便利屋リックと贄の刑事

不来方しい

文字の大きさ
13 / 36
第二章 便利屋として

013 竃には背後を振り向く

しおりを挟む
 情報網はネットが主流だが、泥臭く足使う方法にはいつの時代も敵わない。
 マスコミが決して取り上げないところに、思わぬ大穴が潜んでいるものだ。
 ベンチで口を開けたまま真ん中にどっかり座る男性に、紙袋を渡す。屋台で購入したホットドッグはまだ熱々で、同じ箇所を持っていられない。
「いいのか?」
「交換条件だ。あなたはそこの屋敷で事件があったときも、ここにいたんじゃないのか?」
「ああ、いたよ」
 さらっと爆弾を投下し、ホームレスは紙袋を漁る。
「何があったか教えてほしい」
「そうは言ってもな。屋敷のばあさんじゃない人が出入りしてたってくらい」
「どんな女性?」
「背の小さい……顔は知らん。近くで見ていなかった。あと男もな。腕に刺青を入れてあった」
「男? どんな刺青だ?」
「分からんな。羽があった気がする」
 ホームレスは決して綺麗な食べ方ではなく、コールスローをぽろぽろ零す。
 木に止まる鳥が視線を外さず見下ろしている。
「刺青の男……」
「俺以外にも聞き込みをしたらどうだ? アンタ警察か?」
「いや……便利屋だ」
 ホームレスの男性は意外そうな顔をする。
「便利屋なんてのは警察みたいなこともするんだな」
「まあね。情報ありがとう」
 彼に持っていたガムを渡し、リックはベンチを立つ。
 近隣住人には聞き込みはした。刺青の男の存在は誰も明かさなかった。目立つ男性がいれば、おしゃべりな女性は必ず話題にするはずだ。
 屋敷は相変わらずテープが張られ、何人たりとも受け入れは許可しないとはねのけている。
「また来たのか」
「やあ、歓迎してくれて嬉しいよ」
 手を上げて答えると、キム刑事はげんなりとした表情で腕を組んだ。
「ギルバート刑事は?」
 ちょうど屋敷から出てきた。目の下には隈ができ、心なしか頼りなく感じる。
「少し痩せたんじゃないか?」
「そう見えるか?」
「ドーナツを買ってくれば良かったよ」
「俺の好物のうちの一つだ。で、何しにきた」
「刺青を入れた男が出入りしていたって聞いたんだけど、」
 ウィルの目が細まる。肯定しているようなものだ。
 ウィルはキム刑事を一瞥すると、
「誰が言っていた?」
「ホームレスからの聞き込みで知った。でもアメリカだと刺青を入れている人なんて山ほどいるけどね」
 ウィルは頭を豪快にかく。
「男が入ってくのを見たって。多分、そっちが持ってる情報ほど詳しいものはないよ。どんな刺青かなんて、分からないし」
 竃の件を聞こうとしたとき、近くにカメラを持った男性たちがいるのを目の端で捉えた。おそらくテレビ局か何かだろう。
「……今日は帰れ」
 今日は。確かに彼はそう言った。明日なら来てもいいのか。
 ウィルはうろつくカメラマンに見向きもしないで、踵を返す。彼はなんだかイライラしていた。思っているほど捜査は進んでいないのかもしれない。リックの持つ情報もあまり役に立ちそうにない。
 仕方なくリックも屋敷を離れようとすると、先ほどのホームレスが待ち構えていた。
「どうしたんだ?」
「箱の中身は何が入ってたんだ?」
「箱?」
 そういえば……ふと思い出す。
 屋敷へは行ったのは一回だけではない。誰かからの依頼で、運び屋も行い、二度彼女の屋敷へ行っている。
「もしかして、刺青の男を見たって言ってたのは、僕が箱を置きにきたときか?」
「そうだ」
 なんてこった、とリックは頭を抱えた。そんな大事なことを自分自身も忘れていたなんて。
「僕が置きにきて、どのくらいで取りにきた?」
「わりとすぐだ。屋敷の人が出てくるのか確かめていただろう? お前が帰った後にタイミングよく」
 リックが帰るところも見張っていたことになる。
「庭から男が出てきて、お前が置いた箱を持ってどこかに行った」「屋敷の中から出てきたわけじゃなく?」
「屋敷だろう? 思い出したんだが、刺青の位置は左腕だ」
「……そうだな。僕が間違っていた」
 庭も立派な屋敷の一部だ。こればかりはお互いの相違があったと思うほかない。
「ありがとう。助かったよ」
「解決できるといいがな。ガムのお礼だ」
「もう一つあげるよ」
 最後のガムを彼に渡し、リックは家に戻った。
 言われた通りおとなしくするつもりもなく、刑事にメールを送りパソコンの電源をつける。
 すると、すぐに返事が来た。
──コーヒー頼む。
 いつからカフェ店員になったのか。
 リックはキッチンに行くと、手ぶらでは来ない彼を予想して苦めのコーヒーを入れた。
 インターホンが鳴り、リックは玄関を開けると、想像とは異なるウィルの姿にがっかりする。持つ袋には、とろけるチーズの絵が描いてあった。
「ドーナツと予想したのに」
「ピザの気分なんだよ」
 急いで来たのか、ネクタイが歪んでいた。ウィルはさらに歪みを加え、ソファーにどっかりと腰を下ろす。
「熱いコーヒーとピザなんてなかなか素敵な組み合わせだね」
「ホットコーヒーだと? アイスコーヒーじゃなく?」
「……なんて日だ。今日はいろんな人と意思疎通が取れてないよ。ピザ買ってくるならそう言ってくれ。気分はドーナツだったのに」
「何の話だ」
 油っこいものは得意としないリックだが、それでもジャンクフードはたまに食べたくなる。気を使ったのか、シンプルに生地が薄めのペパロニピザだ。
 今日あった一連の話を、リックはピザに手を伸ばしながら説明をする。ホットコーヒーとピザが合うかは別の話だ。
「するとお前は、竃の掃除をした後に、誰かからの依頼で箱をまた屋敷に届けたのか?」
「ああ。一応、違法なものではないと契約は交わしたけどね。中は見見てないけど。僕が去った後、刺青の男がすぐに来て箱を持ち去ったってホームレスからの情報」
「……刺青の男は、お前は追わなくていい」
「なんで?」
「リック」
 ウィルはピザを持ち上げた手を下げた。チーズが伸びに伸びて、皿に水たまりを作っている。
 リックはなんだか身が縮こまる。もったいない、と自分の分でもないのに残念に思う。
「お前はこの事件は一つの事柄だと思うか?」
「どういうことだ?」
「まんまの質問だ。課題をそれぞれ分離して考えるのが近道の場合もある。それとあまり暴れ回るな。お前は与えられた仕事をきっちりこなした。それでいい。後始末は俺たちの仕事だ」
「食べ散らかした後は誰が片づけるんだよ」
「俺がやろう」
 ウィルはテーブルへ向けて両手を大袈裟に広げた。
「いいか、嬢ちゃん。便利屋と警察の違いは分かるな? 聞き分けのない市民を守るのも俺の仕事なんだ」
「大変な仕事だな」
「ああ、本当に」
 ウィルは皿に残ったチーズも綺麗にかき集め、一気に口に入れた。これでチーズが無駄にならないで済む。
「事件解決のために便利屋をこき使う手もあるぞ」
「民間人の手を借りるほど人出不足じゃない」
「やけに手を引けっていうのは、事件から? 刺青の男から?」
 ぎろりと睨み、ウィルは二枚目のピザを取った。
 半分ほど口にしたところで、痺れを切らしたリックももう一枚手を伸ばした。
「言わないってことは、どちらか正解があるってことかな。それと、竃の件なんだけど」
「ああ」
「屋敷の女性は……やっぱりそうなのか?」
「やっぱり、そういう、ことだ」
 一言ずつ区切って話す彼は、それが真実だから手を引けと言っているような気がした。
「お前が綺麗に掃除をしたようたが、竃にはまだ煤が残っていた」
「はあ…………」
「ため息も吐きたくなるだろうが、お前は口にしたわけじゃない」
「あのクッキーって本当に焼いたものじゃなかったのか? そうだよな? そうだと言ってくれ」
「言っただろう。あれは店で売っている。例え竃で焼いたクッキーだったとしても、お前自身は竃にぶち込まれずに済んだんだ。運が良かった」
「僕が会ったおばあさんは捜査中?」
「ああ」
「刺青の男も?」
「お前は犯人と思わしき人物に一度会っている。次会ったらやられるぞ……おい」
「ごめ……ちょっとまずいかも」
 とろとろのチーズがぼとりと皿に落ち、生地も形を崩しながらテーブルに落ちた。
 リックは口元を押さえてソファーにうずくまる。目の奥がちかちかし、霞んで肩で大きく息をした。何かが逆流し、息をさせまいと喉の奥を締めつける。
 ウィルはゴミ箱を口元に持っていき、荒々しく背中を大きく擦る。
「…………むり」



 数時間前よりも綺麗になったテーブルと空になったゴミ箱に、リックはいたたまれない気持ちになる。
「なんだよ……ほんとに」
 胃液もすっからかんになった胃は小さくなるが、またもや何か入れる気にならなかった。入れてしまえば、罪のない竃すら憎いという感情に蝕まれるだろう。このまま二度とピザ屋に入れなくなるなんてごめんだ。
 世話焼きのロサンゼルス刑事は、部屋掃除も得意らしい。リックの吐き出した異物もきっちり片し、電話に呼ばれてさっさと帰ってしまった。
 お礼すら言えなかったのは、気持ちが追いつかなかったのと、疑問が勝ってしまったからだ。
「いちいちなんでこんなに世話を焼くんだ……」
 押し留めている気持ちが溢れそうで、よれよれのタオルケットを強く掴んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される

水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。 行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。 「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた! 聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。 「君は俺の宝だ」 冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。 これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...