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113話 帰還 -3-
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「……ソルヴォラックスを前にして、あんな姿を見せられて、評価しない奴なんていないだろう」
俺は、ぼそりとそう言って、視線を窓の外へと逃がした。
抜身の剣を手に、迷いなく馬から飛び降りた背中。俺を逃がすためだけに、荒野に一人残った男。
剣が陽を反射し、まるで刃そのものになったように立っていた姿を、忘れられるわけがない。
囮になると決めたその覚悟は、あまりにも潔く――そして、あまりにも強かった。
ルクレールは一瞬、言葉を失ったように瞬きをし、それから小さく笑った。
「……そういう評価のされ方は、正直、悪くないな」
その反応に、俺は息を整える。
ずっと胸の奥に引っかかっていたことが、自然と口をついて出た。
「なあ。あの古代遺跡で穴に落ちたときのことなんだけどさ……別に俺が水を溜めなくても……ルクレールなら、無事だったんじゃないか?」
須臾の間を置いてから、目の前の男は、あえて慎重に言葉を選ぶように口を開いた。
「確かに降下速度を抑える術式は使っていた。だが、着地の瞬間に反発系……、引力を弾く術を同時展開する余裕は、あの時の魔力残量じゃ正直ヤバかった」淡々とした口調だが、その内容は重い。「骨の何本かは持っていかれてただろうな。事前に四方に陣を描かなければならない転移なんてもんは論外だったし」
一拍。
「まあ、そんな状態で、先に落ちたソルヴォラックスが生きていた場合……、いや、あの様子じゃ、瀕死であっても生きていた可能性の方が高いな。その場合、かなりの怪我は負っていたかもしれない。だからな、セレス。本当に感謝している」
「そうか……」
俺は小さく息を吐いた。
「ちゃんと、役に立てたんだな」
それにしても。
あの状況で、「死んでいたかもしれない」という可能性を、欠片も口にしないあたりが、やっぱりルクレール・シャルル・ヴァロア騎士だ。
生き残るかどうかじゃない。この男、どう戦い、どう帰るかしか、最初から考えていない。
「……さすが、セレスさまです」
ナタンが、感嘆と本気の敬意を込めて呟く。
しかし、その横で、アルチュールは複雑な表情をしていた。
彼は今も、あのとき俺を守れずに置いていかなければならなかったことを、深く胸に刻んでいる。
恐ろしいほどの修練の裏にある理由を、俺は知っている。
……ああ、蒸し返して悪かったな。
俺は何気ないふりをして、アルチュールの肩にこてんと頭を預けた。
そして、少し上目遣いに彼を見上げる。
「……セレス?」
アルチュールが、ほんの一瞬、息を詰めた。
「おいっ」
即座に、ルクレールの声が飛んでくる。
「なんで突然、お前ら人の前でいちゃついてる!? 俺の話の流れから、どこにそんなスイッチが入る要素があった? 今ここで、その真ん中に割って入ってやろうか!? なんなんだ!?」
「いや、ごめん。なんとなく……」
俺は素直に答える。
そんな俺とアルチュールを見て、ナタンは両手で口を押え嬉しそうに目を潤ませ、シャーは頬を赤らめ慌てて視線を逸らした。
「ああもう、これだから付き合いたてのやつらは……。突然、周りが見えなくなるわ、距離感は消えるわ、気づいたら二人だけの世界。しかも本人たちは無自覚ときた」
ルクレールは鼻息荒く、愚痴を吐く。
「ほんと、ごめん」
――そのとき。
ダンサーが、アルチュールをじっと凝視し、ルクレールに同意するように低く、威嚇するような鳴き声を上げた。
「……なんかさ」
思わず、口をついて出る。
「……ルクレールとダンサーって、似てるよな」
「俺と、こいつのどこが似てるって言うんだ!?」
ルクレールは眉をひそめ、ダンサーを指さした。
同時に、ダンサーも羽の先で、ぴたりとルクレールを指さす。
完全な同時動作だった。
「大胆になったね、セレス……」
アルチュールが、困ったように、でもどこか嬉しそうに言う。
「もう、バラの部屋でお前に抱き潰されたのも、ここにいるみんなは知ってるし。今さらかな……って」
開き直りだ。
その瞬間。
規則正しい、健やかな寝息が、奥の座席から聞こえてきた。
……ジュール。
「そういえば……」
前から引っかかっていたことを、いい機会だと口にする。
「ジュールは、どうして殿下の護衛に?」
俺の問いに、リシャール殿下は、一瞬だけ視線を泳がせた。それから片眉を上げ、どこか困ったようで、苦笑を含んだ笑みを浮かべる。
「それは……」
「ジュールは、リシャールに化けられるからな」
代わりに答えたのは、ルクレールだった。
言葉の意味が、すぐに落ちてくる。
「……囮、か」
「そうだ」
ジュールが身代わりになり、捕まっている間に、本物を逃がす。
それが、彼の役目というわけか。
俺は、ぼそりとそう言って、視線を窓の外へと逃がした。
抜身の剣を手に、迷いなく馬から飛び降りた背中。俺を逃がすためだけに、荒野に一人残った男。
剣が陽を反射し、まるで刃そのものになったように立っていた姿を、忘れられるわけがない。
囮になると決めたその覚悟は、あまりにも潔く――そして、あまりにも強かった。
ルクレールは一瞬、言葉を失ったように瞬きをし、それから小さく笑った。
「……そういう評価のされ方は、正直、悪くないな」
その反応に、俺は息を整える。
ずっと胸の奥に引っかかっていたことが、自然と口をついて出た。
「なあ。あの古代遺跡で穴に落ちたときのことなんだけどさ……別に俺が水を溜めなくても……ルクレールなら、無事だったんじゃないか?」
須臾の間を置いてから、目の前の男は、あえて慎重に言葉を選ぶように口を開いた。
「確かに降下速度を抑える術式は使っていた。だが、着地の瞬間に反発系……、引力を弾く術を同時展開する余裕は、あの時の魔力残量じゃ正直ヤバかった」淡々とした口調だが、その内容は重い。「骨の何本かは持っていかれてただろうな。事前に四方に陣を描かなければならない転移なんてもんは論外だったし」
一拍。
「まあ、そんな状態で、先に落ちたソルヴォラックスが生きていた場合……、いや、あの様子じゃ、瀕死であっても生きていた可能性の方が高いな。その場合、かなりの怪我は負っていたかもしれない。だからな、セレス。本当に感謝している」
「そうか……」
俺は小さく息を吐いた。
「ちゃんと、役に立てたんだな」
それにしても。
あの状況で、「死んでいたかもしれない」という可能性を、欠片も口にしないあたりが、やっぱりルクレール・シャルル・ヴァロア騎士だ。
生き残るかどうかじゃない。この男、どう戦い、どう帰るかしか、最初から考えていない。
「……さすが、セレスさまです」
ナタンが、感嘆と本気の敬意を込めて呟く。
しかし、その横で、アルチュールは複雑な表情をしていた。
彼は今も、あのとき俺を守れずに置いていかなければならなかったことを、深く胸に刻んでいる。
恐ろしいほどの修練の裏にある理由を、俺は知っている。
……ああ、蒸し返して悪かったな。
俺は何気ないふりをして、アルチュールの肩にこてんと頭を預けた。
そして、少し上目遣いに彼を見上げる。
「……セレス?」
アルチュールが、ほんの一瞬、息を詰めた。
「おいっ」
即座に、ルクレールの声が飛んでくる。
「なんで突然、お前ら人の前でいちゃついてる!? 俺の話の流れから、どこにそんなスイッチが入る要素があった? 今ここで、その真ん中に割って入ってやろうか!? なんなんだ!?」
「いや、ごめん。なんとなく……」
俺は素直に答える。
そんな俺とアルチュールを見て、ナタンは両手で口を押え嬉しそうに目を潤ませ、シャーは頬を赤らめ慌てて視線を逸らした。
「ああもう、これだから付き合いたてのやつらは……。突然、周りが見えなくなるわ、距離感は消えるわ、気づいたら二人だけの世界。しかも本人たちは無自覚ときた」
ルクレールは鼻息荒く、愚痴を吐く。
「ほんと、ごめん」
――そのとき。
ダンサーが、アルチュールをじっと凝視し、ルクレールに同意するように低く、威嚇するような鳴き声を上げた。
「……なんかさ」
思わず、口をついて出る。
「……ルクレールとダンサーって、似てるよな」
「俺と、こいつのどこが似てるって言うんだ!?」
ルクレールは眉をひそめ、ダンサーを指さした。
同時に、ダンサーも羽の先で、ぴたりとルクレールを指さす。
完全な同時動作だった。
「大胆になったね、セレス……」
アルチュールが、困ったように、でもどこか嬉しそうに言う。
「もう、バラの部屋でお前に抱き潰されたのも、ここにいるみんなは知ってるし。今さらかな……って」
開き直りだ。
その瞬間。
規則正しい、健やかな寝息が、奥の座席から聞こえてきた。
……ジュール。
「そういえば……」
前から引っかかっていたことを、いい機会だと口にする。
「ジュールは、どうして殿下の護衛に?」
俺の問いに、リシャール殿下は、一瞬だけ視線を泳がせた。それから片眉を上げ、どこか困ったようで、苦笑を含んだ笑みを浮かべる。
「それは……」
「ジュールは、リシャールに化けられるからな」
代わりに答えたのは、ルクレールだった。
言葉の意味が、すぐに落ちてくる。
「……囮、か」
「そうだ」
ジュールが身代わりになり、捕まっている間に、本物を逃がす。
それが、彼の役目というわけか。
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