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第一章 転入生と地味な僕
09 嘘から始まる夏休み
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廊下に出たら隣のクラスの生徒が教師に口説かれていた。何をすればあんなに顔が真っ赤になるほど怒らせてしまうのか。邪魔をしてはいけないと、こっそり廊下を抜けて屋上へやってきた。
何か嫌な臭いがしたが、外から流れてきたのだろうと思い、葵には特に何も言わなかった。
「さっきのどういうことだよ。女子に誤解されてるぞ」
「リンだって俺の腕掴んだじゃない。おあいこかな? 今日は一限目サボっちゃおっか」
ちょうど太陽が木の葉と重なり、サンシェードの役割を果たしてくれるところに葵は座った。俺も隣に腰を下ろし、外の空気を吸い込む。あまり良い香りはしない。
「それに、誤解とも言えないんじゃない?」
顔を寄せて甘えたの顔になっている。俺も角度を変えて、唇を受け止めた。
屋上へ続く頑丈な扉が音を立ててなり、俺たちは唇も距離も離れて身を潜めた。階段を下りていく靴音がする。今の今まで誰かがいたようだ。
「気づかなかったね」
「びっくりした……学校では危険すぎる」
しばらく心臓の鼓動と戦っていると、チャイムがなった。これで一限目はサボり確定だ。
「明日から夏休みだけど、リンの予定は?」
「プールに行って花火も観るんだろ? あとは……うーん」
「旅行とか行きたいよね」
「さすがにそんなお金ないし、親が許すかどうかも分かんない」
「近場で旅行とかは? お金なら俺が出すよ」
「そんなに遠くないならお年玉があるし、大丈夫。ってか行くのか? 本当に?」
「隙あらば、エッチなことしちゃうかもしれないけど」
「それが目的だろ……」
「ふふ……ちょっと興味がある場所があるんだ。ついてきてほしい。リンとの想い出をたくさん残したい」
あまり好きな言い方ではなかった。来年だって想い出を作れるのに、今年で最後だと言わんばかりの言い方。怖くてそれ以上聞けなかった。俺は、葵が側からいなくなることを恐れている。
「夏休みのクラブはどうする? 活動っていっても、学校には生徒もほとんどいないだろうし、難しいと思うんだけど」
「一か月お休みにするつもり。あれから全然依頼が来ないなあ。将来が不安になってきた」
「……リンは、やっぱり探偵になりたいんだ?」
「うん。シャーロック・ホームズに憧れてるし。ずっと俺の夢は変わらないよ。葵は?」
「俺は……、」
顔を出した太陽が眩しく、目を伏せた。葵は平然と見上げ、口を開けてぼんやりしている。
「俺も探偵になったら、リンの事務所に入れてくれる?」
「探偵になりたかったの?」
「リンの影響でね」
「……それはそれで楽しいかもしれない」
葵と探偵事務所を作り、ふたりで営業をする。考えただけでわくわくする。
葵は小指を差し出したので、俺も自分の指を絡めた。
「この日のことを忘れないで。リンが探偵事務所を設立する。俺はキミの事務所で働く」
「本気? 俺は絶対に夢を叶えるけど……」
「葵という名前も、どうか忘れないでほしい」
「忘れるわけないだろ。なんでそんな悲しいことを言うのさ……」
「悲しくないように、想い出をたくさん作るんだ。だからリンと旅行にも行きたいし花火も観たいし、セックスもする。一緒にアイスも食べよう」
「アイス! アイスで思い出した! 妹に奢ったんだって? なんで何も言わなかったの?」
「あは、忘れてた。今度リンもまた一緒に食べようね。あとセックスもしよう」
「今度は俺が奢るよ。いつも奢ってもらって悪いし」
「セックスもね」
今日はいい天気で、予報では今月最高気温になる。外で話せるのは午前中くらいだが、すでに汗が滲んで服の中は熱がこもっている。今さら教室には戻れないが、場所を変えたい。
「部室に行く?」
嬉しい申し出に、俺は立ち上がった。戻ろうとした矢先、誰かが大きな足音を立てて屋上に上がってくる。
「お前ら、授業はどうした?」
やってきたのは体育科の生徒指導の教師だった。威圧感で押し通し、有無を言わせる姿勢なんか端からない。
「すみません、すぐに戻ります」
葵は余裕綽々にはにかみ、俺の腰に手を添えて戻ろうと促した。
「ちょっと待て」
教師は周囲を見回し、俺たちに顔を寄せたり壁伝いに移動したりと不審な行動を繰り返す。ある一点に集中すると、しゃがんで何かを手に掴んだ。何かの正体は俺と葵は同時に気づき、身を固くした。
「これはなんだ?」
「どう見てもタバコの吸い殻ですね」
余裕綽々に葵は質問に答える。屋上にやってきたときから嫌な臭いはしていたが、外から流れてくるものだと思っていた。学校とタバコが合致せず、他人事に思っていた。危機感が足りなすぎた。
「先生、はっきり仰って下さい」
「お前たちが吸ったのか? 吸ったんだろ?」
「私たちは吸っていませんよ」
葵はポケットの中に手を入れたまま、首を傾げた。高校生にしては大人びた顔だが、時折無邪気に口元が笑う。
「吸っていないという証拠は出せません。でも先生は俺らが吸った証拠も出せません。ですよね?」
眉間の皺が不愉快だと物語っている。奇遇だ。俺も葵も不愉快だ。
「確かに彼の言う通り、私たちは吸った証拠は出せません。でも証明はできるかもしれません」
「葵、どういうこと?」
「俺と佐藤のふたりで犯人を捜します。それで問題ないですよね?」
教師の眉間がさらに深くなる。底なし沼みたいに限度がないのでないか。
「そこまで生徒にしてもらう必要はない。どこのクラスだ?」
「疑われているのに名乗るだけ名乗って教室戻れはないでしょう。夏休み中に犯人を見つけるので、担任には黙っていて頂けませんか?」
葵はポケットから手を出すと、スマホのような小型の機具を出した。葵がボタンを押すと、今までの流れが鮮明に繰り返される。俺も教師も唖然とし、額を濡らす汗が流れても拭えなかった。
「先生の行いは我々からしたら言葉の暴力と脅迫です。迫力のある大柄な男性から疑いの目を向けられれば、例え真実は違ってもそうだとしか言えなくなる。私たちは身の潔白を証明するための取引です。悪くないと思うんですが」
教師は口を閉じたり開いたりと、何も言えなくなってしまった。
吸い殻は先生に預け、その日俺たちは何事もなかったかのように一日を過ごした。
今日は夏休み前の最後のクラブだ。熱風こもる教室のドアを全開にし、まずは空気の入れ換えをした。遅れて葵がやってくると、手にはあんぱんと紙パックジュースを持っている。
「探偵ってあんぱんをよく食べるんでしょ?」
「ドラマの観すぎだよ。でも零れにくいし、理にかなってると思う」
有り難く受け取り、さっそく口に入れた。あんぱんといってもいろんな種類があって、これは揚げていない粒あんの入ったあんぱんだ。手が汚れず食べやすい。
「犯人見つけるって大見得切ってたけどさ、どうすんの?」
「とりあえず、犯人はおよそ半分に絞っていいと思う」
「どういうこと?」
「俺とリンが屋上にやってきたとき、犯人はまだ屋上にいた。俺たちが見えなくなったとき、顔を見られないように急いで階段を下りた。ここまではオーケー?」
「うん」
「男子と女子、どっちだと思う?」
葵は感覚でいいよ、と付け足した。
「多分……男」
「どうして?」
「女子って頭の回転が早いし、あんなばれるようなところで吸わないと思う。それに、勝手なイメージだけど喫煙って男ってイメージがつくんだよね」
「思い込みで犯人と決めつけるのは痛い目見るけれど、経験を膨らませることは大事。俺は足音で男子だなと思った。大きな足音が遠ざかっていったけど、俺やリンではあんな足音は出ない。そこそこ体格がしっかりしていて、靴も大きい人物」
そこまで俺は考えていなかった。ちょっと悔しいし、理論で語れなかった俺自身が憎い。
「どうやって見つけるのさ? 教室中を回ってタバコ臭い人を見つけるとか?」
「探偵の基本といえば、やっぱり張り込みだよね。屋上を一望できる建物を借り、そこから見守る。探偵っぽくてスリルがあるね」
探偵の張り込みは数時間だけではなく、数日、数週間に及ぶ場合もある。地味でも立派な身体を張った仕事だ。
依頼が来ないと嘆いてばかりいたが、まさか自分のために動くことになるとは予想もしていなかった。葵がなぜボイスレコーダーを持っていたのか、やはり謎多き男だ。
夏休み初日、待ち合わせを告げるメールが朝っぱらから来た。夕方までぶっ通しで張り込みを行うようで、勉強道具を持参でと書いている。
「葵君とお出かけ?」
「う、うん……」
久々に母の口から友達の名前が出た。友達と呼んでいいものか迷う。俺の友人はセックスをしつこくねだったり、隙あらばキスをしてくる直球に欲をぶつけてくる人だ。
「一緒に勉強するだけだから。葵って頭良いし」
「そ、そう……しっかりしてきてね」
言い訳がましく言ったせいで、何か誤解を生んでいる気がする。
家の中で冷房をつけていても発汗するのに、外はけたたましい蝉の声と煮えるような日照りが襲う。着替えたばかりのシャツが肌につき、気持ち悪い。
待ち合わせ場所は学校で、葵は日陰で本を読んでいた。すぐに俺に気づいて本をしまい、大股で駆け寄ってくる。
驚いた顔をした葵は目を逸らし、早く行こうと促した。
「どうしたんだよ」
「ん? 暑いからそこのコンビニでアイス買っていこうか」
「うん。俺も食べたい」
コンビニの中は冷風で一瞬でも幸せを運んでくれる。アイスクリームを扱うコーナーは、特に気持ちが良い。俺はソーダ味、葵はミルク味のアイスクリームを買った。
コンビニからはそれほど歩かず、葵は立ち止まる。マンションを指差し、ここだと告げる。階段で一番上まで上がると、鍵を差し込んだ。
「まさかわざわざ借りたのか?」
「引っ越ししたんだ」
部屋にこもる暑さを想像してしかめっ面になるが、隙間から流れる風は冷えている。
部屋は広くなっているが、家具はほとんど置いていないのは相変わらずだ。テーブルと布団があるだけで、あとは洗濯物を干している。
いくら冷えているからといっても、後ろから抱きつかれれば暑苦しい。不埒な手は身体を這い回り、やがて胸の突起にたどり着く。
「こら、またそんな……」
「リン、あのさ……わざとこんな格好してるの? しかも石鹸の良い香りがする」
「汗がひどくてシャワー浴びてきたんだよ」
「学校で会ったときから勃ってたよ。上着を持ってこなかった俺を恨んだ」
「暑いってば。アイス溶けるし」
俺の手からアイスを奪うと、葵は冷凍庫の中に突っ込んだ。入れた、というより適当に放り投げる入れ方だ。態度が悪いと取るか、余裕がないと取るか。この場合は後者だろう。
真上から降り注いでいるのは、真夏の太陽でもなく葵の優しい眼差しと熱い吐息だった。
何か嫌な臭いがしたが、外から流れてきたのだろうと思い、葵には特に何も言わなかった。
「さっきのどういうことだよ。女子に誤解されてるぞ」
「リンだって俺の腕掴んだじゃない。おあいこかな? 今日は一限目サボっちゃおっか」
ちょうど太陽が木の葉と重なり、サンシェードの役割を果たしてくれるところに葵は座った。俺も隣に腰を下ろし、外の空気を吸い込む。あまり良い香りはしない。
「それに、誤解とも言えないんじゃない?」
顔を寄せて甘えたの顔になっている。俺も角度を変えて、唇を受け止めた。
屋上へ続く頑丈な扉が音を立ててなり、俺たちは唇も距離も離れて身を潜めた。階段を下りていく靴音がする。今の今まで誰かがいたようだ。
「気づかなかったね」
「びっくりした……学校では危険すぎる」
しばらく心臓の鼓動と戦っていると、チャイムがなった。これで一限目はサボり確定だ。
「明日から夏休みだけど、リンの予定は?」
「プールに行って花火も観るんだろ? あとは……うーん」
「旅行とか行きたいよね」
「さすがにそんなお金ないし、親が許すかどうかも分かんない」
「近場で旅行とかは? お金なら俺が出すよ」
「そんなに遠くないならお年玉があるし、大丈夫。ってか行くのか? 本当に?」
「隙あらば、エッチなことしちゃうかもしれないけど」
「それが目的だろ……」
「ふふ……ちょっと興味がある場所があるんだ。ついてきてほしい。リンとの想い出をたくさん残したい」
あまり好きな言い方ではなかった。来年だって想い出を作れるのに、今年で最後だと言わんばかりの言い方。怖くてそれ以上聞けなかった。俺は、葵が側からいなくなることを恐れている。
「夏休みのクラブはどうする? 活動っていっても、学校には生徒もほとんどいないだろうし、難しいと思うんだけど」
「一か月お休みにするつもり。あれから全然依頼が来ないなあ。将来が不安になってきた」
「……リンは、やっぱり探偵になりたいんだ?」
「うん。シャーロック・ホームズに憧れてるし。ずっと俺の夢は変わらないよ。葵は?」
「俺は……、」
顔を出した太陽が眩しく、目を伏せた。葵は平然と見上げ、口を開けてぼんやりしている。
「俺も探偵になったら、リンの事務所に入れてくれる?」
「探偵になりたかったの?」
「リンの影響でね」
「……それはそれで楽しいかもしれない」
葵と探偵事務所を作り、ふたりで営業をする。考えただけでわくわくする。
葵は小指を差し出したので、俺も自分の指を絡めた。
「この日のことを忘れないで。リンが探偵事務所を設立する。俺はキミの事務所で働く」
「本気? 俺は絶対に夢を叶えるけど……」
「葵という名前も、どうか忘れないでほしい」
「忘れるわけないだろ。なんでそんな悲しいことを言うのさ……」
「悲しくないように、想い出をたくさん作るんだ。だからリンと旅行にも行きたいし花火も観たいし、セックスもする。一緒にアイスも食べよう」
「アイス! アイスで思い出した! 妹に奢ったんだって? なんで何も言わなかったの?」
「あは、忘れてた。今度リンもまた一緒に食べようね。あとセックスもしよう」
「今度は俺が奢るよ。いつも奢ってもらって悪いし」
「セックスもね」
今日はいい天気で、予報では今月最高気温になる。外で話せるのは午前中くらいだが、すでに汗が滲んで服の中は熱がこもっている。今さら教室には戻れないが、場所を変えたい。
「部室に行く?」
嬉しい申し出に、俺は立ち上がった。戻ろうとした矢先、誰かが大きな足音を立てて屋上に上がってくる。
「お前ら、授業はどうした?」
やってきたのは体育科の生徒指導の教師だった。威圧感で押し通し、有無を言わせる姿勢なんか端からない。
「すみません、すぐに戻ります」
葵は余裕綽々にはにかみ、俺の腰に手を添えて戻ろうと促した。
「ちょっと待て」
教師は周囲を見回し、俺たちに顔を寄せたり壁伝いに移動したりと不審な行動を繰り返す。ある一点に集中すると、しゃがんで何かを手に掴んだ。何かの正体は俺と葵は同時に気づき、身を固くした。
「これはなんだ?」
「どう見てもタバコの吸い殻ですね」
余裕綽々に葵は質問に答える。屋上にやってきたときから嫌な臭いはしていたが、外から流れてくるものだと思っていた。学校とタバコが合致せず、他人事に思っていた。危機感が足りなすぎた。
「先生、はっきり仰って下さい」
「お前たちが吸ったのか? 吸ったんだろ?」
「私たちは吸っていませんよ」
葵はポケットの中に手を入れたまま、首を傾げた。高校生にしては大人びた顔だが、時折無邪気に口元が笑う。
「吸っていないという証拠は出せません。でも先生は俺らが吸った証拠も出せません。ですよね?」
眉間の皺が不愉快だと物語っている。奇遇だ。俺も葵も不愉快だ。
「確かに彼の言う通り、私たちは吸った証拠は出せません。でも証明はできるかもしれません」
「葵、どういうこと?」
「俺と佐藤のふたりで犯人を捜します。それで問題ないですよね?」
教師の眉間がさらに深くなる。底なし沼みたいに限度がないのでないか。
「そこまで生徒にしてもらう必要はない。どこのクラスだ?」
「疑われているのに名乗るだけ名乗って教室戻れはないでしょう。夏休み中に犯人を見つけるので、担任には黙っていて頂けませんか?」
葵はポケットから手を出すと、スマホのような小型の機具を出した。葵がボタンを押すと、今までの流れが鮮明に繰り返される。俺も教師も唖然とし、額を濡らす汗が流れても拭えなかった。
「先生の行いは我々からしたら言葉の暴力と脅迫です。迫力のある大柄な男性から疑いの目を向けられれば、例え真実は違ってもそうだとしか言えなくなる。私たちは身の潔白を証明するための取引です。悪くないと思うんですが」
教師は口を閉じたり開いたりと、何も言えなくなってしまった。
吸い殻は先生に預け、その日俺たちは何事もなかったかのように一日を過ごした。
今日は夏休み前の最後のクラブだ。熱風こもる教室のドアを全開にし、まずは空気の入れ換えをした。遅れて葵がやってくると、手にはあんぱんと紙パックジュースを持っている。
「探偵ってあんぱんをよく食べるんでしょ?」
「ドラマの観すぎだよ。でも零れにくいし、理にかなってると思う」
有り難く受け取り、さっそく口に入れた。あんぱんといってもいろんな種類があって、これは揚げていない粒あんの入ったあんぱんだ。手が汚れず食べやすい。
「犯人見つけるって大見得切ってたけどさ、どうすんの?」
「とりあえず、犯人はおよそ半分に絞っていいと思う」
「どういうこと?」
「俺とリンが屋上にやってきたとき、犯人はまだ屋上にいた。俺たちが見えなくなったとき、顔を見られないように急いで階段を下りた。ここまではオーケー?」
「うん」
「男子と女子、どっちだと思う?」
葵は感覚でいいよ、と付け足した。
「多分……男」
「どうして?」
「女子って頭の回転が早いし、あんなばれるようなところで吸わないと思う。それに、勝手なイメージだけど喫煙って男ってイメージがつくんだよね」
「思い込みで犯人と決めつけるのは痛い目見るけれど、経験を膨らませることは大事。俺は足音で男子だなと思った。大きな足音が遠ざかっていったけど、俺やリンではあんな足音は出ない。そこそこ体格がしっかりしていて、靴も大きい人物」
そこまで俺は考えていなかった。ちょっと悔しいし、理論で語れなかった俺自身が憎い。
「どうやって見つけるのさ? 教室中を回ってタバコ臭い人を見つけるとか?」
「探偵の基本といえば、やっぱり張り込みだよね。屋上を一望できる建物を借り、そこから見守る。探偵っぽくてスリルがあるね」
探偵の張り込みは数時間だけではなく、数日、数週間に及ぶ場合もある。地味でも立派な身体を張った仕事だ。
依頼が来ないと嘆いてばかりいたが、まさか自分のために動くことになるとは予想もしていなかった。葵がなぜボイスレコーダーを持っていたのか、やはり謎多き男だ。
夏休み初日、待ち合わせを告げるメールが朝っぱらから来た。夕方までぶっ通しで張り込みを行うようで、勉強道具を持参でと書いている。
「葵君とお出かけ?」
「う、うん……」
久々に母の口から友達の名前が出た。友達と呼んでいいものか迷う。俺の友人はセックスをしつこくねだったり、隙あらばキスをしてくる直球に欲をぶつけてくる人だ。
「一緒に勉強するだけだから。葵って頭良いし」
「そ、そう……しっかりしてきてね」
言い訳がましく言ったせいで、何か誤解を生んでいる気がする。
家の中で冷房をつけていても発汗するのに、外はけたたましい蝉の声と煮えるような日照りが襲う。着替えたばかりのシャツが肌につき、気持ち悪い。
待ち合わせ場所は学校で、葵は日陰で本を読んでいた。すぐに俺に気づいて本をしまい、大股で駆け寄ってくる。
驚いた顔をした葵は目を逸らし、早く行こうと促した。
「どうしたんだよ」
「ん? 暑いからそこのコンビニでアイス買っていこうか」
「うん。俺も食べたい」
コンビニの中は冷風で一瞬でも幸せを運んでくれる。アイスクリームを扱うコーナーは、特に気持ちが良い。俺はソーダ味、葵はミルク味のアイスクリームを買った。
コンビニからはそれほど歩かず、葵は立ち止まる。マンションを指差し、ここだと告げる。階段で一番上まで上がると、鍵を差し込んだ。
「まさかわざわざ借りたのか?」
「引っ越ししたんだ」
部屋にこもる暑さを想像してしかめっ面になるが、隙間から流れる風は冷えている。
部屋は広くなっているが、家具はほとんど置いていないのは相変わらずだ。テーブルと布団があるだけで、あとは洗濯物を干している。
いくら冷えているからといっても、後ろから抱きつかれれば暑苦しい。不埒な手は身体を這い回り、やがて胸の突起にたどり着く。
「こら、またそんな……」
「リン、あのさ……わざとこんな格好してるの? しかも石鹸の良い香りがする」
「汗がひどくてシャワー浴びてきたんだよ」
「学校で会ったときから勃ってたよ。上着を持ってこなかった俺を恨んだ」
「暑いってば。アイス溶けるし」
俺の手からアイスを奪うと、葵は冷凍庫の中に突っ込んだ。入れた、というより適当に放り投げる入れ方だ。態度が悪いと取るか、余裕がないと取るか。この場合は後者だろう。
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