【本編完結】何も無い僕が貴方の完璧を守る

ゆきりんご

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十三話:披露目会3

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 なんとか涙も止まり、お直しをしてもらって、招待客全員に向けた挨拶は無事に終わった。
 緊張のあまり口から心臓が飛び出るんじゃないかと思った。こんな緊張のする経験を大体の人は今の僕より三年も早くに済ませているというのだから驚きだ。

 料理が運び込まれ、歓談と踊りが始まる。楽しんでいる余裕はない。個人の挨拶回りに行かねばならないからだ。最初にミブ殿下のもとへと向かう。

「ミブ殿下。お話をしたいということでしたので参りました」
「ああ、忙しいのに悪いな」

 殿下は給仕から白ワインの入ったグラスを受け取ると「場所を移したい」と言い、人の多い広間をするすると歩いてゆく。人の多い場所に慣れていない僕は、殿下を見失ってしまわないように必死に着いていった。人の少ない部屋の隅まで歩いて殿下は立ち止まった。
 殿下はワインを一口あおり飲み込むと口を開きかけ、また閉じる。

「ミブ殿下……?」

 またワインを一口飲むと決心したように話しだした。

「今からする質問に答えたくないのであれば、答えなくとも責めはしない。シルヴァのその魔力はカレンベルク家長男のものだ。何があったのだ?」

 血の気が引いていく感覚がした。
 殿下は、僕の魔力がカレンベルク家長男のものである、と断定をした。推測ではなく断定。普通は気づかれないはずなのに。

「何か事情があるのであろうことは察している。怒ってもいない」
「……移した魔力が誰のものであるか殿下にはわかるのですか」
「俺の場合は特殊だ。他の人間は気付いていないから安心せい」

 これは誤魔化しようがない。観念して真実を伝えるほか選択肢はない。

「耳打ちでお伝えしてもよろしいですか」

 殿下が僕の背に合わせてかがんでくださる。無礼を承知で申し出たが、嫌な顔一つせずに応じてくれた。
 魔力欠乏症なんです、と伝えると殿下は息をのんだ。

「次男とはいえモーグ家の人間が情けない話です。リカルド様は魔術師御三家の体面を守るべく僕に魔力を提供してくださったのです」
「ああ、今の情報だけでいろいろと納得がいった」

 王宮魔術師として仕えることができない、と聞いたとき不信に思ったという。質の高い魔力を持っているのに何故だろうと。注意深く僕の魔力を感じ取ると、リカルドのものだと気づいたらしい。迂闊な発言をしてしまった。

「どうか内密にしていただけませんか」
「約束しよう。君もなかなか難儀な人生を強いられているな。モーグ家当主は魔術至上主義だろう。大変じゃないか?」

 殿下があまりにも気遣ってくれるのが申し訳なく、僕はできる限り笑って答える。

「今こうして生きていられていますので、問題はありません」
「笑うな」

 殿下は悲壮感のこもった声音で言う。大丈夫だと伝えたかったのだけれど、うまくいかないものだ。

「辛い時に笑うな。感情と反対の表情をするのが癖になると、己の本当の気持ちが分からなくなってしまう。王宮にはそれで不幸な道をたどることになった人間がごろごろといる。君の年齢ならばまだ間に合う。感情が分からなくなる前に、その癖だけは直しておけ」
「殿下のご忠告、しかとこの胸に刻んでおきます」
「そうしてくれ。何か困ったことがあれば、できる限り力になる」
「殿下のお手を煩わせるようなことなど……」
「約束してくれないか」
「殿下がそう仰るのであれば……」

 気おされて答える。

「なぜ殿下は私を気にかけて下さるのですか」

 殿下が僕を助けたって、僕が殿下に返せるものなど何も無い。

「惚れた男の弱みだな」
「惚れた……?」
「一目惚れだ」

 殿下が僕に一目惚れ? 頭の処理が追いつかない。

「同性は駄目か? それとも五つ歳が離れているのが気になるか?」
「わ、わからないです」

 殿下は困ったように笑った。僕は目を白黒させるしかない。

「好きな相手がいるのか」

 どうしてかリカルドが浮かびかけたが違う違うと打ち消す。リカルドは友人だ。

「いない、と思います?」
「何で疑問形なんだ」
「あ、あの僕、揶揄われているんですか」
「本気だ」

 殿下は僕の手を取った。アンバーの眼が真っ直ぐに向けられる。

「一目見て好きだと思った。風が吹けば消えてしまいそうな儚い見目で役目をこなそうとしている必死さが愛おしく思えた。今日、ダンスの相手をしてくれないか」

 殿下の声音から、本気らしいことがうかがえる。

「あっ、え?」

 取られた手に殿下の顔が近づく。息がかかるところまで近づいたとき、僕を呼ぶ声が聞こえた。

「シルヴァ、やっと見つけた」

 振り向くとリカルドが立っていた。

「話している最中だ。少し待ってくれないか」

 殿下はそう言うと、片手で握っていた僕の手を両手で包んだ。

「返事を聞かせてほしい」
「あまりに急で……」
「先約がいるのか」
「いないです」
「断るのに困っているのであれば嘘でも先約がいると言えば良いものを……素直すぎるところも可愛らしいな」

 殿下を相手に嘘をつくなんてことできるわけなかった。普段まともに人付き合いをしない僕には難易度が高すぎる技だ。

「私でよければ、お相手いたします」
「挨拶まわりが終わるまで待っている」
「はい……失礼します」

 握られていた手が解放され、力なく歩き出す。びっっっくりした。
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