後宮に咲く美しき寵后

不来方しい

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第一章

08 真の后となるために─③

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 リリはとても賢く、誰が飼い主なのかすぐに覚えた。
 足に金の輪をつけて放してやると、大空で羽ばたいて何周かしたのち、止まり木へ戻ってきた。
「お前は本当に賢いな」
 泳いでいる間にリリはどこかへ行き、戻ってくる。自分で餌を見つけているのだろう。
「フィリ様、夕餉のお時間です。本日もヴァシリス様が御渡りになられますよ」
「アイラ、一国の王子がこうして頻繁に后の元へ通うものなのか?」
「ヴァシリス様は特別かと存じます。他の国王や王子は側室を持つのが一般的ですから、毎日通うことはほとんどないかと」
「そういえば、ヴァシリスって側室はないんだよな……」
 アイラたちが頭を垂れる。考え事をしていたフィリは遅れてヴァシリスを迎えた。
「どうかしたか? 不思議そうな顔をしている」
「ああいや……毎日見ていると気づかないが、少し背が伸びたな。前は肩より下くらいだったのに」
「これからもっと伸びるさ。きっとフィリよりも高くなる」
「どうだか」
「そしたら、口づけするときも背伸びをしなくて済む」
 常に人がいるからか、ヴァシリスとの触れ合いはほとんどなかった。手を繋いだり、プールに入って肩に触れる程度である。
 そっと指先を絡ませてみた。するとヴァシリスは、フィリの指を揉み込んだ。
「実は大事な話がある」
「あらたまってどうしたんだ?」
「前に塩を作ったらどうだという話をしただろう? 急な話だが、塩の生産をしている国へ視察に行くことになった。だからしばらくはここへは来られない」
「いつ帰ってくる?」
「戻る頃には俺は成人を迎えている。いくつもの山と海を越えて行かねばならないんだ」
 出会わなかった日を思えば大した時間ではないのに、頭が真っ白になった。
「終わり次第、なるべく早く帰る。兄上が戻ってくる前には」
「ジャミル王子はもうすぐ帰ってくると聞いた」
「帰ってきても会う必要はない。というより、会えないからな。后としてまだ結ばれていない以上、よほど特殊な事情がない限り、ほかの王子たちとも接触は厳禁だ。ただジャミル兄様のことだから心配ではある。俺の鷲もここへ持ってこよう」
「その間、二頭まとめて面倒をみておくよ」
「ああ、頼んだ。名前はラティ。とても賢いぞ。ラティだけでは寂しいだろうから、手紙も出す」
 后として結ばれていない──それは半人前の后だ。
 結ばれるとは、彼と交合を行うことになる。今はまだ子供でも、二年もすればあっという間に大人の男へ成長する。
「早く床に入りたい。一晩中、可愛がりたい」
 本で読んだが、ヴァシリスの年齢を考えれば性欲がかなり強い時期だろう。ほとんど誰とも接触せずに地下で過ごしたフィリからすれば考えられないが、性的な接触ができないとなると可哀想ではある。
「俺がいない間に万が一最悪な状況になった場合、アーディム王子を頼ってくれ。必ず力になってくれる」
「でも会ってはいけないんだろう?」
「掟より命が大事だ。守らなくていい。責任は俺が取る。アイラを頼れと言いたいところだが、侍従は王子より立場が下だ。命じられれば逆らえない」
 アイラを見やると、話を聞いているはずなのに何も言わなかった。肯定ととらえた。
「アーディム王子は臨機応変に対応でき、寛容なお方なんだな」
「子供の頃はよく遊んでもらい、勉強も見てくれた。アーディム兄様はフィリのことをぜひ紹介してほしいと言っていた。次期国王に相応しいお人なんだ」 
「お会いできるのを楽しみにしている」
 国王の話が出たついでに、重い話題に触れた。
「国王は、あまり体調がよろしくないと聞いている」
「医者が言うには、もう長くないだろうと。病気に関して、今日明日どうなるかは医師でも判らない。実際、あと半年ほどだと言われたが一年以上は存命中だしな。本当はお側にいたいが、伏せっている父上に怒られてしまった。国のために今すべきことを行え。命長くない者の側にいるより、視察を優先すべきだ、と」
「国王がご存命の間に帰ってきてくれ。僕も……寂しい」
「そんな風に言われるとは思わなかったな。フィリは独りでもいいと平気そうな顔をする」
「元々、親や兄弟と接触すら許されない環境にいたから、そうい感情が乏しいんだと思う。ただ、ここへ来て皆がよくしてくれて……お前に会えて、寂しいって感情が判った気がする」
 リリはピイ、と小さな声で鳴いた。
「ラティの好きなものはあるか?」
「毎朝の水浴びと日光浴、それとウサギの肉だ。魚もよく食べる」
「ちゃんと世話を欠かさず行うよ。リリと仲良くなってくれたら嬉しい」
「オスとメスだし、番になるかもな。ラティはまだ誰とも番になっていないんだ。ファルーハ王国の鷲はオスとメスで子育てをする。番になればずっと死ぬまで一緒なんだ」
 再びリリは鳴いた。今度は力強い声だ。番なんていらない、と言っているように聞こえた。



 翌日、ヴァシリスはラティを置いて旅立った。
 別れのキスは熱情を伴わない軽いもので「ベッドへ連れていきたくなる」と名残惜しい言葉を残した。
 ラティはリリを見ると、羽を広げて甲高い声で鳴いた。
 リリはラティが近くにいても、きれいさっぱり無視である。
「ヴァシリス様がいなくなって寂しいですよね」
「そうだな……。でもやるべきことはやるさ。午前中に二頭の鷲の水浴びをして、授業を受ける。午後は僕の体力回復のために泳ぐ。できるだけ国の知識を入れておきたい。あとは病や薬についても。薬師として、何かできることはあるかもしれない」
「もしよろしければ、授業の時間を増やしましょうか?」
「大丈夫だろうか? ヴァシリスの許可を得ていない」
「では、ヴァシリス様へ手紙をお書きになってみてはいかがでしょう?」
「……別れてからすぐに?」
「お喜びになられますよ」
「手紙など……出したことがない。何を書けばいいのか」
「素直な気持ちを文字に乗せればいいのです。差し出がましい
ことを申しますが、ルロ国へ手紙を出すことも禁止されておりません」
「僕には父や母、兄弟はいない。出す相手がいないんだ」
「大変失礼いたしました」
「いや、ありがとう。アイラが気を使ってくれているのは判っている。他の后は出しているのか?」
「左様でございますね。王子が部屋にいらっしゃらない間はどうしても暇を持て余してしまいますので、手紙のやりとりが楽しみだという后は多いです」
 午前中は歴史の授業を学び、午後はヴァシリスへ手紙を書いた。病について勉強したいので、医師から授業を受けたい、と。
 返事は早く、一週間ほどで帰ってきた。「別に構わない。なんなら、女医師であれば教師に雇ってもいい」と。これにはフィリは驚愕した。
「女の医師? 男以外でもなれるんだな」
「ええ、おりますよ。女は条件付きで医師になれるのです」
「条件……血筋の問題か?」
「左様でございます。フィリ様は本当に明晰でいらっしゃいます。後宮に数多くいらっしゃる后の血に近いものはなれないのです。過去に他の后を出し抜こうと──とある后の母君でしたが、医師自ら他の后へ毒を注入した事件がありました。ヴァシリス様の許可を得られましたので、ダナに話をつけましょう」
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