ノイズの都市

久遠 司

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第5章「コトリバコ」

第1話 血縁という封印

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最初の依頼は、依頼と呼べるものですらなかった。

「……祖母が、箱を開けたんです」

電話の向こうの声は、落ち着いていた。
泣いていない。取り乱してもいない。
それが、かえって不気味だった。

「その後、何が起きた?」
鷹宮が問う。

「……何も」
一拍、間が空く。
「“今のところは”」



箱は、古い木製だった。

金具は錆び、
表面には意味の分からない文字——
いや、文字のようなものが彫られている。

「……コトリバコだな」
鷹宮が、低く言った。

「都市伝説としては、かなり重い部類だ」
久遠は、慎重に距離を取る。「開けた時点で、手遅れって言われてる」

「でも、今回は——」

「うん」
久遠は頷く。「まだ、何も起きていない」

それが、異常だった。



依頼人の家系は、地方の旧家だった。
系図が残っている。
墓も、代々同じ場所にある。

「……“血縁”が、はっきりしすぎてる」
久遠は、資料を見ながら言った。

「コトリバコは、
血の繋がりを“媒介”にする」
鷹宮は続ける。「だから——」

「対象が限定される」
久遠は言葉を継いだ。「逃げ場がない」



祖母は、すでに亡くなっていた。

死因は、老衰。
医師の診断も、記録も揃っている。

だが、奇妙な点が一つ。

「……亡くなる直前、
“箱は戻した”って言ったそうです」
依頼人は言った。

「戻した?」

「はい。
“開けたから、元の場所に戻した”って」

久遠は、視線を上げた。

「……どこに?」

依頼人は、少し迷ってから答えた。

「分かりません」



事務所に戻り、久遠は言った。

「コトリバコの話ってさ、
“開けたら終わり”ばかり強調される」

「だが実際は?」

「“誰が受け取るか”が、曖昧なんだ」

鷹宮は、腕を組む。

「血縁全体か、
特定の一人か」

「あるいは——」
久遠は、静かに続ける。
「“引き継がれるもの”か」

その時、端末が震えた。

通知。
差出人:依頼人。

《家族の体調が、おかしい》



症状は、軽微だった。
• 理由のない寒気
• 眠気
• 夢の中で、箱を見る

「……発症が、散ってる」
久遠が言う。「一人に集中してない」

「コトリバコにしては、弱いな」

「弱いんじゃない」
久遠は、首を振る。「準備段階だ」



その夜。

久遠は、夢を見た。

暗い部屋。
床に置かれた、木箱。

誰もいない。
だが、中から音がする。

——とん。

小さな、乾いた音。

「……」

箱の蓋が、
わずかに、自分から動いた。

目が覚める。

「……久遠?」

鷹宮の声。

「今、夢を見た」

「俺もだ」

二人は、顔を見合わせた。

夢の内容が、
完全に一致していた。



「……これは」
久遠は、息を吐く。

「噂じゃないな」
鷹宮が言う。「媒介が、もう成立してる」

「血縁を使わなくても、
“関与”した人間に伝播する」

「赤い部屋の次は、
コトリバコか」

久遠は、静かに言った。

「……都市伝説が、
“家系”から“観測者”へ移行してる」

箱は、まだ開いていない。

だが、
もう閉じてもいない。

そしてそれは、
誰が受け取るかを——
静かに、待っていた。
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