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第二十六話
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夜、夢を見ている時に、ナーヴェが夢に出てくることがある。
私は草原の中にいて、大犬の姿をしたナーヴェを枕にさせてもらっている。夢の中でも、現実のようにそよ風が吹いていて、青空を雲が流れている。
「アリアンナ、あのジェラードという領主は、君のことを知っていたみたいだ」
「……どういうこと? あの方は、初めて会ったっていう反応をしていたけど」
少年から大人に変わる間のようなナーヴェの声。この大犬の姿でも、彼の大人としての姿ではないというのがわかる。
「彼が辺境伯となる前のことを、僕なりに少し調べてみたんだ」
「……ときどき姿が見えないと思ったら、そんなことをしてたの?」
「ごめん、怒らないで。急に君に近づく人間が現れたから……僕は番犬だからね、門を開けて主人に会うのなら、相応の相手でないと困る」
「え、えっと……怒ってはないんだけど。何か、少し思わせぶりな言い方ね。どこで覚えてきたの?」
「……僕は君よりずっと長く生きている悪魔だよ?」
そう言われると、私はそれ以上何も言えなくなってしまう。
でも少し前に人間の姿になったナーヴェは、本当は何百年も生きていても、つい弟分みたいに扱いたくなってしまうくらい愛らしかった。
「君は皇太子のことを知らなかったけれど、向こうは違っていた。それは気づいていたかい?」
「ザイオン殿下とお会いしたことはないはずだけれど……それで結婚を決めるなんて、ってナーヴェはしばらく口を聞いてくれなかったわね」
「君が自分の意志で選べることではないと分かっていたけど、納得はできなかったからね。だからこの結果は……良かったと言っていいんだろうか」
「……心配してくれてありがとう、ナーヴェ」
もし、私が婚約を破棄されたことを引きずっていたら――ナーヴェはそういう心配をしていたみたい。
せいせいするとか、そういう気持ちがあるわけでもない。皇太子殿下のことをよく知る前で良かったのかもしれない。
ヴェロミアと皇太子殿下が睦まじくしているとしても、どうぞお幸せにというくらいの気持ちにはなっている。仕返しなんて考えるより、私はせっかく得た自由を大事にしたい。
「……君らしいね、アリアンナ。君はそのままでいい、怒っている顔よりも、笑っている顔の方がずっと……」
「……ずっと?」
「いや、何でもないよ」
「追放されたのに、ずいぶん能天気だって思っているんでしょう。私だって色々考えているんだから。ミシェルにね、言おうと思ってるの。私にはレディとかは似合わないから、冒険者の仕事を始めようと思ってるって」
領主様にお招きにあずかったとき、ステップくらいは踏めないといけない。ミシェルはそう言うけれど、私はドレスを着て踊ったりしたら周囲から浮いてしまうんじゃないかと心配だった。
「……君は本当に、僕の想像もしないことを考えるね。聖女の君が、冒険者だなんて」
「素性が知られないようにするのは大変だけど、派手な魔法を使わなければ大丈夫だと思うわ」
「僕は君を守るだけだから、それはいいとして……領主と皇太子の話に戻ろうか。皇太子ザイオンは、三年前の豊穣祭のときに君の姿を見ているんだ。彼が十五歳のときで、君は十七歳だった」
「そう……だったの? ナーヴェ、どうしてそのことを……」
「僕は君の従魔として、君が無意識に視界に入れたものでも記憶しているんだよ。皇太子の一行は領内を移動中に豊穣祭を行っているところに通りがかり、お忍びで視察を行った。君はその年だけは、女官たちの要請に応じて聖女として儀礼を行った……」
聖女としての役目を求められて、どうしてもと言われたことは確かにあった。
祈りが途切れてしまうからとぎりぎりまで断っていたけれど、私の顔を立てるためにと神官長に言われて――あの時の私は人前に出ることで緊張していて、記憶がほとんど飛んでしまっていた。
「皇太子が君との婚約を決めたのは、皇太子自身の動機もあったということさ。まだ婚約している段階で君を呼び出したのも……」
「……それを聞いても、やっぱり私は、今こうしていることを後悔しないわ」
「……そうか」
「ええ、そうよ。それで、領主様とそのことに何か関係があるの?」
ナーヴェは少し間を置き、そして言葉を続けた。
「ジェラード辺境伯――当時はジェラード伯の嫡男か。彼は皇太子ザイオンの側近として同行していた。彼もまた、聖女としての君を見たことがあるんだよ。アリアンナ」
私は草原の中にいて、大犬の姿をしたナーヴェを枕にさせてもらっている。夢の中でも、現実のようにそよ風が吹いていて、青空を雲が流れている。
「アリアンナ、あのジェラードという領主は、君のことを知っていたみたいだ」
「……どういうこと? あの方は、初めて会ったっていう反応をしていたけど」
少年から大人に変わる間のようなナーヴェの声。この大犬の姿でも、彼の大人としての姿ではないというのがわかる。
「彼が辺境伯となる前のことを、僕なりに少し調べてみたんだ」
「……ときどき姿が見えないと思ったら、そんなことをしてたの?」
「ごめん、怒らないで。急に君に近づく人間が現れたから……僕は番犬だからね、門を開けて主人に会うのなら、相応の相手でないと困る」
「え、えっと……怒ってはないんだけど。何か、少し思わせぶりな言い方ね。どこで覚えてきたの?」
「……僕は君よりずっと長く生きている悪魔だよ?」
そう言われると、私はそれ以上何も言えなくなってしまう。
でも少し前に人間の姿になったナーヴェは、本当は何百年も生きていても、つい弟分みたいに扱いたくなってしまうくらい愛らしかった。
「君は皇太子のことを知らなかったけれど、向こうは違っていた。それは気づいていたかい?」
「ザイオン殿下とお会いしたことはないはずだけれど……それで結婚を決めるなんて、ってナーヴェはしばらく口を聞いてくれなかったわね」
「君が自分の意志で選べることではないと分かっていたけど、納得はできなかったからね。だからこの結果は……良かったと言っていいんだろうか」
「……心配してくれてありがとう、ナーヴェ」
もし、私が婚約を破棄されたことを引きずっていたら――ナーヴェはそういう心配をしていたみたい。
せいせいするとか、そういう気持ちがあるわけでもない。皇太子殿下のことをよく知る前で良かったのかもしれない。
ヴェロミアと皇太子殿下が睦まじくしているとしても、どうぞお幸せにというくらいの気持ちにはなっている。仕返しなんて考えるより、私はせっかく得た自由を大事にしたい。
「……君らしいね、アリアンナ。君はそのままでいい、怒っている顔よりも、笑っている顔の方がずっと……」
「……ずっと?」
「いや、何でもないよ」
「追放されたのに、ずいぶん能天気だって思っているんでしょう。私だって色々考えているんだから。ミシェルにね、言おうと思ってるの。私にはレディとかは似合わないから、冒険者の仕事を始めようと思ってるって」
領主様にお招きにあずかったとき、ステップくらいは踏めないといけない。ミシェルはそう言うけれど、私はドレスを着て踊ったりしたら周囲から浮いてしまうんじゃないかと心配だった。
「……君は本当に、僕の想像もしないことを考えるね。聖女の君が、冒険者だなんて」
「素性が知られないようにするのは大変だけど、派手な魔法を使わなければ大丈夫だと思うわ」
「僕は君を守るだけだから、それはいいとして……領主と皇太子の話に戻ろうか。皇太子ザイオンは、三年前の豊穣祭のときに君の姿を見ているんだ。彼が十五歳のときで、君は十七歳だった」
「そう……だったの? ナーヴェ、どうしてそのことを……」
「僕は君の従魔として、君が無意識に視界に入れたものでも記憶しているんだよ。皇太子の一行は領内を移動中に豊穣祭を行っているところに通りがかり、お忍びで視察を行った。君はその年だけは、女官たちの要請に応じて聖女として儀礼を行った……」
聖女としての役目を求められて、どうしてもと言われたことは確かにあった。
祈りが途切れてしまうからとぎりぎりまで断っていたけれど、私の顔を立てるためにと神官長に言われて――あの時の私は人前に出ることで緊張していて、記憶がほとんど飛んでしまっていた。
「皇太子が君との婚約を決めたのは、皇太子自身の動機もあったということさ。まだ婚約している段階で君を呼び出したのも……」
「……それを聞いても、やっぱり私は、今こうしていることを後悔しないわ」
「……そうか」
「ええ、そうよ。それで、領主様とそのことに何か関係があるの?」
ナーヴェは少し間を置き、そして言葉を続けた。
「ジェラード辺境伯――当時はジェラード伯の嫡男か。彼は皇太子ザイオンの側近として同行していた。彼もまた、聖女としての君を見たことがあるんだよ。アリアンナ」
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