ノイズの都市

久遠 司

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第4章「赤い部屋」

第2話 選ばされた痕跡

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赤い部屋は、感染しない。

少なくとも、直接的には。

「リンクもない。拡散経路も見えない」
久遠は、机に広げたログを指でなぞった。

「それなのに、発生件数は増えている」
鷹宮が言う。

増加の仕方が、奇妙だった。
指数関数的でも、連鎖的でもない。

“思い出した人間”から、順に出ている。

「……トリガーは“閲覧”じゃない」
久遠は呟く。「想起だ」

「赤い部屋を、知っているかどうか」

「正確には」
久遠は画面を切り替えた。「“選択に後悔した経験”を、自覚しているかどうか」



被害者の共通点が、浮かび上がっていた。
• 進学、就職、結婚
• 家族との選択
• 誰かを見捨てた経験

いずれも、
正解が分からないまま決断した過去。

「……誰にでもある」
鷹宮は言った。

「だから、厄介なんだ」
久遠は頷く。「都市伝説ですらない。人生の副作用だ」



二人は、被害者の一人の家を訪れていた。
女性。三十代。生存。

だが、部屋の空気は重い。

「……出たんです」
彼女は言った。「突然、画面が赤くなって」

「質問は?」
鷹宮が、穏やかに促す。

「……“あの時、別の選択をしていたら”って」

彼女の手が、震える。

「答えた?」

「……はい」

「どちらを」

彼女は、しばらく黙ってから言った。

「……“やり直したい”って」

「その後は?」

「何も」
彼女は首を振る。「画面は消えました。でも——」

声が、低くなる。

「全部、私のせいだと思うようになった」

「何が」

「最近起きた、不幸なこと全部」

久遠は、静かに息を吸った。

「……赤い部屋は、
未来を変えていない」

「え?」

「過去の解釈を書き換えてる」



事務所に戻り、久遠はホワイトボードに書き出した。
• 選択肢は二択
• 正解は提示されない
• 選択後、結果は示されない

「……責任だけが残る構造だ」
鷹宮が言う。

「うん」
久遠は続ける。「人は、結果が曖昧な時ほど、
“自分の選択が原因だ”と考える」

「赤い部屋は、その心理を——」

「固定化している」
久遠は、言い切った。



その時、久遠の端末が震えた。

画面が、赤く染まる。

《あなたは、
彼女を助けたいですか?》

選択肢。

《はい》
《いいえ》

「……来たか」
鷹宮は、声を低くした。

「条件、揃った」
久遠は画面を見つめる。「関与した。考えた。自分事になった」

画面が、わずかに明滅する。

《選んでください》

「……どうする」

久遠は、少し考えてから言った。

「どちらも選ばない」

彼は、端末を伏せた。

だが、画面は消えない。

《選択してください》

「……やっぱりな」
鷹宮は呟いた。

「“無視”は、許されない」

赤い画面が、さらに赤くなる。
文字が、滲む。

《あなたは、
選ばないという選択を
本当に、選びますか?》

久遠は、息を吐いた。

「……二択だと思わせて、
実際は三択だ」

「三つ目?」

「誰かに選ばせる」

鷹宮は、理解した。

「……責任の委譲か」

「うん」
久遠は頷く。「赤い部屋は、
“自分で選んだ”という感覚が欲しいだけ」

彼は、端末を操作し、
画面を外部モニターに映した。

「……鷹宮」

「任せろ」

二人は、画面を並んで見た。

「これは、俺たち二人の判断だ」
鷹宮は、はっきり言った。

久遠が、タップする。

《いいえ》

画面が、一瞬、静止した。

——次の瞬間。

赤が、薄れた。

《……》

質問が、表示されない。

「……効いたな」
鷹宮が言う。

「“個人の選択”じゃなくなった」
久遠は、低く答えた。



翌日、赤い部屋の発生報告は、わずかに減少した。

ゼロではない。
だが、“選ばされた”と感じる人間が減った。

「……完全には止められない」
久遠が言う。

「都市伝説だからな」
鷹宮は、窓の外を見た。「だが——」

「選択の意味は、書き換えられる」

二人は、同時に頷いた。

赤い部屋は、まだ都市に残っている。
だがそれは、
以前ほど“強制的”ではなくなった。

選択は、
一人で背負うものではない。

そのノイズが、
わずかに、都市から薄れていく。
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