崩れゆく世界

伊原亜紀

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EP8

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 佐藤が部屋で逆立ちをしていると来客を知らせるブザーがなった。

「お友達ですよ」ビーコンが言う。

「ガストンか?」佐藤は逆立ちの姿勢を保ったまま、腕立てを始める。

「いえ、女性の方です」

「女性?」気軽に部屋を訪ねてくる異性は佐藤にはいない。佐藤は足を静かに床に着地させ玄関先を移すモニターの前まで移動し、映像を確認した。映像の中には二十代だと思われる女がいた。

「見覚えはありますか?」

「いや、全くないな」

「あなたは変な薬もやらなければ、酒も飲まないので、記憶がない時に手を出してしまったという線はなさそうですね」

「信頼してくれてありがとう」佐藤はそう言うと、音声通話ボタンを押した。
「はい。どちら様でしょうか?」

映像の中の女は佐藤の声にびっくりしたような反応をした。
「あの、私、山田さんの紹介で来たのですが、佐藤という方はいらっしゃいますでしょうか?」

 山田という名前を聞いた瞬間、佐藤は舌打ちをしたくなった。
 山田。佐藤の同業。お調子者で飄々とした掴みどころのない男だ。本人曰く年齢は佐藤と近いらしいが、本当のところは分からない。仕事ぶりや優秀で、あまりもの仕事の速さから、百人いるなどというふざけた噂もあるくらいだ。佐藤は山田に、ターゲットを先取りされたり、トラブルに巻き込まれたりと、今まで色々な迷惑を混むって来ている。
 山田の紹介という時点で関わりたくはないのだが、それでわざわざ家の前まできた若い女の話を聞かないとなると、それはそれで女に対して罪悪感が湧いてしまう。山田は佐藤のそういった甘い、お人好しのようなところがあるのを見越しているのだ。
 佐藤は心の中で小さくため息をつき、ボタンを押して、入口のロックを解除した。
「佐藤は私です。今そちらを開けたので、どうぞお入り下さい」

 女は玄関に入ってくると、「秋山さやかと申します」と佐藤に頭を下げた。佐藤は久しぶりに部屋に女がいることに緊張し、先ほどまで自分が筋トレをしていたせいで汗臭いことに今更ながら気づいた。

 佐藤は汗の匂いを飛ばさないよう、できるだけ体を動かさないようにして、秋山を佐藤がいつも寝転がっているソファへと促した。ふとソファの匂いが気になって天井を見たら、ビーコンがグーサインをだしていた。さすが、佐藤が玄関で秋山を迎えている間に消臭を済ませたようだ。

 佐藤は秋山が座った向かいの一人用のソファに腰を下ろし、チラリと秋山に目をやった。幸薄な感じの、すっきりとした顔をしている。美人ではあるのだが、印象に残るかと言われたらそうでもない。細身の体に、ジーンズとグレーのシャツを纏っていた。落ち着かないらしく、ソワソワと目線を動かしていた。

「ビーコン、お茶を」
佐藤が言い終わるより前に、ビーコンがコップを秋山の前に置いた。秋山は驚いた様子でそれを見ていた。
「家庭用人工知能です」佐藤は秋山にそう説明した。

「すごいですね、、周りに持っている人がいないので、、初めて見ました」

 ビーコンはマジックアームで恭しく動かし、「ビーコンと申します」と紳士的に挨拶をした。秋山はそれを見て、さらに驚いた表情をした。少しは緊張もほぐれたようだ。

「それで、本日はどういったご用件で、、、」

 秋山ははっとした顔をすると、背筋をピンと伸ばした。
「あ、あの、友達を探して欲しいんです」

「人探しですか、、、」佐藤は賞金稼ぎであって探偵ではない。しかし、、本業だけでなく、護衛や人探し、力仕事など、様々な仕事を掛け持ちしている賞金稼ぎが多いために、賞金稼ぎという仕事は、世間一般の目からすると何でも屋のような存在だと思われている節がある。

「佐藤さんに任せておけば信頼できると、山田さんに言われまして、、、」

あの適当野郎が!
「あの、山田とはどういったご関係で?」

「私、あの、、、吉原で働いているんですけど、以前店がトラブルに巻き込まれた時に、店長が山田さんに相談していたんです。それで今回も何か力になってくれると思いまして、山田さんに相談したら、佐藤さんのことを教えていただいて、、、」

「ああ、なるほど」確かに、そういう警察に頼りにくい店と賞金稼ぎがつながっていることはよくあることだ。
「その友達は仕事の同僚の子なんですか?」

「あ、はい。エリカって言うんですけど」
 秋山はデバイスを開き佐藤に写真を見せた。金髪の派手な格好をした女が写っていた。化粧も濃く、見た目からだと、秋山と彼女が二人で並んでいるところはイメージし難い。優等生と不良少女のような組み合わせだ。

「エリカが二週間前から店に来なくなっちゃって。無断欠勤をしたことがなかったので、店長も心配していて。私も家まで行ってみたんですけど、誰もいなくて、、、警察には行きました。けど、風俗嬢の失踪事件なんて相手にもしてくれなくて」

 確かに今の警察にそんな余裕はないだろう。悪化する治安への後手の対処で精一杯なのだから。もしも警察に余裕があったら、佐藤は失業している。
「エリカさんが自ら姿を消したと言う可能性は?」

「低いと思います。しっかりした子だったので、辞めるという一報もないと言うのは信じられません」

「なるほど、、、」仲の良い友人からしてみればそうなのかも知れないが、そういうしっかりした子が、スッパリと関係を立ちたくなるのが夜の世界でもある。

「あの、お金ならあります」秋山はそう言って、持っていた鞄の口を開いた。鞄の中には汚い札束が入っていた。100万はありそうだ。

佐藤は手を前に出し、それを静止した。
「いや、そんなにお金はかからないですし、一旦、僕の方でも少し調べさせてもらいます。エリカさんが自ら姿を消したのであれば、居場所の特定にそこまで時間はかからないかと思います。事件に巻き込まれたとなると、どれほど時間がかかってしまうかは分かりませんが、、、とりあえず、少し調べてみないことには何とも言えないですね」

「ありがとうございます!」秋山はそう言って深く頭を下げた。

「いえいえ、まだ何かがわかったわけではありませんから。そうですね、、、今日この後は時間ありますか?」

「夜は仕事が入っていますが、昼間なら大丈夫です」

「分かりました。でしたら、エリカさんのご自宅に案内してもらうことは可能ですか?」

「もちろんです」

「ありがとうございます。準備をするので、少しここで待ってていただけますか?」佐藤はそう言って立ち上がると、身支度を整えるために道具部屋に入った。

「相変わらずお人好しですね」部屋に入るなり、ビーコンがそう声をかけてくる。

「自分でも嫌になるよ。まあ、少し調べて居場所がわかることを祈るさ」佐藤はゴム銃を腰に装着し、球や拘束具などが入った鞄を手に取った。

「そう言う割には、物騒な格好ですね」

佐藤は笑った。
「この仕事をしていると、どんどん臆病になっていくよ。ビーコン、エリカさんについて一応調べておいて。俺は彼女とエリカさんの部屋を確認ついでに、その近所をそれとなく回ってくるよ」

「分かりました。お気をつけて。車の手配はすでに済ませてあるので、あと二分もしたら到着すると思います」

「ありがとう。仕事が早いね」

「仕事をしない主人が珍しく仕事に向かうので。その意思が曲がらないうちに手筈を整えておこうと思いまして」
佐藤は苦笑いし、部屋のドアを開けた。
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