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五話:カレンベルク家とモーグ家
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父の言葉がずっと頭の中で繰り返される。深い眠りにもつけず、気づけば学院に行く時間になっていた。それは逆に救いとなった。
彼は、僕にできた隈を目ざとく指摘した。
「シルヴァ君が寝不足なんて珍しいね」
「貴方のせいだ。貴方が余計なことをするから」
「例の小包、届いたんだ」
彼は僕の秘密を知ってしまった。知られてしまった。
「なぜ僕がモーグ家の人間だと?」
「魔力探知だよ。自分の流した魔力を辿る魔法」
やはり、彼から魔力など貰わないほうが良かった。
ぽつりと一滴の涙がこらえきれずに流れてゆくのを許すと、堰を切ったように涙が溢れてくる。
「……シルヴァ君に生きていてほしいと思うのは俺の我儘だったかな」
兄さんも僕に生きていてほしいと願っていた。
僕の食事に自分のための魔力増進剤を混ぜているのも、夜中にこっそり魔力の込めた口づけをされているのも僕は気づいていた。生きていてほしいという祈りと呪いだ。僕に生きていて欲しいと思ってくれる人がいる喜びと絶望。生きていられるという喜びと、生きなくてはならないという絶望。
「僕も本当は我儘なんだ……死ぬのは怖い。父のいる家で生きるのも怖い」
「それは我儘とは言わないよ」
一つ昔話をしようか、と彼は温かい手で頬を伝う涙を拭った。
ある二人の男がいた。二人は親友だったが、一人の女性を互いに好いたことでライバル関係になった。二人はそれぞれ魔術師御三家に生まれた長男だった。女性の心は次第に一人の男へと傾いていった。焦った一人は強引に結婚の話を進め、家の力を使って囲い込もうとした。惹かれつつあった一人の女性と男は急いで籍を入れ式を挙げ、望まない結婚を回避した。やがて二人は子を授かる。生まれたのは、何とか魔術師と生きていけるか否かぎりぎりの魔力を持った子どもだった。男はそれでも満足だと言ったが、女性は魔術師御三家の家の圧を感じ、もう一人子どもをつくろうと提案した。体の弱い女性が心配だったが、男は提案にのった。果たして生まれたのは魔力欠乏症の子どもだった。程なくして女性は命を落としてしまった。
「父と母の話……? もう一人の男というのは?」
「これはカレンベルク家とモーグ家の話。もう一人の男というのは俺の父。つい昨日俺も初めて聞いたんだ。俺が父に言うまでもなく、父はモーグ家のことを知っていたんだ。恐らくモーグ伯爵が危惧しているのは、シルヴァ君の延命治療を行っていないと知られたことで、その噂が流れること」
あの小包は、僕に魔力増進剤を与えていないことを知っている、という脅しだった。
「キミを泣かせたいわけじゃない。勝手なことをしたのはその通りだ。すまない」
「いや、あの、謝らないで。僕の方こそごめんなさい。さっきは貴方のせいなんて、言い過ぎた」
「ここから先どうするかはキミに聞こう。社交界にキミの存在とキミに対するモーグ家当主の所業を明かすかどうか」
証拠は僕の手元にある。兄さんがくれた録音スフィアだ。それを公開してしまったら、父が罪に問われるのは避けられない。モーグ家の評判も落ち、魔術師御三家から外されることになるだろう。そうしたら、家を継ぐ兄さんはどうなる? 僕が感情任せに父を社会的に消してしまって、それで僕は心から笑えるだろうか。絶対に無理だ。
「……僕は父を許す……いや許すとまではいかないかな。父が僕を疎むその感情を認める。あの小包で父は充分だと思う」
「そっか……やっぱりシルヴァ君はお人好しが過ぎると思うな」
「ただ父は母のことを思ってるだけのこと。それを非難はできない」
「魔術師御三家という家の格を保とうともした。これもシルヴァ君は認めるの?」
「さっきの話だと父は兄さんだけで満足しようとしてたから」
「あーあ、結局シルヴァ君が全てを背負い込むことになっちゃって、納得いかないなあ」
「全てを背負い込んだつもりはないよ……。僕はいつも貴方に助けられてばかりなのに」
彼には、命だけでなく心まで助けられてしまった。これ以上僕の中での存在を大きくしないでほしい。そう伝えられたらどれだけ楽になることだろう。
「勝手なことしたのは本当だから。俺の勝手と我儘すらもシルヴァ君は許すんだなあ。さっきは嫌われてしまったかと思って肝が冷えたよ」
「僕に嫌われたと思って肝が冷えるの? 貴方ともあろう人が?」
「ああ、本当に焦ったよ」
「僕一人に嫌われたって皆から人気だったらそれでいいと思うけど……変わってるね」
「キミは案外ドライだよね」
心の中での存在が大きくなってるのは、もしかしたら僕だけじゃないのかもしれない、などと柄にもなく自惚れてしまう。
彼は、僕にできた隈を目ざとく指摘した。
「シルヴァ君が寝不足なんて珍しいね」
「貴方のせいだ。貴方が余計なことをするから」
「例の小包、届いたんだ」
彼は僕の秘密を知ってしまった。知られてしまった。
「なぜ僕がモーグ家の人間だと?」
「魔力探知だよ。自分の流した魔力を辿る魔法」
やはり、彼から魔力など貰わないほうが良かった。
ぽつりと一滴の涙がこらえきれずに流れてゆくのを許すと、堰を切ったように涙が溢れてくる。
「……シルヴァ君に生きていてほしいと思うのは俺の我儘だったかな」
兄さんも僕に生きていてほしいと願っていた。
僕の食事に自分のための魔力増進剤を混ぜているのも、夜中にこっそり魔力の込めた口づけをされているのも僕は気づいていた。生きていてほしいという祈りと呪いだ。僕に生きていて欲しいと思ってくれる人がいる喜びと絶望。生きていられるという喜びと、生きなくてはならないという絶望。
「僕も本当は我儘なんだ……死ぬのは怖い。父のいる家で生きるのも怖い」
「それは我儘とは言わないよ」
一つ昔話をしようか、と彼は温かい手で頬を伝う涙を拭った。
ある二人の男がいた。二人は親友だったが、一人の女性を互いに好いたことでライバル関係になった。二人はそれぞれ魔術師御三家に生まれた長男だった。女性の心は次第に一人の男へと傾いていった。焦った一人は強引に結婚の話を進め、家の力を使って囲い込もうとした。惹かれつつあった一人の女性と男は急いで籍を入れ式を挙げ、望まない結婚を回避した。やがて二人は子を授かる。生まれたのは、何とか魔術師と生きていけるか否かぎりぎりの魔力を持った子どもだった。男はそれでも満足だと言ったが、女性は魔術師御三家の家の圧を感じ、もう一人子どもをつくろうと提案した。体の弱い女性が心配だったが、男は提案にのった。果たして生まれたのは魔力欠乏症の子どもだった。程なくして女性は命を落としてしまった。
「父と母の話……? もう一人の男というのは?」
「これはカレンベルク家とモーグ家の話。もう一人の男というのは俺の父。つい昨日俺も初めて聞いたんだ。俺が父に言うまでもなく、父はモーグ家のことを知っていたんだ。恐らくモーグ伯爵が危惧しているのは、シルヴァ君の延命治療を行っていないと知られたことで、その噂が流れること」
あの小包は、僕に魔力増進剤を与えていないことを知っている、という脅しだった。
「キミを泣かせたいわけじゃない。勝手なことをしたのはその通りだ。すまない」
「いや、あの、謝らないで。僕の方こそごめんなさい。さっきは貴方のせいなんて、言い過ぎた」
「ここから先どうするかはキミに聞こう。社交界にキミの存在とキミに対するモーグ家当主の所業を明かすかどうか」
証拠は僕の手元にある。兄さんがくれた録音スフィアだ。それを公開してしまったら、父が罪に問われるのは避けられない。モーグ家の評判も落ち、魔術師御三家から外されることになるだろう。そうしたら、家を継ぐ兄さんはどうなる? 僕が感情任せに父を社会的に消してしまって、それで僕は心から笑えるだろうか。絶対に無理だ。
「……僕は父を許す……いや許すとまではいかないかな。父が僕を疎むその感情を認める。あの小包で父は充分だと思う」
「そっか……やっぱりシルヴァ君はお人好しが過ぎると思うな」
「ただ父は母のことを思ってるだけのこと。それを非難はできない」
「魔術師御三家という家の格を保とうともした。これもシルヴァ君は認めるの?」
「さっきの話だと父は兄さんだけで満足しようとしてたから」
「あーあ、結局シルヴァ君が全てを背負い込むことになっちゃって、納得いかないなあ」
「全てを背負い込んだつもりはないよ……。僕はいつも貴方に助けられてばかりなのに」
彼には、命だけでなく心まで助けられてしまった。これ以上僕の中での存在を大きくしないでほしい。そう伝えられたらどれだけ楽になることだろう。
「勝手なことしたのは本当だから。俺の勝手と我儘すらもシルヴァ君は許すんだなあ。さっきは嫌われてしまったかと思って肝が冷えたよ」
「僕に嫌われたと思って肝が冷えるの? 貴方ともあろう人が?」
「ああ、本当に焦ったよ」
「僕一人に嫌われたって皆から人気だったらそれでいいと思うけど……変わってるね」
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