冤罪人の恋文と、明けない夜のSOS

不来方しい

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第一章 初恋と事件

04 さらなる案件

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 付箋だらけのノートを開くが、何もかも手につけられなかった。
 教授の授業も耳に入らず、昨日のことが頭から離れない。
 任意聴取と聞いていたが、あれではまるで容疑者だ。すでに被疑者として扱われているといっても過言ではない。
 こちらの情報を流したのはマークで、まさか親友が容疑者扱いされているとは微塵も思わず、根ほり葉ほり聞かれることをすべて話してしまったようだ。これで細かな情報が知られているのは納得できた。
 いつの間にか授業は終わっていて、ルカはノートをしまう。
 影が覆い被さり顔を上げると、教授が笑いながら見下ろしていた。
 教授の笑顔に愛想笑いを浮かべる。
 時折鋭い目になるのは、犯罪心理学を担当するだけあり、心眼が秀でているからだ、と結論づけている。
「やあ、今日は何か眠そうだね」
「すみません、あくびばかりしてしまいました」
「悩みか何か? 話を聞こうか?」
 教授のヴィクターは、人懐っこい笑みを浮かべる。
「悩みってほどじゃないんですが……いろんな人に会って、疲れてしまって」
「気疲れ起こしたときは甘いものでも食べて、ひとりになる時間を設けた方がいいね。いろいろ事件が起こって、警察も出入りしているみたいだし」
「僕も聞かれました。初めての経験でしたから、やっぱり疲れているみたいです」
「執務室においで。君の好きなミルクティーでも淹れてあげよう」
 ミルクティーに惹かれたわけではないが、甘いものを欲しているのは事実だった。決してミルクティーに惹かれたわけではない。
 インスタントではなく、ヴィクターは茶葉からミルクティーを作ってくれた。
「ロイヤルミルクティー、大好物なんです」
「寮でも作るの?」
「いえ、ほとんどグリーンティーが多いですね。ミルクティーは日本メーカーが作っている缶をたまに飲む程度で……」
「授業中にもたまに飲んでいるもんね。さて、どちらが美味しいかな」
 茶目っ気たっぷりに出してくれたミルクティーは、茶葉の香りも失われてはおらず、ミルクもほんのりと香る。
「美味しい……甘くて落ち着きます」
「落ち着いたところで、悩みがあったら聞くよ」
「悩みってほどじゃないんですが……警察とのやりとりで気疲れしたのは本当です。それと、親しかった人と久しぶりに再会して……」
「それは素敵な話だね……って言えたらいいけど、それが原因?」
「どうしたらいいか判らなくて。頭の中がぐちゃぐちゃなんです。自分でも整理ができない。何に悩んでいるのかも理解してないんです」
「いろんなことが一気に起こると、何から手をつけていいのか判らなくなるよね。そういうときは、考えるのを止めてみてもいい」
「考えるのを止める?」
「甘いものを食べて、寝て過ごす。すると自然と解決策が見えてくるときもある。君はちょっと心配性なところがあるからね」
「なるほど……」
「眠そうだ。ここで少し寝てから寮に帰ったら?」
「ええ?」
「俺はパソコンを使って仕事をするだけだ」
 抑揚の少ない、優しい声が眠気を誘う。
 目を開けようにも開けられない。ルカは重くなった瞼を閉じるしかなかった。

「おかえり! 心配してたんだぞ!」
 寮に戻ると、マークが抱きついてきた。
 勢い余って転げ落ちないように、しっかりと受け止める。
「ごめんごめん、教授のところで寝ちゃってさ」
「教授? なんで? なにかされてないか?」
「されてないって。いろいろ話を聞いてもらってたら、眠くなって。ミルクティーごちそうしてもらっちゃった」
「ご飯食べてないなら食堂に行こう。俺、腹減っちゃってさ。宿題も手につかないよ」
「いつもじゃん」
 マークの心配そうな顔を見たとたん、いくらか気持ちが安らいだ。執務室で寝ていたおかげもあるが、寝起きなためか少しの頭痛がし、身体がふわふわしている。
 トレーに乗ったポテトが喉を通らず、時間が経つたびにまずす萎びていく。ごめんなさいと謝罪しているかのように、ふにゃりと曲がる。
「そういや、ルカ宛に手紙が届いてたけど」
「誰から?」
「わかんない。ドアの隙間に挟まってたんだ。ルカの机に置いてきたから」
「うん。ありがとう」
「早く食べようぜ。それとも何か持ってこようか?」
「プリンが食べたいかな。ヨーグルトでもいいけど」
 マークは合計四つ持ってきて、自分のトレーにも置いた。
 気を使ってくれたのだろうと、ありありとわかる。
 ポテトや肉は口にできなかったが、喉を通るプリンとヨーグルトはするすると胃の中へ入った。
 寮に戻って机を見ると、マークの言っていた通り手紙がある。
 真っ白な手紙に、手書きではなく印字された『ルカへ』と書いてある。裏には何も書かれておらず、誰からのものか判らなかった。
「いたっ…………」
 鋭い痛みが親指に走り、手紙を落としてしまった。
 白い紙には赤い液体が滲み、ルカは親指を恐る恐る見る。
 封筒からはみ出る鈍く光る銀色の切っ先に、愕然とするしかない。
「どうした?」
「マーク……」
「手紙って誰から?」
「っ……触っちゃだめだ!」
 拾おうとするマークの手のひらを強く掴んだ。
「え? ちょっと……指……なんで?」
 滴る血を見て、マークは青ざめている。
 すぐにティッシュを箱から抜き取り、ルカの指をくるんだ。
「手紙に……カミソリの刃が仕込んであった。送り主も判らない」
「なんで? どうしてルカに?」
 マークの目がみるみるうちに滲んでいく。
 ドアの隙間に挟まっていたのを見つけたのはマークだ。責任を感じているのだろう。
「ごめんっ……送り主がないのはラブレターかなとか思って渡したんだ」
「大丈夫。マークは何も悪くない。僕もマーク宛の手紙があったら、そのまま渡すし。普通のことだよ。たまたまカミソリの刃が入ってただけだ」
「それにしても、誰がこんなことを……」
「判らない。自分で言うのもおかしな話だけど、友人付き合いも多いわけじゃないし、人から怨まれるようなことはしてるつもりはない。でも判らないよね……ほんとに」
 警察には爆破事件の容疑者扱い、手紙にはカミソリの刃だ。ここ数日間で踏んだり蹴ったりな日々を送っている。
「これ、警察に言った方がいいと思う」
「それがいいかな……」
「ルカ、もしかしたら手首切ってたのかもしれないよ。指先だったのは不幸中の幸いだ」
「うん……明日は授業もないし、朝一で行ってくるよ」
「俺も付き合う。ルカひとりにほっとけないし。もしかしたら、ストーカーかも。ルカ可愛いし」
「可愛くはないけど、用心するよ」
 頼るべきはプロである警察だが、今のルカには不信感しかなかった。
 状況証拠があるとはいえ、ルカの指紋つきの紅茶缶が爆発物として浮かび上がっても、ルカにとっては寝耳に水だ。
 今は頼れるマークに感謝するしかない。
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