103 / 113
103話 シルエット家領地へ -24-
しおりを挟む
そういえば、朝も同じことしたな……と思ったその直後。
「おい、離れろジュール」
低い声が、背後から飛んでくる。
次の瞬間、腰に回された腕に引かれ、俺はあっさりとジュールから引き離された。
「ちょっ――」
抗議する暇もなく、目の前に差し出される皿。
そこには、衣がこんがりと揚がった黄金色の魚のフライが山盛りに乗っていた。
湯気とともに、香ばしい匂いが立ち上っている。
「ほら」
短くそれだけ言って、ルクレールは顎で皿を示す。
姿が見えないと思ったら、厨房にこれを取りに行っていたのか……。
俺がリクエストした魚。
川を上下に長く回遊する清流育ちの大型魚。淡水なのに癖がなく、脂は軽い。
白身はふっくらしていて特製のソースに付けてパンに挟むと、もう反則だった。
「……うっ美味っ!」
「だろ」
当然だ、と言わんばかりのルクレールの顔。
「ありがとう」
素直にそう言うと、彼はにやりと笑った。
「あとで、パイパーの半分な」
「ん……? ああ!」
頭を撫でて欲しいんだな……。
仕方ないので、頷いた。
こないだ、「これは、七歳年上の男にすることか?」とか言ってたくせに――。
小さく息を吐き、残ったパンをもう一口かじる。
広場の端では、酒杯を手にしたドワーフ二人とナタンが、並んで夜空を見上げている。
指で星の位置をなぞりながら、何やら真剣に話し込んでいる様子だ。
一方、シャーは、さっきまで城付きの大工と即席ベンチに腰を下ろし話し込んでいたが、いつの間にか通いの使用人たちの子供が集まり始め、「シャー、これ飲んで!」「これ食べて!」と、この土地特有の果実ジュースや揚げ菓子のベニエを次々に渡されていた。
なぜか、やたらと人気だ。
……まあ、王子だもんな。
アルチュールとノアールは、皆の輪の中心にいた。
撫でられても、声を掛けられても、ノアールは動じない。
ただ、アルチュールの足元に座り、時折、彼を見上げる。
夜が深まり、徐々に流星の数が増えていく。
「……あ」
「見えた!」
ひとつ、またひとつ。
誰かの歓声が、星明りの下に次々とこぼれた。
そんな空気の中で、俺はふと隣の男に声をかける。
「なあ、ルクレール?」
「なんだ?」
「ジュールを、ストンボアをおびき寄せる囮に使ったって聞いたんだけどさ。それ、さすがに酷くないか?」
上司によるモラハラ案件では――と思ったのだが、ルクレールは肩をすくめただけだった。
「囮にした、って言い方は語弊があるな。認識阻害魔法を維持したまま、身体強化魔法を同時に使う訓練だ」彼は淡々と続ける。「二種類の魔法を同時展開するのは、簡単じゃない。その状態で、山道を全力で走る。実戦を想定すれば、これ以上ない状況だろ」
少し離れたところで話を聞いていたジュールが、苦笑しながら口を挟む。
「訓練だってのは分かってますけどね。まさか“ストンボアに化けろ”って言われるとは思いませんでした」
そう言いながらも、彼の口調に本気の不満はない。
「結果、肉まで手に入った」
ルクレールが、酒の入ったグラスを軽く掲げる。
この男、酒を水みたいに飲んでいるくせに、顔色一つ変えていない。相当強いな……。
「一石二鳥どころか、一石何鳥だ?」
ジュールは肩をすくめ、観念したように笑った。
その様子を見てから、ルクレールは少しだけ声を落とす。
「……こいつはな。この先、安全を保障できない場所に入り込み、諜報活動をすることも増える。だからこそだ。生きて帰ってもらわないと、困るんだよ」
流星が空を切った。
肉を食べ終えたジュールが、串をテーブル脇に置かれた使用済みのカトラリー用トレイにそっと戻したのを見て、ルクレールがちらりと視線をやった。
「……セレス」
そして、俺のほうを見る。
「パンに魚を挟んでやってくれ」
「ん?」
「まだ食えるだろ、ジュール?」
「もちろん!」
即答して、ジュールが手を上げた。
俺は思わず口元を緩め、皿の上の魚のフライを取り、ソースを軽く絡めてパンに挟む。
「はい。どうぞ」差し出しながら、つい口が滑った。「……愛されてるね、ジュール」
「やめてください」
彼はぶるっと肩を震わせ、チベットスナギツネみたいな、なんとも言えない顔をする。
それでもパンは受け取り、少しだけ間を置いてから遠慮がちに続けた。
「でも……この魚、俺が食べてもいいんですか?」
「なんでだよ」
即座にルクレール。
「だって、ヴァロアさんが、セレスに頼まれたからって、誰にも手伝わせずに仕掛けも全部自分で作って……」ジュールはかぶりつきながら続けた。「釣った……んんっ、魚じゃないですか――んっ、これ、めちゃくちゃ美味い!」
「お前……余計なことを」
「おい、離れろジュール」
低い声が、背後から飛んでくる。
次の瞬間、腰に回された腕に引かれ、俺はあっさりとジュールから引き離された。
「ちょっ――」
抗議する暇もなく、目の前に差し出される皿。
そこには、衣がこんがりと揚がった黄金色の魚のフライが山盛りに乗っていた。
湯気とともに、香ばしい匂いが立ち上っている。
「ほら」
短くそれだけ言って、ルクレールは顎で皿を示す。
姿が見えないと思ったら、厨房にこれを取りに行っていたのか……。
俺がリクエストした魚。
川を上下に長く回遊する清流育ちの大型魚。淡水なのに癖がなく、脂は軽い。
白身はふっくらしていて特製のソースに付けてパンに挟むと、もう反則だった。
「……うっ美味っ!」
「だろ」
当然だ、と言わんばかりのルクレールの顔。
「ありがとう」
素直にそう言うと、彼はにやりと笑った。
「あとで、パイパーの半分な」
「ん……? ああ!」
頭を撫でて欲しいんだな……。
仕方ないので、頷いた。
こないだ、「これは、七歳年上の男にすることか?」とか言ってたくせに――。
小さく息を吐き、残ったパンをもう一口かじる。
広場の端では、酒杯を手にしたドワーフ二人とナタンが、並んで夜空を見上げている。
指で星の位置をなぞりながら、何やら真剣に話し込んでいる様子だ。
一方、シャーは、さっきまで城付きの大工と即席ベンチに腰を下ろし話し込んでいたが、いつの間にか通いの使用人たちの子供が集まり始め、「シャー、これ飲んで!」「これ食べて!」と、この土地特有の果実ジュースや揚げ菓子のベニエを次々に渡されていた。
なぜか、やたらと人気だ。
……まあ、王子だもんな。
アルチュールとノアールは、皆の輪の中心にいた。
撫でられても、声を掛けられても、ノアールは動じない。
ただ、アルチュールの足元に座り、時折、彼を見上げる。
夜が深まり、徐々に流星の数が増えていく。
「……あ」
「見えた!」
ひとつ、またひとつ。
誰かの歓声が、星明りの下に次々とこぼれた。
そんな空気の中で、俺はふと隣の男に声をかける。
「なあ、ルクレール?」
「なんだ?」
「ジュールを、ストンボアをおびき寄せる囮に使ったって聞いたんだけどさ。それ、さすがに酷くないか?」
上司によるモラハラ案件では――と思ったのだが、ルクレールは肩をすくめただけだった。
「囮にした、って言い方は語弊があるな。認識阻害魔法を維持したまま、身体強化魔法を同時に使う訓練だ」彼は淡々と続ける。「二種類の魔法を同時展開するのは、簡単じゃない。その状態で、山道を全力で走る。実戦を想定すれば、これ以上ない状況だろ」
少し離れたところで話を聞いていたジュールが、苦笑しながら口を挟む。
「訓練だってのは分かってますけどね。まさか“ストンボアに化けろ”って言われるとは思いませんでした」
そう言いながらも、彼の口調に本気の不満はない。
「結果、肉まで手に入った」
ルクレールが、酒の入ったグラスを軽く掲げる。
この男、酒を水みたいに飲んでいるくせに、顔色一つ変えていない。相当強いな……。
「一石二鳥どころか、一石何鳥だ?」
ジュールは肩をすくめ、観念したように笑った。
その様子を見てから、ルクレールは少しだけ声を落とす。
「……こいつはな。この先、安全を保障できない場所に入り込み、諜報活動をすることも増える。だからこそだ。生きて帰ってもらわないと、困るんだよ」
流星が空を切った。
肉を食べ終えたジュールが、串をテーブル脇に置かれた使用済みのカトラリー用トレイにそっと戻したのを見て、ルクレールがちらりと視線をやった。
「……セレス」
そして、俺のほうを見る。
「パンに魚を挟んでやってくれ」
「ん?」
「まだ食えるだろ、ジュール?」
「もちろん!」
即答して、ジュールが手を上げた。
俺は思わず口元を緩め、皿の上の魚のフライを取り、ソースを軽く絡めてパンに挟む。
「はい。どうぞ」差し出しながら、つい口が滑った。「……愛されてるね、ジュール」
「やめてください」
彼はぶるっと肩を震わせ、チベットスナギツネみたいな、なんとも言えない顔をする。
それでもパンは受け取り、少しだけ間を置いてから遠慮がちに続けた。
「でも……この魚、俺が食べてもいいんですか?」
「なんでだよ」
即座にルクレール。
「だって、ヴァロアさんが、セレスに頼まれたからって、誰にも手伝わせずに仕掛けも全部自分で作って……」ジュールはかぶりつきながら続けた。「釣った……んんっ、魚じゃないですか――んっ、これ、めちゃくちゃ美味い!」
「お前……余計なことを」
48
あなたにおすすめの小説
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
-----------------------------------------
0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新!
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
婚約破棄から50年後
あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。
そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。
悪役令嬢の兄に転生!破滅フラグ回避でスローライフを目指すはずが、氷の騎士に溺愛されてます
水凪しおん
BL
三十代半ばの平凡な会社員だった俺は、ある日、乙女ゲーム『君と紡ぐ光の協奏曲』の世界に転生した。
しかも、最推しの悪役令嬢リリアナの兄、アシェルとして。
このままでは妹は断罪され、一家は没落、俺は処刑される運命だ。
そんな未来は絶対に回避しなくてはならない。
俺の夢は、穏やかなスローライフを送ること。ゲームの知識を駆使して妹を心優しい少女に育て上げ、次々と破滅フラグをへし折っていく。
順調に進むスローライフ計画だったが、関わると面倒な攻略対象、「氷の騎士」サイラスになぜか興味を持たれてしまった。
家庭菜園にまで現れる彼に困惑する俺。
だがそれはやがて、国を揺るがす陰謀と、甘く激しい恋の始まりを告げる序曲に過ぎなかった――。
異世界で孵化したので全力で推しを守ります
のぶしげ
BL
ある日、聞いていたシチュエーションCDの世界に転生してしまった主人公。推しの幼少期に出会い、魔王化へのルートを回避して健やかな成長をサポートしよう!と奮闘していく異世界転生BL 執着最強×人外美人BL
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。
灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。
曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。
婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。
前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。
【本編完結】偽物の番
麻路なぎ
BL
α×β、オメガバース。
大学に入ったら世界は広がると思っていた。
なのに、友達がアルファとオメガでしかも運命の番であることが分かったことから、俺の生活は一変してしまう。
「お前が身代わりになれよ?」
俺はオメガの身代わりに、病んだアルファの友達に抱かれることになる。
卒業まで限定の、偽物の番として。
※フジョッシー、ムーンライトにも投稿
イラストはBEEBARさん
※DLsiteがるまにより「偽物の番 上巻・中巻・下巻」配信中
※フジョッシー小説大賞一次選考通過したよ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる