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4巻
4-3
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「ありがとう――よし、行くぞ!」
『む? 覚悟が決まったのか? いや、それは元々か』
カラミラースの言葉を無視して、天堂たちは行動を始めた。
「――散開!」
移動しつつ、晴人に渡されたポーションを飲み、体力と魔力を回復させる。
そしてそのまま、カラミラースに前後左右から攻撃を加えていく。
もちろん、この程度では大したダメージを与えられない。
しかし、ちょこまかと動き回る勇者たちに、カラミラースのストレスが溜まっていく。
尻尾を振り回し、魔法で生み出された土壁を壊し、勇者の命を刈り取ろうとするカラミラース。
土煙に紛れてその攻撃を避けながら、最上が叫んだ。
「光司、まだか!? もう限界だぞ!」
「――もう大丈夫だ! 皆ありがとう!」
カラミラースが翼を羽ばたかせ、土煙を払うのと同時に、天堂がその前へと躍り出る。
「無敵化!」
天堂の体から、青色の魔力が噴き上がる。
それを見て、カラミラースが大きな咆哮を上げた。
『その程度で我を倒せると思うなよ! 人間風情がっ!』
せっかくの期待を裏切られたかと、カラミラースは吠える。
しかし天堂はにやりと笑うと、再び叫んだ。
「行くぞ――限界突破!」
天堂の声に応えるように、聖剣が青白く光輝いた。
「はあああああっ! ――セイクリッドジャッジメント!」
天堂は全身全霊、魔力を込めた上級神聖魔法を剣に乗せ、上段から振り下ろす。この攻撃の後、もう何もできないほどの力を込めた一撃だ。
一方のカラミラースは、流石にこれを無防備に受けるわけにはいかないと、腕を振るう。
『来い、勇者!』
天堂の振り下ろした聖剣と、カラミラースの凶悪な鉤爪。
どちらも引かず、二つの攻撃が、青白い魔力と黒い魔力を伴ってぶつかり合う。
「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
『ほほう、これほどの威力とはな。だが……』
しかし、全力の天堂とは対照的に、カラミラースにはまだ余裕があった。
『我を倒すにはまだまだだ』
「ぐっ!」
カラミラースが力を込めると、天堂の顔に焦りが浮かび――
「ぐあぁぁっ!」
そのまま振り切られたカラミラースの腕によって、天堂は弾き飛ばされ、地面を転がっていった。
最上たちは天堂に駆け寄り、体を抱える。
「おい、大丈夫か!?」
「うっ……ぐっ、だ、大丈夫、だ。あいつ、手を抜いて俺たち五人を相手に……」
レベルの差から、戦力差があることは分かっていた。しかしこれほどまでに相手にならないとは思ってもいなかったのだ。
『ふむ、大した力だ。そのレベルでここまでやるとは思っていなかったぞ……だが、それもここまで』
カラミラースはそう言って、複数の魔法を展開する。
地魔法、雷魔法、風魔法、火魔法……どれも込められている魔力量が桁外れだ。
天堂たちの魔力を足しても、目の前の魔法陣に込められている魔力量には届かない。
当然、この量の魔法を防げるとは思えない。
しかし天堂たちは諦めていなかった。
その理由はただ一つ。
このドラゴンを倒し、生き延び、そしてやがては四天王を、魔王を倒す。そして地球に、家族の元に帰りたいのだ。
「生きて帰るぞ!」
「当たり前だろうが!」
「生きて晴人君にまた会う!」
「こんなところで死んでられない!」
「うん!」
天堂、最上、一ノ宮、朝倉、東雲は、思いを言葉にし、強く願う。
それを楽しそうに眺めながら、カラミラースは魔法を放った。
『良い覚悟だ……さあ、最後の戦いを始めようではないか』
襲い来る魔法を、天堂たちは身体強化スキルを使用して避けつつ、カラミラースへと迫る。
全てを避けることはできないので、時に魔法を弾き、時に致命傷にならないように食らいながら進んでいく。
一瞬でも気を抜けば死に繋がる状況で、ポーションを使う余裕はなく、一ノ宮が隙を見て回復魔法をかけていく。
しかし魔力が切れ始め、身体強化が解除されたことによって動きが鈍くなり、攻撃を受ける量が増えていく。
攻撃が止む頃には、全員がボロボロになって横たわっていた。
『ふん……所詮勇者でもその程度、か』
「うぐっ……」
天堂たちは立ち上がるどころか、言い返す力も残っていない。
『さて、そのままでは苦痛だろう。楽にしてやる』
カラミラースは最後の一撃を加えるべく、顎を大きく開けた。
先ほどよりも濃厚な魔力が収束している。
……もう終わりなのか。
最上や一ノ宮は、諦めたように目を伏せる。
しかし一人だけ、立ち上がる者がいた。
――天堂だ。
彼はボロボロの体を引きずって、仲間を守るように前へ立つ。
「ま、まだだっ! まだ――終わってない!」
魔力がほぼないにもかかわらず、無理矢理に限界突破スキルを使用している。
その後ろ姿を見て、最上と一ノ宮が叫んだ。
「無茶だ! 体が壊れるぞ!」
「そうだよ!」
しかし天堂はその言葉が聞こえないかのように、さらに体に魔力を込めようとする。
『……ほう、まだ立ち上がるか』
「帰るんだ! 故郷に、家に、家族の元へ!」
『意志が、そこまで強くするか』
カラミラースは口を閉じ、魔力を拡散させる。
『良かろう。今の貴様に宿ったその力、存分に振るうが良い!』
カラミラースの言葉で、天堂はようやく自分の身に何が起きているのか気がついた。
スキル限界突破が天堂の不屈の意志によって進化し、新しいスキル「極限突破」へと変わっていたのだ。
極限突破のスキルは、限界突破以上の能力上昇と、発動時の魔力回復能力がある。
非常に強力なスキルだが、自身の能力をはるかに超える力を手にするため、発動者にも深刻なダメージを与えるというリスクがあった。
しかし天堂はそんなことを気にした様子もなく、回復したばかりの魔力を全身に巡らせる。
聖剣も応えるかのように、輝きを増していった。
「――行くぞ!」
『来い! 勇者よ!』
カラミラースは漆黒の魔力を腕と鉤爪に纏わせる。
「聖剣よ、すべてを断ち切れ!!」
天堂は青白い濃密な魔力を纏った聖剣を振るう。
それに対し、カラミラースの鉤爪が黒く光り輝き――二つの強大な魔力がぶつかる。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁっ! まだ、まだだ! まだ終われない!」
激しい衝撃が大地を揺らし、空間を軋ませる。
拮抗する二つの力。
次の瞬間、カラミラースの爪に一つの傷が付いた。だが――
『甘い!』
「ぐっ、ぐあぁぁぁぁぁぁっ!」
天堂は吹き飛び、四人の元まで地面を転がった。
「「「「光司(君)!?」」」
四人は最後の力を振り絞って立ち上がり、天堂の側に駆け寄る。
天堂の胸は大きく裂け、長くは持たないであろうことが見て取れた。
『これで終わりだ』
カラミラースは再び、濃密な漆黒の魔力を開いた口に溜め込む。
『さらばだ。勇者とその仲間たち』
「助けて、晴人君……」
絶体絶命の瞬間、一ノ宮は両手を胸の前に組んで呟いた。
思い人が助けに来てくれることを祈るその言葉。
誰にともなく向けられたその言葉がカラミラースに届く前に、ブレスが五人に襲いかかろうとし――それが天堂たちの目の前へと現れた。
第4話 真打登場
ふう、間一髪間に合ったみたいだ。
俺、晴人は背後で呆然とする鈴乃たちの姿を見て、ほっと息をつく。
「悪い。来るのが遅れた」
天堂の傷は深いが、まだなんとかなるだろう。
「晴人君っ!」
「晴人か!」
「結城!」
「結城君だ!」
「はる、と……?」
鈴乃、最上、東雲、朝倉が叫ぶ。天堂も、意識はあるみたいだな。
『我のブレスが防がれただと? ……貴様何者だ? いや、そもそもどうやってここに入った?』
この頭に響く声は……目の前の黒龍か。
しかし俺はそれに答えず、東雲にポーションを渡す。
「最下層にこんな強力なドラゴンがいるのは予想外だった。すまない、俺のミスだ……とりあえず天堂にはこのポーションを飲ませておいてくれ、全員分ある。安全性と即効性は保証するよ」
「あ、ありがとう」
東雲が天堂にポーションを飲ませると、みるみるうちに傷が塞がっていく。
「す、凄い勢いで傷が治っていく」
驚く東雲に、今さらそんなに驚くことはないだろうと苦笑していると、無視されていた黒龍が黒い火球を放ってきた。
「今は取り込み中だろうが」
片手で払い除けると、黒い火球はポンッと軽い音を立てて消滅する。
『なに!? お前、一体何者だ!』
黒い龍は威圧を向けてくるが、俺はそれを柳に風と受け流す。
「ただの通りすがりだ。気にするな」
『通りすがりごときが、我の火球を消せるわけがないであろう』
「消せたもんは消せたんだよ」
俺の言葉に、龍はグッと言葉を呑み込んでため息をつく。
『――まあ良い。それで、どこから入った?』
「あそこだな」
そう言って俺は入って来きた方向を指差す。
その先にあるのは、重厚な扉……の残骸だ。
黒い龍は目を丸くして尋ねてくる。
『そう簡単に破壊できるはずが……一つ聞く』
「なんだ?」
『どうしてここへ?』
「こいつらを助けるためだよ。そもそも、こいつらにここに来るように言ったのは俺だし」
『……そうか。しかし、我の前に立つからには覚悟はできているのだろうな?』
「お前を倒す覚悟か? そんなのする必要もないな……さっさとかかってこい、トカゲ」
俺がさっき龍が放ってきた以上の威圧を放つと、龍は目を細める。
『我と同格、もしくはそれ以上、か……貴様、名は?』
「名前を尋ねる時はまず自分から、ってママに教わらなかったか?」
『ふんっ、生意気な。良いだろう。我が名は煉黒龍グラン・カラミラース。この迷宮の支配者であり、最強最古のドラゴンである。死ぬから覚える必要もないだろうがな』
へぇ、ステータスを確認してみたけど、かなりスキルを持っているな。これは最強ってのもあながち嘘じゃないみたいだな。
「カラミラースか。俺の名前は晴人だ」
『ハルトか。覚えておこう』
俺とカラミラース、両者の放つ威圧がぶつかり合い、空間が悲鳴を上げるかのように軋む。
「天堂たち、下がってくれ。巻き込まないように結界を張っておく。出ようとするなよ」
俺はそう言って、扉の近くまで下がった天堂たちの周囲に多重結界を張った。フィーネたちもそのうち着くだろうから、仲間の出入りはできるようにしておく。
そして改めて、カラミラースへと向き直る。
「さて、始めるとしよう。お前が何者だろうと関係ない。全力で叩き潰してやる」
『もちろんだ。来い! 強き者よ』
カラミラースが言い終わるや否や、俺は一瞬で間合いを詰め、腹目掛けて拳を打ち込む。
ズドンッと重く鈍い音が響くと共に、カラミラースは衝撃で数メトル後退した。あれでこの程度しか動かないとは……やはり流石だな。
カラミラースは目を見開いていたが、先ほど天堂たちに向けられ、俺が防いだ以上の魔力が込められたブレスを放ってきた。
至近距離のブレスが、俺の立つ場所に直撃するが、俺は動かない……正確には、動く必要もなかった。
ブレスが途切れた後に残るのは、融解した地面と、無傷で立つ俺だけだった。
『これをまともに食らって立っていられるはずが……どうやって防いだ?』
カラミラースはこちらを見下ろしながら、そう尋ねてくる。
しょうがない、答える義理はないが、教えてやろう。
「空間断絶効果を持つ結界を張っただけだが?」
『……なぜそんな高等技術を、普通の防御魔法を張るかのように言っている』
できるものはしょうがない。
「次はさっきより強めに殴ってみようかな。思った以上に硬かったし」
聞こえるか聞こえないかくらいの声量でそう呟いた。
結界は足元まで覆っていたので、足場は無事。
俺は強く地面を踏みしめ、前方へ跳躍すると共に拳を振り抜いた。
俺の拳は再びカラミラースの腹に食い込み、先ほどよりも鈍く重々しい音が鳴る。
『ぐおぉっ』
ただまたしても、数メトル後退するだけだ。多少は効いていると思うが、大したダメージではないだろう。
『くっ、防御は立派だが、攻撃は殴るだけか? そんなものでは我は――』
「まだこれからだぞ?」
『なに?』
俺はそう言うなり、両拳に光魔法を纏わせる。
「闇には光。当たり前だよな?」
その言葉と共に、カラミラースの腹にラッシュを撃ち込んだ。
さっきまではヒビも入らなかった腹部の龍鱗が、割れて剥がれ落ちていく。
それでも止まらない無数の打撃。カラミラースは反撃しようにもできないでいた。
『舐める、なぁぁぁぁぁぁッ!!』
しびれを切らしたように、カラミラースから半球状に衝撃波が放たれる。
拳を振り切った姿勢だったため吹き飛ばされてしまうが、体勢を整えて、宙を歩くスキル天歩で空中に着地する。
距離ができたところで改めて観察してみると、カラミラースの腹はところどころ龍鱗が剥がれ、出血している箇所もあった。
『なかなかやるではないか。だが……』
カラミラースは再び口を開き、濃厚な魔力を集中させていく。
「晴人君!!」
結界内の鈴乃が俺の名前を叫ぶと同時に、カラミラースのブレスが放たれた。
もはやブレスというよりレーザーと呼べるほどに集中した魔力は、生半可な結界や防御では防げないだろう。
俺は深く腰を落とし、抜刀の体勢へと移り――一閃。
紅き剣閃が煌めいた。
俺の愛刀である黒刀紅桜の能力、絶対切断が発動し、その黒き閃光を断ち切る。
そしてそのまま斬撃が飛び、カラミラースの左腕を切り落とした。
――グルァァァァァァァッ!?
カラミラースは渾身の一撃が防がれたこと、そして左腕を落とされたことに、驚きと痛みの声を上げる。
しかしその視線はすぐに、俺の持つ刀へと向けられる。
『我が攻撃を防いだことは見事だ……どうやら我は、貴様に勝てそうにない。だがこの迷宮の支配者である以上、簡単に負けを認めるわけにもいかぬ。ハルト、一つ良いか?』
カラミラースは俺には勝てないと悟ったようだった。
「なんだ?」
『その剣の名前は? もし我がハルトに勝利したらそれを貰いたい』
「構わない。どうせお前は勝てないからな。それとこれは剣ではなく刀だ。名前は黒刀紅桜。俺の相棒だ」
『刀、か。そして美しい名だ』
敗北を悟ったカラミラースだが、諦める気はないようだ。気配がより一層大きくなる。
『ここは広いが、この体では全力を出せん。それに小さき者と戦うには大きすぎる』
「たしかにそうだな」
俺が大きすぎるという言葉に頷くと、次の瞬間、カラミラースを包むかのように漆黒の風が渦巻いた。
そしてそのまま龍の巨体を包んで球体になると、徐々に小さくなっていく。
やがて直径二メトルほどの球体になったかと思うと、表面にヒビが入る。
ヒビが徐々に広がり、球体が完全に崩れると、そこにいたのは屈強な体をした身長百九十センチほどの美丈夫であった。
黒髪の短髪に、鋭い黄金の瞳。服装は地球の時代劇で見たことのある、着流しの着物のようなものを着ている。刀のことは知らなかったみたいだが、あんな服はあるのか。
そして驚くことに、切断したはずの左腕が再生していた。
「この姿になるのも数百年ぶりか……これなら戦いやすいだろう?」
そして人化したのに合わせて、あの頭に響くような声ではなく、直接話すようになった。
「なるほど。スキルにあった変身か」
「ほう、鑑定持ちだったか。であれば、我の力も分かるであろう……さて、始めるとしよう」
カラミラースはそう言って、右腕を地面と水平に伸ばす。
すると足元から剣が出現し、カラミラースはその剣を握る。
一目見ただけで分かる。
あの剣は俺の黒刀紅桜と同等の代物だ。
気になり鑑定すると……
名前 :竜魔剣グロリアース
レア度:神話級
備考 :神話の時代に生きた古竜グロリアースが命尽き、姿を変えた剣。
空間切断能力を持ち、斬られた者には能力低下の呪いがかけられる。
常時効果として、破壊不可、使用者の身体能力、スキル威力の五倍化。
予想以上にとんでもない剣だ。
といっても、俺には状態異常無効のスキルがあるから、能力低下の呪いは効かないから大丈夫だろう……大丈夫だよな?
若干不安になりつつもカラミラースを注視する。
カラミラースは握り心地を確かめるように、剣を何度か振る。
そして彼が構えを取った瞬間、戦いは再開した。
剣と刀がぶつかり合い、火花が散る。
拮抗するもすぐに距離を取り、お互い間合いの外へ。
そして再び近寄り、そこからは剣戟の応酬が繰り広げられることになった。
もはや天堂たちにとっては別次元の戦いとなり、見ていることしかできない。
フィーネたちも到着したが、俺が敵と切り結んでいるのを見て、そそくさと天堂たちの結界に入っていく。
そんな仲間たちの方から、話し声が聞こえてきた。
『む? 覚悟が決まったのか? いや、それは元々か』
カラミラースの言葉を無視して、天堂たちは行動を始めた。
「――散開!」
移動しつつ、晴人に渡されたポーションを飲み、体力と魔力を回復させる。
そしてそのまま、カラミラースに前後左右から攻撃を加えていく。
もちろん、この程度では大したダメージを与えられない。
しかし、ちょこまかと動き回る勇者たちに、カラミラースのストレスが溜まっていく。
尻尾を振り回し、魔法で生み出された土壁を壊し、勇者の命を刈り取ろうとするカラミラース。
土煙に紛れてその攻撃を避けながら、最上が叫んだ。
「光司、まだか!? もう限界だぞ!」
「――もう大丈夫だ! 皆ありがとう!」
カラミラースが翼を羽ばたかせ、土煙を払うのと同時に、天堂がその前へと躍り出る。
「無敵化!」
天堂の体から、青色の魔力が噴き上がる。
それを見て、カラミラースが大きな咆哮を上げた。
『その程度で我を倒せると思うなよ! 人間風情がっ!』
せっかくの期待を裏切られたかと、カラミラースは吠える。
しかし天堂はにやりと笑うと、再び叫んだ。
「行くぞ――限界突破!」
天堂の声に応えるように、聖剣が青白く光輝いた。
「はあああああっ! ――セイクリッドジャッジメント!」
天堂は全身全霊、魔力を込めた上級神聖魔法を剣に乗せ、上段から振り下ろす。この攻撃の後、もう何もできないほどの力を込めた一撃だ。
一方のカラミラースは、流石にこれを無防備に受けるわけにはいかないと、腕を振るう。
『来い、勇者!』
天堂の振り下ろした聖剣と、カラミラースの凶悪な鉤爪。
どちらも引かず、二つの攻撃が、青白い魔力と黒い魔力を伴ってぶつかり合う。
「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
『ほほう、これほどの威力とはな。だが……』
しかし、全力の天堂とは対照的に、カラミラースにはまだ余裕があった。
『我を倒すにはまだまだだ』
「ぐっ!」
カラミラースが力を込めると、天堂の顔に焦りが浮かび――
「ぐあぁぁっ!」
そのまま振り切られたカラミラースの腕によって、天堂は弾き飛ばされ、地面を転がっていった。
最上たちは天堂に駆け寄り、体を抱える。
「おい、大丈夫か!?」
「うっ……ぐっ、だ、大丈夫、だ。あいつ、手を抜いて俺たち五人を相手に……」
レベルの差から、戦力差があることは分かっていた。しかしこれほどまでに相手にならないとは思ってもいなかったのだ。
『ふむ、大した力だ。そのレベルでここまでやるとは思っていなかったぞ……だが、それもここまで』
カラミラースはそう言って、複数の魔法を展開する。
地魔法、雷魔法、風魔法、火魔法……どれも込められている魔力量が桁外れだ。
天堂たちの魔力を足しても、目の前の魔法陣に込められている魔力量には届かない。
当然、この量の魔法を防げるとは思えない。
しかし天堂たちは諦めていなかった。
その理由はただ一つ。
このドラゴンを倒し、生き延び、そしてやがては四天王を、魔王を倒す。そして地球に、家族の元に帰りたいのだ。
「生きて帰るぞ!」
「当たり前だろうが!」
「生きて晴人君にまた会う!」
「こんなところで死んでられない!」
「うん!」
天堂、最上、一ノ宮、朝倉、東雲は、思いを言葉にし、強く願う。
それを楽しそうに眺めながら、カラミラースは魔法を放った。
『良い覚悟だ……さあ、最後の戦いを始めようではないか』
襲い来る魔法を、天堂たちは身体強化スキルを使用して避けつつ、カラミラースへと迫る。
全てを避けることはできないので、時に魔法を弾き、時に致命傷にならないように食らいながら進んでいく。
一瞬でも気を抜けば死に繋がる状況で、ポーションを使う余裕はなく、一ノ宮が隙を見て回復魔法をかけていく。
しかし魔力が切れ始め、身体強化が解除されたことによって動きが鈍くなり、攻撃を受ける量が増えていく。
攻撃が止む頃には、全員がボロボロになって横たわっていた。
『ふん……所詮勇者でもその程度、か』
「うぐっ……」
天堂たちは立ち上がるどころか、言い返す力も残っていない。
『さて、そのままでは苦痛だろう。楽にしてやる』
カラミラースは最後の一撃を加えるべく、顎を大きく開けた。
先ほどよりも濃厚な魔力が収束している。
……もう終わりなのか。
最上や一ノ宮は、諦めたように目を伏せる。
しかし一人だけ、立ち上がる者がいた。
――天堂だ。
彼はボロボロの体を引きずって、仲間を守るように前へ立つ。
「ま、まだだっ! まだ――終わってない!」
魔力がほぼないにもかかわらず、無理矢理に限界突破スキルを使用している。
その後ろ姿を見て、最上と一ノ宮が叫んだ。
「無茶だ! 体が壊れるぞ!」
「そうだよ!」
しかし天堂はその言葉が聞こえないかのように、さらに体に魔力を込めようとする。
『……ほう、まだ立ち上がるか』
「帰るんだ! 故郷に、家に、家族の元へ!」
『意志が、そこまで強くするか』
カラミラースは口を閉じ、魔力を拡散させる。
『良かろう。今の貴様に宿ったその力、存分に振るうが良い!』
カラミラースの言葉で、天堂はようやく自分の身に何が起きているのか気がついた。
スキル限界突破が天堂の不屈の意志によって進化し、新しいスキル「極限突破」へと変わっていたのだ。
極限突破のスキルは、限界突破以上の能力上昇と、発動時の魔力回復能力がある。
非常に強力なスキルだが、自身の能力をはるかに超える力を手にするため、発動者にも深刻なダメージを与えるというリスクがあった。
しかし天堂はそんなことを気にした様子もなく、回復したばかりの魔力を全身に巡らせる。
聖剣も応えるかのように、輝きを増していった。
「――行くぞ!」
『来い! 勇者よ!』
カラミラースは漆黒の魔力を腕と鉤爪に纏わせる。
「聖剣よ、すべてを断ち切れ!!」
天堂は青白い濃密な魔力を纏った聖剣を振るう。
それに対し、カラミラースの鉤爪が黒く光り輝き――二つの強大な魔力がぶつかる。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁっ! まだ、まだだ! まだ終われない!」
激しい衝撃が大地を揺らし、空間を軋ませる。
拮抗する二つの力。
次の瞬間、カラミラースの爪に一つの傷が付いた。だが――
『甘い!』
「ぐっ、ぐあぁぁぁぁぁぁっ!」
天堂は吹き飛び、四人の元まで地面を転がった。
「「「「光司(君)!?」」」
四人は最後の力を振り絞って立ち上がり、天堂の側に駆け寄る。
天堂の胸は大きく裂け、長くは持たないであろうことが見て取れた。
『これで終わりだ』
カラミラースは再び、濃密な漆黒の魔力を開いた口に溜め込む。
『さらばだ。勇者とその仲間たち』
「助けて、晴人君……」
絶体絶命の瞬間、一ノ宮は両手を胸の前に組んで呟いた。
思い人が助けに来てくれることを祈るその言葉。
誰にともなく向けられたその言葉がカラミラースに届く前に、ブレスが五人に襲いかかろうとし――それが天堂たちの目の前へと現れた。
第4話 真打登場
ふう、間一髪間に合ったみたいだ。
俺、晴人は背後で呆然とする鈴乃たちの姿を見て、ほっと息をつく。
「悪い。来るのが遅れた」
天堂の傷は深いが、まだなんとかなるだろう。
「晴人君っ!」
「晴人か!」
「結城!」
「結城君だ!」
「はる、と……?」
鈴乃、最上、東雲、朝倉が叫ぶ。天堂も、意識はあるみたいだな。
『我のブレスが防がれただと? ……貴様何者だ? いや、そもそもどうやってここに入った?』
この頭に響く声は……目の前の黒龍か。
しかし俺はそれに答えず、東雲にポーションを渡す。
「最下層にこんな強力なドラゴンがいるのは予想外だった。すまない、俺のミスだ……とりあえず天堂にはこのポーションを飲ませておいてくれ、全員分ある。安全性と即効性は保証するよ」
「あ、ありがとう」
東雲が天堂にポーションを飲ませると、みるみるうちに傷が塞がっていく。
「す、凄い勢いで傷が治っていく」
驚く東雲に、今さらそんなに驚くことはないだろうと苦笑していると、無視されていた黒龍が黒い火球を放ってきた。
「今は取り込み中だろうが」
片手で払い除けると、黒い火球はポンッと軽い音を立てて消滅する。
『なに!? お前、一体何者だ!』
黒い龍は威圧を向けてくるが、俺はそれを柳に風と受け流す。
「ただの通りすがりだ。気にするな」
『通りすがりごときが、我の火球を消せるわけがないであろう』
「消せたもんは消せたんだよ」
俺の言葉に、龍はグッと言葉を呑み込んでため息をつく。
『――まあ良い。それで、どこから入った?』
「あそこだな」
そう言って俺は入って来きた方向を指差す。
その先にあるのは、重厚な扉……の残骸だ。
黒い龍は目を丸くして尋ねてくる。
『そう簡単に破壊できるはずが……一つ聞く』
「なんだ?」
『どうしてここへ?』
「こいつらを助けるためだよ。そもそも、こいつらにここに来るように言ったのは俺だし」
『……そうか。しかし、我の前に立つからには覚悟はできているのだろうな?』
「お前を倒す覚悟か? そんなのする必要もないな……さっさとかかってこい、トカゲ」
俺がさっき龍が放ってきた以上の威圧を放つと、龍は目を細める。
『我と同格、もしくはそれ以上、か……貴様、名は?』
「名前を尋ねる時はまず自分から、ってママに教わらなかったか?」
『ふんっ、生意気な。良いだろう。我が名は煉黒龍グラン・カラミラース。この迷宮の支配者であり、最強最古のドラゴンである。死ぬから覚える必要もないだろうがな』
へぇ、ステータスを確認してみたけど、かなりスキルを持っているな。これは最強ってのもあながち嘘じゃないみたいだな。
「カラミラースか。俺の名前は晴人だ」
『ハルトか。覚えておこう』
俺とカラミラース、両者の放つ威圧がぶつかり合い、空間が悲鳴を上げるかのように軋む。
「天堂たち、下がってくれ。巻き込まないように結界を張っておく。出ようとするなよ」
俺はそう言って、扉の近くまで下がった天堂たちの周囲に多重結界を張った。フィーネたちもそのうち着くだろうから、仲間の出入りはできるようにしておく。
そして改めて、カラミラースへと向き直る。
「さて、始めるとしよう。お前が何者だろうと関係ない。全力で叩き潰してやる」
『もちろんだ。来い! 強き者よ』
カラミラースが言い終わるや否や、俺は一瞬で間合いを詰め、腹目掛けて拳を打ち込む。
ズドンッと重く鈍い音が響くと共に、カラミラースは衝撃で数メトル後退した。あれでこの程度しか動かないとは……やはり流石だな。
カラミラースは目を見開いていたが、先ほど天堂たちに向けられ、俺が防いだ以上の魔力が込められたブレスを放ってきた。
至近距離のブレスが、俺の立つ場所に直撃するが、俺は動かない……正確には、動く必要もなかった。
ブレスが途切れた後に残るのは、融解した地面と、無傷で立つ俺だけだった。
『これをまともに食らって立っていられるはずが……どうやって防いだ?』
カラミラースはこちらを見下ろしながら、そう尋ねてくる。
しょうがない、答える義理はないが、教えてやろう。
「空間断絶効果を持つ結界を張っただけだが?」
『……なぜそんな高等技術を、普通の防御魔法を張るかのように言っている』
できるものはしょうがない。
「次はさっきより強めに殴ってみようかな。思った以上に硬かったし」
聞こえるか聞こえないかくらいの声量でそう呟いた。
結界は足元まで覆っていたので、足場は無事。
俺は強く地面を踏みしめ、前方へ跳躍すると共に拳を振り抜いた。
俺の拳は再びカラミラースの腹に食い込み、先ほどよりも鈍く重々しい音が鳴る。
『ぐおぉっ』
ただまたしても、数メトル後退するだけだ。多少は効いていると思うが、大したダメージではないだろう。
『くっ、防御は立派だが、攻撃は殴るだけか? そんなものでは我は――』
「まだこれからだぞ?」
『なに?』
俺はそう言うなり、両拳に光魔法を纏わせる。
「闇には光。当たり前だよな?」
その言葉と共に、カラミラースの腹にラッシュを撃ち込んだ。
さっきまではヒビも入らなかった腹部の龍鱗が、割れて剥がれ落ちていく。
それでも止まらない無数の打撃。カラミラースは反撃しようにもできないでいた。
『舐める、なぁぁぁぁぁぁッ!!』
しびれを切らしたように、カラミラースから半球状に衝撃波が放たれる。
拳を振り切った姿勢だったため吹き飛ばされてしまうが、体勢を整えて、宙を歩くスキル天歩で空中に着地する。
距離ができたところで改めて観察してみると、カラミラースの腹はところどころ龍鱗が剥がれ、出血している箇所もあった。
『なかなかやるではないか。だが……』
カラミラースは再び口を開き、濃厚な魔力を集中させていく。
「晴人君!!」
結界内の鈴乃が俺の名前を叫ぶと同時に、カラミラースのブレスが放たれた。
もはやブレスというよりレーザーと呼べるほどに集中した魔力は、生半可な結界や防御では防げないだろう。
俺は深く腰を落とし、抜刀の体勢へと移り――一閃。
紅き剣閃が煌めいた。
俺の愛刀である黒刀紅桜の能力、絶対切断が発動し、その黒き閃光を断ち切る。
そしてそのまま斬撃が飛び、カラミラースの左腕を切り落とした。
――グルァァァァァァァッ!?
カラミラースは渾身の一撃が防がれたこと、そして左腕を落とされたことに、驚きと痛みの声を上げる。
しかしその視線はすぐに、俺の持つ刀へと向けられる。
『我が攻撃を防いだことは見事だ……どうやら我は、貴様に勝てそうにない。だがこの迷宮の支配者である以上、簡単に負けを認めるわけにもいかぬ。ハルト、一つ良いか?』
カラミラースは俺には勝てないと悟ったようだった。
「なんだ?」
『その剣の名前は? もし我がハルトに勝利したらそれを貰いたい』
「構わない。どうせお前は勝てないからな。それとこれは剣ではなく刀だ。名前は黒刀紅桜。俺の相棒だ」
『刀、か。そして美しい名だ』
敗北を悟ったカラミラースだが、諦める気はないようだ。気配がより一層大きくなる。
『ここは広いが、この体では全力を出せん。それに小さき者と戦うには大きすぎる』
「たしかにそうだな」
俺が大きすぎるという言葉に頷くと、次の瞬間、カラミラースを包むかのように漆黒の風が渦巻いた。
そしてそのまま龍の巨体を包んで球体になると、徐々に小さくなっていく。
やがて直径二メトルほどの球体になったかと思うと、表面にヒビが入る。
ヒビが徐々に広がり、球体が完全に崩れると、そこにいたのは屈強な体をした身長百九十センチほどの美丈夫であった。
黒髪の短髪に、鋭い黄金の瞳。服装は地球の時代劇で見たことのある、着流しの着物のようなものを着ている。刀のことは知らなかったみたいだが、あんな服はあるのか。
そして驚くことに、切断したはずの左腕が再生していた。
「この姿になるのも数百年ぶりか……これなら戦いやすいだろう?」
そして人化したのに合わせて、あの頭に響くような声ではなく、直接話すようになった。
「なるほど。スキルにあった変身か」
「ほう、鑑定持ちだったか。であれば、我の力も分かるであろう……さて、始めるとしよう」
カラミラースはそう言って、右腕を地面と水平に伸ばす。
すると足元から剣が出現し、カラミラースはその剣を握る。
一目見ただけで分かる。
あの剣は俺の黒刀紅桜と同等の代物だ。
気になり鑑定すると……
名前 :竜魔剣グロリアース
レア度:神話級
備考 :神話の時代に生きた古竜グロリアースが命尽き、姿を変えた剣。
空間切断能力を持ち、斬られた者には能力低下の呪いがかけられる。
常時効果として、破壊不可、使用者の身体能力、スキル威力の五倍化。
予想以上にとんでもない剣だ。
といっても、俺には状態異常無効のスキルがあるから、能力低下の呪いは効かないから大丈夫だろう……大丈夫だよな?
若干不安になりつつもカラミラースを注視する。
カラミラースは握り心地を確かめるように、剣を何度か振る。
そして彼が構えを取った瞬間、戦いは再開した。
剣と刀がぶつかり合い、火花が散る。
拮抗するもすぐに距離を取り、お互い間合いの外へ。
そして再び近寄り、そこからは剣戟の応酬が繰り広げられることになった。
もはや天堂たちにとっては別次元の戦いとなり、見ていることしかできない。
フィーネたちも到着したが、俺が敵と切り結んでいるのを見て、そそくさと天堂たちの結界に入っていく。
そんな仲間たちの方から、話し声が聞こえてきた。
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