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ダンジョンの入り口から帰宅する幽鬼
悪夢崇拝者
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「ごめんなざい……」
頭にたんこぶを作って泣きべそをかくショコラ。もちろん作ったのは俺。
そんな彼女を引き連れて、俺たちは先ほど圧死したポイントを越した。
「とにかく俺から離れるな。変なものに触れるな。このダンジョンでは、ほとんどのギミックがトラップだ」
歩きながらビシッと、ショコラに指を突きつける。
「確かに、わずかにある正解の先には、普通のダンジョンには存在しない格の高いアイテムがあるが、大半が撒き餌として散らされているに過ぎない。そこに辿り着くには結局、何回も死ぬことになる」
「うぅぅ、はぃぃ……」
シュンと地面を見たショコラ。
シュコーッと嘆息をつき、彼女の頭に先ほど回収してやったテンガロンハットを被せて上からグリグリと押さえた。
二人で市街地を進む。
途中で現れる狂人やモンスターは問題ない。やはり、厄介なのはトラップと、二人以上で攻略しなければならないギミック。
ここは十六階層。墓地だ。
設定では郊外の墓地ということになっている。ダンマス曰く、郊外といえば墓地だそうだ。なんのこっちゃ。
当然ここに現れるのはゾンビ……ではない。
ここの主役は――。
「あ、ディーゼルさん見て見て! ウサギ!」
ウサギだ。無論、ただのウサギであるはずがない。
「かわいい~~! 私ちょっと愛でてきますね゛ぇ゛ぇ゛――」
ホイホイ近づこうとしたショコラの首根っこを掴み、猫のように掴み上げる。
「……ディーゼルさん。私、猫じゃないんですけど」
非難めいた目つきで俺を睨むショコラを地上に下ろし、「よく見ろ」と指を指す。
「んん……? ……ひっ!」
ウサギが咥えているのはニンジン、と見せかけて、血まみれの腕だ。
ここのウサギは肉食。しかも、集団で襲ってくる凶悪なやつだ。
その口も、よく見ると頭部の真ん中からバッテンに割れてクパァ……と、オレンジの皮が剥けるように開く。当然その中は鋭い牙だらけ。噛まれると遅効性の毒が回る特別仕様。〈ゾッフィー〉と呼ばれている。ダンマス基準だと可愛いらしい。
「不用意に近づくと、生きたままあの集団に食われるぞ」
「不用意に近づきません」
コクコクと頷いて分かった様子のショコラを先導し、墓地を進む。
ここはある特定の墓石を辿れば無傷で通過できる、壁のない迷路扱いのエリアなのだ。俺は当然正解を知っているわけで、すいすいと進んでいく。
一歩でも踏み外せば、土の下から現れるゾッフィーの群れに殺到されて、腸からむさぼり食われるわけだが、その辺りの仕組みはショコラには伏せておく。変にビビられてまたミスを犯されても困る。とにかく俺にぴったりついてこいとだけ言い含めておく。
挑戦者が苦戦し始めるのがこの辺りの階層からだ。
先ほどの食われていた死体も、誰か冒険者だろう。
「――あ、ディーゼルさんっ! あれ見て下さい!」
突然ショコラが大きな声を上げて指を差した。
「あ、おい、ショコラ。また勝手なことを――」
「誰か倒れてますよ!」
彼女の声に誘われて視線を飛ばすと、そこにはまだ生きている人間がいた。
墓石脇の草地に仰向けに横たわって、胸の上で行儀良く手を組んでいる。
裸にパンツ一丁の肥えた身体。胸には黒い蝶々のような入れ墨。
謎の薄気味悪いマスクで顔が覆われていており、表情が見えないのが印象的。ハァ、ハァ……という熱っぽい呼吸音がその不気味なマスクの下から聞こえてくるから、生きてはいるようだ。
「変態か?」
「変態ですね」
とんだ変態の登場に、俺たちは無視で一致。横を通過しようとした。
ガバァッ! と、突如として変態デブが上半身を跳ね起こしたのは、その時だった。
思わず後じさる俺とショコラ。
「――はっ! あなたは⁉」
そのデブは予想外に軽快な身のこなしで俺の前に立ちふさがった。
膝がすり剥けるのにもかかわらず、凄い勢いで土の上で膝を突いて、俺の甲冑に縋り付いてくる。
「す、素晴らしい……この甲冑っ! その外套! その斧! なんという完成度の幽鬼のコスプレでしょうか‼」
そこでいったん言葉を区切り、グイッと顔(マスクで目も鼻も口も覆われている)を寄せてくるデブ。
「――同士よッッッ‼」
マスクのせいで顔が見えないが、かなり興奮しているらしい。というか、目も口もマスクに覆われているのに、どうして俺の姿が見えるんだ?
そのマスクは、生き物っぽい。
平べったい蜘蛛が、節くれ立った足でがっちり顔をホールドして包み込んで、そこから伸びた長い尻尾を首に巻き付けている。あたかも醜悪な節足動物に、口から卵を植え付けられている憐れな人間を連想させる。
これは〈ヘッドハガー〉という寄生型モンスターだ。もっと深い層にいるはずだが、なぜここに? というかこいつ、ヘッドハガーに寄生された状態でどうして平気でいられる?
「急に同士認定されたのだが……ショコラ、こいつはなんなんだ?」
あまりの気持ち悪さに、思わず大戦斧に手を伸ばしかけたが、寸前で踏みとどまって、念のためショコラに聞いた。たまに国のお偉いさんとかがダンジョンに来ていて、勢い余って殺してしまって大騒ぎになる事があるからだ。
「え? ディーゼルさんと同じ〈悪夢崇拝者〉じゃないんですか?」
「“悪夢”崇拝者? 悪魔じゃなくてか?」
すると俺の横まで出てきたショコラが、しみじみとデブの顔と身体を覗き込んで続ける。
「身体に浮いた〈悪夢蝶〉の聖痕……間違いないですよ。この人、悪夢崇拝者です。なんで同じ悪夢崇拝者のディーゼルさんが知らないんですか?」
「それは……俺が悪夢崇拝者じゃないからだ。解説を頼む、ショコラ」
ハァハァと、荒い息を零しながら俺の甲冑に頬を寄せ付けるデブに、鉄拳を振り下ろしたい衝動をギリギリのところで抑え込んで聞いた。
「ええっ? ディーゼルさん、悪夢崇拝者じゃないんですか⁉ なのにそんな凝ったコスプレしてるなんて、それって逆に――」
「小生は‼」
ショコラを遮ってデブが大声を上げた。
「小生はヘッドハガーに種付けされて、別の冒険者が近づかれると身体の中で育った〈リブバスター〉に胸をブシャーっと食い破られて死ぬ、名もなき苗床役のコスプレをしておった! ドルトンと申す‼」
「お、おお……」
思った以上に細かい設定のコスプレをしていた男ドルトンの熱量に押されて、身体が少し仰け反った。
頭にたんこぶを作って泣きべそをかくショコラ。もちろん作ったのは俺。
そんな彼女を引き連れて、俺たちは先ほど圧死したポイントを越した。
「とにかく俺から離れるな。変なものに触れるな。このダンジョンでは、ほとんどのギミックがトラップだ」
歩きながらビシッと、ショコラに指を突きつける。
「確かに、わずかにある正解の先には、普通のダンジョンには存在しない格の高いアイテムがあるが、大半が撒き餌として散らされているに過ぎない。そこに辿り着くには結局、何回も死ぬことになる」
「うぅぅ、はぃぃ……」
シュンと地面を見たショコラ。
シュコーッと嘆息をつき、彼女の頭に先ほど回収してやったテンガロンハットを被せて上からグリグリと押さえた。
二人で市街地を進む。
途中で現れる狂人やモンスターは問題ない。やはり、厄介なのはトラップと、二人以上で攻略しなければならないギミック。
ここは十六階層。墓地だ。
設定では郊外の墓地ということになっている。ダンマス曰く、郊外といえば墓地だそうだ。なんのこっちゃ。
当然ここに現れるのはゾンビ……ではない。
ここの主役は――。
「あ、ディーゼルさん見て見て! ウサギ!」
ウサギだ。無論、ただのウサギであるはずがない。
「かわいい~~! 私ちょっと愛でてきますね゛ぇ゛ぇ゛――」
ホイホイ近づこうとしたショコラの首根っこを掴み、猫のように掴み上げる。
「……ディーゼルさん。私、猫じゃないんですけど」
非難めいた目つきで俺を睨むショコラを地上に下ろし、「よく見ろ」と指を指す。
「んん……? ……ひっ!」
ウサギが咥えているのはニンジン、と見せかけて、血まみれの腕だ。
ここのウサギは肉食。しかも、集団で襲ってくる凶悪なやつだ。
その口も、よく見ると頭部の真ん中からバッテンに割れてクパァ……と、オレンジの皮が剥けるように開く。当然その中は鋭い牙だらけ。噛まれると遅効性の毒が回る特別仕様。〈ゾッフィー〉と呼ばれている。ダンマス基準だと可愛いらしい。
「不用意に近づくと、生きたままあの集団に食われるぞ」
「不用意に近づきません」
コクコクと頷いて分かった様子のショコラを先導し、墓地を進む。
ここはある特定の墓石を辿れば無傷で通過できる、壁のない迷路扱いのエリアなのだ。俺は当然正解を知っているわけで、すいすいと進んでいく。
一歩でも踏み外せば、土の下から現れるゾッフィーの群れに殺到されて、腸からむさぼり食われるわけだが、その辺りの仕組みはショコラには伏せておく。変にビビられてまたミスを犯されても困る。とにかく俺にぴったりついてこいとだけ言い含めておく。
挑戦者が苦戦し始めるのがこの辺りの階層からだ。
先ほどの食われていた死体も、誰か冒険者だろう。
「――あ、ディーゼルさんっ! あれ見て下さい!」
突然ショコラが大きな声を上げて指を差した。
「あ、おい、ショコラ。また勝手なことを――」
「誰か倒れてますよ!」
彼女の声に誘われて視線を飛ばすと、そこにはまだ生きている人間がいた。
墓石脇の草地に仰向けに横たわって、胸の上で行儀良く手を組んでいる。
裸にパンツ一丁の肥えた身体。胸には黒い蝶々のような入れ墨。
謎の薄気味悪いマスクで顔が覆われていており、表情が見えないのが印象的。ハァ、ハァ……という熱っぽい呼吸音がその不気味なマスクの下から聞こえてくるから、生きてはいるようだ。
「変態か?」
「変態ですね」
とんだ変態の登場に、俺たちは無視で一致。横を通過しようとした。
ガバァッ! と、突如として変態デブが上半身を跳ね起こしたのは、その時だった。
思わず後じさる俺とショコラ。
「――はっ! あなたは⁉」
そのデブは予想外に軽快な身のこなしで俺の前に立ちふさがった。
膝がすり剥けるのにもかかわらず、凄い勢いで土の上で膝を突いて、俺の甲冑に縋り付いてくる。
「す、素晴らしい……この甲冑っ! その外套! その斧! なんという完成度の幽鬼のコスプレでしょうか‼」
そこでいったん言葉を区切り、グイッと顔(マスクで目も鼻も口も覆われている)を寄せてくるデブ。
「――同士よッッッ‼」
マスクのせいで顔が見えないが、かなり興奮しているらしい。というか、目も口もマスクに覆われているのに、どうして俺の姿が見えるんだ?
そのマスクは、生き物っぽい。
平べったい蜘蛛が、節くれ立った足でがっちり顔をホールドして包み込んで、そこから伸びた長い尻尾を首に巻き付けている。あたかも醜悪な節足動物に、口から卵を植え付けられている憐れな人間を連想させる。
これは〈ヘッドハガー〉という寄生型モンスターだ。もっと深い層にいるはずだが、なぜここに? というかこいつ、ヘッドハガーに寄生された状態でどうして平気でいられる?
「急に同士認定されたのだが……ショコラ、こいつはなんなんだ?」
あまりの気持ち悪さに、思わず大戦斧に手を伸ばしかけたが、寸前で踏みとどまって、念のためショコラに聞いた。たまに国のお偉いさんとかがダンジョンに来ていて、勢い余って殺してしまって大騒ぎになる事があるからだ。
「え? ディーゼルさんと同じ〈悪夢崇拝者〉じゃないんですか?」
「“悪夢”崇拝者? 悪魔じゃなくてか?」
すると俺の横まで出てきたショコラが、しみじみとデブの顔と身体を覗き込んで続ける。
「身体に浮いた〈悪夢蝶〉の聖痕……間違いないですよ。この人、悪夢崇拝者です。なんで同じ悪夢崇拝者のディーゼルさんが知らないんですか?」
「それは……俺が悪夢崇拝者じゃないからだ。解説を頼む、ショコラ」
ハァハァと、荒い息を零しながら俺の甲冑に頬を寄せ付けるデブに、鉄拳を振り下ろしたい衝動をギリギリのところで抑え込んで聞いた。
「ええっ? ディーゼルさん、悪夢崇拝者じゃないんですか⁉ なのにそんな凝ったコスプレしてるなんて、それって逆に――」
「小生は‼」
ショコラを遮ってデブが大声を上げた。
「小生はヘッドハガーに種付けされて、別の冒険者が近づかれると身体の中で育った〈リブバスター〉に胸をブシャーっと食い破られて死ぬ、名もなき苗床役のコスプレをしておった! ドルトンと申す‼」
「お、おお……」
思った以上に細かい設定のコスプレをしていた男ドルトンの熱量に押されて、身体が少し仰け反った。
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