11人の贄と最後の1日─幽閉された学園の謎─

不来方しい

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第一章 贄と学園の謎

062 それぞれの覚悟

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 緋一の家で一度シャワーを借り、向かった先は診療所だった。
 学園内にいる医師しか知らないため、烏丸緋一という男は医師のイメージとまるで違う。
「お前もやせ我慢してるんじゃねえよ」
「してない」
「さっちゃんの前で格好つけたいのは判るけどさ」
「そういうのじゃない」
 緋一の側にいると、紫影は子供のように口調が変わる。車の中で、緋一は白神の関係者ではないと教えられ、だからこそ仲良くなれたのだろうと思えた。
 緋一は紫影の腕をレントゲンで撮った写真を見ては、ほっとした様子を見せた。
「弾は抜けているな」
「問題ないと言っただろう。それより咲紅の体調も診てくれ」
「さっちゃんはどう? 痛いところとかある?」
「紫影がかばってくれたんで、俺は特に怪我してないです。紫影は大丈夫なんですか? ちゃんとくっつきますか?」
「問題ないよ。ただ怪我した腕はできるだけ動かさないようにしてほしいけどね。俺から言っても聞かないから、さっちゃんから言ってくれる?」
「紫影、お願いだから安静にしていてくれ」
「善処しよう」
「これからどうするんだ?」
「とりあえず寝る」
「俺が聞きたいのは明日からの予定。俺としてはずっと家にいてもらって構わないが、このままにするつもりはないんだろう?」
「それは、俺がなんとかします」
 紫影も緋一も、咲紅へ顔を向けた。
「蛇の声を判るのは俺だし、学園には友達がいます。俺だけが好きな人と生きていくなんてできません」
「教祖と会おう」
 躊躇なく銃を向けてトリガーを引いた連中だ。正直、紫影と教祖を会わせたくはない。
 むすっと顔に出してみるが、紫影の意思は固いようだ。
 そんな様子を、緋一は面白おかしく見ている。
「俺を餌に使えばいい。俺が巫覡だとばらして、古代語を聞き取れるんだと言う。それで大蛇ともう一度会って、蛇の声を直接教祖に伝える。教祖の望みは古代語を操れる人間なんだろ? 俺しかいないじゃん」
 反対される前に、早口で言い切った。
「と……生みの親の手帳を読んで、俺には特別な血が混じってるって知った。教祖は俺を殺したりしないはず」
 手帳を残してくれた父に対し、紫影の前で「父さん」とは呼べなかった。
 紫影の端末が光った。
「葵だ」
「なんて書いてあるんだ?」
「──……落ち着いて聞いてくれ」
「ああ、大丈夫」
「千歳が巫覡だとばれた」



──耳が遠くなり、空気が薄くなった気がした。



「なん、なんで……巫覡? 千歳が? 紫影、知ってたのか?」
 詰め寄る咲紅の肩を、紫影はそっと掴んだ。
「お前は普通の高校生が背負わなくてもいい運命を背負っている。これ以上、重荷を持たせるつもりはなかった。千歳は知られたくないと思っていたしな。……咲紅、信頼関係があるからこそ、言えないこともある。もちろん、聞かせられなかった側は不服しか残らないだろうが、お前を兄弟に思う気持ちは人一倍あった」
「それは……そうだ。俺だって伝えてなかったんだ」
「千歳は従者の息子でもある。だから贄生に選ばれた」
 初めて知る事実に一驚した。身体の弱い千歳が選ばれるには相応の理由があると推測していたが、彼もまた不本意な運命を背負っている。
「紫影は命を狙われた身だから、教団へは行かないでほしいと思ってた。でも千歳も危ないとなると、審判者の葵さんだって危ない。なおさら行かなくちゃいけない理由ができた」
 咲紅が行くとなると、何が何でも紫影はついて行くだろう。目で訴え、一緒に来てほしいと懇した。
「葵も普段のメールとは違い、単語で『千歳』とだけ送られてきた。おそらく教団の人間と一緒にいて、隙がない状態にいるだろう」
「詳しいことは判んないけど、友達がピンチでラスダンに乗り込む感じ?」
「ラス……? ええ、そんな感じです」
 緋一の言うラスダンの意味は理解できないが、最後の難所という意味ではないかと憶測できた。
「その腕じゃ運転できないだろうし、送っていくよ。でもまずは医師として忠告させてもらう。しっかりと寝て、栄養を摂ってくれ」



 走りゆく義兄弟の姿が見えた。横には上から下まで漆黒の男がいて、対照的であってもなんてお似合いなのだろうと見惚れていた。
「いたいっ…………!」
 背後から腕を引っ張ったのは、従者の一人だった。
 それからはほとんど記憶がない。羽交い締めにされたまま葵に助けを求めることもできず、鍵をかけられる音だけがむなしく響いた。
 後ろからハンカチで口元を覆われるとあっという間に記憶が途切れ、起きたときは身体に浴衣を被せられていた。
「千歳様、このたびはおめでとうございます」
 敬称をつけられたとき、すべてを悟った。
 地獄の門を叩き、とっくに通り過ぎていた。
 作った笑みを浮かべる従者のみで、葵がいない。
「千歳!」
 部屋が解錠し、葵が入ってきたときにはすべてが終わった後だった。
「もう……いい」
 千歳はこの世の終わりと、絶望の縁から飛び降りた。
 後戻りはできないのだ。一生、男娼の真似事をして本部での生活を強いられる。
──もう、誰も信じない。



 地震は数回に渡って起こり、静まったときは紫影と咲紅の姿が消えていた。
 襦袢姿の千歳と従者、そして葵が去ってから数時間が経った。玄一は千歳が閉じ込められていた部屋を動けないでいた。
 扉を乱暴に開くと、背後には怒りを無理やり抑えている黒羽の姿があった。
「玄一、すべてを話してくれ」
 黒羽は信頼に足る人物かどうか、見定めなければならなかった。今までの学園生活で、彼とそれほど話した記憶はない。
「腹割って話そうや、玄一」
 黒羽はどっかりと座り、胡座をかいた。
 千歳の想い人であり、おそらく黒羽も千歳が好きだ。想像の範囲内でしかないが、どこまで探っていいものかどうか判断が難しかった。
「咲紅は紫影隊長と逃げたんだな」
「逃げた、とは思ってない。あのふたりは学園も教団も壊すつもりだ」
「言い方が悪かった。咲紅はひとりで逃げるような男じゃねえ。何か考えがあるんだ。咲紅にしかできないことがあって、支援隊長もそれに乗っかってる」
「どこまで聞いたんだ?」
「本人からは何も聞いてない。ただ、咲紅が巫覡だと断定すると今までが納得することばっかりなんだ。咲紅の回りには蛇がいつもいたし、蛇に助けられることも多かった。贄生だからなんて理由じゃない」
「すべて憶測だな。それは本人から話を聞いてくれ」
「腹割って話そうって言ったろ。玄一は紫影隊長や咲紅のためなら、どこまでやれる?」
「命はかけられるな」
 黒羽は葵の名前を出さなかったが、玄一にとっては将来を共に描きたい相手でもある。
 玄一の審判者である白藤が顔を出した。白い肌が青白く染まり、体調が良さそうには見えない。
「白藤さん、体調が優れない中で申し訳ないんですが、頼みがあります。地下を開けてほしいんです」
「なっ…………」
「地下?」
 黒羽は訝しんで聞き返した。
「なりません! 地下は……」
「焦るってことは、あの神殿の地下に何がいるのかご存じなんですね。審判者はほぼ全員理解して、その上で俺たちを贄として捧げようとしてるんだ」
 玄一は口調を荒々しく言い放つ。置いてけぼりの黒羽は、眉間に皺を寄せるしかない。
「なんだよ、地下って」
「白藤さん、葵さんも紫影さんもいない中、頼れるのはあなただ。……黒羽、さっきの地震の正体も、すべて地下に繋がっている」
「地震の正体?」
「あなたは何を考えているのですか?」
「学園の真実をあきらかにして、生きる道を見つけたいだけです。俺たちに待っているのは死しかありませんから。もし、咲紅たちの策略が失敗に終わった場合、俺たちが動かなければいけないんです。白藤さんも大切な人がいるなら、理解してもらえると思います」
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