17 / 25
第6章「サトリ」
第1話 言葉にしない答え
しおりを挟む
最初の違和感は、静かすぎた。
「……苦情が来てない?」
鷹宮が、依頼記録をめくりながら言った。
「来てない」
久遠は端末を伏せる。「正確には、来なくなった」
事件は起きている。
不安も、恐怖も、確かに存在している。
それなのに——
誰も、相談してこない。
「……噂の性質が変わったな」
鷹宮が言う。
「うん」
久遠は頷いた。「口に出す前に、終わってる」
⸻
発端は、学校だった。
生徒たちの間で、
ある“噂”が囁かれ始めていた。
——サトリがいる。
質問をしなくても、
こちらが何を考えているか、
先に答えられる存在。
「……古い妖怪だ」
鷹宮は言う。「山の怪異だが、
現代だと意味合いが変わる」
「“読心”そのものじゃない」
久遠は補足する。「思考が言葉になる前を読む」
⸻
調査対象の学校では、
奇妙な現象が起きていた。
• 生徒が、自分から謝る
• 問い詰める前に、言い訳をやめる
• 告白する前に、距離を取る
「……平和だな」
鷹宮が言う。
「表面上は」
久遠は、校内を見渡す。「沈黙が増えてる」
教師の一人が、ぽつりと漏らした。
「……子どもたち、
最近“何も言わなくなった”んです」
⸻
放課後。
人気のない廊下で、久遠は立ち止まった。
「……来る」
「音は?」
鷹宮が問う。
「ない」
久遠は答える。「気配が、先にある」
視線を感じる。
振り返っても、誰もいない。
だが、
“見られている”という確信だけが残る。
《……それ、言わないほうがいい》
声ではない。
頭の内側に、答えが置かれる。
鷹宮が、眉を動かした。
「……今、俺も——」
「同じだな」
久遠は、低く言う。
⸻
その夜。
二人は、事務所で記録を整理していた。
「被害が、見えにくい」
鷹宮が言う。
「“間違いが起きる前に、修正される”から」
久遠は答える。「だから——」
「誰も、助けを求めない」
「うん」
久遠は、静かに続ける。
「サトリは、
“思考を読んでる”んじゃない」
「じゃあ、何だ」
「思考を、奪ってる」
沈黙。
⸻
翌日。
一人の生徒が、倒れた。
原因不明の過呼吸。
命に別状はない。
だが、彼女の第一声が、異様だった。
「……何を考えればいいか、
分からなくなった」
久遠は、目を閉じた。
「……やっぱりな」
「どういうことだ」
「先回りされ続けた人間は、
考える前提を失う」
⸻
夜。
再び、あの“答え”が現れる。
《……それ以上、
調べないほうがいい》
久遠は、目を開けた。
「……鷹宮」
「分かってる」
二人の思考に、
同じ“結論”が浮かんでいた。
サトリは、
恐怖を与えない。
痛みも、直接の被害もない。
だが——
“考える自由”を、少しずつ奪う。
久遠は、静かに言った。
「……これは、
今までで一番、厄介だ」
鷹宮は、短く息を吐く。
「自分の考えが、
自分のものじゃなくなる」
廊下の奥で、
誰かが笑った気がした。
音はない。
姿もない。
ただ、
“分かっている”という圧だけが、そこにあった。
サトリは、
もう都市の中にいる。
人の思考が、
言葉になる前に。
「……苦情が来てない?」
鷹宮が、依頼記録をめくりながら言った。
「来てない」
久遠は端末を伏せる。「正確には、来なくなった」
事件は起きている。
不安も、恐怖も、確かに存在している。
それなのに——
誰も、相談してこない。
「……噂の性質が変わったな」
鷹宮が言う。
「うん」
久遠は頷いた。「口に出す前に、終わってる」
⸻
発端は、学校だった。
生徒たちの間で、
ある“噂”が囁かれ始めていた。
——サトリがいる。
質問をしなくても、
こちらが何を考えているか、
先に答えられる存在。
「……古い妖怪だ」
鷹宮は言う。「山の怪異だが、
現代だと意味合いが変わる」
「“読心”そのものじゃない」
久遠は補足する。「思考が言葉になる前を読む」
⸻
調査対象の学校では、
奇妙な現象が起きていた。
• 生徒が、自分から謝る
• 問い詰める前に、言い訳をやめる
• 告白する前に、距離を取る
「……平和だな」
鷹宮が言う。
「表面上は」
久遠は、校内を見渡す。「沈黙が増えてる」
教師の一人が、ぽつりと漏らした。
「……子どもたち、
最近“何も言わなくなった”んです」
⸻
放課後。
人気のない廊下で、久遠は立ち止まった。
「……来る」
「音は?」
鷹宮が問う。
「ない」
久遠は答える。「気配が、先にある」
視線を感じる。
振り返っても、誰もいない。
だが、
“見られている”という確信だけが残る。
《……それ、言わないほうがいい》
声ではない。
頭の内側に、答えが置かれる。
鷹宮が、眉を動かした。
「……今、俺も——」
「同じだな」
久遠は、低く言う。
⸻
その夜。
二人は、事務所で記録を整理していた。
「被害が、見えにくい」
鷹宮が言う。
「“間違いが起きる前に、修正される”から」
久遠は答える。「だから——」
「誰も、助けを求めない」
「うん」
久遠は、静かに続ける。
「サトリは、
“思考を読んでる”んじゃない」
「じゃあ、何だ」
「思考を、奪ってる」
沈黙。
⸻
翌日。
一人の生徒が、倒れた。
原因不明の過呼吸。
命に別状はない。
だが、彼女の第一声が、異様だった。
「……何を考えればいいか、
分からなくなった」
久遠は、目を閉じた。
「……やっぱりな」
「どういうことだ」
「先回りされ続けた人間は、
考える前提を失う」
⸻
夜。
再び、あの“答え”が現れる。
《……それ以上、
調べないほうがいい》
久遠は、目を開けた。
「……鷹宮」
「分かってる」
二人の思考に、
同じ“結論”が浮かんでいた。
サトリは、
恐怖を与えない。
痛みも、直接の被害もない。
だが——
“考える自由”を、少しずつ奪う。
久遠は、静かに言った。
「……これは、
今までで一番、厄介だ」
鷹宮は、短く息を吐く。
「自分の考えが、
自分のものじゃなくなる」
廊下の奥で、
誰かが笑った気がした。
音はない。
姿もない。
ただ、
“分かっている”という圧だけが、そこにあった。
サトリは、
もう都市の中にいる。
人の思考が、
言葉になる前に。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
百万年の孤独
プレアデス
ミステリー
世界中の人々から愛されるスーパーアイドル、ヨハン。しかし彼の心は虚ろだった。かれは成功したK−POPアイドルで、すべてを手に入れたかのように思われていた。しかし気づいたときには、一番大切なひとは彼のそばから永遠に去っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる