11人の贄と最後の1日─幽閉された学園の謎─

不来方しい

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第一章 贄と学園の謎

039 教祖の策略

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 部屋にはおろしたての和服が数着並んでいる。隊服でもなく、何かの役職のものでもない。
「教祖様からだ」
「受け取るわけにはいかないな」
「けど、受け取るしかないのは判っているだろう?」
 叔父の銀郭は、プライベートルームで二人だけになると、とたんに口調を崩した。
「梅愛様の体調が思わしくない。息子の紫影に会いたいと泣き崩れている」
「いよいよ俺と学園と切り離そうとしてきたな。体調が悪かろうが、それを口実にしているだけだ」
 銀郭は深く頷いた。
「お前には不正の疑いがかかっている。息子が贄生に選ばれるのとほぼ同時に審判者へ志願した。疑われても仕方ない」
「教祖様は?」
「今は不在だ。明日には戻られるが……」
「ではまずは梅愛のところへ行こう」
「そうしてくれ。苦労かけるな」
「本部の動きを教えてもらえるだけ助かる。俺がいない間、できれば学園に行ってもらいたいが……」
「それは無理だ。瑠璃様がやってきたばかりだが、次の巫覡が誕生するまでそう遠くないとお達しがあった。教祖様は確信めいていて、まるで御神託を降ろしたかのような言い方だったな」
「俺が学園から離れれば、間違いなくもうひとり誕生すると言いたいんだろう」
 シロよりのグレーどころか、これでは先も見通せないほど真っ黒だ。クロだと教祖は確信している。
「咲紅は大丈夫なのか?」
「葵にも任せてきた。俺自身、教祖に何を言われようが、ここに引きこもるつもりはない」
「それがいい。さすがに厳戒態勢でお前を見張ったりはしないはずだ」
 用意された和服ではなく、元々持っていた紫の着物に着替え、梅愛のいるフロアへ向かう。
「紫影様、ご無沙汰しております」
「母上は?」
「それが……誰も入ってくるなと……」
 紫影はインターホンを押し、帰ってきたと告げる。
 すると、勢いよくドアが開き、梅愛が飛びついてきた。
「ああ、紫影……私の愛する息子……」
「母上、まずは中へ入りましょう」
「誰も私を愛してくれない……教祖様も、儀式ばかりで私を振り向いてくれない……」
「立場というものがあります。教祖様はお忙しい方……我が教団を繁栄させようと、白蛇様へ祈りを捧げ、儀式を全うしようも全力を注いでいる日々です」
「お願い紫影……側にいて……」
「ひとまず、離れて下さい」
 梅愛を中へ入れ、縋る彼女を抱きとめた。香水の香りが鼻につき、頭をかきむしりたくなるほど嫌悪感しかない。神経の一本一本が彼女の吐く二酸化炭素をも拒絶している。
 梅愛の手は徐々に下がり、臀部の辺りを行き来し始める。細い指は割れ目をなぞり、双方を緩やかに掴んだ。
 一度の過ちは片方に亀裂を生み、もう片方に狂愛を生んだ。
 逸脱した行為は紫影の望んだものではなかったが、今は恋仲になった咲紅がいる手前、人質にでも捕られない限り、柔らかな身体に触れることはできない。
「母上、まずは食事に致しましょう。私が作ります」
「それより、私はあなたの体温を感じていたいの……」
「食事が先です。頬が痩せこけましたね。しっかり栄養を摂らないといけません」
 不服そうな顔をする彼女を押しのけ、紫影はキッチンへ向かった。
 咲紅のために作るわけではない料理は、気持ちが乗らず眉間にしわが溜まる一方だ。
 そして、このときばかりは父と母に感謝した。
 幼少の頃からあらゆる薬や毒の知識を叩き込まれ、牢獄のような部屋へ閉じ込められた。完璧に問題を解かなければ出してもらえず、これが愛情だと思うことで乗り越えてきた。
 まさに今、あのとき叩き込んだ知識が役に立つときがきた。
 紫影は懐から液体の入った細い容器を取り出すと、彼女の使用する皿へ数滴垂らした。



──しーちゃん、あのね?
──どうした?
──さっちゃんね、この花すき!
──これは、桜っていうんだ。
──さくらかー。そっかー。しーちゃんは?
──好きだよ。でも咲紅が一番好きだ。
──さっちゃんも!おっきくなったら、さっちゃんとけっこんしてくれる?
──もちろんだ。結婚して、ずっと一緒にいよう。



「おい」
「──……咲紅…………」
 呼ばれた紫影は重い瞼を開けた。
 人工的な光は誰かの顔に遮られていて見えない。
 霞む目がはっきりと分かったとき、ここは自分の家ではないと気づいた。
 ソファーでうたた寝をしてしまったらしい。無造作にかけられた毛布は、随分と使い古されている。
「俺、そんなにさっちゃんに似てる?」
「全然似てない。咲紅はブロンドヘアーで、とにかく可愛い」
「はいはい。起きたんなら顔洗ってこいよ。飯できた」
 むくりと起き上がると、勝手気ままに洗面所へ行き、冷たい水を出した。
 懐かしい夢だった。息子と何度結婚の約束をしただろうか。
 幸せな時間であったため、男同士では結婚できないと正さなかった。寂しくも、いずれ知ることになると、自分の欲を優先させてしまった。
「……なんだこれは」
「お好み焼き。贅沢言うなよ。いきなり家に来たから、冷蔵庫に何もなかったんだ」
 男──烏丸緋一は、無造作に伸ばされた髪をゴムで結び、ボウルごと紫影へ渡す。
 自分の分は自分で焼けと言いたいらしい。
 白神が入るマンションへ行けば、コップ一杯の水すら紫影に入れさせようとはしない。立場を守るため、紫影も人を使い、自分でしようとはしなかった。
 だがここは紫影のプライベートルームではない。唯一無二の親友である、烏丸緋一の家だ。
 紫影にとって、居心地がよくてたまらないオアシスだった。
 お玉で掬い、油の跳ねる鉄板へ乗せる。
 緋一は紫影が鉄板に乗せた生地にも、豚バラを乗せた。
「で、学園を離れることになったのか」
 寝る前の記憶を叩き起こし、梅愛の話をしていたと思い出す。
「教祖のことだ。俺を学園から引き離したくて梅愛と結託していてもおかしくない。梅愛が狂気の沙汰なのはいつもだが、今まで以上に狂っている」
「梅愛さんも演技だっていいたいわけか」
「……久しぶりに『梅愛さん』と聞いた。お前は白神の関係者ではないからな。あそこにいると、全員があの女に様付けで気が狂う」
 だからこそ、烏丸緋一と深い仲となれたのかもしれない。
 親友であり、白河とかけ離れたところで繋がりを持てる人物。咲紅の話も気軽にできる、世界でたった一人の男だ。
「それ、焦げるぞ」
 ヘラでひっくり返すと、いい焦げ具合で油が跳ねた。
「にしても、お前の兄弟が生きていたなんてすげえ話だな。どれだけ悪運が強いんだか」
「結託してるのは黄羅もだ。警備隊を乗っ取り、何が何でも咲紅を巫覡にしようと教祖側の人間だ」
「さっちゃん一人残してきて大丈夫なのか? 俺の甥っ子でもあるし、心配なんだけど」
「葵と玄一に任せてある」
「葵……あの綺麗な人か。玄ちゃんは元気にしてる?」
「してる」
「手術の経過はどう?」
「痛みはほとんど引いているらしいが、天候が悪くなると痛みが出るらしい。薬をまた処方してくれ」
「了解。焦げるぞ」
 緋一は外科医である。蛇に噛まれた玄一の手術を請け負ってくれたのも緋一だった。
 もう一度ひっくり返すと、豚バラがほどよく焼けていて、油が光り滴り落ち落ちて生地へ吸い込まれていく。
 つくづく、ここは平和な世界だと思う。
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