崩れゆく世界

伊原亜紀

文字の大きさ
5 / 10

EP5

しおりを挟む
 目当ての場所はすぐに見つかった。赤いビール瓶のケースはよく目立つ。その後ろにブルーシートを簡易的な屋根にした小屋があった。

 佐藤は腰の銃に手を伸ばそうと思ったが、すぐに辞めた。ここで発砲はしたくない。いくらゴム弾と言えども、ここの住人に、先ほどの老人に銃声を聞かれたくなかった。

 別に相手がプロな訳ではない。最初から銃を構える必要などないだろう。弾みで人を殺しただけの、一般人だ。経歴を見る限り、格闘技をやっていたわけでもない。

 佐藤はブルーシートの隙間に目をやる。モバイル充電器に接続された扇風機が首を動かしている。こんなもので、この酷暑を乗り切れるとは思わないが、ないよりはマシだろう。

佐藤は中に向かって声をかけた。
「多田か?」

 中から応答はない。ホームレスの人間が貴重な電力を無駄にするとは思えない。十中八九居留守だろう。佐藤は耳を澄ます。扇風機の音の中に、衣擦れの音が微かに聞こえた。

 佐藤はブルーシートに手をかけて、一気にそれを跳ね除けた。それと同時に、痩せた男が体勢を低くして突っ込んできた。単調で勢いのないタックルを、佐藤は軽く右に動いてかわし、左足を軽く蹴るようにして、男の足首に引っ掛けた。男はものの見事に転倒した。慌てて立ち上がり逃げようとした男の腰を、佐藤はかがみ込んで手で押さえつけた。

 男はもがいているが、逃げられない。
「殺さないでくれ!」男は逃げるのを諦め、後頭部を守るように両手で押さえた。

「殺さねえよ。多田マイケルか?」

男は頭を押さえたままゆっくりと頷いた。

「よし、俺は佐藤だ。相手にだけ名乗らせるのはフェアじゃないからな」佐藤は周りを見回した。ホームレスたちが、横目でこちらを見ている。

「ここで話すのもなんだ。場所を変えよう」佐藤は多田のベルトをつかむように上に引き上げた。痩せている多田は簡単に引き上がった。

佐藤は男の顔を確認した。髭が生え、少し痩せてはいるが、手配書の顔と一緒だ。佐藤は耳につけているイヤホンを二度タップした。

「捕まえましたか?」ビーコンの声が聞こえる。

「ああ、オートパイロット可能な車を一台こっちに送ってくれ」

「承知しました。五分ほどでそちらに着くと思います」

「ありがとう。帰ったらパーティーを開こう。盛大なやつを」

「極上の液体食物を用意しておきます」

「趣味の悪い冗談はやめてくれ」佐藤は笑ってそう言い、通話を切った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

自由を愛する妖精姫と、番にすべてを捧げた竜人王子〜すれ違いと絆の先に、恋を知る〜

来栖れいな
ファンタジー
妖精女王と精霊王の間に生まれた特別な存在――セレスティア。 自由を愛し、気ままに生きる彼女のもとに現れたのは、竜人族の王子・サイファルト。 「お前は俺の番だ」 番という名の誓いにすべてを捧げた彼は、王族の地位も未来も捨てて森に現れた。 一方のセレスティアは、まだ“番”の意味すら知らない。 執着と守護。すれ違いと絆。 ――これは、ひとりの妖精姫が“特別”に気づいていく物語。 甘さ控えめ、でも確かに溺愛。 異種族の距離を越えて紡がれる、成長と守護のファンタジー。

リボーン&リライフ

廣瀬純七
SF
性別を変えて過去に戻って人生をやり直す男の話

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

処理中です...