ノイズの都市

久遠 司

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第5章「コトリバコ」

第2話 箱の中にあるもの

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箱は、まだ開かれていない。

だが、
“中身が存在する”ことだけは、誰もが確信していた。

「……振っても音がしない」
鷹宮は、箱を動かさないように注意しながら言った。

「それでも、
“入っている”と感じる」
久遠は、箱から一歩距離を取る。「コトリバコの厄介なところだ」

依頼人の家から運び出された箱は、
今、事務所の奥に安置されている。

正確には——
誰も触れないように、置かれている。



「古い資料だと、
中身は“胎児”とか“動物の一部”とか言われてる」
鷹宮が言う。

「でも、どれも後付けだ」
久遠は首を振った。「“箱に意味を持たせるための説明”」

「じゃあ、実際は?」

「……役割だと思う」

久遠は、ホワイトボードに円を描いた。
• 箱
• 血縁
• 呪い

三つを線で繋ぐ。

「コトリバコは、
“呪いを保存するための装置”として語られるけど——」

線を一本、消す。

「保存してるのは、モノじゃない」



依頼人の家族に、変化が出始めていた。
• 夢を見る回数が増える
• 同じ夢を、別々の人が見る
• 夢の中で、箱を“渡される”

「……受け取りが始まってる」
久遠が言う。

「開けてないのに?」

「開ける必要がない」
久遠は、低く続けた。「“引き受ける”だけでいい」

鷹宮は、眉をひそめる。

「つまり——」

「箱は、
“呪いそのもの”じゃない」

久遠は、はっきり言った。

「引き渡しの合図だ」



夜。
事務所の照明を落とし、
二人は箱を前に向かい合っていた。

「……やるなら、今だ」
鷹宮が言う。

「うん」
久遠は頷く。「誰が、引き受けるかを確定させる」

箱の蓋には、
ごく小さな刻印がある。

文字ではない。
模様でもない。

「……指紋?」
鷹宮が呟く。

「違う」
久遠は、懐中電灯を当てる。「触れた“順番”だ」

刻印は、重なっている。
祖母。
その前の世代。
さらに、その前。

「……代替わりしてる」
鷹宮は理解した。「呪いは、箱と一緒に移動してきた」

「でも今回は、
祖母が“戻した”って言ってる」

久遠は、刻印の端を指した。

「……ここで、止まってる」

「つまり?」

「次の受取人が、決まっていない」



その瞬間。

箱の中から、
とん
と、音がした。

今度は、はっきりと。

「……来たな」
鷹宮が言う。

箱が、わずかに傾く。
中で、何かが動いたように見えた。

《……》

音はしない。
だが、視線を感じる。

「……久遠」

「分かってる」

久遠は、深く息を吸った。

「この箱は、
“血縁”を理由にしてるけど——」

彼は、箱を見据えた。

「本当は、
“関与した者”を選ぶ」

鷹宮は、ゆっくり頷いた。

「じゃあ、俺たちも対象だ」

「うん」
久遠は、苦く笑った。「観測した時点でね」



依頼人から、連絡が入った。

《夢の中で、
箱を“受け取った”人がいます》

「誰だ」
鷹宮が問う。

《……私です》

久遠は、目を閉じた。

「……選ばれた、というより」

「引き受けた、だな」
鷹宮が言う。

「うん」

久遠は、静かに言った。

「コトリバコは、
“誰かが背負うことで成立する”」

箱は、
まだ開かれていない。

だが、
もう空ではない。

次に起きるのは——
呪いの顕在化か、
それとも、
引き受け方の書き換えか。

夜は、
まだ終わらない。
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