【本編完結】何も無い僕が貴方の完璧を守る

ゆきりんご

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二十三話:誤解

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帰りの馬車の中で僕は、ラルフに父上が家にいるかどうか確認をした。

「ええ、いらっしゃいます。何かございましたか」
「ああ、ちょっと話したいことがあって」

相談を持ちかけるための心の準備をする。大丈夫、大丈夫、と自身に言い聞かせる。
家に着き着替えを済ませると、父上がおられるであろう書斎に向かう。途中、兄さんとすれ違った。

「あれ、シルヴァ書斎に用事?」
「そう。父上と話したいことがあるんだ」
「一人で大丈夫?」
「うん、大丈夫。心配しないで」

前までの僕であれば持ってなかったようなこの勇気の源は一体なんなのだろう。
平気だと答えたが、それでも兄さんは心配そうだった。

「本当に大丈夫」
「どんなにシルヴァが大丈夫だと言っても心配なものは心配なんだよ」

最後に軽くハグを交わして別れた。

 「父上、お話があります」
「何の要件だ」

書斎に入ると、父上は顎先をソファにくいっと向けて、座るよう促した。表情の変化に乏しい人でいつもむすっとしているが、時折身をよじるなど落ち着いていないことが伺える。
父上の様子を伺いながらソファに腰をおろす。一つ静かに短い深呼吸をして、口を開く。

「学院でも家名を明かした方がよいのではないか思いまして、相談に参りました」
「理由は」
「近ごろ、カレンベルク家長男であるリカルド殿と接する機会が増えています。このことについてクラスメイトの中には不思議に思っている者がおります。また、ご存知のとおり、来週末にはミブ殿下からのお茶会のご招待を賜り、王宮に伺います。家名を持たぬ平民というには限界があるかと思った次第です」

父上は首をつねり、黙ってこちらを見ていた。その心の内は読めない。僕は、ぎゅっとズボンの布を握りこんだ。汗が背を伝う。

「……たしかにお前の言う通りだ」

ほっと胸をなでおろす。体中の緊張が少しほぐれた。無意識のうちに体がこわばっていたらしい。

「教師に家名で呼ぶように申し伝えておく」
「お願いいたします。それともう一つ、お頼みしたいことがあります」」
「なんだ」
「魔法の練習を始めたいと思っています」

父上は僅かに目を丸くした。

「駄目だ。お前の体には負担になる」
「体の負担、ですか」

今度はこちらが驚く番だった。

「お前は覚えていないだろうが、幼いときは魔力を持っていたんだ。四歳の時、お前は年相応でない難しい魔法を本で見つけてそれを試した。普通であれば魔力の扱いに失敗して発動できずに終わるものだ。お前はとても器用に魔力を扱って発動に成功した。しかし、その難しい魔力の流れに耐えられなかった魔力回路が一部焼き切れてしまった」

何もかも初耳だった。聞いているが僕自身の話とは信じがたい。
僕は暫く生死の間をさまよったという。そして目覚めたときには、それ以前の記憶を無くしていたそうだ。小さい時のことだったため、記憶を無くしていたことも僕は気づいていなかった。三歳の頃には、ハレー先輩ともリカルドとも顔を合わせていたらしい。四歳の記憶喪失で何もかも忘れてしまった。
僕は事件で魔力回路を切ってしまったせいで、新しい魔力の生成ができなくなってしまった。何とか生きていけるギリギリの量のみ魔力増進剤を食事に混ぜていたという。

「また何か魔法を試してしまわないように魔力を持っていることを知られてはいけなかった。そのために魔力欠乏症だと説明をして魔力が無いと思わせる必要があった」
「そうでしたか……切れた魔力回路を治すことはできないのですか」
「現段階では難しい。モーグ家は治癒魔法を得意とする家だ。ずっと治す方法を探しているが、まだ見つけられていない」

父上がそんなに僕のことを気にかけてくれているなど思ってもいなかった。ずっと父上のことを誤解していた。

「いつか必ず見つけてやる」

父上は強くそう言い切った。

 時間を取らせてしまったことを詫びて僕は書斎を出た。涙が静かに頬を伝っていった。書斎の前で待っていた兄さんは、泣いている僕を見て「やっぱり大丈夫じゃなかった?」と尋ねた。首を横に振った。

「僕は父上のことを今まで誤解してたんだ。ずっとずっと優しい人だった」
そう答えると兄さんは「小さい時の話を聞いたんだね」と答えた。

「あの時の父上は見たこともない慌てぶりだった。一本間違えればシルヴァは死んでしまうところだった。もう大切な人を失うのは沢山だ、と父上は言っていた」

父上にとって僕が大切であるというのは思いもよらなかった。

「ねえ兄さん。父上のために僕は何ができるだろう」
「まずは健康に学院を卒業することだよ」

父上と兄さんの温かさが胸にしみる夜だった。
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