Kの因縁とゼロの衝動─珊瑚の繋がる物語─

不来方しい

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第一章

08 選び続ける路─②

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 すぐに後ろを向いてしまうのは地獄の三年間に浸かり続け、そういう人間にできてしまったからだ。未成年の頃の出来事は簡単に立ち直れはしない。
 それでも前を向いた方がいいと思えるようになったのは、零のおかげだ。
「零の笑い声は、すごく好きだ。ずっと側で笑っていてほしい」
「プロポーズに聞こえるよ?」
「ちがっ……そうじゃなくて!」
「お待たせしましたあ」
 テーブルに焼きそばとカレーが置かれた。ついでに零が頼んだ枝豆も。
「あまり枝豆って食べたことないかも」
「都会住みの人って食べないのか?」
「僕、都会住みじゃないよ? 九州の田舎に引っ越しだし。ただ彼方の家みたく、庭で何かを育てたりはしなかったな。僕がこっちに引っ越ししてからは菜園に挑戦してるってこの間、メールが来たけど」
「……あのあとの引っ越しって九州だったのか」
「そう。東京から九州。場所が遠いから、ちょっと寄り道して休んでいこうってことになって、小旅行も兼ねてたかな。彼方の住んでた離島へはたまたま」
「そのたまたまで、ああいう出会いになったのか」
「あのときは海を見ていたらネックレスが切れて落ちちゃって、彼方に拾ってもらった。世界から見放されたような気持ちでいたから、正義のヒーローが現れたのかと思った。颯爽とやってきてかっこいいことはするし、サーフィンは上手いし、将来の夢をしっかり持っていたし」
「そんな……俺は大した人間じゃない。何も生み出せない。人から奪っていくばかりで」
「僕の心を?」
 零の指は彼方の指先に触れる。
「お兄さんたち、大学生?」
 先ほど横切った女性たちは勝手に座り、距離を詰めてきた。同時に、零の指が離れていく。
「ええ」
「よければこれから一緒に遊ばない?」
「食べたらすぐ帰るんで」
「じゃあ一緒に帰りましょうよ」
「ふたりで帰ります」
 最後の台詞は零が言った。彼方は驚いてえ、と口にする。
 離れた手がぴったりと重なり、零は笑いかけてきた。
 女性たちは、中学の同級生から惨たらしい行いをした生徒と同じ顔をしていた。

 早い時間であれば電車はそれほど混み合っていない。ちょうど空いている席があり、ふたりで腰掛けた。
 電車の中も潮の香りがしている。ほとんどが海水浴に来た乗客で、床は砂でざらざらしていた。
「わたあめ買って帰りたかった」
「なんだそれ」
 何から話そうかと悩んでいると、零は突拍子もないことを言い始める。
「別に湘南でなくても売ってるだろ」
「たとえば?」
「祭り……とか」
 一世一代のチャンスかもしれない。わたあめを口実にするのは気が引けるが、こうでもしないと誘えそうもなかった。
「花火でも観に行かないか?」
「八月三十日にやるとか大学のポスターで見たぞ」
「ふふ……残念。九州へ一度戻らないと行けないんだ。帰ってこいって言われていてね」
「……………………」
「思わせぶりなことを言っちゃったね。お土産買ってくるから」
「……………………」
「ごめん、怒った?」
「怒った。お前に対してじゃなく、自分自身に。人に対して期待や願いを持っても届かないのに。うまく名前をつけられない」
「来年。来年は一緒に行こう? 約束」
「約束って……なんだ? 守ってもらえるものなのか?」
「人によるよ。忘れる人もいれば、ずっとずっと覚えてる人もいる。キミから見て僕はどう見える?」
「お前は…………、」
「たまには人を信じてみるのもいいかもよ」
「俺は……とても怖い。恐がりなんだ。人が離れていく恐怖を知ってるから、遠い未来の約束なんて信じたくない」
「じゃあ約束しなくていい。来年のことは来年決めよう」
「…………ごめん」
 言葉が出なかった。前向きに行きたくても、一歩踏み出す勇気が出ない。
「寄り添ってくれる優しさが痛い。嬉しさよりも、怖くてたまらない」
「中学生のお別れのとき、また会えるって思ってた?」
 これには嘘はつきたくない。彼方は頭を振り、重い口を開けた。
「会えたら嬉しいとは思ってた。ずっとずっと会いたかった。でも二度と会えないと思った」
「僕は会えると信じてたよ。キミとの出会いを支えに生きてきた」
「俺だって…………!」
 電車内で注目されてしまい、彼方は目を泳がせる。
「昔の俺じゃ、会ったところでがっかりされると思ってた」
「そうかな? 確かに誰も話しかけるなオーラ放ってたけど、僕に会ったら昔のキミに目が戻ったよ。それに、ずっと頑張って生きてきたんだ。そんなキミを世界から追い出すようなまねを、僕は絶対にしない。キミを追い出した人間を、許したくない」
 鞄の下で、こっそり零の手を握ってみた。零は振り解こうともせず、されるがままだ。
 少なくとも彼は、暗黒の世界へ放り投げようとする人ではなかった。敵かそれ以外かでしか考えられない自分自身を呪いたくなるし、そんな自分を捨ててしまえば今までの日々を捨てることになる。
「俺って面倒な男だな」
「面倒なのはキミじゃないでしょ。キミをここまで追いつめた人たち」
「……俺の今までの人生を知ってるみたいな発言するよな」
「ふふ……どうだろうね?」
 電車を降りて寮へ向かう途中、指が自然と離れた。
「大浴場って入ったことある?」
「俺は入れない。あとでシャワールーム借りる」
「そっか。残念」
「無理に入ろうって言わないよな、お前」
「僕も苦手なんだ。もしふたりで旅行なら入ってくれた?」
「お前は気にしないのか?」
「いろんな意味で気にするかも」
 寮では秋子が汗だくになりながら厨房に立っていた。
 夏期休暇の間は滞在する生徒が半分以下になる。そうなると、ちょっと手の込んだものや、おかずが増えたりするのだ。
「今日はカツカレーだからちょっと時間がかかるのよ」
 秋子は得意げに言う。
 昼もカレー、夜もカレーだ。
「飽きない?」
「特に飽きたりはしない。カレーは便利な食べ物だぞ。スプーン一つで食べられるし、さっさと食べて勉強する時間に当てられる。だから好きだ」
「面白い理由だね」
 シャワーを浴びて廊下へ出ると、スパイスの香りで満たされている。
 秋子お手製のカツは小さめだが、中にチーズが入っていた。
 零はソースをかけて食べていて、ついでにカレーにも混ぜて食べている。
「美味しいのか? それ」
「彼方って、あまり食べ物に冒険しないタイプ? アイスもあれだけ種類があったのに、バニラ選ぶし」
「そうか、そういうものか……」
「好きならいいと思うよ。僕はあまり選ばないから、今度食べてみようかな」
 冒険しないわけではない、できないのだ。したところで無意味でしかない。
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