ノイズの都市

久遠 司

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第6章「サトリ」

第2話 読まれない思考

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サトリは、答えを外さない。

それが、一番の異常だった。

「……偶然じゃないな」
鷹宮は、机に広げたメモを指で叩いた。

そこには、被害者——正確には「影響を受けた人間」たちの証言が並んでいる。
• 口に出す前に、正解を示される
• 迷う前に、結論を置かれる
• 感情が動く前に、納得してしまう

「未来予測じゃない」
久遠が言った。「行動の先読みでもない」

「じゃあ何だ」

「思考が“形になる直前”を拾ってる」

鷹宮は、少し考えてから言う。

「……無意識か」

「近い」
久遠は首を振った。「でも、無意識より浅い」



久遠は、ホワイトボードに円を描いた。

中心に「思考」。
その外側に、薄くもう一つの円。

「人が考える時、
“言語化”する前に、
一瞬だけ“方向”が生まれる」

「感覚的な“こうしたい”か」

「うん」
久遠はペンを走らせる。「サトリは、
その方向だけを拾っている」

「だから、内容は分からないが、
“答え”は出せる」

「そう」



対策は、単純であり、難しかった。

「……考えなければいい?」
鷹宮が言う。

「無理だ」
久遠は即答する。「考えない、も思考だから」

「じゃあ——」

「方向を持たない」

沈黙。

「……どうやる」

「意図的に、
選択肢を増やす」

久遠は、静かに続ける。

「サトリは、
一本道の思考に強い。
だから——」

「分岐を増やすほど、
読みづらくなる」

「うん」



実験は、校内で行われた。

対象は、影響を受けやすいとされる生徒。

久遠は、簡単な質問を投げる。

「今から、
“赤いもの”を思い浮かべて」

生徒は、目を閉じる。

《……リンゴ》

答えが、頭に響く。

「やっぱりな」
鷹宮が言う。

久遠は、続けた。

「じゃあ次は——
“赤くて、
硬くも柔らかくもあって、
食べられるかもしれないし、
食べられないかもしれないもの”」

生徒の眉が、わずかに動く。

《……》

答えは、来なかった。

「……効いてる」
鷹宮が呟く。



サトリは、
曖昧な思考を嫌う。

いや、正確には——
拾えない。

「人は、
日常では思考を省略する」
久遠が言う。「だから、読まれる」

「考えを、
わざと“面倒”にすればいい」

「うん」

だが、それは同時に——
生きづらさを意味した。



その夜。

久遠は、一人で事務所に残っていた。

何気なく、
“コーヒーを飲む”
という行為を考える。

苦い。
温度。
香り。
時間帯。
体調。

思考を、細かく分解する。

《……面倒ですね》

声が、来た。

久遠は、目を上げる。

「……来たか」

《普通は、
そんな考え方はしません》

「だから、
普通じゃない思考をする」

《……》

一瞬、
沈黙が生まれた。



「……鷹宮」

「分かってる」

鷹宮も、同時に声を聞いていた。

《それ以上、
考えないほうが——》

「考えるよ」
久遠は、静かに言った。「考えること自体を」

サトリは、
“答え”を置けなかった。

初めてのことだった。



翌日。

影響を受けていた生徒たちに、変化が出た。
• すぐに答えを出さなくなった
• 黙る時間が増えた
• 言葉を選ぶようになった

不安はある。
だが、
自分で考えている感覚が戻り始めていた。

「……完全な対策じゃない」
鷹宮が言う。

「うん」
久遠は頷く。「でも——」

「サトリにとって、
一番嫌な状態だ」



その夜。

最後の“答え”が、置かれた。

《あなたは、
この方法を広めますか?》

選択肢はない。
だが、問いは重い。

久遠は、少し考えてから言った。

「……広めない」

《……なぜ》

「考えなくていい人間も、いる」

沈黙。

サトリは、
それ以上、何も言わなかった。

だが、久遠は知っている。

これは、終わりではない。

「読まれない思考」は、
同時に——
孤独を伴う。

久遠は、窓の外を見た。

都市は、今日も静かだ。

だがその静けさの中で、
人々は、
“考えないこと”を
選び続けている。
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