薫る薔薇に盲目の愛を

不来方しい

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第一章 盲目の世界

013 新しい世界

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 作り物とはいえ、京都と言われば雰囲気は確かに京都を思わせる風情があった。
「んっ…………」
 バスローブの下には真っ白な肌が隠れていて、小さな突起に触れると身体が揺れる。
 初めてキスしたときもそうだったが、彼は不慣れだ。熱を分かち合う行為は初めてなのだろう。彼が一途に思い続けた代償だ。いまだに誰とも熱を分かち合っていない。
 乳暈を撫でながら突起に吸いつく。固く凝り、薄い胸が上下に動く。
 下へ手を這わせると、脚が閉じようとし、隙間に入れた。
「怖い?」
「ちょっと……恥ずかしいだけです……」
「気持ちいいって思ってもらえたら、うれしい」
 脚の力が抜けるまで待った。すると蓮は自ら脚を開き、顔を背ける。
 バスローブを開くと、薄い陰毛が薄暗い明かりに照らされて光っている。少年から青年へ変わったが、大人になりきれておらず、かえっていやらしさが増す。
 ぬめった先端を口に含み、窄みの間に舌を入れながら唇に力を込めた。
「……っ、は……あっ…………」
 太股をがっしりと押さえつけながら、舌を強めに裏筋に当てる。
 蓮は苦悶に満ちた表情で額から汗を流し、短く息を吐く。
「悦んでるよ、ここ」
「あ、もう……だめっ……いっちゃう……」
 口の中に濁液の独特の苦みが広がった。
 迷わず受け止めながら喉に追いやり、口元に残った残液を拭う。
「ごめんなさい……」
「どうして謝るの? 気持ちよかった?」
「はい……とても」
「後ろも触っていい?」
 紅葉色に染まる身体は反転し、尻が高く持ち上がる。
 バスローブをすべて取り除き、かずと自身もベッド下へ落とした。
 指にたっぷりと潤滑剤をつけて、割れ目に親指をかけて開いた。
「力抜いてごらん」
 破瓜の跡すらない窄まりに中指を押し当てる。
 指一本すら入らない小さな穴は、気持ちとは裏腹に拒絶している。
 奥へ向かう皺をなぞり、切なそうに震え後孔に息を吹きかける。
「ああっ…………!」
 触れてもいないほっそりとした先端から濁液が勢いよく飛び出て、布団を濡らした。
 力を抜けた瞬間に指を滑り込ませる。蠢く肉襞は先へ先へと誘い、簡単に指が埋まっていく。
 強いられているわけではない。身体も心も開いた瞬間だった。
「ああうっ……ああ……っ!」
 悦びの悲鳴が聞こえ、もっと鳴かせてやりたくなった。
 突起を素早くかすめれば、再び赤く凝り始める。要求してくる快楽に応えようと、かずとは口に含んだ。
 指技で丹念に鳴らし、すでに天井高くそそり立つ猛りで割れ目をなぞる。
 愛らしい青年の破瓜を堪能できると、興奮しきっていた。理性はすでにきかなくなっている。
「挿れていい?」
 かずとは彼の肢体をひっくり返して、仰向けにした。
 蓮は目を泳がせる。拒否ではない。これが終われば、別れを意味するのだ。最初で最後の愛の証。
 蓮の目尻から涙が零れ落ちた。かずとは唇を当て、涙をすする。
 蓮の下肢を胸につくほど押し、かずとは乗りかかった。
 ぼってりと膨れ上がった亀頭を窄まりに当て、肉襞を割りながら奥へと進めていく。
 蓮からは苦悶の唸り声が聞こえるが、歓喜の悲鳴も入り混じっている。
「んんっ……は、……ああっ……」
「………っ……ん…………」
 蓮の下肢が濡れている。怪しく光る先端を包んで扱くと、肉襞に収縮が起こった。
 絶頂を最奥で放つと、蓮も甲高い声を上げて自ら吐き出した精で胸元を濡らした。
「せんせ……好き…………」
 蓮は意識を手放した。返事をしたくても、できなかった。
 どちらの体液かも判らないほど、特に下肢は濡れている。
 後始末をし、かずとは横になった。火照った肌に触れ、そっと唇を重ねた。



 起きると、隣に寝ていたはずの蓮はいなくなっていた。



 ベッド脇の棚にはお札が置かれていて、少し多めのホテル代だ。
 熱もゴミ箱の残骸も残っているのに、彼は颯爽と消えていった。
 いかに彼が本気だったのか痛感した。だからこそ、何も残そうとしなかった。
 しばらくベッドで放心のままでいると、ロビーから電話がかかってきた。
 何時に彼は出ていったかと尋ねると、一時間以上も前らしい。
 寝たふりをして、かずとが眠った後で一人で出たのだ。
 虚しく着替えている間も、悲しみが背中に突き刺さる。
 彼はいつもこんな思いをしていたのだ。連絡先の交換もせず、家族や暮らしも何も話していない。向こうからすれば、何も知らないのと一緒だ。
「なんてひどい男なんだ……俺は」
 謝罪しても彼にはもう届かないし、むしろ謝罪なんて求めていないのかもしれない。
 狸寝入りを決めた彼でも、まぶたを閉じる直前に「好き」と言ったのは、本心であると信じたかった。



 大学四年生になり、桜吹雪が身体を包んだ。
 春は別れの季節でもあり、出会いの季節でもある。一番仲良くなった小泉は卒業し、彼女は教師という道を歩んだ。面倒見のいい彼女なら、きっといい先生になれるだろう。
──お互い、良い出会いをしようね!
 がっしりと握手をして、彼女と別れた。
 彼女が負った傷も大きいが、卒業式では笑顔だった。思いやりのある先輩と出会え、蓮にとっては宝物だ。
「れんれんって、卒業したらどうすんの?」
「やりたいことはあるけど、いろいろ困ってる」
 久しぶりに母親から連絡が来た。大学を入り直して医者を目指さないかという地獄の誘いだった。彼女も病院へ通い、ノイローゼが治ったのかと思いきや相変わらずだった。
 母親は家族が医者の家系だというブランドにしがみついている。蓮は早く抜け出したかった。
「時間ないけど、お互い頑張ろうな」
「うん、そうだね」
 天文サークルの同僚とは、すっかり打ち解けている。秋になれば忙しくなるので、蓮も紅葉の時期にはほとんど顔を出せなくなるだろう。
「その前に文化祭かあ。喫茶店続いてて別のものをやりたいって思うけど、評判いいからまたやりたいんだよな」
「僕は喫茶店でも全然良いけど。クッキー作ったりするの楽しいし」
 小泉たちもいなくなった今、後輩を引き連れて頑張らなければならない立場だ。どちらかというと楽しみよりプレッシャーが大きく、就職も控えているためにのしかかるものも大きい。
 蓮は家へ帰ると、庭から音がした。祖父が古くなった鹿威しを新調している。
「おじいちゃん、ただいま。すんごい良い音になったね」
「おー、おかえり。こーんこーんって、良い音だろう? おじいちゃんが作ったんだ」
 得意げに言うと、祖父の目尻に皺が寄る。
「うん、とっても素敵だよ。毎日聞くの楽しみなんだ。おじいちゃんか作ってくれたんだし、すごく嬉しい」
「そうかそうか。よかったなあ。中に入って、お茶でも飲もうか」
 人の命を救い続けた手は、今は傷と泥だらけになっている。
  父も母も祖父も医者だ。祖母は看護の仕事をしていた病院で、祖父と知り合った。二人が言うには昔にしては珍しく恋愛結婚だったらしい。穏やかな二人は誰が見てもお似合いだ。
「おじいちゃんって、医者になるの嫌じゃなかった?」
「人を救う仕事に嫌もないよ。生きることも食べるものも必死だったからなあ。みんなが感謝してくれて、手術した人が長生きしてくれて、こんな嬉しいことはない」
 今日のお茶請けは春らしく、桜餅だ。しっかりと二種類用意されているのは、祖父が選べなかったためだろう。和菓子コーナーで唸る祖父の顔が浮かぶ。
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