2 / 42
第1話 「揺れる電車と、揺れない絆」
海沿いの始発駅を出た三両編成の列車は、
朝の潮風を残したまま岬の古びた灯台をかすめ、やがて森の中へ姿を沈めていった。
木々の影が窓に線を描き、車輪はぎしりと軋みながら単線を登っていく。
海の青さはいつのまにか緑に飲み込まれ、車内の空気までひんやり変わる。
航は、その移り変わりを黙ったまま胸に抱え込んでいた。
遠い日にした約束は、澄んだ空の彼方に溶けてしまったはずなのに、
その下にきらきら光る海をどうしても重ねてしまう――
悪い癖だ、と息を吐いた瞬間。
「なーにセンチな顔して物思いにふけってんだ。
写メでも撮って響に送ってやろうか?」
低く野太い声が横から落ちてきた。
振り返ると、仁が椅子の背にもたれてこちらを半眼で見ていた。
「ん、おかしいな。
大きな熊さんが話しかけてきてる。まだ寝ぼけてるのかな。
……で、今日は部活どうした?」
「誰が熊さんだ。
少林寺拳法同好会は柔道部の隅っこでやってるだろ?
オンボロ体育館の壁の修理で、端っこ全部ブルーシート張られて使えねえんだよ。」
「それに今メール送ったら響、弓道部の岩崎ブチョーに怒られるって。
今、朝稽古だろ。
こないだ“ぜんぜん当たる気がしない”って言ってたし。」
「まだ始めて三か月だしな。
筋は良いらしいから、中学から始めてりゃ結構いいとこまで行ってただろ。
あいつ。」
「そっか……。
……でもな、早く始めれば良いわけじゃない――……いや、すまない忘れろ」
ぽつり落ちた言葉に、仁が眉をひそめ、
次の瞬間、航の頭を指でぴしりとはじいた。
「なに謝ってんだよ。別に誰も気にしちゃいねえよ、そんなもん」
その軽い一撃が、逆に胸の奥をざわつかせる。
「弱くなった自分」を見透かされている気がして、航は小さく息を吸い込んだ。
そのとき、ポケットが震えた。
――響からの“弓道場の朝メッセージ”。
『今日の朝日、弓の先が飲み込まれそうなくらい眩しかった。
でも一射だけ、自分じゃない誰かが引いたみたいにまっすぐ飛んだ。
そっちは電車ちゃんと乗った?
遅れても……まあ、待っててやるから。』
仁がすかさず覗き込み、口の端を上げる。
「ほら見ろ航、響が気になっているの知ってるんだろ、
最近お前のことえらい心配してたぞ」
「そうか……まあ普通だよ。」
ちょっと耳の先が熱くなるのをごまかすように、
航は画面を閉じて通学鞄にしまった。
森が途切れると、山のふもとの小駅が姿を見せた。
列車がホームに滑り込むと、ひんやりした空気が流れ込む。
ドアを出た瞬間、かすかな土の匂いと、遠くの工場から響く朝の機械音。
海沿いとは違う世界がそこに広がっている。
校門の前で、制服に着替えた、響が手を振った。
少し汗の残る額。
凛と張った空気をまとったまま、ふっと笑う。
「おはよう。……前よりだいぶよくなった?」
意外と心配してたのかと、思いながらも響の顔を見ると安心する。
航は視線をそらしながら「さあ? どうだろ」と肩をすくめた。
三人並んで校門をくぐる。
響の歩幅は小さく揃っていて、仁はわざと大股で歩いて揺さぶり、
航はその真ん中で、二人の温度差に安心しながらも、心の奥ではひっそりと“海の匂い”を探していた。
言葉にはできない、潮の記憶。
波に溶けていった誰かとの約束。
その残滓が、校門へ続く坂道の途中でふっと胸を突いた。
航はその痛みに気づかれないよう、
「行くか」とだけ呟いた。
朝の光はまだ淡く、
立ち止まった心を、そっと前へ押してくれるようだった。
朝の潮風を残したまま岬の古びた灯台をかすめ、やがて森の中へ姿を沈めていった。
木々の影が窓に線を描き、車輪はぎしりと軋みながら単線を登っていく。
海の青さはいつのまにか緑に飲み込まれ、車内の空気までひんやり変わる。
航は、その移り変わりを黙ったまま胸に抱え込んでいた。
遠い日にした約束は、澄んだ空の彼方に溶けてしまったはずなのに、
その下にきらきら光る海をどうしても重ねてしまう――
悪い癖だ、と息を吐いた瞬間。
「なーにセンチな顔して物思いにふけってんだ。
写メでも撮って響に送ってやろうか?」
低く野太い声が横から落ちてきた。
振り返ると、仁が椅子の背にもたれてこちらを半眼で見ていた。
「ん、おかしいな。
大きな熊さんが話しかけてきてる。まだ寝ぼけてるのかな。
……で、今日は部活どうした?」
「誰が熊さんだ。
少林寺拳法同好会は柔道部の隅っこでやってるだろ?
オンボロ体育館の壁の修理で、端っこ全部ブルーシート張られて使えねえんだよ。」
「それに今メール送ったら響、弓道部の岩崎ブチョーに怒られるって。
今、朝稽古だろ。
こないだ“ぜんぜん当たる気がしない”って言ってたし。」
「まだ始めて三か月だしな。
筋は良いらしいから、中学から始めてりゃ結構いいとこまで行ってただろ。
あいつ。」
「そっか……。
……でもな、早く始めれば良いわけじゃない――……いや、すまない忘れろ」
ぽつり落ちた言葉に、仁が眉をひそめ、
次の瞬間、航の頭を指でぴしりとはじいた。
「なに謝ってんだよ。別に誰も気にしちゃいねえよ、そんなもん」
その軽い一撃が、逆に胸の奥をざわつかせる。
「弱くなった自分」を見透かされている気がして、航は小さく息を吸い込んだ。
そのとき、ポケットが震えた。
――響からの“弓道場の朝メッセージ”。
『今日の朝日、弓の先が飲み込まれそうなくらい眩しかった。
でも一射だけ、自分じゃない誰かが引いたみたいにまっすぐ飛んだ。
そっちは電車ちゃんと乗った?
遅れても……まあ、待っててやるから。』
仁がすかさず覗き込み、口の端を上げる。
「ほら見ろ航、響が気になっているの知ってるんだろ、
最近お前のことえらい心配してたぞ」
「そうか……まあ普通だよ。」
ちょっと耳の先が熱くなるのをごまかすように、
航は画面を閉じて通学鞄にしまった。
森が途切れると、山のふもとの小駅が姿を見せた。
列車がホームに滑り込むと、ひんやりした空気が流れ込む。
ドアを出た瞬間、かすかな土の匂いと、遠くの工場から響く朝の機械音。
海沿いとは違う世界がそこに広がっている。
校門の前で、制服に着替えた、響が手を振った。
少し汗の残る額。
凛と張った空気をまとったまま、ふっと笑う。
「おはよう。……前よりだいぶよくなった?」
意外と心配してたのかと、思いながらも響の顔を見ると安心する。
航は視線をそらしながら「さあ? どうだろ」と肩をすくめた。
三人並んで校門をくぐる。
響の歩幅は小さく揃っていて、仁はわざと大股で歩いて揺さぶり、
航はその真ん中で、二人の温度差に安心しながらも、心の奥ではひっそりと“海の匂い”を探していた。
言葉にはできない、潮の記憶。
波に溶けていった誰かとの約束。
その残滓が、校門へ続く坂道の途中でふっと胸を突いた。
航はその痛みに気づかれないよう、
「行くか」とだけ呟いた。
朝の光はまだ淡く、
立ち止まった心を、そっと前へ押してくれるようだった。
あなたにおすすめの小説
紙の上の空
中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。
容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。
欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。
血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。
公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転
小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。
人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。
防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。
どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。
学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?
宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。
栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。
その彼女に脅された。
「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」
今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。
でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる!
しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ??
訳が分からない……。それ、俺困るの?