霊救師ルカ

不来方しい

文字の大きさ
上 下
17 / 99
3-それぞれのストーカー

018 いわく付きの学校

しおりを挟む
 できるだけ目立たないようにしようという心意気は、ものの数分で打ち消されてしまった。
 辺りから王子だのプリンスだのイケメンだの芸能人だの声が上がる。悠の隣を歩く男は不機嫌そうにつんと澄まして見向きもしない。
 ルカは霊救師れいきゅうしとして赴くときも決してスーツ以外を着用しない。ルカは仕事人としてこだわりがあった。白い肌にハニーブロンド、漆黒の瞳。そして本日は暑いので上着は着ておらず、腰の細さや背中の広さが際立っている。ネクタイにはネクタイピンが差し込まれていた。
 朝一で高校にやってきたため、余計にふたりは目立って仕方がなかった。
「暑くないですか?」
「僕は平気です。ルカさんは?」
「私も平気ですよ。あの教室のようですね」
 みるくのいとこと待ち合わせをしている教室だ。中は出店のようで、だらけた生徒が多かったがルカが入ると悲鳴が起こった。
「確か、三つ編みにしてるとは聞いてます。あまり目立つタイプじゃないとか」
「三つ編みの方…数人いらっしゃいますね」
 ルカはずいっと前に出て、声高らかに口を開いた。
「僭越ながら申し上げますが、こちらに笹野未来様のいとこの方はいらっしゃいますか?」
 しんと静まり返った。やがて、一人の三つ編みで、顔にそばかすがある女の子が、一歩前に出た。
「あの…、未来ちゃんはいとこです……私、安藤奈々です……」
「初めまして。私が誰かご存知ですね?」
「はっはい……」
「場所を移したいのですが」
「中庭が…いいと思います……」
 他の女子生徒は羨ましそうに穴があくほど見つめている。少女は鞄から白い紙を何枚か取り出すと、行きましょうと促した。
「驚かせてしまい申し訳ございません」
「とんでもないです…それとこれ、頼まれていたものです」
「ありがとうございます」
「ついでに、学校校舎の配置も」
「とても助かります」
「それで、その……」
 もじもじとするだけで、奈々は下を俯いてしまった。見かねた悠が声をかけると、奈々は遠慮がちに視線を上げた。
「僕、景森悠かげもりはるかっていいます。配置まで助かりました。すごいですね、短期間でこれだけ集めて」
「大したことじゃ…景森さんも一緒に仕事をしてるんですか?」
「見習いで、お手伝いです。あれ…配置図が2枚?」
「ちょっと気になることがあったんです」
 ルカは何も言わず、悠より一歩下がったところで二人の会話を聞いている。
「自殺した方がいる体育倉庫ですが、昔は体育倉庫ではなかったんです」
「ん?」
 配置の図面を照らし合わせてみる。ルカも覗く。大きな木が一本あり、切り倒されて今は体育倉庫になったようだ。
「いろんな噂がありますから、交じり合って体育倉庫で自殺という噂になったみたいです」
「まとめると、自殺者が出たときは一本木があっただけで、体育倉庫はなかった。その木が無くなって今は体育倉庫になっている。ってことですね?」
「はい。図を見る限りは」
「行方不明者が出たときは?」
「そのときはすでに体育倉庫だったみたいです」
「この体育倉庫は、生徒の皆さんは入れますか?」
「部活などで準備がありますから。ここにサッカーボールなどもしまってあるんです。あ、でも」
「でも?」
「用務員の方が少し、厳しい方で。噂になっている体育倉庫ですから、遊んでいる生徒がいるとかなりお叱りを受けます。私は…あんまり得意じゃなくて」
「……判ります。僕も、声を荒げる方は苦手なので」
 初めて会う人だが、悠は親近感を覚えた。
「気絶した生徒の話を聞きたいんですが、どの方か判りますか?」
「あまり私は親しくなくて…その、派手なグループの人というか」
 もじもじと動き、黙りだんまり状態になってしまった。
「僕らで対応しますので、案内してくれると助かります」
「はっはい…案内だけなら……」
 悠たちは奈々に連れられて、二階のクラスにやってきた。ルカは口数が少なく、奈々の相手を悠に任せている。
 連れて来られた場所は、黒いカーテンに遮られており、大きな看板にお化け屋敷と書かれている。
「おっお客さん第一号じゃん」
「いらっしゃいま……おおう」
 男子生徒の一人がルカを見て奇妙な声を上げた。ルカはそっぽを向き、何も言わない。
「あの、体育倉庫で気絶した生徒がいたって聞いたんですけど」
「あ、それ俺っす」
 怖いのか、奈々は悠の後ろに隠れた。悠は流れを軽く話し、当時の状況を教えてほしいと彼に説明した。
「いいっすけど、とりあえずお化け屋敷入ってくれます?」
 男はニヤニヤと笑い、悠としてはあまり良い印象を持たなかった。人をからかうような、新しいおもちゃを見つけたような表情だ。
「あれ?怖いの駄目な感じ?」
「そうですね…ちょっと怖いかも」
 それどころか毎日霊が見え、人との区別すらつかないときもあるのだが、話を合わせた。
「そんなに怖くないって!どうぞどうぞ!」
「じゃあ入ろうかな…奈々さん、ありがとうございました。もう大丈夫ですよ」
 この男はよほどお化け屋敷に自信があるようで、悠は怖がるふりをしてルカの腕を掴み、さっさと中に入る。
「作り物ですがよく出来ていますね」
「不可視世界を妄想で作り上げようとする心意気は理解に苦しみます」
「ここには霊的なものは感じません」
 それより、あの男の背後にいた者が訴えかけていた。ルカも気づいているだろう。
 中は迷路になっていて、途中でお化けに扮した生徒が脅かし、道案内をしている。テレビや人形など小道具を使い、雰囲気も悪くない。恋人や友人同士で入れば盛り上がるのかもしれないが、今回は相手が悪い。ルカと悠だ。
 手口と書かれたドアを潜り抜けると、男たちは薄笑いのまま腕を組んでいる。
「面白かったです。よく出来てますね」
「でしょ?」
「それで、教えてほしいことが……」
「俺教えてあげるとは一言も言ってないけど?」
 ついに、男たちはゲラゲラと笑い出した。馬鹿にされているのは感じていたが、この場を妥協できるほど悠は口車は上手くない。
「なるほど…そういうことでしたか」
 後ろで沈黙を貫き通していたルカが口を開いた。
「あ?」
「あなたはこの高校で自殺した生徒がいると話を聞き、ご友人と共に現場の体育倉庫へと出向いた。教師や他の生徒が岐路に就いた夜遅い時間でしたね。入ろうとした矢先、あなたは頭への衝撃により、気絶してしまう。後からやってきたご友人は、あなたがいないのは帰ってしまったからだと思い込み、ろくに確認もせず帰宅してしまった。まさかあなたが錆び付いた体育倉庫に放置されているとも知らずに。次の日は大騒ぎのようでしたね。ご兄弟とお母様は、あなたが帰ってこないのはいつものことだと心配すらしていないようでしたが」
 口が開けばベラベラと美しい日本語が飛び出し、男はあんぐり口を開けたまま一驚している。
「なんでお前知って……」
「もう結構。背後にいるお方が話してくれました。行きましょう、悠。用済みです」
「は、はい……」
「ああ、それと」
 ルカは後ろを振り返る。妖艶な姿に、悠も見入ってしまう。
「あまりご家族に心配をかけさせないように。出稼ぎで懸命に働くお父上も、とても心配していますよ」

 改めて、悠はルカを怖いと思った。霊感は他人よりかなり備わっているが、ルカは群を抜いている。あの短時間ですべてを聞き取り、正確に相手を黙らせる方法も、ルカは上手い。
「助かりましたよ、悠。私一人では、きっと安藤さんからお話しを聞き出せなかったでしょう。外国人だからか私だからか存じ上げませんが、彼女は私を怖がっている節があった」
「ルカさん一人でなんとかなったんじゃ」
「なりません。私は私の、あなたはあなたの役目があります」
「そう言ってもらえると嬉しいです。お役に立てました」
「それと背後の霊がお喋りな方で救われました」
 お互い、顔を寄せ笑い合った。
「次はキーワードとして出ている、用務員さんに話を伺いますか?」
「はい。それと当時の状況をまとめますね」
 生徒の名前は佐藤幸司さとうこうじ。木にロープを引っかけ、首を吊った状態で死んでいた。警察は自殺と認定。遺書はなく、近くに椅子が倒れた状態で転がっていた。
「あと、マスコミも話題にしてなかったんですが、佐藤幸司さんは虐めを受けていたとネットの書き込みでみました。学校側は特に何も言っていませんが。ネットなので証言は曖昧です」
「真実だとすれば、学校は把握していなかったか隠蔽かのどちらかですね」
「どうします?今日だけで決着をつけなきゃいけないので、僕とルカさんが別々に動くっていう手もありますが」
「今回は一緒に。いずれ個々で動くときはやってきます」
「把握です」
 まずは図面を頼りに体育倉庫まで足を運んだ。体育館の裏側になっていて、体育館にいる生徒からはまったく見えない造りだ。
「あそこはなんでしょう」
「図面によると、用務室になっているみたいですね」
「用務室も外にあるんですか」
 体育倉庫は外から鍵をかける形状であり、内側からはかけられない。ただ、錆び付いていて動かしづらい。
 一歩中に踏み入れると、悠の脳にどす黒い感情が入り込んできた。人に対する羨みや妬み、主に怨恨。苦しいと声に出したいが、声にならない。
「悠!」
 ルカの声で正気を取り戻した。しっかりと地面に足をつけようとするが、よろけてしまう。すんでのところで、ルカが腰を支えた。
「大丈夫ですか?」
「なんとか。いますね、あそこに立ってます」
「はい。残念ですが怨霊です。私は常に幽霊の味方でありたいのに、ああなってしまえばどうにもならない場合は多々ある。困ったものです」
 ルカは悠を軽々と抱き上げ、マットの上に座らせた。ルカはひとりで男子生徒の元に向かう。悠にも声ははっきり聞こえた。息ができない、と。
「あなたの様子から、自殺でないことは、判りました。真実を、話して下さい」
 丁寧に言葉を区切りながら、ルカは声をかける。だが男子生徒の口から出る言葉は、悶え苦しむ唸り声だけだ。根気よく紡いでも、聞き出すのは難しい。ルカの額にも汗が滲んでくる。
「悠、お願いがあります。あなたは用務室へ行き、話を聞いてきてもらえますか?これは私の勘ですが、用務員の方が関わっているような気がしてならないのです」
「把握です」
「聞き分けの良い子だ」
 足元がおぼつかない中、悠は地に一歩一歩踏みしめながら用務室までやってきた。オンボロの小屋で、少し強めにドアを叩くと木の軋む音がする。しばらく待っていると、中から中年の男性が出てきた。
 白髪の混じった髪と眉間の皺で、年齢は50代くらいに見える。細い目を悠に向け、体調が悪そうな様子に手を差し出してきた。
「大丈夫か?」
「はい…あなたが用務員の方ですか?」
「ああ」
「単刀直入にお聞きします。あなたは佐藤幸司さんを知っていますね?」
 あえて断定する聞き方により、動揺も誘え、ボロを出せる可能性があるとルカに教えてもらったやり方だ。
 男は差し出した手を一瞬だけ引っ込んだ。
「自殺した生徒のことか」
「正確には、自殺と認定されてしまった生徒です」
 みるみるうちに男の目が潤んでいった。耳が赤く、頭に血が上っている。
「信じてもらえないかもしれませんが、私は霊が見え、声が聞こえます。佐藤幸司さんは苦しんでいます。あの苦しみ方は尋常じゃない」
「幸司が…まさか」
「自殺ではなかったんじゃないんですか?」
「幸司は殺されたんだ」
 身震いを起こし、悔しさを滲ませた声色で拳を作った。
「あなたが事情を何かしらご存知なのは判りました。体育倉庫に来てもらえますか?佐藤幸司さんがいます」
 男は黙って悠の後ろを追う。体育倉庫には、怨霊と化した佐藤幸司とルカがいた。互いに対面したまま動かない。佐藤幸司は先ほどと比べると、幾分か高圧的な態度を緩めていた。
「ルカさん!」
「あなたが佐藤幸司さんのお父上でございますね?」
「はい…私は…佐藤一朗さとういちろうと言います。本当に…幸司がそこにいるのか?」
「おります」
「幸司は…殺されたんだ…同じクラスの奴らに」
「私が知った真実と照らし合わせながらお聞きましょう。本当の話を教えて下さい」
 一朗は重い口を開いた。当時中学二年だった幸司は、クラスでもおとなしい子供だった。本をよく読み、成績が優秀で特に国語が得意だった。
「クラスに数人はいるような悪ガキが、うちの幸司に目をつけ始めたんです」
 素行があまりよくない生徒が、幸司をからかい始めた。人より優しい幸司は特に相手をしなかったが、次第に虐めはエスカレートしていった。
「当時、学校では首吊りごっこというふざけた遊びが流行っていたんです」
 ルカは唇に人差し指を置き、黙って聞いている。
「失神する直前で縄を解くなんて馬鹿げてる。奴らは幸司にそれを行った」
 体育倉庫は、前は一本大きな木が立っていた。その木にロープをくくりつけ、幸司を吊ろうと試みた。椅子を使い、足がギリギリつくかどうかの瀬戸際で追い込んだ。
「ところが、苦しさで足がばたつき、椅子が蹴飛ばされてしまった」
 離れて見ていた数人の生徒にはどうすることもできず、そのまま幸司は息絶えた。
「これが真実です」
「なんとも、痛ましい事件です。確かに幸司さんも苦しさにも説明がつく。ですが、なぜあなたはそれが真実だと知ったのですか?」
「数年経ったある日、ポストに手紙が入ってたんです。差出人は不明。クラフト封筒に、一枚の手紙。こう書かれていました」
──幸司さんは自殺ではありません。実は校舎から見てました。怖くて、言い出せなくてごめんなさい。
「なぜそれを数年後に言い始めたのか……やるせない気持ちですが、手紙の主も、報復されるのが怖かったとも書いていました」
「行った生徒の名前は書かれておりましたか?」
「一人、クラスでも中心的な人物の名前です。私はすぐに訴えましたよ。でも警察はただの悪戯と処理です」
「当時の幸司さんの足取りはご存知ですか?」
「買い物に行った帰りだったんです。母親の手伝いもよくしてくれる子でした。スーパーと家を行き来するには、学校を通らなければならないんです。買い物帰りに、そいつらに見つかって…スーパーの袋も木の脇に投げ捨てられていました」
「普段から自殺を考えていても、買い物を終えた帰宅途中に命を投げるには不自然ですね」
「俺もそう訴えた。だが警察は自殺と処理した。学校も虐めを隠蔽している」
「証拠が無ければ警察はそういうものです。もちろん、警察のおかげで生命を生かされる場合もございます」
「幸司はこのまま自殺で終わってしまうのか?」
「それを覆すような強い証拠、または殺害した方の自供があれば、動くでしょうね。それはそうと、私はあなたに聞きたいことがある」
 人間に対し、失望や絶念を感じ、追いつめるときのルカの顔は何度も見た。感情は読めず、ぞっとするような美しさを秘めた彼を、なんと表現したらいいのか判らない。あえて言うなら、この世に生きているとは思えないほどの麗しさ。
「あなたが殺した生徒についてお伺いします」
「……何の話だ?」
「私は霊の声が聞こえます。今の話も、あなたの息子さんから伺いました」
「適当なことを言うな!」
「息子さんは嘆いています。それは殺されたことに対してだけではない。本人は生きていないと理解しています。なぜ未だに可視世界にいるのかは、あなたが罪を償わないから未練を残しているのですよ」
 一郎の足はガクガクと震え、恐ろしいものを見るかのようにルカを凝視している。
「こちらで調べ上げた結果、行方不明になった生徒がいらっしゃいますね。あなたがこの高校に赴任中の話だ。それに、体育倉庫でひとりの生徒が気絶し、閉じ込められている。わりと最近の話です」
「偶然に…決まってる……」
「自供してくれると信じておりました。息子さんを殺害した元生徒の話ばかりで、とても残念です。加えて申し上げましょう。行方不明となった生徒は、体育倉庫の下に埋められていますね?息子さんは見ています。それを私に教えてくれました」
 キーワードになる言葉は息子だった。尻を地面につく男は、泣きじゃくりながら一言、俺が悪かったと漏らした。

 池袋で開催されていた北海道展はルカに好評だった。特に有名なチーズケーキは、目を瞑りながら一口一口味わいながら口に運んでいる。
 スマホでニュースを確認すると、高校にある体育倉庫の一部を取り壊し地面を掘ると、人の骨が見つかったとニュースになっている。同時に、用務員として勤務していた佐藤一郎が逮捕された。
  調べに対し、警察がよく調べもせず自殺と決めつけたこと、虐めを隠蔽した高校に恨みがあった。息子が死んだ木に悪戯をする生徒が許せなくて殺したと自供を始めている。夜間、学校に足を運び、こっそりと埋めたと自供している。
「警察や高校側ははもう一度幸司さんについて調べるんでしょうか」
「さすがに動くでしょうね。このネット社会ではそれこそ隠蔽も難しいでしょうし」
 ルカはもう終わった事件だと言わんばかりに、報酬としてもらったMr.フレッド人形を眺めている。
「悠、あなたの同情をする心はあなたにしかない優しさです。私はあなたをとても美しいと思います。けれど、いちいち心を痛めていたら身が持たない仕事です。割り切りなさい」
「ルカさんは?」
「私は人のために動いていません。救いたいのはあくまで霊です」
「……がんばります」
「よろしい。ついでにお茶を入れて差し上げます」
 ルカの言動は人を救う。救いたいのは霊だと言うが、彼により救われた人間は多く存在する。悠もそのうちの一人だった。
しおりを挟む

処理中です...