ノイズの都市

久遠 司

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第6章「サトリ」

第3話 考えることを、やめない

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サトリは、去らなかった。

ただ、
答えを置かなくなった。

「……静かすぎるな」
鷹宮は、事務所の空気を探るように言った。

「沈黙は、敗北じゃない」
久遠は答える。「待機だ」

サトリは、問いを投げなくなった。
だがその代わり——
**“考えさせない空気”**が、都市に広がり始めていた。



影響は、徐々に表面化した。
• 会議で意見が出ない
• 授業で質問が消える
• SNSの反応が極端に二極化する

「……みんな、
“正解っぽいもの”だけをなぞってる」
鷹宮が言う。

「サトリが直接介入しなくても、
人間が勝手に最適化を始める」
久遠は、苦い表情で頷いた。

「もう、サトリはいらない状態だ」



夜。
久遠は、ひとり歩いていた。

わざと、人通りの少ない道を選ぶ。
街灯の光が、途切れ途切れになる場所。

《……考えなくても、楽ですよ》

声は、すぐ隣にあった。

「……楽だろうな」
久遠は立ち止まらない。

《正解を、
毎回用意します》

「それが、問題だ」

久遠は、歩きながら言った。

「正解があると思わせること自体が」

《……》

「人生の問いに、
正解なんてない」

《不安になります》

「なるさ」
久遠は、即答した。「だから、人は考える」



足音が、重なった。

鷹宮が、いつの間にか並んでいる。

「……一人でやるな」

「ごめん」

二人の思考が、
自然に並ぶ。

《二人で考えるのは、
効率が悪い》

「違う」
鷹宮が言った。

「ズレがあるから、考え続けられる」

《……》

サトリは、言葉を探しているようだった。



「サトリ」
久遠は、初めて名を呼んだ。

「お前は、
“考えを読む存在”じゃない」

《……》

「考えが不要だと、
思わせる存在だ」

沈黙が、深くなる。

《それの、
何が悪いのですか》

「奪うからだ」
鷹宮が言った。「選ぶ権利を」



サトリは、姿を現さない。

だが、
圧だけが、確かにそこにあった。

《人は、
考えると傷つきます》

「そうだな」
久遠は認める。

「でも——」

彼は、空を見上げた。

「考えないまま生きる方が、
ずっと傷つく」

長い沈黙。

都市の音が、
少しずつ戻ってくる。

車の音。
遠くの話し声。
生活の雑音。

《……あなたたちは、
疲れませんか》

久遠は、少し笑った。

「疲れるよ」

鷹宮も、短く頷く。

「でも——
それが、生きてるってことだ」



翌日。

サトリの噂は、
目立って減った。

完全に消えたわけではない。
だが、
“便利な存在”として語られることはなくなった。

代わりに、
こんな言葉が残った。

《考えすぎると、
疲れる》

《でも、
考えないと、もっと怖い》

噂は、力を失った。



事務所で、久遠は椅子にもたれた。

「……今回は、
何も壊してないな」

「壊す必要がなかった」
鷹宮は言う。

「戻しただけだ」

端末が、震えた。

新着通知。
差出人不明。

《次は、ドッペルゲンガー》

鷹宮は、画面を見つめる。

「……自分自身、か」

久遠は、静かに息を吐いた。

「一番、逃げられないやつだ」

思考は、奪われなかった。
だが次は——
存在そのものが、揺さぶられる。

都市のノイズは、
まだ終わらない。

——第6章・了。
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