ノイズの都市

久遠 司

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第6章「サトリ」

第1話 言葉にしない答え

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最初の違和感は、静かすぎた。

「……苦情が来てない?」
鷹宮が、依頼記録をめくりながら言った。

「来てない」
久遠は端末を伏せる。「正確には、来なくなった」

事件は起きている。
不安も、恐怖も、確かに存在している。

それなのに——
誰も、相談してこない。

「……噂の性質が変わったな」
鷹宮が言う。

「うん」
久遠は頷いた。「口に出す前に、終わってる」



発端は、学校だった。

生徒たちの間で、
ある“噂”が囁かれ始めていた。

——サトリがいる。

質問をしなくても、
こちらが何を考えているか、
先に答えられる存在。

「……古い妖怪だ」
鷹宮は言う。「山の怪異だが、
現代だと意味合いが変わる」

「“読心”そのものじゃない」
久遠は補足する。「思考が言葉になる前を読む」



調査対象の学校では、
奇妙な現象が起きていた。
• 生徒が、自分から謝る
• 問い詰める前に、言い訳をやめる
• 告白する前に、距離を取る

「……平和だな」
鷹宮が言う。

「表面上は」
久遠は、校内を見渡す。「沈黙が増えてる」

教師の一人が、ぽつりと漏らした。

「……子どもたち、
最近“何も言わなくなった”んです」



放課後。
人気のない廊下で、久遠は立ち止まった。

「……来る」

「音は?」
鷹宮が問う。

「ない」
久遠は答える。「気配が、先にある」

視線を感じる。

振り返っても、誰もいない。

だが、
“見られている”という確信だけが残る。

《……それ、言わないほうがいい》

声ではない。
頭の内側に、答えが置かれる。

鷹宮が、眉を動かした。

「……今、俺も——」

「同じだな」
久遠は、低く言う。



その夜。

二人は、事務所で記録を整理していた。

「被害が、見えにくい」
鷹宮が言う。

「“間違いが起きる前に、修正される”から」
久遠は答える。「だから——」

「誰も、助けを求めない」

「うん」

久遠は、静かに続ける。

「サトリは、
“思考を読んでる”んじゃない」

「じゃあ、何だ」

「思考を、奪ってる」

沈黙。



翌日。
一人の生徒が、倒れた。

原因不明の過呼吸。
命に別状はない。

だが、彼女の第一声が、異様だった。

「……何を考えればいいか、
分からなくなった」

久遠は、目を閉じた。

「……やっぱりな」

「どういうことだ」

「先回りされ続けた人間は、
考える前提を失う」



夜。
再び、あの“答え”が現れる。

《……それ以上、
調べないほうがいい》

久遠は、目を開けた。

「……鷹宮」

「分かってる」

二人の思考に、
同じ“結論”が浮かんでいた。

サトリは、
恐怖を与えない。

痛みも、直接の被害もない。

だが——
“考える自由”を、少しずつ奪う。

久遠は、静かに言った。

「……これは、
今までで一番、厄介だ」

鷹宮は、短く息を吐く。

「自分の考えが、
自分のものじゃなくなる」

廊下の奥で、
誰かが笑った気がした。

音はない。
姿もない。

ただ、
“分かっている”という圧だけが、そこにあった。

サトリは、
もう都市の中にいる。

人の思考が、
言葉になる前に。
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