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六話:友達
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父が突然、僕のお披露目会をやる、と言い出した。恐らく、カレンベルク家に僕の存在を知られ、あの小包みでの脅しを受けたからだろう。大抵は十二歳頃にお披露目会をして社交界デビューとなる。三年ほど遅れたデビューの表向きの理由としては、病弱だったから、ということにするらしい。まあ、あながち間違いではない。
日程は一か月後。準備に父も使用人も少し忙しそうだ。そして僕も。
お披露目は、言わずもがな僕が主役になる。その装いは相応しいものにしなければならない。父と兄は仕事のため採寸には立ち会えないということで、執事のラルフが付き添ってくれるという。ここ数年は兄のお下がりが多く、新しい服も既製品ばかりだったため、服の採寸はかなり久しぶりだ。誰か付き添ってくれないとあまりにも心もとない。父からの言付けでは、伝統的なスタイルを崩さなければ好きにしろ、とのことだった。
「久しぶりですね、シルヴァ坊ちゃま。お兄様のルヴィアン様に似てとてもお綺麗に成長されていて驚きました。長いこと伏せっていたと聞きましたが、本日のお加減はいかがですか?」
「お褒めの言葉ありがとうございます。ここ最近は調子が安定していますので、お気になさらなくて結構ですよ」
「万が一ということもありますから、なるべく手短に済むようにお願い致します」
ラルフが補足する。
「かしこまりました。では、そのように致しましょう。早速、始めましょうか」
こういう貴族らしいやり取りも慣れておらず、どうも落ち着かない。
腕、背中、脚。全身をくまなく測り、デザインを決める。デザインか……。自分なりに、と急に言われても何も思い浮かばない。
「ラルフ、どういうのが良いと思う?」
「シルヴァ様は線が細く、綺麗な顔立ちをされてらっしゃいますから、首元にはネクタイよりもジャボやリボンタイの方がお似合いかと。あとは、黒や紺といった濃い色のジャケットよりも、薄い色の方が銀色の髪に合うでしょう。そうですね……パステル系統のお色は如何でしょう」
あまり服に頓着してこなかったもので、自分からの希望は無いに等しい。ほとんどラルフの勧める通りに決めていった。
ジャケットは低めの背に合わせてショート丈で色はパステルグリーン。襟に金糸で弦草模様の刺繡が入る。シャツはシンプルに白色で、ベストは薄いグレー。首元はジャボで、カメオの飾り留めを父が宝飾店に注文しているらしい。カフスはたっぷりのフリルをお勧めされたが、あまり派手なのは柄に合わない。ここだけはお勧めされたものを断り、代わりにレースが付くことになった。パンツは白色のストレートスタイル。フレアの方が流行りでショート丈のジャケットにも合うとテーラーは言ったが、伝統的なスタイルを重んじる父は良い顔をしないのでは、というラルフの助言によりストレートスタイルに決まった。その他何やら分からない用語が飛び交い、頭の中がぐるぐると回る。多分、明日には何も覚えていない。
週明け、学園に登校すると目ざとく僕を見つけたリカルドに声を掛けられる。
「来月にお披露目会を開くんだってね。招待の手紙が届いたと父から聞いたよ。それで一つ気になったんだけど」
いつもの中庭に、冬に向かう冷たい風が駆け抜ける。
「招待されてたの父だけなんだけど、俺のことは呼んでくれないの?」
「招待リストを作ったのは僕じゃないから」
「誰か呼びたい人がいないか聞かれなかった? お披露目会は繋がりを大切にしたい家の当主だけじゃなくて、主役の友達も呼んで良いんだよ? モーグ家であればそのくらいの余裕はあるはずだ」
リカルドはいつになく真面目なトーンで言った。そんなに呼んで欲しかったのだろうか。
「確かに誰か呼びたい人がいるかは聞かれたけど、僕には友達いないし……」
「なんて? シルヴァ君は俺をなんだと捉えているんだい?」
えっと、なんだろう。
「……お世話になってるクラスメイト?」
ひねり出した答えに彼は大きくため息をついた。
「ごめん間違えた。とてもお世話になってるクラスメイト」
慌てて言い直したが、それも違ったらしい。ひどく落胆した様子だ。
「キミは俺を友達だと言ってくれないんだね。悲しいな」
「えっ、あ、と、友達?」
「そ。俺の独りよがりだったわけだ」
「貴方みたいな皆の人気者が僕なんかの……?」
友達だという。にわかに信じがたいことだ。僕なんかがいなくたって、既にたくさんの仲間がいるだろうに、いつもきりっとした精悍な顔が歪むほどに悲しいというのか。
「数が大切なんじゃないんだよ。誰が友達なのかが大切なんだよ。俺にとってシルヴァ君は大切なんだ」
どうして彼がそんな嬉しいことを言ってくれるのか理解できないが、僕にとっても彼が大切な存在になりつつあるのは間違いなかった。
「それとね、僕なんかって言わないで。俺が大切にしたい人をそういう風に言うのは、例え本人でも良い気はしない」
「そういうもの?」
「そう。ね、シルヴァ君は俺をどういう風に思ってるの」
「ぼ、僕にとって……」
「うん」
言いかけたが言葉が続かない。なぜだか顔が熱い。なんかまるで告白でもするみたいだ。
「……あとでお父様にキミも招待したいと伝えておく」
「教えてくれないの?」
「分からない……ぴったりな言葉が思い浮かばないんだ」
なんかもう色々キャパオーバーなのだ。
日程は一か月後。準備に父も使用人も少し忙しそうだ。そして僕も。
お披露目は、言わずもがな僕が主役になる。その装いは相応しいものにしなければならない。父と兄は仕事のため採寸には立ち会えないということで、執事のラルフが付き添ってくれるという。ここ数年は兄のお下がりが多く、新しい服も既製品ばかりだったため、服の採寸はかなり久しぶりだ。誰か付き添ってくれないとあまりにも心もとない。父からの言付けでは、伝統的なスタイルを崩さなければ好きにしろ、とのことだった。
「久しぶりですね、シルヴァ坊ちゃま。お兄様のルヴィアン様に似てとてもお綺麗に成長されていて驚きました。長いこと伏せっていたと聞きましたが、本日のお加減はいかがですか?」
「お褒めの言葉ありがとうございます。ここ最近は調子が安定していますので、お気になさらなくて結構ですよ」
「万が一ということもありますから、なるべく手短に済むようにお願い致します」
ラルフが補足する。
「かしこまりました。では、そのように致しましょう。早速、始めましょうか」
こういう貴族らしいやり取りも慣れておらず、どうも落ち着かない。
腕、背中、脚。全身をくまなく測り、デザインを決める。デザインか……。自分なりに、と急に言われても何も思い浮かばない。
「ラルフ、どういうのが良いと思う?」
「シルヴァ様は線が細く、綺麗な顔立ちをされてらっしゃいますから、首元にはネクタイよりもジャボやリボンタイの方がお似合いかと。あとは、黒や紺といった濃い色のジャケットよりも、薄い色の方が銀色の髪に合うでしょう。そうですね……パステル系統のお色は如何でしょう」
あまり服に頓着してこなかったもので、自分からの希望は無いに等しい。ほとんどラルフの勧める通りに決めていった。
ジャケットは低めの背に合わせてショート丈で色はパステルグリーン。襟に金糸で弦草模様の刺繡が入る。シャツはシンプルに白色で、ベストは薄いグレー。首元はジャボで、カメオの飾り留めを父が宝飾店に注文しているらしい。カフスはたっぷりのフリルをお勧めされたが、あまり派手なのは柄に合わない。ここだけはお勧めされたものを断り、代わりにレースが付くことになった。パンツは白色のストレートスタイル。フレアの方が流行りでショート丈のジャケットにも合うとテーラーは言ったが、伝統的なスタイルを重んじる父は良い顔をしないのでは、というラルフの助言によりストレートスタイルに決まった。その他何やら分からない用語が飛び交い、頭の中がぐるぐると回る。多分、明日には何も覚えていない。
週明け、学園に登校すると目ざとく僕を見つけたリカルドに声を掛けられる。
「来月にお披露目会を開くんだってね。招待の手紙が届いたと父から聞いたよ。それで一つ気になったんだけど」
いつもの中庭に、冬に向かう冷たい風が駆け抜ける。
「招待されてたの父だけなんだけど、俺のことは呼んでくれないの?」
「招待リストを作ったのは僕じゃないから」
「誰か呼びたい人がいないか聞かれなかった? お披露目会は繋がりを大切にしたい家の当主だけじゃなくて、主役の友達も呼んで良いんだよ? モーグ家であればそのくらいの余裕はあるはずだ」
リカルドはいつになく真面目なトーンで言った。そんなに呼んで欲しかったのだろうか。
「確かに誰か呼びたい人がいるかは聞かれたけど、僕には友達いないし……」
「なんて? シルヴァ君は俺をなんだと捉えているんだい?」
えっと、なんだろう。
「……お世話になってるクラスメイト?」
ひねり出した答えに彼は大きくため息をついた。
「ごめん間違えた。とてもお世話になってるクラスメイト」
慌てて言い直したが、それも違ったらしい。ひどく落胆した様子だ。
「キミは俺を友達だと言ってくれないんだね。悲しいな」
「えっ、あ、と、友達?」
「そ。俺の独りよがりだったわけだ」
「貴方みたいな皆の人気者が僕なんかの……?」
友達だという。にわかに信じがたいことだ。僕なんかがいなくたって、既にたくさんの仲間がいるだろうに、いつもきりっとした精悍な顔が歪むほどに悲しいというのか。
「数が大切なんじゃないんだよ。誰が友達なのかが大切なんだよ。俺にとってシルヴァ君は大切なんだ」
どうして彼がそんな嬉しいことを言ってくれるのか理解できないが、僕にとっても彼が大切な存在になりつつあるのは間違いなかった。
「それとね、僕なんかって言わないで。俺が大切にしたい人をそういう風に言うのは、例え本人でも良い気はしない」
「そういうもの?」
「そう。ね、シルヴァ君は俺をどういう風に思ってるの」
「ぼ、僕にとって……」
「うん」
言いかけたが言葉が続かない。なぜだか顔が熱い。なんかまるで告白でもするみたいだ。
「……あとでお父様にキミも招待したいと伝えておく」
「教えてくれないの?」
「分からない……ぴったりな言葉が思い浮かばないんだ」
なんかもう色々キャパオーバーなのだ。
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