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投稿1・放課後カルト[重 阿瀬奈(仮名)、1-歳、女、学生]
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午後5時を過ぎていた。重 阿瀬奈は、読書に夢中で日が赤らむまで図書室にこもりきってしまっていた。30分ほど前に流れたはずの強制下校を知らせる連絡は、うたた寝していたために聞き逃した。
気づけばこのような時間になっており、戸締まりを終えて帰途につこうとしている。廊下に差し込む夕焼けが窓サッシや柱にぶつかる。最も長い影を落とすと道幅では足りていない分が、壁や天井を一周してさらなる闇を作り出す。
「急がなくちゃ」
不安を掻き消すように言って、部屋履きをキュッと鳴らして進みだそうとした。
図書室の横手にある階段から降りて直ぐの角を曲がれば職員室で、鍵を返したら引き返して昇降口から出ていくだけ。今日ほど遅くなることはなくとも、いつもやっていて難しいことなどなかった。しかしその時に限っては、不意に聞こえてきた物音に階段とは逆方向を見てしまう。
「まだ、誰か残ってるんだ?」
独り言ちるも、いつも通りに行動すればいいだけのこと。それでもなぜか、特別教室棟の方から聞こえてくる声か音だかに興味を抱いてしまった。
特別教室棟というのは個々で呼び名は違うかもしれないが、工作室や音楽室といった通常の学級教室ではない用途の部屋が多くある建物のことである。短い渡り廊下でつながっている程度なので別棟とみる人は少なく、二重の防火扉で辛うじて空間の区切りがわかる。
阿瀬奈はゆっくり迷いのない足取りで敷居をまたぎ、未だ居残っているであろう誰か確認に向かう。
黄昏に学生服の紺色が混ざり込んで、自分の姿を隠しているような錯覚さえ抱いたのかもしれない。
「謝れば良いんだから」
楽観的に考えて歩を進めていくと、突き当りの角を曲がって化学実験室までやってきた。
そこで漸く、人の声だとはっきり認識できるに至った。しかし、くぐもった声は何を言っているのかわからず、既知の言語でさえないようだ。声音は男女と、不明瞭な言語の羅列を主導する人物の3種。
化学実験室で歌唱や演劇の練習と言い張るられることもないだろうと、何をやっているのか気になり扉を小さく開けて覗き込む。
そこには、実験用の作業机を取り囲む数人の姿があった。白衣ではなく黒いブカブカとした衣装であることを除けば、何人かの見知った後ろ姿が作業を行っている光景が見える。同じクラスの教師とクラスメイトも数名。
他に気になる点と言えば、彼らの佇む足元に星型が刻まれていることだろうか。ダビデの星、六芒星、ヘキサグラム、それらのように見えるものの上に立っている。
主導する教師が上座に佇み、本を手に、もう片手で指差して言葉を紡いでいる。周囲の5~7人ぐらいの人物は、読み上げられた意味不明な単語を復唱する。
「ぅーん? わかんない」
得てして専門的な知識を理解できないだけと考え、興味を削がれた阿瀬奈はその場を去ろうと考えた。しかし次の瞬間に、作業机の直上に青白い光が生まれたではないか。何らかの実験の反応なのだろうと、扉を締めるのを止めて観察を続けようとした。
けれど、宙に浮かんだままの青い輝きは存在も現象も不可解で、少しずつ脳裏に不穏な思考が募り始める。専門性とか不理解を超えて、本能的に危険だと考えだしている。
その光球から何か細い紐状の、植物の蔦に似たものが見えた瞬間、阿瀬奈は音を立ててバレることなど気にせず走った。
それは生物だ。光の塊に見えても、意思を持って周囲を調べようとする動きだった。明らかに数名の黒ずくめ達の存在を確かめ、なぜか触れ得ぬために方針を変更した動き。
「あぁ!」
思わず叫んでしまった。
なにせ、呼び出されたであろう青白い生物的な存在は阿瀬奈を追いかけてきていたからだ。黒ずくめ達が命じたのか、音を聞き取っているのか、それとも目にあたる器官があるのかはわからない。
けれどその触手めいた付属肢は、正確に逃走者を認識して追走してくる。なぜ追ってくるのかわかる理由。付属肢のまとう粘性の液体が、波打ち伸びる勢いで周囲に飛び散り、ピチピチと壁を鳴らすからである。
渡り廊下から図書館の方には戻らず、通り過ぎた先にある階段で下に向かう。どこまで追いかけてくるかわからない。こんな常識外の存在をどうにかできると思ったことのほうがおかしいのだろうけど、少なくとも外にも逃げ出せる手段としてそう選択した。
「キャァッ!」
しかし、無情にもゴールにたどり着けなかった。
なびいたロングヘアーを蔦に絡め取られ、痛みと恐怖に悲鳴を上げた。足を滑らせ尻もちを着くが、後ろを振り向く気は起きない。詰まった掃除機が立てる吸引音めいた、涎をすするみたいな音で追跡者が一本に留まらないことを知らせていたからだ。
不快な粘性のある太い触手が両腕を、そして両足に巻き付いた。
「いやぁぁッ!」
気色悪さに抵抗を試みるも、柔らかいながら鉄鎖を思わせる剛性を持った触手は千切れなかった。
血の気が引いた瞬間にはズルッと体が引っ張られ、無情にも来た道を戻されようとしている。振り向かずともわかる、鈍い青光の塊へと阿瀬奈の体を飲み込もうとしていた。
「はなングッ!?」
自由だった口を、生臭いような苦いような、それでも葉野菜の香りと微かな甘みを持った粘体に捕らえられた。
息ができない錯覚に襲われ、全身への圧迫で血か酸素が遮られたか視界が暗転する。
一本、もう一本と次第に太くなる青の付属肢に巻き取られ、宙に浮き上がる感覚を覚えていた。
慣性に従ってグンッと重力が後ろへとかかり、とどめを指しに来る。全身をバランスよく引っ張ったのは、異質な何かの配慮だったのだろうか。
彼女が壊れないように。
気づけばこのような時間になっており、戸締まりを終えて帰途につこうとしている。廊下に差し込む夕焼けが窓サッシや柱にぶつかる。最も長い影を落とすと道幅では足りていない分が、壁や天井を一周してさらなる闇を作り出す。
「急がなくちゃ」
不安を掻き消すように言って、部屋履きをキュッと鳴らして進みだそうとした。
図書室の横手にある階段から降りて直ぐの角を曲がれば職員室で、鍵を返したら引き返して昇降口から出ていくだけ。今日ほど遅くなることはなくとも、いつもやっていて難しいことなどなかった。しかしその時に限っては、不意に聞こえてきた物音に階段とは逆方向を見てしまう。
「まだ、誰か残ってるんだ?」
独り言ちるも、いつも通りに行動すればいいだけのこと。それでもなぜか、特別教室棟の方から聞こえてくる声か音だかに興味を抱いてしまった。
特別教室棟というのは個々で呼び名は違うかもしれないが、工作室や音楽室といった通常の学級教室ではない用途の部屋が多くある建物のことである。短い渡り廊下でつながっている程度なので別棟とみる人は少なく、二重の防火扉で辛うじて空間の区切りがわかる。
阿瀬奈はゆっくり迷いのない足取りで敷居をまたぎ、未だ居残っているであろう誰か確認に向かう。
黄昏に学生服の紺色が混ざり込んで、自分の姿を隠しているような錯覚さえ抱いたのかもしれない。
「謝れば良いんだから」
楽観的に考えて歩を進めていくと、突き当りの角を曲がって化学実験室までやってきた。
そこで漸く、人の声だとはっきり認識できるに至った。しかし、くぐもった声は何を言っているのかわからず、既知の言語でさえないようだ。声音は男女と、不明瞭な言語の羅列を主導する人物の3種。
化学実験室で歌唱や演劇の練習と言い張るられることもないだろうと、何をやっているのか気になり扉を小さく開けて覗き込む。
そこには、実験用の作業机を取り囲む数人の姿があった。白衣ではなく黒いブカブカとした衣装であることを除けば、何人かの見知った後ろ姿が作業を行っている光景が見える。同じクラスの教師とクラスメイトも数名。
他に気になる点と言えば、彼らの佇む足元に星型が刻まれていることだろうか。ダビデの星、六芒星、ヘキサグラム、それらのように見えるものの上に立っている。
主導する教師が上座に佇み、本を手に、もう片手で指差して言葉を紡いでいる。周囲の5~7人ぐらいの人物は、読み上げられた意味不明な単語を復唱する。
「ぅーん? わかんない」
得てして専門的な知識を理解できないだけと考え、興味を削がれた阿瀬奈はその場を去ろうと考えた。しかし次の瞬間に、作業机の直上に青白い光が生まれたではないか。何らかの実験の反応なのだろうと、扉を締めるのを止めて観察を続けようとした。
けれど、宙に浮かんだままの青い輝きは存在も現象も不可解で、少しずつ脳裏に不穏な思考が募り始める。専門性とか不理解を超えて、本能的に危険だと考えだしている。
その光球から何か細い紐状の、植物の蔦に似たものが見えた瞬間、阿瀬奈は音を立ててバレることなど気にせず走った。
それは生物だ。光の塊に見えても、意思を持って周囲を調べようとする動きだった。明らかに数名の黒ずくめ達の存在を確かめ、なぜか触れ得ぬために方針を変更した動き。
「あぁ!」
思わず叫んでしまった。
なにせ、呼び出されたであろう青白い生物的な存在は阿瀬奈を追いかけてきていたからだ。黒ずくめ達が命じたのか、音を聞き取っているのか、それとも目にあたる器官があるのかはわからない。
けれどその触手めいた付属肢は、正確に逃走者を認識して追走してくる。なぜ追ってくるのかわかる理由。付属肢のまとう粘性の液体が、波打ち伸びる勢いで周囲に飛び散り、ピチピチと壁を鳴らすからである。
渡り廊下から図書館の方には戻らず、通り過ぎた先にある階段で下に向かう。どこまで追いかけてくるかわからない。こんな常識外の存在をどうにかできると思ったことのほうがおかしいのだろうけど、少なくとも外にも逃げ出せる手段としてそう選択した。
「キャァッ!」
しかし、無情にもゴールにたどり着けなかった。
なびいたロングヘアーを蔦に絡め取られ、痛みと恐怖に悲鳴を上げた。足を滑らせ尻もちを着くが、後ろを振り向く気は起きない。詰まった掃除機が立てる吸引音めいた、涎をすするみたいな音で追跡者が一本に留まらないことを知らせていたからだ。
不快な粘性のある太い触手が両腕を、そして両足に巻き付いた。
「いやぁぁッ!」
気色悪さに抵抗を試みるも、柔らかいながら鉄鎖を思わせる剛性を持った触手は千切れなかった。
血の気が引いた瞬間にはズルッと体が引っ張られ、無情にも来た道を戻されようとしている。振り向かずともわかる、鈍い青光の塊へと阿瀬奈の体を飲み込もうとしていた。
「はなングッ!?」
自由だった口を、生臭いような苦いような、それでも葉野菜の香りと微かな甘みを持った粘体に捕らえられた。
息ができない錯覚に襲われ、全身への圧迫で血か酸素が遮られたか視界が暗転する。
一本、もう一本と次第に太くなる青の付属肢に巻き取られ、宙に浮き上がる感覚を覚えていた。
慣性に従ってグンッと重力が後ろへとかかり、とどめを指しに来る。全身をバランスよく引っ張ったのは、異質な何かの配慮だったのだろうか。
彼女が壊れないように。
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