ノイズの都市

久遠 司

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第5章「コトリバコ」

第3話 引き受けるという選択

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依頼人は、箱を夢の中で受け取った。

現実では、触れていない。
それでも——
彼女の表情は、はっきりと変わっていた。

「……持ってる感覚が、残ってるんです」
胸の前で、何もないはずの空間を抱く仕草をする。
「重いとか、軽いとかじゃなくて……
“離せない”感じ」

久遠は、ゆっくり頷いた。

「それが、受け取りだ」

鷹宮が問う。「体調は」

「……夢を見なくなりました」
依頼人は答える。「代わりに、
家族が、落ち着いた」

それは、
呪いが一箇所に集約された証拠だった。



「……最悪の形じゃない」
事務所に戻り、鷹宮が言った。

「うん」
久遠は肯定する。「コトリバコの本来の機能だ」

「誰か一人に、全部背負わせる」

「だから、
“血縁”が使われてきた」
久遠は続ける。「断れない関係だから」

鷹宮は、箱を見つめた。

「だが今回は——」

「自分で、引き受けた」



箱は、静かだった。

音もしない。
傾きもない。

「……終わったか?」
鷹宮が問う。

「一時的には」
久遠は首を振る。「でも——」

箱に近づく。

「箱そのものは、まだ意味を持ってる」

彼は、蓋に手をかけた。

「開けるのか」
鷹宮が、低く言う。

「うん」
久遠は答える。「空にするために」

「危険だぞ」

「分かってる」

久遠は、静かに蓋を開けた。



中は、空だった。

何も入っていない。
布も、骨も、血も。

ただ——
底に、薄い紙が一枚。

古びた、手書き。

「これは、
誰か一人が背負うための箱である」

「開けた者が、
その理由を決めよ」

鷹宮は、息を吐いた。

「……中身は、最初から無かったんだな」

「うん」
久遠は頷く。「中身は、“役割”だけ」

紙は、端から崩れ、
指に触れた瞬間、粉のように消えた。

箱は、
ただの木箱になった。



数日後。

依頼人から、連絡があった。

《まだ、重い感じは残っています》
《でも、
それを“自分のもの”だと思えるようになりました》

久遠は、端末を閉じる。

「……正解だったな」

鷹宮は、静かに言う。

「呪いを消すんじゃない。
引き受け方を、変える」

「それが、この仕事だ」



箱は、処分された。

燃やされたわけでも、
封印されたわけでもない。

普通の廃棄物として、
誰の記憶にも残らず。

コトリバコの噂は、
徐々に形を変えた。

《重いものを、
誰か一人で背負う話》

それは、
もはや呪いではない。

物語だった。



事務所で、久遠は椅子にもたれた。

「……今回は、後味が悪くない」

「珍しいな」
鷹宮が言う。

「呪いが、
“誰かの人生”に変換された」

「それでいい」

久遠は、静かに笑った。

その時、端末が震えた。

新着通知。
差出人不明。

《次は、サトリ》

鷹宮は、画面を見つめる。

「……読心か」

久遠は、短く息を吐いた。

「次は、“言葉にしない思考”だ」

箱は終わった。
だが、
都市はまだ——
人の内側を、覗き続けている。

——第5章・了。
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