冤罪人の恋文と、明けない夜のSOS

不来方しい

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第一章 初恋と事件

01 ロサンゼルスの映画館で

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 スクリーンの中で男性同士が熱い抱擁を交わした後、顔が交差した。
 観ていられなくて、ルカは顔を逸らして目を伏せるが、ぴちゃぴちゃと跳ねる水音はどうしても耳に届く。
 体温も上がり、手が震える。恋愛に対して耐久性がないのは事実だが、いずれ恋人ができたとき、一体どうなってしまうのだろうと額に汗が滲んでくる。
「終わったね」
 はっと顔を上げて横を見ると、マークがおかしそうに笑っていた。
 照明が明るくなったタイミングで席を立ち、ロビーへ向かう。
「俺、飲み物買ってくるよ。ルカは?」
「紅茶があるから大丈夫」
「わかった」
 マークは昔、家も近所で通う学校も同じく、すぐに兄弟のように仲良くなった。
 だが家庭の事情で引っ越ししなければならなくなり、しばらく離れ離れになってしまった。あのときのことを思い出すたびに、目の奥が熱くなる。
 高校を卒業して大学生になると、運命の巡り合わせかロサンゼルス内の大学で再会した。学課は違えどランチを一緒にとったり、休みの日はふたりでこうして映画館にも出かけることが多い。
 引っ込み思案で友達が少なかったルカにとって、数少ない友達だ。
 鞄から紅茶を取り出し、プルタブを傾ける。血が半分通う日本の紅茶であり、ルカはこのミルクティーが何よりお気に入りだった。
「お待たせ。お菓子買ってきたけど食べる?」
「うん」
 キャラメル味のポップコーンだ。映画を観ながら食べてもいいが、スクリーンに集中したい理由で二人は食べながら観るのは好きではなかった。
「あの二人が結ばれるとは思わなかったよ」
 ストーリーは幼なじみの男性ふたりと、ひとりの女性を取り巻く事件ものだ。
「強盗から助けた女の人と恋に落ちると思ってたのに」
「同じ幼なじみでも僕らとは違うね」
「確かに。俺たちは恋に落ちることはありえないし。けどさ、吊り橋効果ってやつじゃない? 真犯人をふたりで捕まえて、危機を乗り切ったわけだし」
「それはあるかもね。最初から匂わせていたわけじゃないし。実際に建物に閉じ込められて、絶対に助けてやるとか言われたらきゅんってするかも」
「そんな人いるわけ……あ、いた。俺の兄貴だ」
 ルカは紅茶缶を握る手に力がこもる。
 ぎくしゃくになりながら平常心を保とうとして、ポップコーンを取ろうとする指先にも力が入ってしまった。
「俺たちが学校に閉じ込められたとき、覚えてる?」
「もちろん。銃声が響いて驚いたよね」
 ジュニアスクールに通っていたとき、いきなり仮面を被った男性たちが入ってきて、校舎は悲鳴の渦に呑まれた。
 幼かったルカとマークは何もできずに取り残され、人質となってしまったのだ。
 助けてくれたのは当時同じ学校に通うマークの兄であるエドワード・コーウェンであり、ルカの心すべてを一瞬で占めた相手だ。仮面の男たちも命を奪う恐ろしい人間だが、エドワードは心を奪う厄介な存在だった。
 隙を見て下級校舎に近づいたエドワードは、ルカたちのいるクラスへ近づき、窓から逃げるように手助けをした。
──必ず守る。信じて。
 あの言葉は忘れられない。ルカの心を今も鎖で縛りつけている。
 初恋という名の枷は、決していいものではなかった。何せ絶対に叶わないのだから。
「俺たちなぜかこっぴどく叱られてさ、未だに納得してないよ」
「すごく怒られたよね。しかも危険なことをするなって大人に代わる代わる、ね。今になると確かに危なかったなあって思うよ。でも警察も手を出せない状態で助けてくれたんだから、もっとエドを褒めてほしかったよ」
「それは言えてる。そろそろ帰ろうか」
 飲み終わった紅茶缶を捨て、二人は映画館を出た。
 ルカは寮住まいだが、映画館から近いため一度実家に足を向けた。
 母のユウコが庭の花に水をあげている。
 息子のルカに気づくと、大きく手を振った。
「おかえり! もう、急に帰ってくるんだもの」
「マークと映画を観に行ってたんだ」
「マークと? 相変わらず仲良しね。今度連れてきなさい。お茶入れるから中に入って」
 紅茶とポップコーンでお腹は満たされていたが、母の愛情は別格だ。
 母のユウコは日本人で、別れた父親はアメリカ人である。
 父は記憶にないが、母はあまり思い出したくないようで語ろうとしない。
 ルカ自身も無理やり聞くつもりはなかった。
「紅茶は何がいい?」
「ストレートで」
「ミルクじゃなく?」
「実は映画館で飲んできたんだ。さらっとした軽いものが飲みたい」
 氷たっぷりの紅茶をもらい、ソファーに腰を下ろした。
「夕食はここで食べていく?」
「そうしようかな。少し仮眠させてほしい」
「はいはい。起きる頃には出来上がってるから」
「うん……」
 映画は楽しかったが、眠気との戦いでもあった。
 実家の落ち着く匂いと紅茶の甘みを感じながら、ルカはソファーに顔をうめた。

 想いが夢になるというが、ルカの夢にエドワードが現れた。
 大人になったエドワードは今どうしているのか。マークにはエドワードについてあれこれ聞いたりしない。たまにマークから家族の話を持ち出すが、元気そうだが会ってはいないといつもそこで話が終わる。それだけでも心臓が飛び跳ねた。
 夢の中でエドワードはルカの手を繋ぐと、微笑んだ。大きくてしなやかな手だ。
 ジュニアスクールで男たちに拳銃を向けられ、怖いを思いをしても救ってくれたエドワード。教師に怒られている間も、彼はずっと手を握っていてくれた。願望がそのまま夢に出てしまったのだろう。大人になった今も、彼の手が恋しくて仕方ない。
 同じアメリカにいて、いつかはまた再会できるのではないかと信じて──。
「ルカ、夕飯ができたわよ」
 母に起こされ、目が覚めた。
 たくさんポップコーンを食べたのに、良い匂いを嗅いでいたらお腹が小さく鳴った。
 鶏肉入りのキャセロールはルカの大好物でもある。
「映画観てきたって行ってたけど、ロスにある映画館で?」
「うん。どうかした?」
 ユウコが不安そうな表情を浮かべるので、ルカは聞き返した。
「爆破事件が起こったってニュースでやったのよ。もしかしたらルカが行った映画館かもしれないと思って……」
 ユウコはテレビのリモコンを手に取った。
 まさにルカとマークが楽しんだ映画館だ。
 ライブ映像では、灰色の煙が空高く上がり、辺りは瓦礫の山と化している。
 子供の泣き叫ぶ声や、面白がって携帯端末を向ける者もいた。
「ひどい……なにこれ……」
 小柄な身体に抱きしめられた。
 口にするのが憚られるのは判っている。犠牲者が出た中で「息子が助かってよかった」などと言えないだろう。
 想いはひしひしと伝わってきて、ルカも生きているし愛していると伝えたくて、背中に手を回した。
「今日は泊まっていきなさい」
「うん……そうするよ」
 息子の命を感じたいと、ユウコは手放そうとしない。
 痛いほど伝わる熱い想いとは裏腹に、キャセロールから出る湯気は徐々に消え失せてしまっていた。
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