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ダンジョンの入り口から帰宅する幽鬼
愚痴
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隠すほどのことでもない。
もうこの絆の深淵が出来てから千年以上経っている。今からダンマスの素性を調べても、何も記録は残ってはおるまい。
もっと言うと、ダンジョンマスターは直接戦闘には参加しない。奇跡的にダンマスが何者か知られてたとしても、攻略には糞の役にも立たない。
おまけにショコラは俺の話を全部作り話だと思い込んでいる節がある。腹立たしいが、考えてみれば、俺にとってはたいへん都合が良い状況だ。
少々愚痴を言っても、問題なかろう。
ひょっとすると、この嘆きがダンマスの心に届くかも知れない。まぁまず無理だが。変なことを言ってまた拗ねられると面倒だが、今さら。
「――ひと言で表せば、メンヘラだな」
「メンヘラ」
「ものの考え方が幼稚だ。なんでも自分の都合通りに事が運ぶと心の底から信じている。嫉妬心や束縛癖もすごい。自分の部下の行動を常に監視していないといられない性質だ。ほんのちょっとでも自分の気に入らないことがあると、すぐに不機嫌になる。平気な顔して権力で事実をねじ曲げることも。挑戦者がギミックを無傷で攻略するのを見ると、輪をかけて不機嫌になる。このダンジョンも、言ってみれば、そんな幼稚な恨み辛みで出来上がっている」
「はぁ」
俺の後ろで生返事したショコラ。
警告を込めて、立ち止まって振り返る。
「――だが、甘く見るなよ。そんな稚拙な存在が絶大な力を振るい、千年以上をかけて創り上げたダンジョンだ。理性的なダンジョンマスターが手がける並のダンジョンなんかよりも、ずっと理不尽で、容赦なく、狡猾」
俺の真に迫った声に、ショコラがゴクリと生唾を飲んだ。
「ひと言で言えば、悪夢だ……ただただ、悪意だけが詰まったダンジョン。まるで子供がアリを潰したり、水に浮かべたり、その巣に水を流し込んだり、土で蓋をしてその上に岩を置いたりする。そういった無邪気な悪意。それがこの絆の深淵だ」
俺は休憩がてらタバコを取り出し、それを兜に突っ込んで続ける。
「……幼子が、癇癪をおこしながら、やたらめったら作り上げた歪な積み木の城を思い浮かべるといい。ほんのわずかでも押せば崩れるような危うさを進むことになる。そしてその中には、数千年に渡って溜め込み続けた夥しい冒険者の怨念と、あの世や狭間から呼び出した怪物どもがひしめいているのだ」
そしてその怪物召喚の基準が、可愛いとか、格好いいとか、そういうやつ。
「な、なるほど。そう考えるとこの〈N級〉の悪名高さが説明できますね……」
腕を組んでうんうんと続ける。
「さすがこのダンジョンのことを朝から晩まで妄想しているディーゼルさんだけあって設定が凝ってます……あ、休憩ですね? 私も休憩しよーっと」
話をしていたら、なんだか酷く疲れてきた。メンヘラなダンマスにも、脳天気なショコラにも。
タバコを吹かす。
その隣でショコラも休憩に入った。彼女は口にチョコを放り込んで幸せそうだ。
ダンジョンにはランクがある。
最も優しいダンジョンがD級のダンジョン。そこからC、B、A、S級と難易度が上がっていき、その上に君臨するのがN級ダンジョン。すなわち、この絆の深淵だ。この世に存在するN級ダンジョンは、この絆の深淵と、あとは“裏の”魔王城を含めて片手で数えるくらいしかない。
それに挑む冒険者側にも同様にランクがある。下からF、E、D、C、B、A、そして最上位にS級冒険者が存在している。
ダンジョンも冒険者も、主に実績でランクが上下する。絆の深淵は、それほど冒険者に恐怖を刻み込み、同時に富も排出し続けてきたということだ。
繰り返すがショコラはE級冒険者。本人曰く、里を出て冒険者になってから、まだ間もないのでE級止まりなだけで、時間をかければA級は硬いらしい。
まぁ、よくある初心者の妄想だ。ショコラがA級というのは無理がある。よくてB級止まり。たぶんC級辺りで死ぬ。長年冒険者を見てきた俺の目利きだ。
出会った当初の印象は、A級は固かったがな……。
「まぁ、私としてはダンジョン攻略と復讐を手伝ってもらえれば、ディーゼルさんが何を妄想していても、事実がどうであっても、なんでも良いんですけどね。ディーゼルさんがこのダンジョンに気持ち悪いくらい詳しくて、馬鹿みたいに強いという事実が大切です」
「じゃあなんで聞いた……」
煙と一緒にシュコーッと嘆息をついた。
俺が壁に背中をもたれて吹かしていると、視界の外からショコラの不吉な声が聞こえた。
「――あれ? ねぇねぇディーゼルさん、ところでこの後ろの建物って、大きな塔になっているみたいですよ? 頂上に凄いアイテムがありそう……ほら、すぐそこに入り口が……あれ、閉まってる……? あっ、このレバーかなぁ?」
猫めいた好奇心。
その好奇心が、ここ絆の深淵では致命的なのだ。
好奇心がショコラを殺す。
そして、俺も――。
「……はっ⁉ いやまて! それは――」
俺が制止する間もなく、ショコラがレバーを引いた。
直後、ゴパァ……と音を立てて頭上で爆ぜた塔の土手っ腹。
降り注ぐ大量の瓦礫。
崩落する塔。
俺たちに覆い被さった巨大な影。
その影が急速に濃くなっていく。
「ぴぇ」
ショコラの泣き声を含んだ悲鳴は、けたたましい崩落音にかき消されてよく聞こえなかった。
憤然と頭を振ってタバコを地面に捨てた直後、俺の意識も暗転した。
浮遊感の中、幻覚が浮かび上がる。
ユー・アー・デッドの血文字。
俺たちは崩れた塔に押し潰されて死んだ。
これが四〇回目の全滅。
もうこの絆の深淵が出来てから千年以上経っている。今からダンマスの素性を調べても、何も記録は残ってはおるまい。
もっと言うと、ダンジョンマスターは直接戦闘には参加しない。奇跡的にダンマスが何者か知られてたとしても、攻略には糞の役にも立たない。
おまけにショコラは俺の話を全部作り話だと思い込んでいる節がある。腹立たしいが、考えてみれば、俺にとってはたいへん都合が良い状況だ。
少々愚痴を言っても、問題なかろう。
ひょっとすると、この嘆きがダンマスの心に届くかも知れない。まぁまず無理だが。変なことを言ってまた拗ねられると面倒だが、今さら。
「――ひと言で表せば、メンヘラだな」
「メンヘラ」
「ものの考え方が幼稚だ。なんでも自分の都合通りに事が運ぶと心の底から信じている。嫉妬心や束縛癖もすごい。自分の部下の行動を常に監視していないといられない性質だ。ほんのちょっとでも自分の気に入らないことがあると、すぐに不機嫌になる。平気な顔して権力で事実をねじ曲げることも。挑戦者がギミックを無傷で攻略するのを見ると、輪をかけて不機嫌になる。このダンジョンも、言ってみれば、そんな幼稚な恨み辛みで出来上がっている」
「はぁ」
俺の後ろで生返事したショコラ。
警告を込めて、立ち止まって振り返る。
「――だが、甘く見るなよ。そんな稚拙な存在が絶大な力を振るい、千年以上をかけて創り上げたダンジョンだ。理性的なダンジョンマスターが手がける並のダンジョンなんかよりも、ずっと理不尽で、容赦なく、狡猾」
俺の真に迫った声に、ショコラがゴクリと生唾を飲んだ。
「ひと言で言えば、悪夢だ……ただただ、悪意だけが詰まったダンジョン。まるで子供がアリを潰したり、水に浮かべたり、その巣に水を流し込んだり、土で蓋をしてその上に岩を置いたりする。そういった無邪気な悪意。それがこの絆の深淵だ」
俺は休憩がてらタバコを取り出し、それを兜に突っ込んで続ける。
「……幼子が、癇癪をおこしながら、やたらめったら作り上げた歪な積み木の城を思い浮かべるといい。ほんのわずかでも押せば崩れるような危うさを進むことになる。そしてその中には、数千年に渡って溜め込み続けた夥しい冒険者の怨念と、あの世や狭間から呼び出した怪物どもがひしめいているのだ」
そしてその怪物召喚の基準が、可愛いとか、格好いいとか、そういうやつ。
「な、なるほど。そう考えるとこの〈N級〉の悪名高さが説明できますね……」
腕を組んでうんうんと続ける。
「さすがこのダンジョンのことを朝から晩まで妄想しているディーゼルさんだけあって設定が凝ってます……あ、休憩ですね? 私も休憩しよーっと」
話をしていたら、なんだか酷く疲れてきた。メンヘラなダンマスにも、脳天気なショコラにも。
タバコを吹かす。
その隣でショコラも休憩に入った。彼女は口にチョコを放り込んで幸せそうだ。
ダンジョンにはランクがある。
最も優しいダンジョンがD級のダンジョン。そこからC、B、A、S級と難易度が上がっていき、その上に君臨するのがN級ダンジョン。すなわち、この絆の深淵だ。この世に存在するN級ダンジョンは、この絆の深淵と、あとは“裏の”魔王城を含めて片手で数えるくらいしかない。
それに挑む冒険者側にも同様にランクがある。下からF、E、D、C、B、A、そして最上位にS級冒険者が存在している。
ダンジョンも冒険者も、主に実績でランクが上下する。絆の深淵は、それほど冒険者に恐怖を刻み込み、同時に富も排出し続けてきたということだ。
繰り返すがショコラはE級冒険者。本人曰く、里を出て冒険者になってから、まだ間もないのでE級止まりなだけで、時間をかければA級は硬いらしい。
まぁ、よくある初心者の妄想だ。ショコラがA級というのは無理がある。よくてB級止まり。たぶんC級辺りで死ぬ。長年冒険者を見てきた俺の目利きだ。
出会った当初の印象は、A級は固かったがな……。
「まぁ、私としてはダンジョン攻略と復讐を手伝ってもらえれば、ディーゼルさんが何を妄想していても、事実がどうであっても、なんでも良いんですけどね。ディーゼルさんがこのダンジョンに気持ち悪いくらい詳しくて、馬鹿みたいに強いという事実が大切です」
「じゃあなんで聞いた……」
煙と一緒にシュコーッと嘆息をついた。
俺が壁に背中をもたれて吹かしていると、視界の外からショコラの不吉な声が聞こえた。
「――あれ? ねぇねぇディーゼルさん、ところでこの後ろの建物って、大きな塔になっているみたいですよ? 頂上に凄いアイテムがありそう……ほら、すぐそこに入り口が……あれ、閉まってる……? あっ、このレバーかなぁ?」
猫めいた好奇心。
その好奇心が、ここ絆の深淵では致命的なのだ。
好奇心がショコラを殺す。
そして、俺も――。
「……はっ⁉ いやまて! それは――」
俺が制止する間もなく、ショコラがレバーを引いた。
直後、ゴパァ……と音を立てて頭上で爆ぜた塔の土手っ腹。
降り注ぐ大量の瓦礫。
崩落する塔。
俺たちに覆い被さった巨大な影。
その影が急速に濃くなっていく。
「ぴぇ」
ショコラの泣き声を含んだ悲鳴は、けたたましい崩落音にかき消されてよく聞こえなかった。
憤然と頭を振ってタバコを地面に捨てた直後、俺の意識も暗転した。
浮遊感の中、幻覚が浮かび上がる。
ユー・アー・デッドの血文字。
俺たちは崩れた塔に押し潰されて死んだ。
これが四〇回目の全滅。
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