キミに処刑場で告白をする

不来方しい

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第一章

06 ブルーダイヤモンドの出会い─⑥

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 フィンリー・S・セーラスケルトの店は、サンシャイン通りの中、つまり駅から直行という判りやすい立地にあった。
 ドラッグストア入っているビルの中に入っていて、エレベーターで三階まで上がるとドアにプレートがある。
「pécheur……アンティークショップ・ペシュール」
 たいそうな名前だ。フランス語で罪人。
 ドアベルとともに出迎えてくれたのは、顔立ちの整いすぎた店主ひとりだ。
 フィンリーは深々と一礼し、にこやかな笑みを見せた。
 棒立ちのままでいると、
「いかがなさいましたか」
 とフィンリーは首を傾げる。
「フィンリーさんは作り笑顔より、馬鹿者って叫んだときの方が好きだな」
「……………………」
「いや、笑顔もいいけれども!」
「左様でございますか。こちらへどうぞ」
 なんとも言えない、冷蔵庫の中の腐ったピーマンと出くわしたときのような顔をして、フィンリーは踵を返した。
 ガラスケースにはジュエリーがいくつも並んでいる。金額は数千円から数万円ほどで、背伸びをすれば買えるようなものばかりだ。
「アンティーク・ディーラーのお店なので、もっと高いものが並んでいるのかと思いました」
「高価なものは金庫に入れて保管してあります。もちろん、英田様の指輪も。奥の部屋は商談部屋となっていて、お客様とやりとりをするのは主にそちらで行います。では参りましょうか」
 商談部屋は殺風景な部屋だった。ソファーとテーブルのみで、観葉植物の一つも置いていない。冷房機の音だけが響いている。
「お飲み物を準備致しますので、少々お待ち下さい」
 フィンリーは一度下がると、トレーに二つグラスを乗せてきた。
 水色はオレンジ色。たっぷりの氷に負けないくらい透き通っている。濁りがない。
「アイスティーはお好きですか?」
「好きです。これ、出来合いのものじゃないですよね?」
「私が淹れました」
 気のせいではなく、話すスピードが早くなりフィンリーはどや顔に見えた。
「茶葉はニルギリ、スリランカのものです」
「はあ! こんなにうまく淹れられないですよ、俺。アイスティーだと余計に濁るし」
「温度が下がるとタンニンとカフェインが結合してしまい、濁る原因となるのです。クリームダウンやミルクダウンと呼ばれていますね。方法としては、急激に冷やすか砂糖を入れて結合させないようにするか、工夫次第できれいな水色になります」
「…………難しいってことですか」
「慣れの問題です」
「沖縄で会ったときも紅茶飲んでましたけど、妙な横文字を話してましたよね」
「ダージリン・セカンド・フラッシュですね。夏に摘まれた茶葉という意味です。独特の渋みがくせになります」
「美味しいってことですか」
「個人的には春摘みのファースト・フラッシュが好みです」
 いよいよ判らなくなってきたとき、フィンリーは指輪の話に切り替えた。
「たいへん稀少なものを拝見しました」
「ってことは、何かの贋作ってこともないんですね」
「十九世紀、フランスで作られたアンティーク・ジュエリーになります」
「そんな途方もない昔ですか」
「ええ、そうですね。先ほど、何かの贋作という話がでましたが、贋作といえば贋作です。マリー・アントワネットをご存じですか?」
「ギロチンにかけられた人ですよね?」
「嘲笑的なイメージがついてしまったのも皮肉なものですね。彼女の身につけていたアクセサリーをまねて作る会社が存在しました。少しでも王妃に近づきたいと欲しがる人も多く、こちらはそのうちの一品です」
「けっこうそういうのって多いんですか?」
「かなり。ですが指輪の宝石が本物であることは大変珍しいのです」
「ってことは、やっぱり本物なんですね」
「ブルーダイヤモンドで、ダイヤモンドに比べると十万分の一ほどしか採れない石です」
「じゅっ……そんなに?」
「今より十九世紀の方が採れたでしょうが、それでも珍重されていたのは間違いありません」
 鑑定書を見ても何が何だか意味不明だ。
 フィンリーは素人相手でも判るように、4Cについて説明する。カラットは重さ、クラリティは透明度、カラーは色、カットは宝石のカッティング。
「オールドカットと呼ばれるカッティングです。十九世紀では主流のカッティング方法でございますね。のちにブリリアントカットが流行となり、現代へと繋がります」
「ブリリアントカット?」
 フィンリーは別の指輪を差し出した。
「これはよく見ますね。知ってます」
「およそ五十八面体のカッティングになります。オールドカットの宝石は王妃もよく身につけられていたものです。憚りながら申し上げますが、こちらをどこで手に入れたものでしょうか」
「俺の祖父が大事に持っていたものなんです。形見と言いますか、すごく、すごく大切なものです」
「左様でございますか」
「……………………」
「……………………」
「沖縄であなたは俺に優しいと言いましたけど、そっくりそのままお返しします」
「なぜですか」
「海に投げ捨てようとした理由も聞かないでいてくれたから」
「優しさと受け取ったあなたが優しい人ですよ。臆病とも取れます」
「こんなこと話すのが負担になりそうですが、」
「構いません」
「自暴自棄になるときってありません?」
「それがあのときだったわけですね」
 フィンリーは紅茶をひと口飲んだ。いっさいの音を立てない。
「投げ捨てる直前『じいちゃん、ごめん』と英田様は口にした。謝罪をし、大事な指輪を捨てようとした。ただの旅行とは思えませんでした」
「……………………」
 下劣で悽惨な行為は、たった二つの漢字二文字で表せる。異国だとなんと言うのだろうとぼんやり考えていた。現実逃避とも言う。
「とても大切な人だったのですね。あなたのおじいさまは。誰よりも真っ先に名前を呼ぶほどに。人を愛おしく想う心は、とても尊いものだと思います。英田様の命も、同じくらい尊いものです」
 大きな飴玉が脚に落ちた。一つ、二つ、三つ。ジーンズに吸収され、跡形もなく崩れる。
「謝罪をして大事な方を思いやれる優しさがおありなら、まずはご自身へ向けることです。自身を蔑ろにし、他者へ優しくあろうとする者はあなたの回りを不幸にさせます」
「すみません……本当に、本当に……」
 フィンリーは指輪の入っている箱を閉め、代わりにティッシュケースを差し出した。
「少なくとも、あなたの行いは私には耐え難いものでした」
「ティッシュが……なくなる……」
「ティッシュの心配はいりません。まだあります」
「遠い地で……神隠しにあえばいずれ忘れてもらえるだろうって……」
「それで沖縄へ行ったのですか? 神隠しを信じるような古の概念をお持ちで? 目の前で消えるより人の印象に強く残ります。残された人は忘れるどころか一生あなたの残影を追って生きていくことになりますよ」
「フィンリーさんが飛び込んだとき、命をかけてこの人を救わなければならないって思いました。晴れ晴れした気持ちだったのに、急に身体が熱くなっていても立ってもいられなくて。海中には太陽があるんだと、生まれて初めて知りました」
「ならば限りある命を大切にすると、太陽に誓いなさい」
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