後宮に咲く美しき寵后

不来方しい

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第一章

01 雪国の后は外の世界を開く─①

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 ろくに光も射さない部屋の中、外から扉が開いた。
 解錠の音が怒っている。悲しんでいる。
「国王がお待ちでございます」
 王子の立場である以上、敬語は使うが、敬意は微塵も感じられない。
 数少ない侍従を従えて階段を上がっていく。
 王の間へ着き、先へ進んでいく。
 薄い紗の幕の中で王が玉座に鎮座している。
 フィリは頭を垂れ、床に手をついた。
「遠境の果てよりお前に縁談の話がきた。ルロ国の第四王子として、しっかりと使命を果たせ」
「……謹んでお受けいたします」
「一週間後、迎えがくる。話は以上だ」
 顔を上げよ、の一言もないのかと、フィリは心の中で悪態をついた。
「男が嫁ぐなんて……」
 ひそひそと話し声が聞こえ、あざ笑う者もいる。
 頭を上げずに一礼をし、フィリは王の間から立ち去った。



 山奥にひっそりと立っている国──ルロ。周りからは巨大な白い壁に囲まれ、中の様子を見ることができない。雪の降る地域でもあり、白の国とも言われていた。
 国というにはいささか小さく、戦争が起こればまず間違いなく負け戦となる。だが他の国が手出しできないのは、国が山に立っていて戦いに不慣れな環境であること、なにより薬師が集まる地でもあるためだ。毒という見えているのに見えない殺しの道具を作る国でもあり、近隣の国からは気味悪がられている。
「とてもよくお似合いですよ」
 心のこもっていない侍従の言葉に「ありがとうございます」と低い声で答えた。
 宝石も何もついていない白の服に、何重にもヴェールを被せられた。ここから先は誰に声をかけられようと、答えてはならない。娶ってくれる人にヴェールを取ってもらい、あらためてその国のものとなる。
 歩くたびに、小さな鈴が鳴っている。美しき花嫁が通る道だとわからせるために、本当はもっと数をつけるものだ。それがフィリはたった一つ。心底どうでもいいと言われているようだった。
「フィリ様でいらっしゃいますね。このたびはファルーハ王国の后としてお越しになることを、大変嬉しく存じます」
 ファルーハ王国に嫁ぐなど、今初めて聞いた。当の本人に伝えなくていいと思うほど、至極どうでもいいのだろう。
「第三王子であるヴァシリス王子も、心待ちにしていらっしゃいますよ。私はフィリ様の侍従を勤めます、アイラと申します。誠心誠意、お側で仕えさせて頂きます」
 アイラと名乗る女性は心底喜びを隠せないでいる。ルロ国の侍従とは大違いで、フィリには理解不能だった。
 ヴェールの隙間から結われた黒髪が見える。アイラがなにか話すたびに揺れていた。
「あの……お見送りの方は……?」
「私のみではご不満ですか?」
「いいえ、そのような……ですが、」
 アイラの言いたいことは「一国の王子が后として国を出るのに、見送りはなぜ侍従一人なのか」だ。
 余計な揉め事を起こしたくなく、フィリは従者を制し、少しだけ顔を上げた。早く馬車に乗りたい、と態度で告げる。
「フィリ様、失礼いたしました。お寒い中、申し訳ございません」
 アイラに手を借り、馬車へ乗り込んだ。窓にはシルクの布が垂れ下がり、外が見えないようになっていて、クッションやブランケットまで用意されていた。
「私も同じ馬車であることをお許し下さい。フィリ様を命をかけてお守りすることを約束いたします」
 良い香りがして顔を上げると、生花が飾られていた。ルロ国では見たことのない花だ。
「我が王国、ファルーハに咲く花でございます。本来ならば赤が主流ですが、白はとても珍しいのです。ヴァシリス様が后にと仕入れたものです」
 甘い香りがするが、かといってくどくはない。爽やかさもあり、側に置いて邪魔にならない匂いだ。
「苦手でなければ、ぜひ式のときにも使用したいとのことですが……」
 フィリは黙って頷いた。
「お気に召して頂き、幸甚の至りです。ここから先は数日かけてファルーハ王国へ行きます。途中、休憩を挟みながらの移動となります。飲み物やフルーツもご用意しておりますので、もしご用件がございましたらこちらのベルをお鳴らし下さい」
 初めて乗った馬車だ。臀部の当たりが痛くなるかと思いきや、山を下りているにもかかわらずほとんど揺れもなく、クッションのおかげか心地が良い。
 このような見た目で生まれた以上、死にゆく道が逸れただけだ。ファルーハ王国は本で読んだくらいだが、砂漠地帯だと聞く。ルロ国とは異なり、資源も豊富でとても豊かであると。
 フィリからすれば砂漠と豊かな国はとても結びつかなかった。雪も一切降らず、暑さに耐えられるのか、と。
 それに男を娶るなどとんでもないことを言いのける。実はファルーハ王国というは存在せず、それは単なるおとぎ話で、これから向かう先は処刑場の可能性だってあった。
「フィリ様、……フィリ様」
 目を開けると、頭がぼうっとしている。考えごとをしながら眠っていたようだ。眠りの深いときに起こされ、目覚めが良くない。
「お目覚めのところ失礼いたします。今宵の宿へ着きました」
 馬車から降りると、古びた宿が建っていた。森の奥深くで、まだ山を抜けていない。
「本日はこちらで泊まります。交代で深夜も警護いたしますので、フィリ様は安心してお眠り…………っ」
 どさ、と音がした。ヴェールの下から初めてアイラの顔を見た。
 アイラが地面に倒れている。フィリはアイラの元へ駆け寄った。
 ヴェールが頭から離れ、風に乗って飛んでいく。
「ど、どうしたんだ……」
「フィリ様! お戻り下さい!」
「これはいかん! フィリ様に早くヴェールを!」
「高山病だ。アイラを運ぶ。布団をすぐに用意してくれ」
 心臓の音がいやに早く、鼻から出血している。
 風でとばされたヴェールを慌てて持ってきた兵士から受け取り、ヴェールを引き裂いた。
 小さくなった布をアイラの鼻に詰め、抱き上げようとしたが、
「ぐっ…………」
 小柄な女性を一人で運べないほど、体力が低下していた。まともに外にも出してもらえず、日の光を浴びない部屋に閉じ込められていれば、身体も弱まる。
「私たちが運びます」
 数人の兵士たちが近寄ってきた。男として不本意だが、アイラを渡し、
「血管を広げて血流を良くし、呼吸を楽にする薬を持っている。それを飲ませる。お前たちの中にも苦しいものはいないか? 胸に手を当てて心臓の音が早くなっていたら、そのような傾向がある」
 兵士たちはどうすればいいのか互いに顔を見合わせている。素直に従うものはいない。
「僕はまだ式も挙げていないし后でもない。薬師として扱え」
 フィリの言葉に、兵士たちはようやく胸に手を当てた。
 その場にいる者のほとんどが体調不良を訴えた。
 フィリは一度馬車を出してもらい、薬の素材をいくつか集めた。
 兵士に制しさせられてもフィリは日が昇るまでアイラや兵士たちの面倒を看続けた。
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