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伴侶が浮気三昧ですが正妻の余裕で耐えてみせます
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珍しく父上に呼び出された。
何かやらかしたなどの思い当たることはなく、一体自分が何をしてしまったのかの自覚もないまま書斎に入る。父上は両肘をついて手に顎を乗せた姿勢。鋭い眼光をこちらに向けてきた。一体、僕は何をやらかしてしまったのだろう。
「父上、僕をお呼びとのことですが、一体何のお話でしょう」
「ああ、エタン。エタンには今、好きな人はいるかい?」
唐突に振られた色事の話に戸惑いながらも否定した。怒られるわけではなさそうだ。
「いえ、これといって心に決めた方はおりませんが」
「それなら良かった。いや良くはないね。言ってしまえばエタンには、政略結婚をしてほしいんだ。すまない」
「いえ、貴族家に生まれた以上はいつかそういったこともあろうと覚悟はしておりました。やはり、ここ数年続いた天災の影響ですか」
「ああ。もうこれ以上、自力での領地経営は難しい。王宮からの復興援助手当もあるが、これはいつか返済しなければならないんだ」
いつもは穏やかな顔をしている父が、渋い顔をしている。自由恋愛をしても構わないと言って、寄宿学校生活を楽しませてくれた両親だ。政略結婚は苦渋の決断だったに違いない。それほどまでに領地の経営状態は追い込まれている。直接関わっていない僕でも分かる。さもありなん、といったところだ。
一昨年は干ばつと竜巻に悩まされ、昨年は冷夏に悩まされ、そして今年は豪雨の憂き目に遭った。一度の天災であれば、なんとかなるくらいには手堅く、領民には誠実な領地経営をしていた父上と兄上だ。しかしこう何度も天災が重なってしまうと、もうどうしようもない。領民を苦しめないように、徴収していた食物や税金は最低限。それが今回、重なる天災に対して裏目に出てしまった。復興にまわせるだけの資金力がなかったのだ。つまり今、フェリシア家はお金を必要としている。
「それで僕を資金力のある家に嫁がせようとお考えなのですね」
「ご明察。相手はアンロッド子爵家の長男、レアンドル殿だ」
「お聞きしたことのない名前ですね」
人脈を広げるのは社交的な兄上に任せきりだった。その上、真面目に領地経営をしている二人の顔に泥を塗るまいとしてきた結果、堅物文官と渾名される始末。必要に迫られなければ、夜会や茶会といった社交場に出ることはもしなかった。同年代の貴族家次男の中では知っている名前が少ない自覚はある。もう少し勉強をした方がいいかもしれませんね、と執事にも言われたばかりだ。
「ああ。アンロッド家は美術商として成り上がった家で歴史が浅いからね。我がフェリシア家のような王族とも関係のある貴族家との繋がりを求めていたそうだ。レアンドル殿はエタンの2つ上で23歳。受けてくれるか?」
父上のことだ。資金力がありながら、叩いても埃の出ない家を探してくれたのだろう。おまけに年も近いときた。復興のために忙しい中、相手探しにも奔走していた父上を思えば、断る選択肢などない。
「謹んでお受けいたします」
「ありがとう。そして本当に申し訳ない」
「父上が気にすることではありません。どうか頭を上げてください。少しでも良い条件になるようにしてくれたのが、先ほどの情報だけでも分かりますから」
随分と白髪の増えた頭を上げた父の目には、涙がにじんでいるように見えた。
「ああ、分かってくれるか。ただ、一つ気になることがあるんだ」
「なんでしょう」
遊び人なのだ、と父上は告げた。
両家顔合わせは、父上からの話から2週間後に執り行われることとなった。お相手の家が美術商と聞いて、付け焼き刃ではあるが美術の勉強をすることにした。骨董も取り扱っているとのことで、美術史にも手を出さなければいけなくなった。だが、我が家の本は、とっくに売り払ってしまっている。仕事終わりに王立図書館に寄るのが日課となった。
大事な場であるから、通常であれば新しい服を仕立てるところだ。実際、兄上が顔合わせをした時には、懇意にしている仕立て屋がやってきた。あれこれと生地を合わせたりしていて、いつか僕にもそういう日がくるのかと思いながら見ていたものだ。しかし今の我が家にはそんな資金力などあるはずもなく。そんなことをしたら、領民たちに示しがつかない。ここ数年は毎日毎日、芋ばかりの食生活。蠟燭も渋りながら使っている。稀に「領主様だけでもきちんとした物をお食べください」と食べ物を持ってきてくれる心優しい領民もいるが、父上はすべて断っている。そんな大変な時に、僕だけが贅沢をするなんてできない。兄上の奥さんの実家から「晴れの場なんだから」と支援の打診があったと父上から聞いたが、丁重にお断りをした。そんなわけで僕は、式典などのために残していた一張羅を着ることとなった。
顔合わせ当日。すっかり貧乏侯爵になってしまったために、飾りたてる余裕もない。久々に丁寧な湯浴みだけをして臨むこととなった。
髪を結いあげてもらうために覗き込んだ鏡には、瘦せぎすで色気の欠片もないみすぼらしい男が映し出されている。レアンドル殿も気の毒だ。新興の貴族家だからといって、こんなみすぼらしい男を押し付けられるとは。おまけに資金援助を求められた上で。お金を払ってボロボロの人形を手元に置くようなものである。美術商というのだからきっと、美しい物を見慣れているはず。貴族界には可愛らしいご令嬢、綺麗なご令嬢も大勢いる。そういった相手と生涯を共にすることをきっと夢見ていただろう。
それなのに、僕。
こんなにみすぼらしい相手。
「坊ちゃん、そう何度もため息をつくものではありません。幸せが逃げてしまいます」
唯一残ってくれた使用人である執事、フォルマンに諭される。
「これ以上逃げる幸せなんて残ってないよ。フォルマンがせっかく髪を綺麗にしてくれても、こんな見た目なんだよ。レアンドル殿は美しい物をいつも見ているんだから、きっと見向きもされない。政略結婚に気持ちを求めるのが野暮ってのは分かってるつもりなんだけどね」
遊び人が今の僕を相手にするとは思えない。
「そう悲観なさらないでください。坊ちゃんは飾り立てなくとも十分お綺麗なのですから」
身内の褒め言葉を聞いたところで真に受ける年でもない。
政略結婚でも、どうせ生涯を共にするのなら、綺麗だと思ってもらえるような見た目でありたかった。
「ほら、できましたよ」
「さすがフォルマン。髪だけは綺麗になった」
「髪も、綺麗にしたんです。そんな悲しい顔をしていては、好かれるものも好かれなくなってしまいますよ。しゃきっとなさい」
フォルマンに、ぐいっと肩を開かれて、背筋が伸びる。
「ありがとう。行ってくる」
アンロッド家は、成り上がりの家にありがちなごたごたとした豪邸ではなかった。一見、質素にも感じられる。しかし細かい部分を見れば、上等だと分かる上品な家といった佇まいだった。使用人の服にも気を使っているのが分かる。使用人を大切にする家に悪い人はそういない。たとえ長男が遊び人であっても。
案内された応接室に足を踏み入れる。
ソファの前に立っている人物が二人。アンロッド家当主と相手となる人物、レアンドル殿。その顔を見たとき、電撃が走った。
顔が、とても、好み。
色白の肌に、切れ長の青い瞳。シルクのように流れる銀色の長髪が、耳の横で結ばれている。うっそりとした微笑みを向けられたときには、僕の心は完全に彼に奪われていた。
こんな優良物件がまだ残っていなたんて。
「リック侯爵、エタン様、お初にお目にかかります。私はアンロッド家当主、ドルトムントと申します。隣にいるのが長男、レアンドルでございます」
レアンドル殿は優雅な仕草で頭を下げた。新興貴族とは思えないほど板についた所作だ。
「アンロッド卿、この度のご縁に感謝いたします」
父上が頭を下げたのに倣って、僕も頭を下げる。レアンドル殿に見とれている場合ではない。アンロッド卿に促され席に着くと、父上たちの間で話が始まった。しばらくしてアンロッド卿と父上が席を外し、二人きりにされてしまった。
「あ、改めましてエタンです」
とりあえず、口角をあげるように努めた。が、ぎこちないものになっている自覚はあった。なにせいつも周りからは無表情と言われているのだ。
「レアンドルと言います」
放たれた彼の声は、心地よい低音だった。どうしよう。声も好きだ。
僕が固まってしまったせいで、レアンドル殿の顔にも「どう話を続けようかな」といった色が浮かんでいる。
「続く災害で大変だったと聞きました」
「え、ええ。こんな格好でお目汚ししてしまって申し訳ないです。レアンドル殿はいつも、綺麗なものを見慣れているから驚かれたでしょう」
いけない。自虐の言葉しか出てこない。家格が上の相手に下手に出られたら、フォローするしかなくなってしまう。急いで、続きの言葉をつむぐ。
「つい最近、ご令嬢の間で話題になっていた『ビアンカの宝石』を市場に出したのはアンロッド家だと聞きました」
「貴族界では新顔であるアンロッド家の動向をよくご存知で」
それからはひたすら美術手札を使って乗り切った。レアンドル殿は、話すのも上手で、居心地が良かった。もっとこの人のことを知りたいと思ったところで、終わりの時間がきてしまった。最後に大事なことを伝えねばならない。
「政略結婚ですから、他の方と関係を持たれても気にしません」
そう告げた。彼は面食らったようだった。遊び人であることを非難しているように受け取られてしまったかもしれない。
「エタン殿には心に決めたお相手が……?」
「いえ。僕にはおりません」
貴方を除いて、とは言えなかった。
話は順調に進み、晴れて婚姻を結ぶこととなった。慎ましいが式も挙げた。服もなにもかもアンロッド家が用意してくれた。嵌められた指輪は、さすが美術商の家なだけあって、立派なものだった。そう、本当に立派。見たときに「売ったらいくらになるかな」と思ってしまうほどに。そして僕は本当に結婚指輪を売ることに決めた。
23年過ごしてきた家を出る前日、フェリシア家がかつて懇意にしていた宝石商を呼んだ。
指輪を差し出すと、宝石商は息をのみ、目を丸くした。
「お言葉ですが、この立派な指輪は結婚指輪ではありませんか?」
「ええ、その通りです」
「それは買い取れません」
「お願いします。フェリシア領の復興のために、今これは、僕の手元にあるべきではないのです」
「エタン様はフェリシア家を離れてアンロッド家に婿入りなさったのでしょう?」
「お願い致します。買い取ってください」
宝石商を説き伏せて買い取ってもらえることになった。結婚指輪を売ることは、麗しの伴侶であるレアンドル殿への気持ちを諦める上でも必要なことだった。
そうして始まったアンロッド家での新婚生活。しっかりとした食事にありつけるのは嬉しいが、僕だけがこんな良い食事をするのが父上や兄上に申し訳なかった。
分かっていたことだったが、初夜はなかった。枕を濡らして朝を迎えた。
「おはようございます、エタン殿。ゆっくり眠れましたか」
「おはようございます。まあ、はい。あの、僕はもうアンロッド家の人間なのですから、エタンと呼び捨てで構いませんし、敬語も外してもらって構いません。僕は敬語の方が話しやすいのでこのままで」
「ではそのように。エタンも、どうかレアンドルと呼んでほしい」
じいっと見られると、顔から火が噴きそうになる。僕は視線を床に落とした。
「あ、あの何か?」
「ああ、いや。朝食の用意ができているよ。行こうか」
朝ごはんも、パン、卵、野菜に肉とバランスが取れている。ちらりとレアンドルを見れば、食べる所作までもが美しい。
「どうしたのかな?」
「あ、いえ。なんでもありません」
「文官の仕事は本当にやめないつもりかい」
「はい。アンロッド家の仕事を覚えるためにも、午前中だけの勤務に減らしてはもらいましたが。文官としてのお給料もフェリシア家の大切な収入源ですので」
そう言うと、レアンドルは困ったように笑った。
「援助額を増やすよう、父上に相談しようか?」
「いえ、アンロッド家の援助額は十分に足りています。ただ、蓄えはいくらあっても困りませんから。もちろん、アンロッド家の一員としても不足のないようお務めいたします。ボロボロの置き人形を掴まされたとは思われないように」
「ボロボロの置き人形……?」
仕事もせず愛玩にも使えないという意味で、分かりやすい表現だったと思うのだが、いまいち伝わらなかったようだ。まあ、そんなことはどうでもいい。
「ごちそうさまでした。それではこの後支度をして、文官としての仕事に行って参ります」
「待て待て。まだ、紅茶か珈琲が」
「そういった嗜好品を嗜む立場ではありませんので」
部屋を出ようとすると、レアンドルが長い脚を大股で動かしてこちらに向かってきた。体が、包まれた。
「れ、レアンドル?」
「行ってらっしゃいのハグ」
「政略結婚ですから、そういった配慮はご無用です」
「そう……」
心臓がうるさい。初夜もなかったのに急に夫夫らしさを出されたせいだ。そんな無理をする必要はない。どうせすぐに他の人に心が移るのだ。気を持たせるような態度は控えてもらいたい。
始めこそそう思っていたが、父上の懸念していた「遊び人」としての側面を出されると、やはり寂しいものはあった。
「今日は遅くなりそうだ」
内心、今日も、と思ってしまった自分がいる。
「また夜会に出られるのですか」
「ああ。情報収集のためにね」
思っていた通り、レアンドルは遊び歩いているらしかった。こうも夜遅くに帰る日が続けば、疑いでは済まされない。しかし、僕の方から「他の方と関係を持たれても気にしません」と言った手前、非難することもできない。レアンドルへの気持ちを忘れるべく、仕事に打ち込んだ。午前中は文官としての仕事、午後はアンロッド家の仕事。それが終わったら美術市場の最新動向と主な市場である貴族界の動向を探り、流行りがなんであるかといった勉強をする。気絶するように眠れば、寂しさを覚える暇もない。
ある朝起きて、支度をしていると、化粧をほどこしてくれる侍女が心配そうに鏡をのぞいていた。
「エタン様。過ぎた発言となりますが、しばらくお休みになられた方がよろしいのでは?」
「何ともないよ」
「クマを隠すためのこのオレンジがかったクリームだけ異常に減っているんです。まだお若いのに……。それに、しっかりとしたお食事を出しているはずなのに、どうして細いままなのです? お昼ご飯は王宮で食べているのですか」
「お昼ご飯は食べなくても平気だよ。朝と夜だけ食べれば、普通に動ける。食べる時間が勿体ないし」
「駄目です。食べてください。今日から午後のお仕事に入る前に用意させますから!」
別に良いんだけどと思いつつ、過度に心配させるのも本意ではないので食い下がることはしなかった。
「まったくレアンドル様ってば、エタン様を放っておいてどこをほっつき歩いてるのかしら。あ、こちらレアンドル様からの贈り物です」
侍女は煌びやかなジュエリーを見せた。
「今回はネックレスか……。いつもみたいに売りに出すから、手配をお願い」
「また売られてしまわれるのですね。唯一、夫夫らしいやり取りですのに」
僕が持っていても豚に真珠になってしまう。誰かもっと似合う人の手元にあった方がいい。売ったお金で、フェリシア家への支援もできる。一石二鳥というわけだ。
それから二週間ほど経った、ある日。仕事が終わり、自室に戻ろうとしたところに、手紙が届いていると侍女からの言付けがあった。僕宛の手紙なんて珍しい。一体誰からだろうと部屋に入る。机の上に載せられた手紙を見ると、フェリシア家の封蠟がされていた。何かまた危機に瀕するようなことがあったのかもしれない。はやる気持ちを抑えられずに、ペーパーナイフを使って開ける。内容は、以前に僕が送金した分の出元を知りたい、とのことだった。心外な。レアンドルからの贈り物を売り払ったことで貯まっていた分を送っただけの、綺麗なお金だ。手紙だけでそう反論したところでは怪しさを拭いきるのは難しいだろう。次の休みに、宝石商とのやり取りの書面を持っていこうと決めた。
久々に向かった領地は、アンロッド家の支援のおかげで復興作業がだいぶ進んでいた。
書面を見た父は、長いため息をついた。
「僕を疑うなんて心外です」
「いや、疑ってたわけでは……疑ってたことになるのかな。ちゃんと生活できているのか心配で。でも姿を見て安心した。ちゃんとした食事を摂れているみたいだね」
「ええ、バランスの取れた食事を提供されています。生活については何ら問題ありません。質素倹約に努めています」
「アンロッド家に嫁いだのに質素倹約?」
「フェリシアの名前でなくなったとはいえ、僕だけが慎ましい生活をやめるのも憚られますから。我慢しているというほどでもありません。もとから物欲がないので」
「そうかい。それで、エタン。今回のことを聞いたのは、実はレアンドル殿から探りがあったからなんだ」
「レアンドルから?」
「ああ。エタンにあげたはずのものを市場や夜会でみかけると報告があってね。はじめは侍女や執事を疑っていたらしいが、宝石商に手配するようにエタンから指示を受けていたのだという証言があった。悪さをしないはずと思っていた侍女たちの証言を信じて、手配した先の宝石商に証拠を求めたところ、エタンとの取引の書面が出てきた」
「ええ。その通りで間違いありません」
「エタン」
「はい」
父上が厳しい声音で、僕の名を呼んだ。温厚な父上が怒りをにじませているのが見て取れた。
「ここまで言ってもピンと来ていないようだが、伴侶からの贈り物は売り払うものではない」
「普通であればそうと心得ております。ただ、レアンドルと僕は政略結婚ですし、フェリシア家の支援にもなります。悪いことではないでしょう? それに、貰って僕のものとなったものをどうしようと僕の勝手ではありませんか」
「レアンドル殿はわざわざこの家まで足を運んでこられた。とても寂しそうな顔をしていたよ」
「そんなことはあり得ません。レアンドルはいつも遊び歩いてばっかりで、僕の寝た後に帰ってくるんですよ」
「だからといって、拗ねた子どものような態度をとるのは良くない。フェリシア家はアンロッド家に資金援助してもらうために繋がりをつくったのは知ってるね。それで贈り物を売り払っていたら、まだ資金援助が足りないと暗に示すようなものだ。失礼になる」
「援助は足りていると申し上げてます。それに、あんな煌びやかなものをいただいても、僕には似合いません」
「そういった不満があるのなら、レアンドル殿に直接言いなさい」
「レアンドルとは顔を合わせる暇がありませんので」
「どうにかして時間を取りなさい」
「……分かりました」
そうして久々に、朝ごはんの時間をレアンドルに合わせることにした。
「あ、あのレアンドル」
「ああエタン。顔を合わせるのは久しぶりだね。贈り物は気に入らなかったかな」
「いえ、そういうわけではないのです。ただ僕には似合わないと思ったので、すみません。せっかく選んでいただいたものを」
「いや、こちらもエタンの好みが分かっていなかったのが悪いんだ。今度は一緒に選びに行こう。それで突然で悪いんだが、しばらく家を空けることになる。ちょっと遠くまで出かける用事があるんだ」
「左様ですか」
何の用事かレアンドルは言わなかった。問い詰めるのも野暮というもの。きっと、遠くまで追いかけに行くほど、愛しい相手ができたのだろう。レアンドルの美しさに見合う相手が。心なしか、なんだか楽しげな顔をしているようにも見える。好きな人が笑っているのは喜ばしいことであるが、心の底から喜べない。他の人と関係を持つことを許すと言っておきながら、胸の内ではそれを疎ましく思う自分の諦めの悪さが嫌になる。
どんなにレアンドルが遊び歩こうと、正式な伴侶は僕だ。そう自分を鼓舞するのもむなしい。僕は政略結婚で伴侶になった身。レアンドルから選ばれたわけではない。
レアンドルが家を発ってから、より一層仕事にのめり込んだ。仕事に打ち込んでいる間は、レアンドルへの気持ちを忘れることができた。
レアンドルがいなくなってから一週間が経った。
夜遅く。蠟燭を渋らなくてもいい環境に感謝しながら、書類の確認をしていると、扉をノックする音が聞こえた。
「エタン様。まだお眠りにならのですか」
「ああ、あともう少ししたら寝るよ」
扉を少し開けて答える。戻ろうと、歩き出した時。視界がぐらりと揺れて、意識がなくなった。
「エタン、エタン!」
名前を呼ぶ声がする。侍女の声でも執事の声でもない。耳に心地いいこの低音は。
ゆっくりと目を開くと、麗しの顔が間近に僕の顔を覗き込んでいた。
「ああ、目が覚めて良かった……!」
「レアンドル?」
ここはどこだ。随分と長い間眠っていたようだ。先程まで夜だったはずなのに、窓から日が差し込んでいる。きょろきょろと目を動かすと、自分の部屋ではないことに気づいた。まさかここは、レアンドルの寝室なのか。体を起こすと、ふわりと良い香りに包まれる。レアンドルに抱きしめられていた。
「エタン、報告があるんだ」
レアンドルの腕から解放される。晴れやかな顔をした彼は、窓から差し込む光に照らされて、宗教画に描かれた聖人のようにも見えた。ああ、どんなに僕に不都合なことを言われても許してしまいそうだ。たとえこの結婚生活に終わりが来るとしても。
「……新しいお相手のことですか」
それ以上に問い詰める気力もない。
「何を言う。私はエタン一筋だよ」
白々しい。あんなにいつも夜会を遊び歩き、あげくに一週間も家を空けていたというのに。僕一筋? もうちょっとまともに取り繕ってほしかった。
彼は懐から、ジュエリーケースを取り出した。そして、長い指でその蓋を押し上げた。出てきたのは見覚えのある指輪。
「これは……」
ケースに鎮座しているものと同じ指輪がレアンドルの指に輝いている。つまりこれは僕が売り払ったはずの結婚指輪だ。
「びっくりした。新婚生活が始まった翌日の朝には、エタンの指から指輪がなかったんだから。特注で作ったはずの指輪を夜会で見かけたときには本当に驚いた。まさか、別れてもいないのに結婚指輪を売りに出されるなんてね。それだけじゃない。本当にエタンが売ったのか確かめるために贈りものをしたら、本当にきれいさっぱり全部売ってしまうんだもの。さ、手を出して。この指輪はエタンに身に着けていてほしい」
「なんでわざわざ……」
買い戻したのか、と続けるはずだった言葉は、口を塞がれたことによって口の中へ押し戻されてしまった。唇が離されると、熱っぽい視線で見つめられる。今しがた起こったことを確かめるように、口元を触れた。
「たとえエタンが私を愛していなくとも、私はエタンを愛している」
「は、……え?」
聞き間違いか。いや、でも今のは。
「レアンドルが僕を……? 結婚してからも毎夜毎夜、夜会に出ていたのに……?」
「エタンが売ったものの行方を追っていたんだよ」
「一週間も家を空けていたのは?」
「追っていた指輪の持ち主が思いのほか遠くに住んでいてね。買い戻すために説得するのにも時間がかかってしまった」
指につけられた指輪とレアンドルを交互に見る。
「レアンドルはいつから僕を、その、好きになってくれたんですか」
「あれは、五年前だったかな。たまたま出た夜会でエタンを見かけたんだ。そこで一目見て気に入った。ずっと目で追っていれば、謙虚で、家族思いなのが分かって余計に目が離せなくなった。でも身分が釣り合わないと思って声をかけに行く勇気が出なかった。またいつか機会があると思ってしまった。それまでに相応の人間になろうと、あまり厳しく教わらなかった所作にも気を使うようになった」
滔々と語られるレアンドルの話。先ほどから驚きの連続で、頭が回らない。5年前に出た夜会と言えば、あれか。兄上の結婚関係のものだろうか。僕が唯一出た夜会だ。
「その後家の規模や影響力も大きくなってきて、自分にも自信を持てるようになった。声をかける勇気を持てるくらいに。それで、またどこかで会えないかと思って、出られる夜会・茶会には全部出た。なのに、全然会えない。遊び人の烙印まで押されたのに、一向に会えない。もう幻でも見たのかと諦めかけていたところに、縁談が舞い込んできた。姿絵を見れば一目ぼれした姿そのもので、運命を感じられずにはいられなかった」
「そんな素振りなんて一度も……」
「エタンが、『政略結婚ですから、他の方と関係を持たれても気にしません』なんて言うから、脈なしなのかと思ってね。たった一度同じ場所にいたことも覚えていない様子だったし」
「新婚初日に、部屋に来てくることもありませんでした」
「あの頃のエタンは細すぎて、壊してしまいそうだったから。きっと、フェリシア家ではちゃんと食べられていなかったんだよね。もう少し体形が戻って、私からもアプローチをしてから、と思っていたんだけど……夜会に出る前に、傍にいてアプローチするべきだった。不安にさせてしまって、申し訳ない」
涙がとめどなく、溢れてくる。いい年をした大人なのに、こんな人前で泣くなんてだらしない。
「僕も、顔合わせでお会いしたときからお慕いしておりました」
「なら、なぜ浮気を認めるようなことを言ったの」
「父上より、レアンドルは遊び人であると聞いていたので、こんな僕には目もくれないだろうと思ったのです。結婚指輪もその後の贈り物を売ったのも、フェリシア家の助けになりたいという思いより、レアンドルへの気持ちを諦めたい思いの方が強かった」
「そう……私たちはずっとすれ違っていたんだね。エタン、ベッドから出られそうだったら、見てほしいものがあるんだ」
もう体調は問題なさそうだ。おそらく、寝不足だったのだろう。起き上がって、レアンドルに着いてゆく。部屋に置かれた棚の前に案内された。レアンドルが開けた棚の中には、手放してしまったはずの贈り物たちが揃っていた。
「指輪だけじゃなくて、今まで贈ったものも全部取り戻してきた。エタンは気に入っていなかったみたいだし、自己満足かもしれないけど」
僕は、ぶんぶんと首を横に振って、レアンドルの体に腕を回した。
「ごめんなさい。今まで、せっかくの贈り物を売ってしまって。僕に似合うかはわかりませんが、ずっとずっと大切にします」
「きっとエタンに似合うと思うから、是非とも身に着けてほしいんだけどね」
レアンドルは一連のネックレスを取り出して、僕の首に回して付けた。鎖骨に輝く宝石が眩しい。一目ぼれしたことと言い、レアンドルには僕がどのように見えているんだろう。
その日の夜。僕たちは初めて寝床を共にすることになった。侍女たちが「ようやくですね」などと言いながら嬉々として肌の手入れを念入りにしてくれた。とても気恥ずかしい。
僕の部屋とレアンドルの部屋を繋ぐ扉のドアノブに手をかける。新婚初日からずっと開かれることのなかった扉だ。緊張でどうにかなってしまいそうだ。心臓がずっとうるさい。ええいままよ、と扉を開けた。月明かりだけが差し込む暗い部屋で、レアンドルの周りだけが輝いて見える。
「お、お邪魔します」
「邪魔じゃないよ。おいで」
ベッドに腰を下ろしたレアンドルのもとへ向かう。ぽんぽんとレアンドルは自分の膝の上を叩いた。そこへ来てほしい、ということだろうか。おずおずと、レアンドルの膝の上に乗っかる。甘やかな笑みを向けられれば、それだけで胸が幸福でいっぱいになった。
視線が重なって、どちらからともなく口づけを交わした。誓いの口づけとは違う、長い長い口づけ。舌が入り込んできて、食べつくさんばかりに口内を蹂躙される。
唇が離れていったかと思えば、頬に、首に、鎖骨に、キスの雨が降らされた。
「ああ、本当に愛おしくてたまらない」
「ぼ、僕も、です……」
するりと頬を撫でられたのを皮切りに、レアンドルは僕の服を脱がしながら全身をくまなく撫でまわし、痕を残していった。痕を付けられるたびに体が跳ねて、声がこぼれた。ぺたんこの胸に付いた突起を触れられても最初は何ともなかった。しかし次第に、じんじんとしてきた。ピン、と今までにない強さで弾かれると、急に快感が全身をおそった。
「ふふっ、腰が揺れてる」
腰が立たなくなってきて、もうレアンドルの支えがなければ膝立ちも辛い。恨めしい思いでレアンドルを見れば、ばちりと視線が交差した。
「そんな熱っぽい目で見られると、余裕なくなってくるな」
恥ずかしくて、レアンドルの肩に顔をうずめた。
全身を撫でまわしていた手が、お尻へと伸びてゆく。
「ここは怖い?」
「少し」
「ゆっくり触っていくね」
怖くもあったが、期待しているかのようにひくついていた場所にレアンドルの手が触れた。垂らされた香油が太ももを伝ってゆく。香油は冷たかったが、レアンドルに触れられていると、熱く感じられてくる。指が中に入り込んできて、一点を刺激した。レアンドルにつかまっていた腕に力がこもった。
「ここ、気持ちいい?」
「き、気持ちいいい、のかな……?」
疑問形で聞き返すと、レアンドルは立て続けにその場所を刺激した。
「ん、んぅっ……!」
「気持ちいいんだね」
絶え間ない快楽を逃がすように、掴んでいた手にさらに力がこもる。レアンドルの白い肌が赤くなってしまった。ごめん、と思うよりも先に興奮を覚えた。
レアンドルが、つぷつぷと指を抜き差しし始めた。この後のことを嫌でも想起させる動きに、顔が熱くなる。早く、レアンドルにも気持ちよくなってほしい。
「はやく、レアンドルのものを受け入れたい」
「まだ、だめ。もう少しほぐさないと」
指が増やされると、途端に圧迫感で苦しくなった。
「うっ、うぅっ」
息を深く吐き出すと、圧迫感は少し和らいだ。
「苦しい?」
「へいき」
「嘘つかないの。脚、開ける?」
言われるままに、脚を開くとゆるゆると頭をもたげたソレが露わになった。
「擦ると、楽になるかもよ」
片手をそこに持って、擦るとレアンドルの言うように圧迫感が遠のいてゆき、気持ち良さだけが残った。
「あっ、ああっ……はやくはやくっ、ください……!」
「そんなにおねだりされたら我慢できなくなってしまう」
レアンドルは優しく僕を押し倒した。レアンドルの長い髪が影を作る。影の中で目だけがぎらついている。ズボンを寛げさせ、ソレがまろびでる。現れた欲望の大きさに目が釘付けになった。
「おっきい……」
僕のがミニニンジンだとしたら、レアンドルのソレはサツマイモのようだった。僕を相手にして興奮しているのが分かって嬉しくなった。様子を伺うようにお尻の縁にソレがあてがわれる。
「そんなに見られたら恥ずかしいよ。大丈夫そう?」
「はいっ……」
ゆっくりと入り込んでくるソレが、僕の中を暴いてゆく。
「ああっ、んっ」
「ずっとエタンとこうしたかった。苦しかったら、擦ってて」
自分のソレを上下に扱きながら、レアンドルのを受け入れてゆく。ぱたたっと太ももに熱い飛沫を感じた。レアンドルが唸る。だんだんとレアンドルの動きが激しくなってきて、いよいよ声が抑えられなくなっていく。
「んあ゛あっ、ああっ、あッ……!」
「好き、好きです、エタンっ……!」
「ぼくもすきぃっ……っあ、い、いっちゃう゛ぅ……!」」
「エタン、エタンッ!」
強い一突きが、僕を快楽への頂きへと連れて行った。どくどくとレアンドルの放った熱いものでお腹の中が満たされている。
「ずっと、僕の傍にいてくれますか。ずっと僕だけの貴方でいてくれますか」
「私はずっとエタンのものだよ。約束する。エタンも私だけのエタンでいてほしい。約束してくれる?」
こくん、と首を縦に振った。
長い指が目尻に浮かんだ涙を拭いさる。優しく甘いキスが落とされた。
レアンドルの胸に頭を預けて、布団に潜り込む。青い目が僕を捕らえていた。
「エタンは、どういう宝石が好き?」
「レアンドルがくれるものならどんなものでも。安心してください。もう売りにはだしません。後生、大事にします」
「指輪以外にもお揃いものを明日、買いに行こう。エタンに選んでほしいんだ」
「僕に?」
どんなものを選ぼうか。悩んでいるうちに、深い眠りへと落ちていく。
久々の、心地いい眠りだ。「おやすみ」という愛しい人の声が聞こえた気がした。
何かやらかしたなどの思い当たることはなく、一体自分が何をしてしまったのかの自覚もないまま書斎に入る。父上は両肘をついて手に顎を乗せた姿勢。鋭い眼光をこちらに向けてきた。一体、僕は何をやらかしてしまったのだろう。
「父上、僕をお呼びとのことですが、一体何のお話でしょう」
「ああ、エタン。エタンには今、好きな人はいるかい?」
唐突に振られた色事の話に戸惑いながらも否定した。怒られるわけではなさそうだ。
「いえ、これといって心に決めた方はおりませんが」
「それなら良かった。いや良くはないね。言ってしまえばエタンには、政略結婚をしてほしいんだ。すまない」
「いえ、貴族家に生まれた以上はいつかそういったこともあろうと覚悟はしておりました。やはり、ここ数年続いた天災の影響ですか」
「ああ。もうこれ以上、自力での領地経営は難しい。王宮からの復興援助手当もあるが、これはいつか返済しなければならないんだ」
いつもは穏やかな顔をしている父が、渋い顔をしている。自由恋愛をしても構わないと言って、寄宿学校生活を楽しませてくれた両親だ。政略結婚は苦渋の決断だったに違いない。それほどまでに領地の経営状態は追い込まれている。直接関わっていない僕でも分かる。さもありなん、といったところだ。
一昨年は干ばつと竜巻に悩まされ、昨年は冷夏に悩まされ、そして今年は豪雨の憂き目に遭った。一度の天災であれば、なんとかなるくらいには手堅く、領民には誠実な領地経営をしていた父上と兄上だ。しかしこう何度も天災が重なってしまうと、もうどうしようもない。領民を苦しめないように、徴収していた食物や税金は最低限。それが今回、重なる天災に対して裏目に出てしまった。復興にまわせるだけの資金力がなかったのだ。つまり今、フェリシア家はお金を必要としている。
「それで僕を資金力のある家に嫁がせようとお考えなのですね」
「ご明察。相手はアンロッド子爵家の長男、レアンドル殿だ」
「お聞きしたことのない名前ですね」
人脈を広げるのは社交的な兄上に任せきりだった。その上、真面目に領地経営をしている二人の顔に泥を塗るまいとしてきた結果、堅物文官と渾名される始末。必要に迫られなければ、夜会や茶会といった社交場に出ることはもしなかった。同年代の貴族家次男の中では知っている名前が少ない自覚はある。もう少し勉強をした方がいいかもしれませんね、と執事にも言われたばかりだ。
「ああ。アンロッド家は美術商として成り上がった家で歴史が浅いからね。我がフェリシア家のような王族とも関係のある貴族家との繋がりを求めていたそうだ。レアンドル殿はエタンの2つ上で23歳。受けてくれるか?」
父上のことだ。資金力がありながら、叩いても埃の出ない家を探してくれたのだろう。おまけに年も近いときた。復興のために忙しい中、相手探しにも奔走していた父上を思えば、断る選択肢などない。
「謹んでお受けいたします」
「ありがとう。そして本当に申し訳ない」
「父上が気にすることではありません。どうか頭を上げてください。少しでも良い条件になるようにしてくれたのが、先ほどの情報だけでも分かりますから」
随分と白髪の増えた頭を上げた父の目には、涙がにじんでいるように見えた。
「ああ、分かってくれるか。ただ、一つ気になることがあるんだ」
「なんでしょう」
遊び人なのだ、と父上は告げた。
両家顔合わせは、父上からの話から2週間後に執り行われることとなった。お相手の家が美術商と聞いて、付け焼き刃ではあるが美術の勉強をすることにした。骨董も取り扱っているとのことで、美術史にも手を出さなければいけなくなった。だが、我が家の本は、とっくに売り払ってしまっている。仕事終わりに王立図書館に寄るのが日課となった。
大事な場であるから、通常であれば新しい服を仕立てるところだ。実際、兄上が顔合わせをした時には、懇意にしている仕立て屋がやってきた。あれこれと生地を合わせたりしていて、いつか僕にもそういう日がくるのかと思いながら見ていたものだ。しかし今の我が家にはそんな資金力などあるはずもなく。そんなことをしたら、領民たちに示しがつかない。ここ数年は毎日毎日、芋ばかりの食生活。蠟燭も渋りながら使っている。稀に「領主様だけでもきちんとした物をお食べください」と食べ物を持ってきてくれる心優しい領民もいるが、父上はすべて断っている。そんな大変な時に、僕だけが贅沢をするなんてできない。兄上の奥さんの実家から「晴れの場なんだから」と支援の打診があったと父上から聞いたが、丁重にお断りをした。そんなわけで僕は、式典などのために残していた一張羅を着ることとなった。
顔合わせ当日。すっかり貧乏侯爵になってしまったために、飾りたてる余裕もない。久々に丁寧な湯浴みだけをして臨むこととなった。
髪を結いあげてもらうために覗き込んだ鏡には、瘦せぎすで色気の欠片もないみすぼらしい男が映し出されている。レアンドル殿も気の毒だ。新興の貴族家だからといって、こんなみすぼらしい男を押し付けられるとは。おまけに資金援助を求められた上で。お金を払ってボロボロの人形を手元に置くようなものである。美術商というのだからきっと、美しい物を見慣れているはず。貴族界には可愛らしいご令嬢、綺麗なご令嬢も大勢いる。そういった相手と生涯を共にすることをきっと夢見ていただろう。
それなのに、僕。
こんなにみすぼらしい相手。
「坊ちゃん、そう何度もため息をつくものではありません。幸せが逃げてしまいます」
唯一残ってくれた使用人である執事、フォルマンに諭される。
「これ以上逃げる幸せなんて残ってないよ。フォルマンがせっかく髪を綺麗にしてくれても、こんな見た目なんだよ。レアンドル殿は美しい物をいつも見ているんだから、きっと見向きもされない。政略結婚に気持ちを求めるのが野暮ってのは分かってるつもりなんだけどね」
遊び人が今の僕を相手にするとは思えない。
「そう悲観なさらないでください。坊ちゃんは飾り立てなくとも十分お綺麗なのですから」
身内の褒め言葉を聞いたところで真に受ける年でもない。
政略結婚でも、どうせ生涯を共にするのなら、綺麗だと思ってもらえるような見た目でありたかった。
「ほら、できましたよ」
「さすがフォルマン。髪だけは綺麗になった」
「髪も、綺麗にしたんです。そんな悲しい顔をしていては、好かれるものも好かれなくなってしまいますよ。しゃきっとなさい」
フォルマンに、ぐいっと肩を開かれて、背筋が伸びる。
「ありがとう。行ってくる」
アンロッド家は、成り上がりの家にありがちなごたごたとした豪邸ではなかった。一見、質素にも感じられる。しかし細かい部分を見れば、上等だと分かる上品な家といった佇まいだった。使用人の服にも気を使っているのが分かる。使用人を大切にする家に悪い人はそういない。たとえ長男が遊び人であっても。
案内された応接室に足を踏み入れる。
ソファの前に立っている人物が二人。アンロッド家当主と相手となる人物、レアンドル殿。その顔を見たとき、電撃が走った。
顔が、とても、好み。
色白の肌に、切れ長の青い瞳。シルクのように流れる銀色の長髪が、耳の横で結ばれている。うっそりとした微笑みを向けられたときには、僕の心は完全に彼に奪われていた。
こんな優良物件がまだ残っていなたんて。
「リック侯爵、エタン様、お初にお目にかかります。私はアンロッド家当主、ドルトムントと申します。隣にいるのが長男、レアンドルでございます」
レアンドル殿は優雅な仕草で頭を下げた。新興貴族とは思えないほど板についた所作だ。
「アンロッド卿、この度のご縁に感謝いたします」
父上が頭を下げたのに倣って、僕も頭を下げる。レアンドル殿に見とれている場合ではない。アンロッド卿に促され席に着くと、父上たちの間で話が始まった。しばらくしてアンロッド卿と父上が席を外し、二人きりにされてしまった。
「あ、改めましてエタンです」
とりあえず、口角をあげるように努めた。が、ぎこちないものになっている自覚はあった。なにせいつも周りからは無表情と言われているのだ。
「レアンドルと言います」
放たれた彼の声は、心地よい低音だった。どうしよう。声も好きだ。
僕が固まってしまったせいで、レアンドル殿の顔にも「どう話を続けようかな」といった色が浮かんでいる。
「続く災害で大変だったと聞きました」
「え、ええ。こんな格好でお目汚ししてしまって申し訳ないです。レアンドル殿はいつも、綺麗なものを見慣れているから驚かれたでしょう」
いけない。自虐の言葉しか出てこない。家格が上の相手に下手に出られたら、フォローするしかなくなってしまう。急いで、続きの言葉をつむぐ。
「つい最近、ご令嬢の間で話題になっていた『ビアンカの宝石』を市場に出したのはアンロッド家だと聞きました」
「貴族界では新顔であるアンロッド家の動向をよくご存知で」
それからはひたすら美術手札を使って乗り切った。レアンドル殿は、話すのも上手で、居心地が良かった。もっとこの人のことを知りたいと思ったところで、終わりの時間がきてしまった。最後に大事なことを伝えねばならない。
「政略結婚ですから、他の方と関係を持たれても気にしません」
そう告げた。彼は面食らったようだった。遊び人であることを非難しているように受け取られてしまったかもしれない。
「エタン殿には心に決めたお相手が……?」
「いえ。僕にはおりません」
貴方を除いて、とは言えなかった。
話は順調に進み、晴れて婚姻を結ぶこととなった。慎ましいが式も挙げた。服もなにもかもアンロッド家が用意してくれた。嵌められた指輪は、さすが美術商の家なだけあって、立派なものだった。そう、本当に立派。見たときに「売ったらいくらになるかな」と思ってしまうほどに。そして僕は本当に結婚指輪を売ることに決めた。
23年過ごしてきた家を出る前日、フェリシア家がかつて懇意にしていた宝石商を呼んだ。
指輪を差し出すと、宝石商は息をのみ、目を丸くした。
「お言葉ですが、この立派な指輪は結婚指輪ではありませんか?」
「ええ、その通りです」
「それは買い取れません」
「お願いします。フェリシア領の復興のために、今これは、僕の手元にあるべきではないのです」
「エタン様はフェリシア家を離れてアンロッド家に婿入りなさったのでしょう?」
「お願い致します。買い取ってください」
宝石商を説き伏せて買い取ってもらえることになった。結婚指輪を売ることは、麗しの伴侶であるレアンドル殿への気持ちを諦める上でも必要なことだった。
そうして始まったアンロッド家での新婚生活。しっかりとした食事にありつけるのは嬉しいが、僕だけがこんな良い食事をするのが父上や兄上に申し訳なかった。
分かっていたことだったが、初夜はなかった。枕を濡らして朝を迎えた。
「おはようございます、エタン殿。ゆっくり眠れましたか」
「おはようございます。まあ、はい。あの、僕はもうアンロッド家の人間なのですから、エタンと呼び捨てで構いませんし、敬語も外してもらって構いません。僕は敬語の方が話しやすいのでこのままで」
「ではそのように。エタンも、どうかレアンドルと呼んでほしい」
じいっと見られると、顔から火が噴きそうになる。僕は視線を床に落とした。
「あ、あの何か?」
「ああ、いや。朝食の用意ができているよ。行こうか」
朝ごはんも、パン、卵、野菜に肉とバランスが取れている。ちらりとレアンドルを見れば、食べる所作までもが美しい。
「どうしたのかな?」
「あ、いえ。なんでもありません」
「文官の仕事は本当にやめないつもりかい」
「はい。アンロッド家の仕事を覚えるためにも、午前中だけの勤務に減らしてはもらいましたが。文官としてのお給料もフェリシア家の大切な収入源ですので」
そう言うと、レアンドルは困ったように笑った。
「援助額を増やすよう、父上に相談しようか?」
「いえ、アンロッド家の援助額は十分に足りています。ただ、蓄えはいくらあっても困りませんから。もちろん、アンロッド家の一員としても不足のないようお務めいたします。ボロボロの置き人形を掴まされたとは思われないように」
「ボロボロの置き人形……?」
仕事もせず愛玩にも使えないという意味で、分かりやすい表現だったと思うのだが、いまいち伝わらなかったようだ。まあ、そんなことはどうでもいい。
「ごちそうさまでした。それではこの後支度をして、文官としての仕事に行って参ります」
「待て待て。まだ、紅茶か珈琲が」
「そういった嗜好品を嗜む立場ではありませんので」
部屋を出ようとすると、レアンドルが長い脚を大股で動かしてこちらに向かってきた。体が、包まれた。
「れ、レアンドル?」
「行ってらっしゃいのハグ」
「政略結婚ですから、そういった配慮はご無用です」
「そう……」
心臓がうるさい。初夜もなかったのに急に夫夫らしさを出されたせいだ。そんな無理をする必要はない。どうせすぐに他の人に心が移るのだ。気を持たせるような態度は控えてもらいたい。
始めこそそう思っていたが、父上の懸念していた「遊び人」としての側面を出されると、やはり寂しいものはあった。
「今日は遅くなりそうだ」
内心、今日も、と思ってしまった自分がいる。
「また夜会に出られるのですか」
「ああ。情報収集のためにね」
思っていた通り、レアンドルは遊び歩いているらしかった。こうも夜遅くに帰る日が続けば、疑いでは済まされない。しかし、僕の方から「他の方と関係を持たれても気にしません」と言った手前、非難することもできない。レアンドルへの気持ちを忘れるべく、仕事に打ち込んだ。午前中は文官としての仕事、午後はアンロッド家の仕事。それが終わったら美術市場の最新動向と主な市場である貴族界の動向を探り、流行りがなんであるかといった勉強をする。気絶するように眠れば、寂しさを覚える暇もない。
ある朝起きて、支度をしていると、化粧をほどこしてくれる侍女が心配そうに鏡をのぞいていた。
「エタン様。過ぎた発言となりますが、しばらくお休みになられた方がよろしいのでは?」
「何ともないよ」
「クマを隠すためのこのオレンジがかったクリームだけ異常に減っているんです。まだお若いのに……。それに、しっかりとしたお食事を出しているはずなのに、どうして細いままなのです? お昼ご飯は王宮で食べているのですか」
「お昼ご飯は食べなくても平気だよ。朝と夜だけ食べれば、普通に動ける。食べる時間が勿体ないし」
「駄目です。食べてください。今日から午後のお仕事に入る前に用意させますから!」
別に良いんだけどと思いつつ、過度に心配させるのも本意ではないので食い下がることはしなかった。
「まったくレアンドル様ってば、エタン様を放っておいてどこをほっつき歩いてるのかしら。あ、こちらレアンドル様からの贈り物です」
侍女は煌びやかなジュエリーを見せた。
「今回はネックレスか……。いつもみたいに売りに出すから、手配をお願い」
「また売られてしまわれるのですね。唯一、夫夫らしいやり取りですのに」
僕が持っていても豚に真珠になってしまう。誰かもっと似合う人の手元にあった方がいい。売ったお金で、フェリシア家への支援もできる。一石二鳥というわけだ。
それから二週間ほど経った、ある日。仕事が終わり、自室に戻ろうとしたところに、手紙が届いていると侍女からの言付けがあった。僕宛の手紙なんて珍しい。一体誰からだろうと部屋に入る。机の上に載せられた手紙を見ると、フェリシア家の封蠟がされていた。何かまた危機に瀕するようなことがあったのかもしれない。はやる気持ちを抑えられずに、ペーパーナイフを使って開ける。内容は、以前に僕が送金した分の出元を知りたい、とのことだった。心外な。レアンドルからの贈り物を売り払ったことで貯まっていた分を送っただけの、綺麗なお金だ。手紙だけでそう反論したところでは怪しさを拭いきるのは難しいだろう。次の休みに、宝石商とのやり取りの書面を持っていこうと決めた。
久々に向かった領地は、アンロッド家の支援のおかげで復興作業がだいぶ進んでいた。
書面を見た父は、長いため息をついた。
「僕を疑うなんて心外です」
「いや、疑ってたわけでは……疑ってたことになるのかな。ちゃんと生活できているのか心配で。でも姿を見て安心した。ちゃんとした食事を摂れているみたいだね」
「ええ、バランスの取れた食事を提供されています。生活については何ら問題ありません。質素倹約に努めています」
「アンロッド家に嫁いだのに質素倹約?」
「フェリシアの名前でなくなったとはいえ、僕だけが慎ましい生活をやめるのも憚られますから。我慢しているというほどでもありません。もとから物欲がないので」
「そうかい。それで、エタン。今回のことを聞いたのは、実はレアンドル殿から探りがあったからなんだ」
「レアンドルから?」
「ああ。エタンにあげたはずのものを市場や夜会でみかけると報告があってね。はじめは侍女や執事を疑っていたらしいが、宝石商に手配するようにエタンから指示を受けていたのだという証言があった。悪さをしないはずと思っていた侍女たちの証言を信じて、手配した先の宝石商に証拠を求めたところ、エタンとの取引の書面が出てきた」
「ええ。その通りで間違いありません」
「エタン」
「はい」
父上が厳しい声音で、僕の名を呼んだ。温厚な父上が怒りをにじませているのが見て取れた。
「ここまで言ってもピンと来ていないようだが、伴侶からの贈り物は売り払うものではない」
「普通であればそうと心得ております。ただ、レアンドルと僕は政略結婚ですし、フェリシア家の支援にもなります。悪いことではないでしょう? それに、貰って僕のものとなったものをどうしようと僕の勝手ではありませんか」
「レアンドル殿はわざわざこの家まで足を運んでこられた。とても寂しそうな顔をしていたよ」
「そんなことはあり得ません。レアンドルはいつも遊び歩いてばっかりで、僕の寝た後に帰ってくるんですよ」
「だからといって、拗ねた子どものような態度をとるのは良くない。フェリシア家はアンロッド家に資金援助してもらうために繋がりをつくったのは知ってるね。それで贈り物を売り払っていたら、まだ資金援助が足りないと暗に示すようなものだ。失礼になる」
「援助は足りていると申し上げてます。それに、あんな煌びやかなものをいただいても、僕には似合いません」
「そういった不満があるのなら、レアンドル殿に直接言いなさい」
「レアンドルとは顔を合わせる暇がありませんので」
「どうにかして時間を取りなさい」
「……分かりました」
そうして久々に、朝ごはんの時間をレアンドルに合わせることにした。
「あ、あのレアンドル」
「ああエタン。顔を合わせるのは久しぶりだね。贈り物は気に入らなかったかな」
「いえ、そういうわけではないのです。ただ僕には似合わないと思ったので、すみません。せっかく選んでいただいたものを」
「いや、こちらもエタンの好みが分かっていなかったのが悪いんだ。今度は一緒に選びに行こう。それで突然で悪いんだが、しばらく家を空けることになる。ちょっと遠くまで出かける用事があるんだ」
「左様ですか」
何の用事かレアンドルは言わなかった。問い詰めるのも野暮というもの。きっと、遠くまで追いかけに行くほど、愛しい相手ができたのだろう。レアンドルの美しさに見合う相手が。心なしか、なんだか楽しげな顔をしているようにも見える。好きな人が笑っているのは喜ばしいことであるが、心の底から喜べない。他の人と関係を持つことを許すと言っておきながら、胸の内ではそれを疎ましく思う自分の諦めの悪さが嫌になる。
どんなにレアンドルが遊び歩こうと、正式な伴侶は僕だ。そう自分を鼓舞するのもむなしい。僕は政略結婚で伴侶になった身。レアンドルから選ばれたわけではない。
レアンドルが家を発ってから、より一層仕事にのめり込んだ。仕事に打ち込んでいる間は、レアンドルへの気持ちを忘れることができた。
レアンドルがいなくなってから一週間が経った。
夜遅く。蠟燭を渋らなくてもいい環境に感謝しながら、書類の確認をしていると、扉をノックする音が聞こえた。
「エタン様。まだお眠りにならのですか」
「ああ、あともう少ししたら寝るよ」
扉を少し開けて答える。戻ろうと、歩き出した時。視界がぐらりと揺れて、意識がなくなった。
「エタン、エタン!」
名前を呼ぶ声がする。侍女の声でも執事の声でもない。耳に心地いいこの低音は。
ゆっくりと目を開くと、麗しの顔が間近に僕の顔を覗き込んでいた。
「ああ、目が覚めて良かった……!」
「レアンドル?」
ここはどこだ。随分と長い間眠っていたようだ。先程まで夜だったはずなのに、窓から日が差し込んでいる。きょろきょろと目を動かすと、自分の部屋ではないことに気づいた。まさかここは、レアンドルの寝室なのか。体を起こすと、ふわりと良い香りに包まれる。レアンドルに抱きしめられていた。
「エタン、報告があるんだ」
レアンドルの腕から解放される。晴れやかな顔をした彼は、窓から差し込む光に照らされて、宗教画に描かれた聖人のようにも見えた。ああ、どんなに僕に不都合なことを言われても許してしまいそうだ。たとえこの結婚生活に終わりが来るとしても。
「……新しいお相手のことですか」
それ以上に問い詰める気力もない。
「何を言う。私はエタン一筋だよ」
白々しい。あんなにいつも夜会を遊び歩き、あげくに一週間も家を空けていたというのに。僕一筋? もうちょっとまともに取り繕ってほしかった。
彼は懐から、ジュエリーケースを取り出した。そして、長い指でその蓋を押し上げた。出てきたのは見覚えのある指輪。
「これは……」
ケースに鎮座しているものと同じ指輪がレアンドルの指に輝いている。つまりこれは僕が売り払ったはずの結婚指輪だ。
「びっくりした。新婚生活が始まった翌日の朝には、エタンの指から指輪がなかったんだから。特注で作ったはずの指輪を夜会で見かけたときには本当に驚いた。まさか、別れてもいないのに結婚指輪を売りに出されるなんてね。それだけじゃない。本当にエタンが売ったのか確かめるために贈りものをしたら、本当にきれいさっぱり全部売ってしまうんだもの。さ、手を出して。この指輪はエタンに身に着けていてほしい」
「なんでわざわざ……」
買い戻したのか、と続けるはずだった言葉は、口を塞がれたことによって口の中へ押し戻されてしまった。唇が離されると、熱っぽい視線で見つめられる。今しがた起こったことを確かめるように、口元を触れた。
「たとえエタンが私を愛していなくとも、私はエタンを愛している」
「は、……え?」
聞き間違いか。いや、でも今のは。
「レアンドルが僕を……? 結婚してからも毎夜毎夜、夜会に出ていたのに……?」
「エタンが売ったものの行方を追っていたんだよ」
「一週間も家を空けていたのは?」
「追っていた指輪の持ち主が思いのほか遠くに住んでいてね。買い戻すために説得するのにも時間がかかってしまった」
指につけられた指輪とレアンドルを交互に見る。
「レアンドルはいつから僕を、その、好きになってくれたんですか」
「あれは、五年前だったかな。たまたま出た夜会でエタンを見かけたんだ。そこで一目見て気に入った。ずっと目で追っていれば、謙虚で、家族思いなのが分かって余計に目が離せなくなった。でも身分が釣り合わないと思って声をかけに行く勇気が出なかった。またいつか機会があると思ってしまった。それまでに相応の人間になろうと、あまり厳しく教わらなかった所作にも気を使うようになった」
滔々と語られるレアンドルの話。先ほどから驚きの連続で、頭が回らない。5年前に出た夜会と言えば、あれか。兄上の結婚関係のものだろうか。僕が唯一出た夜会だ。
「その後家の規模や影響力も大きくなってきて、自分にも自信を持てるようになった。声をかける勇気を持てるくらいに。それで、またどこかで会えないかと思って、出られる夜会・茶会には全部出た。なのに、全然会えない。遊び人の烙印まで押されたのに、一向に会えない。もう幻でも見たのかと諦めかけていたところに、縁談が舞い込んできた。姿絵を見れば一目ぼれした姿そのもので、運命を感じられずにはいられなかった」
「そんな素振りなんて一度も……」
「エタンが、『政略結婚ですから、他の方と関係を持たれても気にしません』なんて言うから、脈なしなのかと思ってね。たった一度同じ場所にいたことも覚えていない様子だったし」
「新婚初日に、部屋に来てくることもありませんでした」
「あの頃のエタンは細すぎて、壊してしまいそうだったから。きっと、フェリシア家ではちゃんと食べられていなかったんだよね。もう少し体形が戻って、私からもアプローチをしてから、と思っていたんだけど……夜会に出る前に、傍にいてアプローチするべきだった。不安にさせてしまって、申し訳ない」
涙がとめどなく、溢れてくる。いい年をした大人なのに、こんな人前で泣くなんてだらしない。
「僕も、顔合わせでお会いしたときからお慕いしておりました」
「なら、なぜ浮気を認めるようなことを言ったの」
「父上より、レアンドルは遊び人であると聞いていたので、こんな僕には目もくれないだろうと思ったのです。結婚指輪もその後の贈り物を売ったのも、フェリシア家の助けになりたいという思いより、レアンドルへの気持ちを諦めたい思いの方が強かった」
「そう……私たちはずっとすれ違っていたんだね。エタン、ベッドから出られそうだったら、見てほしいものがあるんだ」
もう体調は問題なさそうだ。おそらく、寝不足だったのだろう。起き上がって、レアンドルに着いてゆく。部屋に置かれた棚の前に案内された。レアンドルが開けた棚の中には、手放してしまったはずの贈り物たちが揃っていた。
「指輪だけじゃなくて、今まで贈ったものも全部取り戻してきた。エタンは気に入っていなかったみたいだし、自己満足かもしれないけど」
僕は、ぶんぶんと首を横に振って、レアンドルの体に腕を回した。
「ごめんなさい。今まで、せっかくの贈り物を売ってしまって。僕に似合うかはわかりませんが、ずっとずっと大切にします」
「きっとエタンに似合うと思うから、是非とも身に着けてほしいんだけどね」
レアンドルは一連のネックレスを取り出して、僕の首に回して付けた。鎖骨に輝く宝石が眩しい。一目ぼれしたことと言い、レアンドルには僕がどのように見えているんだろう。
その日の夜。僕たちは初めて寝床を共にすることになった。侍女たちが「ようやくですね」などと言いながら嬉々として肌の手入れを念入りにしてくれた。とても気恥ずかしい。
僕の部屋とレアンドルの部屋を繋ぐ扉のドアノブに手をかける。新婚初日からずっと開かれることのなかった扉だ。緊張でどうにかなってしまいそうだ。心臓がずっとうるさい。ええいままよ、と扉を開けた。月明かりだけが差し込む暗い部屋で、レアンドルの周りだけが輝いて見える。
「お、お邪魔します」
「邪魔じゃないよ。おいで」
ベッドに腰を下ろしたレアンドルのもとへ向かう。ぽんぽんとレアンドルは自分の膝の上を叩いた。そこへ来てほしい、ということだろうか。おずおずと、レアンドルの膝の上に乗っかる。甘やかな笑みを向けられれば、それだけで胸が幸福でいっぱいになった。
視線が重なって、どちらからともなく口づけを交わした。誓いの口づけとは違う、長い長い口づけ。舌が入り込んできて、食べつくさんばかりに口内を蹂躙される。
唇が離れていったかと思えば、頬に、首に、鎖骨に、キスの雨が降らされた。
「ああ、本当に愛おしくてたまらない」
「ぼ、僕も、です……」
するりと頬を撫でられたのを皮切りに、レアンドルは僕の服を脱がしながら全身をくまなく撫でまわし、痕を残していった。痕を付けられるたびに体が跳ねて、声がこぼれた。ぺたんこの胸に付いた突起を触れられても最初は何ともなかった。しかし次第に、じんじんとしてきた。ピン、と今までにない強さで弾かれると、急に快感が全身をおそった。
「ふふっ、腰が揺れてる」
腰が立たなくなってきて、もうレアンドルの支えがなければ膝立ちも辛い。恨めしい思いでレアンドルを見れば、ばちりと視線が交差した。
「そんな熱っぽい目で見られると、余裕なくなってくるな」
恥ずかしくて、レアンドルの肩に顔をうずめた。
全身を撫でまわしていた手が、お尻へと伸びてゆく。
「ここは怖い?」
「少し」
「ゆっくり触っていくね」
怖くもあったが、期待しているかのようにひくついていた場所にレアンドルの手が触れた。垂らされた香油が太ももを伝ってゆく。香油は冷たかったが、レアンドルに触れられていると、熱く感じられてくる。指が中に入り込んできて、一点を刺激した。レアンドルにつかまっていた腕に力がこもった。
「ここ、気持ちいい?」
「き、気持ちいいい、のかな……?」
疑問形で聞き返すと、レアンドルは立て続けにその場所を刺激した。
「ん、んぅっ……!」
「気持ちいいんだね」
絶え間ない快楽を逃がすように、掴んでいた手にさらに力がこもる。レアンドルの白い肌が赤くなってしまった。ごめん、と思うよりも先に興奮を覚えた。
レアンドルが、つぷつぷと指を抜き差しし始めた。この後のことを嫌でも想起させる動きに、顔が熱くなる。早く、レアンドルにも気持ちよくなってほしい。
「はやく、レアンドルのものを受け入れたい」
「まだ、だめ。もう少しほぐさないと」
指が増やされると、途端に圧迫感で苦しくなった。
「うっ、うぅっ」
息を深く吐き出すと、圧迫感は少し和らいだ。
「苦しい?」
「へいき」
「嘘つかないの。脚、開ける?」
言われるままに、脚を開くとゆるゆると頭をもたげたソレが露わになった。
「擦ると、楽になるかもよ」
片手をそこに持って、擦るとレアンドルの言うように圧迫感が遠のいてゆき、気持ち良さだけが残った。
「あっ、ああっ……はやくはやくっ、ください……!」
「そんなにおねだりされたら我慢できなくなってしまう」
レアンドルは優しく僕を押し倒した。レアンドルの長い髪が影を作る。影の中で目だけがぎらついている。ズボンを寛げさせ、ソレがまろびでる。現れた欲望の大きさに目が釘付けになった。
「おっきい……」
僕のがミニニンジンだとしたら、レアンドルのソレはサツマイモのようだった。僕を相手にして興奮しているのが分かって嬉しくなった。様子を伺うようにお尻の縁にソレがあてがわれる。
「そんなに見られたら恥ずかしいよ。大丈夫そう?」
「はいっ……」
ゆっくりと入り込んでくるソレが、僕の中を暴いてゆく。
「ああっ、んっ」
「ずっとエタンとこうしたかった。苦しかったら、擦ってて」
自分のソレを上下に扱きながら、レアンドルのを受け入れてゆく。ぱたたっと太ももに熱い飛沫を感じた。レアンドルが唸る。だんだんとレアンドルの動きが激しくなってきて、いよいよ声が抑えられなくなっていく。
「んあ゛あっ、ああっ、あッ……!」
「好き、好きです、エタンっ……!」
「ぼくもすきぃっ……っあ、い、いっちゃう゛ぅ……!」」
「エタン、エタンッ!」
強い一突きが、僕を快楽への頂きへと連れて行った。どくどくとレアンドルの放った熱いものでお腹の中が満たされている。
「ずっと、僕の傍にいてくれますか。ずっと僕だけの貴方でいてくれますか」
「私はずっとエタンのものだよ。約束する。エタンも私だけのエタンでいてほしい。約束してくれる?」
こくん、と首を縦に振った。
長い指が目尻に浮かんだ涙を拭いさる。優しく甘いキスが落とされた。
レアンドルの胸に頭を預けて、布団に潜り込む。青い目が僕を捕らえていた。
「エタンは、どういう宝石が好き?」
「レアンドルがくれるものならどんなものでも。安心してください。もう売りにはだしません。後生、大事にします」
「指輪以外にもお揃いものを明日、買いに行こう。エタンに選んでほしいんだ」
「僕に?」
どんなものを選ぼうか。悩んでいるうちに、深い眠りへと落ちていく。
久々の、心地いい眠りだ。「おやすみ」という愛しい人の声が聞こえた気がした。
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攻め
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会社員。綺麗で性格も良くて完璧だと崇められていた人。ファンクラブも存在するらしい。
受け
ケイ(18)
高校生。平凡でユキと自分は釣り合わないとずっと気にしていた。ユキのことが大好き。
pixiv、ムーンライトノベルズにも掲載中
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