骨董商リュカと月の神子

不来方しい

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第一章 ふたりの出会い

028 兎の強さ

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 まだしばらく一緒にいられると思うと気持ちが高ぶったが、不安も拭いきれない。
 来年は大学四年になる。進路を決めないといけない。
 考古学を学んでいるが、将来性がないという理由で家族から反対された。
 繋がる道を探してはいるが、そう多くはない。人気のある道は狭く、一人しか通れない細道に何十人もひしめき合っている状態だ。
 光が差しても暗闇という過酷な道を、歩み続けなければならない。



 ある程度仲の良かったゼミの生徒も、大学生活のゴールが近づくたびに疎遠になっていく。
 唯一関係なく話せるのは、平賀隼だ。彼は京都で就職するという。歴史が好きな彼らしく、目指しているのは教師だ。
「どうしよう……焦る」
「まだ一年以上ある。ゆっくり決めろとは言わないが、近くにいる大人に相談したらどうだ?」
 家族に相談はできない。帰ってこいと言われるのがオチだ。
「決められなかったら、大学院に行くって手もあるぞ」
「そうだな……」
「リュカさんに相談は?」
「してない」
「いやしろよ。すべきだ」
「あー、そうだな……。いの一番にすべきだよな……」
「会ってないのか?」
「いや、リュカさんの店でアルバイトしてるし、会ってる」
 毎日会っている、とは言えなかった。一緒には住んでいるが、三日ほど会っていない。仕事で北海道へ出かけている。
──ただいま戻りました。今は大学にいますか?
 リュカからメッセージが届いた。将来の悩みなど吹き飛ぶくらいの勢いで返事をしていく。
──大学です!
──本日は外で夕食を取りませんか?
──はい!
──迎えにいきます。着いたらまた連絡します。
「リュカさんか?」
「なんで判ったんだ?」
「顔がにやけてる」
 窓に映る顔がだらしないほど垂れ下がっている。
 二、三回頬を叩いて、顔を引き締めた。
「今日、ふたりでご飯食べに行く予定だからちょっと相談してみるよ」
 鞄を持ち、立ち上がった。
──今、外に出ます。
 数日会っていないだけなのに、家の中に光が差さなかった。
 大学の外で、数人の女子生徒の囲まれたリュカの姿が見える。
 声をかける前にリュカが気づき、彼は控えめに手を振った。
「会いたかったので来てしまいました」
 回りにいた女子生徒たちは顔が強ばり、固まっている。
 妙な違和感を覚えた。かしこまった言い方に、作り笑顔は店でよく見る表情だ。顧客で彼を心から笑顔にできる人はそういない。
「俺も会いたかったです……?」
「さあ、夕食を食べに行きましょう」
 相変わらず左手薬指の指輪が輝いている。今は指輪よりリュカの笑顔が圧倒的に眩しい。
 途中でタクシーを拾い、リュカは「焼き肉が食べたい」と小さく漏らした。
「さっきの生徒、知り合いじゃないですよね?」
 質問しつつも、優月は端末で焼き肉屋を調べ始めた。
「違います。お茶に誘われたので、お断りしていたところなのです」
「ああいうのって、しょっちゅう?」
「………………たまに」
 リュカは薬指の指輪を撫でた。
「いつでも守ってくれる存在になっているなら、これほど喜ばしいことはないです」
「……それだけではありませんよ。焼き肉屋は見つかりましたか?」
「ジンギスカンでもいいですか? 北海道の話をしたら食べたくなりました」
 リュカは頷いた。
 タクシーの運転手へ場所を告げ、ホームページにあるメニューをタップする。
「食べてこなかったんですか?」
「北海道らしいものは何も食べて来なかったですが、お土産は買ってきましたよ。あとで一緒に食べましょうか。野菜への水やりも助かりました」
「水やりで思い出しました。猫がくるって話なんですが、俺まだ一度も見ていないんですよ。警戒されてるんですかね」
「猫は気まぐれですし野良猫ですから、どこか決まった場所が見つかったのかもしれません」
「俺がよく庭中を探したりしているからかなあ」
「それは警戒されます。いつも通り、普通にしていればそのうち現れますよ」
 食事中、仕事の内容に関してはほとんど触れなかったが、そのうち京都へ来る可能性があるとだけ聞いた。
 帰りもタクシーを拾おうとするが、店の前は人で込み合っていた。
 カメラで撮影していた若者はリュカを見るなりこちらへ向けようとする。
 さっと彼の前に立ち、背中を押して駅まで歩いた。
「そのような気遣いは無用です」
「何のことですか?」
「あなたは私のナイトではありません」
「なんかかっこいい響き。男なら一度は憧れます」
「あなたの心に武士が宿っているようですね。理解しました」
「すんませーん、」
 軽口を叩いていると、背後から声をかけられた。
 年齢は同じくらいだろうか。第一印象は軽そう、だ。
 リュカを失礼なほど遠慮なく凝視しているが、用があるのはこちらだろうと、優月は前に出る。
「はい、なんでしょう」
「アンタ、兎ちゃんと一緒にいた人だろ?」
「兎ちゃん?」
「そ、兎ちゃん。平賀って呼ばれてるやつ」
 平賀のあだ名らしい。平賀のいかつい見た目からは想像つかない呼び名だ。
 人間は初対面で第一印象が決まるというが、今それが証明された。
 優月にとって苦手な分類に属する人柄である。柄が悪そうなのは平賀も同じであっても、受ける印象が全く異なる。
 耳を痛めつけるのが趣味なのかたくさんの穴が空き、舌にもピアスが見え隠れしている。
「まさか同じ大学だとは思わなかったぜ。よろしく伝えてくれ」
「あなたの名前はなんていうんですか?」
「東原だ。じゃあな」
 彼らが小さくなるまで見つめていた。
 本当の用事はなんだろうか。兎ちゃんのあだ名も、平賀には似ても似つかない。
「お知り合い……ではなさそうですね」
「初対面です。平賀になんの用だろ……。俺のこと、追ってきたんですかね」
「彼からも焼き肉の匂いがしていました。別の席で召し上がっていたのでしょう。たまたま会ったので、優月に声をかけただけかと」
「なんかもやもやする」
「メールより直接会って話した方が良さそうですね。我々も家へ戻りましょう」
 足の進む方角は自然と親戚の方へ向かいそうになった。
 ふと気づいて、小走りでリュカへついていく。
 リュカは気づいているが、何も言わない。
 癖とはこういうものだ。望んでいなくても、染みついたものはなかなか消せない。

 大学で講義の後に、平賀へ聞いてみた。
 渋い表情にいたたまれなくなり、徐々に声が小さくなる。
 判ったことは、東原と名乗る男と知り合いだということ、兎ちゃん呼びは彼にとって地雷を踏むに等しい行為だということ。
「ごめん、意味判んないよな。たまたま会っただけなんだ」
「お前は何も悪くない。俺が決着をつける」
 平賀は講義室を出た後、どこかへ行ってしまった。
 問題を起こすわけではないだろうが、平賀の苦しそうな表情がどうしても気になった。必死に感情を押しつぶし、ひとりで背負いこもうとする姿勢は、見ていて気持ちのいいものではない。
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