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67話 初夜ですね (余談1)
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前から一度、後から一度、再び前から交わったあとは覚えていない。
目を覚ました瞬間、まず空腹が襲ってきた。全身がぐったりと重く、特に股関節は情けないほど震えている。
さっきまでのことを考えるだけで眩暈がしたが、どうにか起き上がり、全裸のままふらふらとデスクへ向かう。置かれていた紙袋を手に取り、アルチュールが静かな寝息を立てるベッドに戻ってあぐらをかいた。
足はガクガク、腰は完全に根を上げているのに、彼を受け入れたうしろには不思議と痛みがない。
三回戦目の後半、もう何も出なくなって、ただ絶頂を迎え麻痺した身体を持て余しつつ意識を手放してしまった俺の身体を綺麗にぬぐったと思われるタオルがあちこちに散乱しているが、ざっと見たところ血痕らしきものは付いていない。つまり――あの巨木を受け入れたにしては、驚くほど無事だった。
……すごいな、この香油。
紙袋から取り出したサンドイッチを片手に口へ運びながら、もう片方の手で、中身が半分ほどに減ってしまったガラス瓶を持ち上げる。手の中で光を吸うように鈍く輝き、妙に存在感がある。
これ、きっとロジェが色んな騎士に聞いて回って探してくれたんだろう。お礼を言いたいけど、どう伝えればいい?
口の中の柔らかい白パンとリエット肉とレチュールの葉を味わいながら考える。
『見事成功。性能良好。局部確認。尻穴無事』
違う……、そうじゃない。
サンドイッチをもう一口かじる。
……美味いな、これ。
料理長ヨアヒム・リーベルトの腕もあるだろうけど……、このほのかな香りは――と考えた瞬間、脳裏になぜか副料理長のマティアス・ローデンよりも先にデュラン副官の顔が浮かんだ。彼は、やたら香草に詳しい。
そう思ったところで、先日のヨアヒムと俺とのやりとりが、断片的に蘇る。
――なるほど……。トイチロの言う通りだな。いい子だ。
そのときは、ロジェから送られて来た大量の焼き菓子の話が主題で、俺は深く気に留めることはなかった。
けれど今こうして腹を満たしながら思い返すと、胸の奥に妙な疑問符が浮き上がる。
ヨアヒムは、「トイチロ」と言った。
藤一郎・デュラン副官の、下の名。
それを彼が、ごく自然に口にしていた。
しかもあの言い方……親しみというより、もっと深い何かを含んでいたように思える。
昔馴染み同士の呼び方か?
それとも――。
思考がそこですくむ。
……いや、まさか。
あの二人、いったいどういう関係なんだ?
サンドイッチを噛みしめながら、俺は思わず天井を仰いだ。
デュラン副官の恋愛事情には軽々しく踏み込むべきじゃない――彼を“ウィステリア”と呼んだ最愛の人は既にこの世にいないのだから。
口の中に広がる香草のやわらかい甘みと瑞々しい食感だけが、妙に現実味を保っていた。
気を取り直し、あたりを見回す。
しかし、室内は、男二人が弾切れになるまで出しまくったと言うのに、まったく生々しい匂いもなく、ほのかに甘い馥郁たるジャスマン・プリオンティーヌの香りが漂っている。
絶対、高いよな、この香油……と思いながら二つ目のサンドイッチを取り出したところで、背後からそっと腰に手が回された。
「……悪い。起こしちゃったか?」
うしろの男に問いかけると、アルチュールはまだ寝起きのくぐもった声で小さく息をもらした。
「ん……セレス……」
顔を俺の腰に埋めるようにして、甘えるような気配を寄せてくる。そのまま、俺の手元のサンドイッチに視線が吸い寄せられたらしい。
「……それ、俺が夕飯に取って来たやつ?」
「うん。腹減って」
「……セレス」
半分眠っているのに、甘やかで妙に色っぽい声だった。
「セレス……アーンしてくれ」
俺は思わず振り返り、素で声が出た。
「えっ?」
「セレスの手から食べたい」
なんということでしょう。
つい先ほどまで、牙をむき出しにして俺を喰らい尽くす勢いの狼そのものだった男が――今や、寝起きでふにゃりとした瞳を向けながら「アーン」をねだるワンコに早変わりしているだなんて。そんな落差、反則だろう。
「可愛いな。頭の上にぴこんと立った耳が見える。餌付けしたくなる」
手にしていたサンドイッチを、俺はそっとアルチュールの口元へ差し出した。
「はい、アルチュール。アーンして」
彼は目を細め、ゆっくりと口を開けてそれを受け取る。その仕草にはまだ寝起きの無防備さが残っていたが、次の瞬間、俺の手首に柔らかく、しかし確かな力で触れてきた。
甘く熱を帯びた瞳をこちらに向け、咀嚼しながら掴んだ指にゆっくりと舌を滑らせて来る。力強く握られ逃げる隙など与えられない。
目の前の幼さを滲ませた顔と、雄々しい舌使いのギャップに、胸の奥がざわついた。
「もっといる?」
「セレスが食べたい」
「俺は無理です。限界です。サンドイッチ食べたら、寝るから。手、離して」小さく息を吐きながら、そう言って指をそっと引く。「……はい、まだ食べられるだろ? アーンして。水も飲む?」
寝起きのぼんやりした顔に、少し困ったような、でも楽しげな笑みが浮かぶ。アルチュールの瞳がこちらを覗き込み、甘えるように口を開いた――そのあと、口移しで水を飲ませると、彼が腕を巻きつけてきて、そのままお互いを抱き込むようにして眠りに落ちた。
目を覚ました瞬間、まず空腹が襲ってきた。全身がぐったりと重く、特に股関節は情けないほど震えている。
さっきまでのことを考えるだけで眩暈がしたが、どうにか起き上がり、全裸のままふらふらとデスクへ向かう。置かれていた紙袋を手に取り、アルチュールが静かな寝息を立てるベッドに戻ってあぐらをかいた。
足はガクガク、腰は完全に根を上げているのに、彼を受け入れたうしろには不思議と痛みがない。
三回戦目の後半、もう何も出なくなって、ただ絶頂を迎え麻痺した身体を持て余しつつ意識を手放してしまった俺の身体を綺麗にぬぐったと思われるタオルがあちこちに散乱しているが、ざっと見たところ血痕らしきものは付いていない。つまり――あの巨木を受け入れたにしては、驚くほど無事だった。
……すごいな、この香油。
紙袋から取り出したサンドイッチを片手に口へ運びながら、もう片方の手で、中身が半分ほどに減ってしまったガラス瓶を持ち上げる。手の中で光を吸うように鈍く輝き、妙に存在感がある。
これ、きっとロジェが色んな騎士に聞いて回って探してくれたんだろう。お礼を言いたいけど、どう伝えればいい?
口の中の柔らかい白パンとリエット肉とレチュールの葉を味わいながら考える。
『見事成功。性能良好。局部確認。尻穴無事』
違う……、そうじゃない。
サンドイッチをもう一口かじる。
……美味いな、これ。
料理長ヨアヒム・リーベルトの腕もあるだろうけど……、このほのかな香りは――と考えた瞬間、脳裏になぜか副料理長のマティアス・ローデンよりも先にデュラン副官の顔が浮かんだ。彼は、やたら香草に詳しい。
そう思ったところで、先日のヨアヒムと俺とのやりとりが、断片的に蘇る。
――なるほど……。トイチロの言う通りだな。いい子だ。
そのときは、ロジェから送られて来た大量の焼き菓子の話が主題で、俺は深く気に留めることはなかった。
けれど今こうして腹を満たしながら思い返すと、胸の奥に妙な疑問符が浮き上がる。
ヨアヒムは、「トイチロ」と言った。
藤一郎・デュラン副官の、下の名。
それを彼が、ごく自然に口にしていた。
しかもあの言い方……親しみというより、もっと深い何かを含んでいたように思える。
昔馴染み同士の呼び方か?
それとも――。
思考がそこですくむ。
……いや、まさか。
あの二人、いったいどういう関係なんだ?
サンドイッチを噛みしめながら、俺は思わず天井を仰いだ。
デュラン副官の恋愛事情には軽々しく踏み込むべきじゃない――彼を“ウィステリア”と呼んだ最愛の人は既にこの世にいないのだから。
口の中に広がる香草のやわらかい甘みと瑞々しい食感だけが、妙に現実味を保っていた。
気を取り直し、あたりを見回す。
しかし、室内は、男二人が弾切れになるまで出しまくったと言うのに、まったく生々しい匂いもなく、ほのかに甘い馥郁たるジャスマン・プリオンティーヌの香りが漂っている。
絶対、高いよな、この香油……と思いながら二つ目のサンドイッチを取り出したところで、背後からそっと腰に手が回された。
「……悪い。起こしちゃったか?」
うしろの男に問いかけると、アルチュールはまだ寝起きのくぐもった声で小さく息をもらした。
「ん……セレス……」
顔を俺の腰に埋めるようにして、甘えるような気配を寄せてくる。そのまま、俺の手元のサンドイッチに視線が吸い寄せられたらしい。
「……それ、俺が夕飯に取って来たやつ?」
「うん。腹減って」
「……セレス」
半分眠っているのに、甘やかで妙に色っぽい声だった。
「セレス……アーンしてくれ」
俺は思わず振り返り、素で声が出た。
「えっ?」
「セレスの手から食べたい」
なんということでしょう。
つい先ほどまで、牙をむき出しにして俺を喰らい尽くす勢いの狼そのものだった男が――今や、寝起きでふにゃりとした瞳を向けながら「アーン」をねだるワンコに早変わりしているだなんて。そんな落差、反則だろう。
「可愛いな。頭の上にぴこんと立った耳が見える。餌付けしたくなる」
手にしていたサンドイッチを、俺はそっとアルチュールの口元へ差し出した。
「はい、アルチュール。アーンして」
彼は目を細め、ゆっくりと口を開けてそれを受け取る。その仕草にはまだ寝起きの無防備さが残っていたが、次の瞬間、俺の手首に柔らかく、しかし確かな力で触れてきた。
甘く熱を帯びた瞳をこちらに向け、咀嚼しながら掴んだ指にゆっくりと舌を滑らせて来る。力強く握られ逃げる隙など与えられない。
目の前の幼さを滲ませた顔と、雄々しい舌使いのギャップに、胸の奥がざわついた。
「もっといる?」
「セレスが食べたい」
「俺は無理です。限界です。サンドイッチ食べたら、寝るから。手、離して」小さく息を吐きながら、そう言って指をそっと引く。「……はい、まだ食べられるだろ? アーンして。水も飲む?」
寝起きのぼんやりした顔に、少し困ったような、でも楽しげな笑みが浮かぶ。アルチュールの瞳がこちらを覗き込み、甘えるように口を開いた――そのあと、口移しで水を飲ませると、彼が腕を巻きつけてきて、そのままお互いを抱き込むようにして眠りに落ちた。
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