判断にもっとも邪魔な産物
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「小川さん、こない……ね」
春風さんが、小川さんの席を見て、夏休みに入ったときと同じセリフをつぶやいた。でもその表情は、あの時よりもずっと辛そうに見えた。
結局、小川さんがやる役は別の人に頼むことになって、夏休みが終わっても彼女が学校にくることはなかった。
それでもクラスの人達はごく少数を除いて、まるでなにもなかったようにワイワイと本番にむけて準備を進めている。浮かない顔をしているのは、春風さんに、大助、金髪イケメンも笑ってはいるものの、その笑顔はどこか曇っているように見えた。
そして、林さんも浮かない顔をしている一人だった。
そう。小川さんを責め立てていた林さんだ。小川さんが学校に来なくなったことで、その引き金となってしまった林さんは今、クラスで孤立していた。仲が良かったはずのグループともほとんど話をしていないようで、みんな彼女を腫れ物のように扱っている。
だから彼女が自分がハブられていることに心を痛めているのか、それとも小川さんを不登校に追い込んでしまったことを後悔しているのか。それは判断しかねた。
クラスのみんなが林さんを避ける理由である、小川さんが不登校になったことも、本当に林さんが悪いかと言われるとぼくはわからない。
小川さんは劇の練習をサボった。実際に読モの仕事でいけない日も結構あったらしいけど、それは事実だ。その事においては確実に小川さんに非があるだろう。だから、たまたま最初に我慢の限界が来て、不満をぶつけたのが林さんだったというだけの気もするのだ。
それに小川さんが責められている時、誰も止めに入らなかったじゃないか。林さんが小川さんに、「文句を言おうってみんな思ってた」って言ったとき、誰も否定しなかったじゃないか。
それなのに林さんに全ての責任があるみたいな、それでいて林さんのことも小川さんのことを、もう忘れましたってみたいに明るいクラスの雰囲気が、ぼくにはなんだか、すごく居心地が悪かった。
……そして、誰よりもとりわけ元気のないやつがもうひとり。ぼくは、そいつの席まで歩いていく。
「小川さん、今日も来ないな」
学校用の前髪ぼっさぼさのウィッグで顔が見えなくてもわかるくらい、七瀬はそのどんよりとした雰囲気を隠しきれていなかった。
「……別に。顔を見なくなってせいせいするわよ。というか学校で話しかけて来ないでくれる?」
「別にいいだろ。ぼくらを気にしてるやつなんていないさ。自意識過剰か?」
七瀬は口では強がっているものの、声に力がこもっていない。いつもの威勢はまったく感じられなかった。
彼女が異様なまでに嫌っていることは、目立つこと。仲の良い春風さんとも学校で会話をしないようにするくらい、目立たないことを徹底している彼女が、注目されている中、崩れ落ちた小川さんを助けるなんて目立つことをしたのだ。その言葉が本心でないことは明らかだった。……こいつは、ツンデレだからな。
……もしぼくが、クラスのみんなに小川さんが参加してこなかったワケを正直に話しにいこうと言っていれば。小川さんを責め立てる林さんを止めに入っていれば。こんなことにはならなかったのだろうか。
人に転生したいなら、過去に戻れるのはあと一回だと青鬼さんは言っていた。その一回は、もうコミケの時、七瀬を脅迫してしまったことで使ってしまった。それに精算しなきゃいけない罪はなにも今回だけではない。だからこれは、まさしく意味のない仮定なのだ。
「まあ、いいではないか。役は交代して、本番への影響は少ないのだ。そもそもおまえの目的は劇の成功ではなく、西宮大助と春風渚をくっつけることなのだ。劇は手段にすぎない。目的を忘れるんじゃないぞ」
落ちこんでいる僕を気遣ったつもりなのか、珍しく閻魔ちゃんがもっともなことを言い出した。そう。ぼくの目的は大助の恋を成就させて、地獄行きになるのを阻止することだ。
春風さんは落ち込んでいるようだけど、むしろそれも慰めるさせることで距離が縮まる要因にすらできるかもしれない。
「そうだな。閻魔ちゃんの言うとおりだよ」
「……なによ、閻魔ちゃんって」
脈絡もなくなにか変なことを言い出したぼくに、目の前の七瀬が怪訝そうに声をかけてきた。
……僕は正直、どっちでも良いと思っていた。小川さんの特訓がうまくいって役をやってくれても、ダメで交代してしまったとしても、どっちでも。そのはずだったのに……。
やっぱり役の練習を手伝ってしまったのは間違いだったのかもしれない。ぼくは大きなため息をついた。そして、
「なあ七瀬。実はぼく、未来からきたんだぜ」
笑顔でサムズアップした。
「……は?」
七瀬はぼくの突然の奇行にキョトンとしていた。そして例のごとく、ルールを破ったぼくの視界は真っ暗になった。
春風さんが、小川さんの席を見て、夏休みに入ったときと同じセリフをつぶやいた。でもその表情は、あの時よりもずっと辛そうに見えた。
結局、小川さんがやる役は別の人に頼むことになって、夏休みが終わっても彼女が学校にくることはなかった。
それでもクラスの人達はごく少数を除いて、まるでなにもなかったようにワイワイと本番にむけて準備を進めている。浮かない顔をしているのは、春風さんに、大助、金髪イケメンも笑ってはいるものの、その笑顔はどこか曇っているように見えた。
そして、林さんも浮かない顔をしている一人だった。
そう。小川さんを責め立てていた林さんだ。小川さんが学校に来なくなったことで、その引き金となってしまった林さんは今、クラスで孤立していた。仲が良かったはずのグループともほとんど話をしていないようで、みんな彼女を腫れ物のように扱っている。
だから彼女が自分がハブられていることに心を痛めているのか、それとも小川さんを不登校に追い込んでしまったことを後悔しているのか。それは判断しかねた。
クラスのみんなが林さんを避ける理由である、小川さんが不登校になったことも、本当に林さんが悪いかと言われるとぼくはわからない。
小川さんは劇の練習をサボった。実際に読モの仕事でいけない日も結構あったらしいけど、それは事実だ。その事においては確実に小川さんに非があるだろう。だから、たまたま最初に我慢の限界が来て、不満をぶつけたのが林さんだったというだけの気もするのだ。
それに小川さんが責められている時、誰も止めに入らなかったじゃないか。林さんが小川さんに、「文句を言おうってみんな思ってた」って言ったとき、誰も否定しなかったじゃないか。
それなのに林さんに全ての責任があるみたいな、それでいて林さんのことも小川さんのことを、もう忘れましたってみたいに明るいクラスの雰囲気が、ぼくにはなんだか、すごく居心地が悪かった。
……そして、誰よりもとりわけ元気のないやつがもうひとり。ぼくは、そいつの席まで歩いていく。
「小川さん、今日も来ないな」
学校用の前髪ぼっさぼさのウィッグで顔が見えなくてもわかるくらい、七瀬はそのどんよりとした雰囲気を隠しきれていなかった。
「……別に。顔を見なくなってせいせいするわよ。というか学校で話しかけて来ないでくれる?」
「別にいいだろ。ぼくらを気にしてるやつなんていないさ。自意識過剰か?」
七瀬は口では強がっているものの、声に力がこもっていない。いつもの威勢はまったく感じられなかった。
彼女が異様なまでに嫌っていることは、目立つこと。仲の良い春風さんとも学校で会話をしないようにするくらい、目立たないことを徹底している彼女が、注目されている中、崩れ落ちた小川さんを助けるなんて目立つことをしたのだ。その言葉が本心でないことは明らかだった。……こいつは、ツンデレだからな。
……もしぼくが、クラスのみんなに小川さんが参加してこなかったワケを正直に話しにいこうと言っていれば。小川さんを責め立てる林さんを止めに入っていれば。こんなことにはならなかったのだろうか。
人に転生したいなら、過去に戻れるのはあと一回だと青鬼さんは言っていた。その一回は、もうコミケの時、七瀬を脅迫してしまったことで使ってしまった。それに精算しなきゃいけない罪はなにも今回だけではない。だからこれは、まさしく意味のない仮定なのだ。
「まあ、いいではないか。役は交代して、本番への影響は少ないのだ。そもそもおまえの目的は劇の成功ではなく、西宮大助と春風渚をくっつけることなのだ。劇は手段にすぎない。目的を忘れるんじゃないぞ」
落ちこんでいる僕を気遣ったつもりなのか、珍しく閻魔ちゃんがもっともなことを言い出した。そう。ぼくの目的は大助の恋を成就させて、地獄行きになるのを阻止することだ。
春風さんは落ち込んでいるようだけど、むしろそれも慰めるさせることで距離が縮まる要因にすらできるかもしれない。
「そうだな。閻魔ちゃんの言うとおりだよ」
「……なによ、閻魔ちゃんって」
脈絡もなくなにか変なことを言い出したぼくに、目の前の七瀬が怪訝そうに声をかけてきた。
……僕は正直、どっちでも良いと思っていた。小川さんの特訓がうまくいって役をやってくれても、ダメで交代してしまったとしても、どっちでも。そのはずだったのに……。
やっぱり役の練習を手伝ってしまったのは間違いだったのかもしれない。ぼくは大きなため息をついた。そして、
「なあ七瀬。実はぼく、未来からきたんだぜ」
笑顔でサムズアップした。
「……は?」
七瀬はぼくの突然の奇行にキョトンとしていた。そして例のごとく、ルールを破ったぼくの視界は真っ暗になった。
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