冤罪人の恋文と、明けない夜のSOS

不来方しい

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第一章 初恋と事件

015 ストーカーの正体

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 すべてが繋がっているかと思えば、一本にはならなかった。
 複雑に絡み合ってしまったのは偶然であり、そのうちの一つは細く長く続いている。
 途中でワゴン車を駐め、エドワードは大股であまり足音を立てずに男の前へ出た。
「ちょっとよろしいですか?」
 我ながら警察としての匂いは消せないと自覚している。
 男は慌てふためいて、逃げようと踵を返した。
「危ない」
 つま先がアスファルトの隙間に挟まり、男はよろけてしまう。間一髪で男の腰を支え、姿勢を正した。
「大丈夫ですか?」
「いや……あの……」
「何もあなたに危害を加えようとしたわけじゃない。話を聞きたいだけです」
「は、はい……」
 観念したのか、男は肩の力を抜いた。
「ユウコ・アストリーの元旦那さんですね?」
「そ、そうです……」
 気の弱そうな男だ。だからこそ逆上して何をしでかすか判らない怖さもある。
 エドワードはなるべく優しさを声に乗せた。
「彼女の家に花を置いたのはあなたで間違いないですか?」
「…………はい」
 か細い声で、男は答えた。
「わ、私は……捕まってしまうんでしょうか……?」
 怖い思いをしたのはユウコとルカだ。自分本意の考え方に辟易するが、ポーカーフェイスを保つよう心がける。
「あなたはただ花を元妻に送っただけです。そうですね?」
「そうです! 他には何も……」
「それが本当であれば、警察官はあなたを逮捕する権限はない。ただ、誰かも知らない相手からプレゼントをもらう側としては、とても困惑する」
「はい…………」
「これ以上行えば、それこそ逮捕になるかもしれません。未練はあるでしょうが、自分の身を案じて、止めるべきです。花を送る優しさがあるあなたですから、それを別の方に向けた方がいいかと思います」
「ユウコしか……いなかったんだ……。私が酒に溺れるばかりに愛想を尽かしてしまって……」
「まずはアルコール依存を治すべきです。花を送るお金を治療に当てた方がいい」
 わらわらと人が集まってきた。大の大人が泣きじゃくる様子は面白おかしく映るようで、注目を浴びてしまっている。
 何度も同じことを繰り返し、アルコール依存症を治せと説得すれば、口約束はしてくれた。
 ひどければ入院になるだろうが、その間にユウコを別の地域に引っ越しをさせればいい。口約束でどうにかなるとは思っていない。ストーカーとは自制がきかず、厄介なものだ。
 エドワードは通りかかったパトカーを捕まえ、事情を説明した。
 ルカの父親は逮捕されるのではと脅えているが、荒治療で必要なことだ。
 逮捕ではなく保護という名目で、男はパトカーに乗る。
 ずっと下を俯いたままで、反省しているように見えた。
 見えなくなるまで見送ると、小さな影が動いた。
「ありがとうございます」
 ルカは複雑そうな顔で、小さくお礼を言う。
「久し振りの父親だろうし本当は会わせてあげたかったが、何をするかなんとも言えないからな」
「ええ……あなたが何かされるんじゃないかと、怖かったです。父の記憶はほとんどありませんが、お酒に溺れて母に暴力を振るっていたのは覚えています。さっき、父は母のことばかりで僕の話は全くしませんでした。父親にもなりきれなかったんでしょうね」
 未練はない様子で、ルカはすっきりした顔をしている。
 父であっても、暴力的なところが残っていては、優しかった記憶は薄れていく。会えば男に未練が生まれ、今度は息子と話をしようと追いかけ回す可能性だってある。
 コンビニ帰りのルカを追いかけ回したのは、おそらく息子のルカだとは気づいていない。面影を感じて行ってしまったのだと、エドワードは考える。
 ルカはぼんやりと遠くを眺めている。何かに気を取られて、こちらを見ようとはしない。
 エドワードの視線に気づいたルカは、目を見開いて何でもないと頭を振った。
「ドーナツが食べたい?」
 遠くに見えるのはチェーン店のドーナツ屋だ。
「あまりチョコが乗ってないドーナツがいいです」
「チョコが好きなのに?」
「ドーナツもチョコも甘いんで、相乗効果どころかマイナスになるんです」
「確かにアメリカの菓子は甘い。前に君から日本のチョコをもらったとき、甘さも苦みもほどよくてとても美味しかった」
「なら、今度作ります。今は作るより、すぐにでも食べたいです」
 小腹が空いた、と訴えるルカは、いくぶんかすっきりした顔をしている。ずっと気がかりだったのだろう。
 ストーカーされていたとき、ルカは父に似ていたと話した。ただしばらく会っていないので、断定はできないと曖昧に濁すばかりだったが、歩き方の仕草や癖は簡単に抜けるものではない。
 こんなにもルカを思っているのに、彼は遠くのドーナツ屋に夢中だ。ドーナツに負けたという屈辱感が渦巻き、通り過ぎてしまいたくなる。けれどそれではルカが悲しむだけだ。
「一緒に食べるの、楽しみですね」
 ルカがはにかむものだから、どす黒い感情を隠したまま頷いた。
 コーヒーがいいだの、ミルクティーにするだの良いながら、合計五つのドーナツを購入した。
 ルカの考えていることはだいたい読める。
「マークを呼ぼうか?」
「はいっ」
 エドワードとしては早くふたりきりになりたいのだが、マークも被害者で功労者だ。正直、警察だけの調べでは犯人にたどり着けたのかも怪しい。マークの言葉でヒントを得て、逮捕に繋がったのだ。
 助手席のルカは大事そうにドーナツの箱を抱え、鼻歌まで歌っている。知った曲なので合わせて歌ってみたら、彼はひどく驚いた顔をした。
 音痴なのがばれてしまったが、笑顔を見られたので満足だった。
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