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牧野
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牧野ひとみ。年は僕と同じ。僕と牧野は都内の平凡な私立大学で出会った。世間における知名度だけが、その大学の取り柄だった。僕がその大学を選んだ理由も、その取り柄が大きな要因だった。
僕は就職に良いからという理由で経済学部に所属していた。そんな理由で所属している学部の学問に興味を持てるわけもなく、多くの大学生と同じように、無意味で怠惰な時間を過ごしていた。
牧野は文学部でロシア文学を専攻していた。牧野は自分に与えられたほとんどの時間を映画と小説に使っており、文化的という殻を被った怠惰な生活を送っていた。
もしも僕らが有意義な時間を過ごすことができる人間であったのなら、僕らの距離が近づくことはなかっただろう。僕は怠惰でない人間と積極的に関わることができるほど強い人間ではなかった。生ぬるい足の引っ張り合いが僕の人生の象徴で、上昇志向なんてものはなかった。
清潔に濾過された大学は、僕にはお似合いだった。これといった特徴のない僕は、特徴のない大学に完全に溶け込んでいた。高校までの異分子を取り出すような集団行動は行われなかったし、偏差値の類似性は人間性の類似すらもたらしているような気がした。考えてみれば、この大学にくるような人間は、青春の中の多くの時間を机に向かって座ることに費やしており、それが僕らの間で大きな共通項になっている気がした。僕らは全員、将来のために現在を犠牲にし続けた、誇りと名付けたコンプレックスを持っていた。
そんな大学の中において牧野は、周囲に埋もれない確かなる自己を放っているように見えた。牧野の自己は強引に作り上げられた表面的なものでなく、火山の吹き出し口で燻る溶岩のように確かに存在していた。少なくとも僕にはそう見えていた。あの大学は、牧野には似合っていなかった。
僕は大学内に少なくない数の友人がいた。僕と彼らは親しいが、互いに何も知らないという心地の良い関係を築いていた。それはまるで、一夜限りの恋人のようなものだった。互いの領域には踏み込まず、互いに心地の良さだけを与える。僕らは大学内で顔を合わせたら挨拶をし、食事をとり、互いを飲み会の人員として補充した。彼らのような相手のことは、友人と呼んで差し支えがないだろう。彼らを友人と呼べないのなら、僕には牧野の他には友人はいないということになってしまう。
僕とは違って、牧野には全く友人がいなかった。比喩的な全くではなく、本当に一人もいなかった。幼い頃から父親の転勤に振り回された牧野には、同い年の子たちと友人という関係を続けていくことは難しかったようだ。「距離の遠さにより友人と疎遠になっていくのは悲しいことよ」と牧野は言っていた。両親が二人とも公務員で、生まれた時から千葉に住んでいた僕には、あまり想像のできない話だった。大学こそ千葉から東京に出てきて一人暮らしをしていたが、帰ろうと思えばいつでも帰ることができるし、ネットという味気ないが頼りになる繋がりもあった。
幸いにしてというべきか、牧野は本質的に一人で完結することができる人間であり、友人がいないことへの寂しさはあまり感じなかったようだ。そのため、繋がりが薄れていくことの辛さを味わった彼女は、新しい環境の中で親しい友人を作ることを辞めた。そのことを牧野は淡々と語っていた。
中学二年のある時、儀式の一種として、クラスメイトたちは転校する牧野に連絡する旨を伝え、牧野も形式としてそれを喜んだ。その後、牧野に連絡をしたクラスメイトは、男子の生徒が二人だけだった。牧野は彼らの顔をはっきりと思い出すために、クラスメイトとの集合写真を見直すこととなった。一人は牧野と席が隣になったことがある子で、もう一人とは会話の思い出がないようだった。
友人がいない結果として出来上がってしまった時間的な空白を、牧野は勉強と映画と本で埋めた。その結果、彼女が読んできた本と観てきた映画の数は、膨大なものになっていった。それほど読んでいても、別に本が特別好きなわけではないと彼女は言った。文学部にも、あくまでも消去法的に入ったようだった。彼女の人生にとっての本は、あくまでも時間を埋めるためのものであり、次の時間に行くための繋ぎにすぎなかった。
「きっと私には想像力が足りないのね」、本についての話をしている時、牧野はそう言っていた。その時の牧野は、自分の中にある一種の欠落を恥じているようにも見えた。牧野は自分のありのままを曝け出しながら奔放に生きているようだったが、実は違っていたのかもしれない。自分が抱えるコンプレックスを、あえて考えていないかのように振る舞うことで、牧野はその身を守っていたのかもしれない。しかし、他人である僕が、牧野を知ることなどできない。これは意味のないただの想像だ。想像というものが役に立つ機会はあまりない。
牧野は映画を愛していた。牧野の映画への熱には、愛という言葉を使うのが最も適切であるように感じられる。牧野は洋画よりも邦画の方が好きだった。僕は邦画をあまり知らなかったので、彼女に教えてもらったものを何本も観た。牧野が好む作品は、登場人物の日常を繊細に描いたものが多かった。起承転結のない、僕らの日常のような、文学作品のような。
映画を愛していた牧野だったが、恋愛映画だけは嫌いだった。「恋愛を主題においた映画ほど、退屈させるものはない」と彼女はよく言っていた。牧野が恋愛映画につけていた難癖に近い文句の全てを思い出すことはできない。しかし、牧野が「人様の恋愛を神の目線で観るなんて趣味が悪い」と言ったことはよく覚えている。
きっと恋愛というものは、当事者であるからこそ苦しみ、間違える。それを観察者の目線に昇華してしまったら、それはもはや恋愛とは言えないのではないだろうか。ただ娯楽として消費されるだけだ。牧野の言い分はわからなくもなかったが、大概の人の趣味は悪いし、映画にそこまで求める人はいないだろう。人々がそこに求めるのは、大概にして、ただの記号だ。
映画について語るときの牧野は楽しそうだった。そういう牧野と一緒にいれることが、僕の生活を贅沢なものにした。起承転結のない、繰り返しのような毎日を。
僕と牧野の間では、牧野がひたすら喋ることが多かった。僕はあまり口数が多いタイプではないし、牧野は吐き出し口を探していた。
ずっと一人で完結し続けてきた牧野が多少なりとも僕を求めた理由は、僕には分からない。牧野の中で僕を大きく捉えるのなら、僕は彼女の変化にとっての起点だったのかもしれない。しかし実際は、牧野という人間の変化の道筋に、たまたま僕がいたと考える方が自然だろう。
僕はいつも牧野から放たれる言葉を楽しみにしていた。牧野の言葉は僕の中に何かを残していった。牧野の言葉は、使いまわされて新鮮さを失ってしまったものでも、賛同を求めるものでも、何かに対する頑なな拒絶の類のようなものでもなかった。全ての言葉たちの中に、牧野の存在を確かに感じとることができた。どんな言葉でも、それは牧野の言葉だった。僕はそんな言葉に相槌を打つのが好きだった。
牧野はいつも、くたびれた格好をしていた。ファッションに興味がなかったわけではなく、あえてそうしていたというのが正しいだろう。牧野の格好について僕が何かを言ったことはない。少なくとも、僕は服装という個人の領域に踏み込む気にはならないし、牧野が僕に意見を求めてきたこともなかった。そもそも僕の服装は、全身が無地のファストファッションで固められた退屈な物であったので、僕が誰かからファッションについての意見を求められたことはなかった。
牧野は何種類も野球帽を持っており、日によってそれを被り分けていた。染められたことのない黒い綺麗な髪の毛は、肩の上までで短く切られており、時折寝癖がついて変な方向に跳ねていた。埃がついていることさえあった。
古着屋を巡って買っている大きな英字のロゴが入ったダボダボのスウェットやシャツを、その細い体の上に着ていた。寒くなると深緑色のコーディロイのジャケットや少し派手なスタジャンをよく羽織っていた。一年中、着古されたジーンズと薄汚れたスニーカーを履いていた。ジーンズを何着持っていたのかは知らないが、スニーカーは日によって異なっていたと思う。しかし、どのスニーカーも同じように汚れていた。彼女が綺麗なスニーカーを履いているところを見たことはなかった。退廃的な牧野の格好は、似通った格好をした女子大生の中で、異彩を放っていた。牧野と同じような格好をしている子もいたが、清潔感の欠乏という点において、牧野には及ばなかった。
牧野と頻繁に会うようになってから、僕は煙草をやめた。牧野は煙草が嫌いだったし、僕は好きでも嫌いでもなかった。ただ周りが吸っているから吸っているという、格好のつかない動機でタバコを吸っていた。しかし、当時の格好の悪い僕を弁明するのなら、大抵の大学生はそういうものだと言うことだ。大抵の者がそうだと言うことは、もちろん僕はその大抵に含まれる人間だ。人生におけるほとんど場合において、周りの意思と行動により自分の道を選択してきた僕は、牧野と出会い、二人でいる時間が長くなるにつれ、煙草を吸わなくなっていった。なんとも情けないのだが、実に僕らしい。
牧野は美人だったと思う。万人が絶賛するようなタイプではないが。一重の少し細い切れ長の目と小ぶりな鼻、血色の悪い小さな口が、顔の中央に集まっていた。基本的にその口はきつく閉じられており、牧野の意志の強さを表しているようだった。唇を開けると少し大きな二本の前歯が覗いた。あまりにもコーヒーを飲みすぎるため、その歯は少し黄色くなっていた。肌は白いというよりも、血色が悪かった。偏った食事ばかりしていたから、病人のような頬の色をしていた。そんな頬に牧野が化粧をすることもなかった。目付きが良いとは決して言えず、いつも不機嫌そうに見えた。その目付きと退廃的な格好が障壁となり、牧野と積極的に関わろうとする人はいなかった。
僕と牧野は大学の食堂で出会った。僕も牧野も大学二年の五月だった。大学にも慣れ就活も始まらない、大学生にとって一番怠惰で退屈であるべき時期だった。その時の僕はすでにそんな生活に飽きていた。相変わらず授業に興味は持てなかったし、飲み会や合コンといったイベントも新鮮さを失っていた。かつてあれほど望んでいた自由は、いざ与えられると、選択肢の多い不自由だということに気づいた。自己決定のできない人間に、自由は贅沢品すぎた。
僕は就職に良いからという理由で経済学部に所属していた。そんな理由で所属している学部の学問に興味を持てるわけもなく、多くの大学生と同じように、無意味で怠惰な時間を過ごしていた。
牧野は文学部でロシア文学を専攻していた。牧野は自分に与えられたほとんどの時間を映画と小説に使っており、文化的という殻を被った怠惰な生活を送っていた。
もしも僕らが有意義な時間を過ごすことができる人間であったのなら、僕らの距離が近づくことはなかっただろう。僕は怠惰でない人間と積極的に関わることができるほど強い人間ではなかった。生ぬるい足の引っ張り合いが僕の人生の象徴で、上昇志向なんてものはなかった。
清潔に濾過された大学は、僕にはお似合いだった。これといった特徴のない僕は、特徴のない大学に完全に溶け込んでいた。高校までの異分子を取り出すような集団行動は行われなかったし、偏差値の類似性は人間性の類似すらもたらしているような気がした。考えてみれば、この大学にくるような人間は、青春の中の多くの時間を机に向かって座ることに費やしており、それが僕らの間で大きな共通項になっている気がした。僕らは全員、将来のために現在を犠牲にし続けた、誇りと名付けたコンプレックスを持っていた。
そんな大学の中において牧野は、周囲に埋もれない確かなる自己を放っているように見えた。牧野の自己は強引に作り上げられた表面的なものでなく、火山の吹き出し口で燻る溶岩のように確かに存在していた。少なくとも僕にはそう見えていた。あの大学は、牧野には似合っていなかった。
僕は大学内に少なくない数の友人がいた。僕と彼らは親しいが、互いに何も知らないという心地の良い関係を築いていた。それはまるで、一夜限りの恋人のようなものだった。互いの領域には踏み込まず、互いに心地の良さだけを与える。僕らは大学内で顔を合わせたら挨拶をし、食事をとり、互いを飲み会の人員として補充した。彼らのような相手のことは、友人と呼んで差し支えがないだろう。彼らを友人と呼べないのなら、僕には牧野の他には友人はいないということになってしまう。
僕とは違って、牧野には全く友人がいなかった。比喩的な全くではなく、本当に一人もいなかった。幼い頃から父親の転勤に振り回された牧野には、同い年の子たちと友人という関係を続けていくことは難しかったようだ。「距離の遠さにより友人と疎遠になっていくのは悲しいことよ」と牧野は言っていた。両親が二人とも公務員で、生まれた時から千葉に住んでいた僕には、あまり想像のできない話だった。大学こそ千葉から東京に出てきて一人暮らしをしていたが、帰ろうと思えばいつでも帰ることができるし、ネットという味気ないが頼りになる繋がりもあった。
幸いにしてというべきか、牧野は本質的に一人で完結することができる人間であり、友人がいないことへの寂しさはあまり感じなかったようだ。そのため、繋がりが薄れていくことの辛さを味わった彼女は、新しい環境の中で親しい友人を作ることを辞めた。そのことを牧野は淡々と語っていた。
中学二年のある時、儀式の一種として、クラスメイトたちは転校する牧野に連絡する旨を伝え、牧野も形式としてそれを喜んだ。その後、牧野に連絡をしたクラスメイトは、男子の生徒が二人だけだった。牧野は彼らの顔をはっきりと思い出すために、クラスメイトとの集合写真を見直すこととなった。一人は牧野と席が隣になったことがある子で、もう一人とは会話の思い出がないようだった。
友人がいない結果として出来上がってしまった時間的な空白を、牧野は勉強と映画と本で埋めた。その結果、彼女が読んできた本と観てきた映画の数は、膨大なものになっていった。それほど読んでいても、別に本が特別好きなわけではないと彼女は言った。文学部にも、あくまでも消去法的に入ったようだった。彼女の人生にとっての本は、あくまでも時間を埋めるためのものであり、次の時間に行くための繋ぎにすぎなかった。
「きっと私には想像力が足りないのね」、本についての話をしている時、牧野はそう言っていた。その時の牧野は、自分の中にある一種の欠落を恥じているようにも見えた。牧野は自分のありのままを曝け出しながら奔放に生きているようだったが、実は違っていたのかもしれない。自分が抱えるコンプレックスを、あえて考えていないかのように振る舞うことで、牧野はその身を守っていたのかもしれない。しかし、他人である僕が、牧野を知ることなどできない。これは意味のないただの想像だ。想像というものが役に立つ機会はあまりない。
牧野は映画を愛していた。牧野の映画への熱には、愛という言葉を使うのが最も適切であるように感じられる。牧野は洋画よりも邦画の方が好きだった。僕は邦画をあまり知らなかったので、彼女に教えてもらったものを何本も観た。牧野が好む作品は、登場人物の日常を繊細に描いたものが多かった。起承転結のない、僕らの日常のような、文学作品のような。
映画を愛していた牧野だったが、恋愛映画だけは嫌いだった。「恋愛を主題においた映画ほど、退屈させるものはない」と彼女はよく言っていた。牧野が恋愛映画につけていた難癖に近い文句の全てを思い出すことはできない。しかし、牧野が「人様の恋愛を神の目線で観るなんて趣味が悪い」と言ったことはよく覚えている。
きっと恋愛というものは、当事者であるからこそ苦しみ、間違える。それを観察者の目線に昇華してしまったら、それはもはや恋愛とは言えないのではないだろうか。ただ娯楽として消費されるだけだ。牧野の言い分はわからなくもなかったが、大概の人の趣味は悪いし、映画にそこまで求める人はいないだろう。人々がそこに求めるのは、大概にして、ただの記号だ。
映画について語るときの牧野は楽しそうだった。そういう牧野と一緒にいれることが、僕の生活を贅沢なものにした。起承転結のない、繰り返しのような毎日を。
僕と牧野の間では、牧野がひたすら喋ることが多かった。僕はあまり口数が多いタイプではないし、牧野は吐き出し口を探していた。
ずっと一人で完結し続けてきた牧野が多少なりとも僕を求めた理由は、僕には分からない。牧野の中で僕を大きく捉えるのなら、僕は彼女の変化にとっての起点だったのかもしれない。しかし実際は、牧野という人間の変化の道筋に、たまたま僕がいたと考える方が自然だろう。
僕はいつも牧野から放たれる言葉を楽しみにしていた。牧野の言葉は僕の中に何かを残していった。牧野の言葉は、使いまわされて新鮮さを失ってしまったものでも、賛同を求めるものでも、何かに対する頑なな拒絶の類のようなものでもなかった。全ての言葉たちの中に、牧野の存在を確かに感じとることができた。どんな言葉でも、それは牧野の言葉だった。僕はそんな言葉に相槌を打つのが好きだった。
牧野はいつも、くたびれた格好をしていた。ファッションに興味がなかったわけではなく、あえてそうしていたというのが正しいだろう。牧野の格好について僕が何かを言ったことはない。少なくとも、僕は服装という個人の領域に踏み込む気にはならないし、牧野が僕に意見を求めてきたこともなかった。そもそも僕の服装は、全身が無地のファストファッションで固められた退屈な物であったので、僕が誰かからファッションについての意見を求められたことはなかった。
牧野は何種類も野球帽を持っており、日によってそれを被り分けていた。染められたことのない黒い綺麗な髪の毛は、肩の上までで短く切られており、時折寝癖がついて変な方向に跳ねていた。埃がついていることさえあった。
古着屋を巡って買っている大きな英字のロゴが入ったダボダボのスウェットやシャツを、その細い体の上に着ていた。寒くなると深緑色のコーディロイのジャケットや少し派手なスタジャンをよく羽織っていた。一年中、着古されたジーンズと薄汚れたスニーカーを履いていた。ジーンズを何着持っていたのかは知らないが、スニーカーは日によって異なっていたと思う。しかし、どのスニーカーも同じように汚れていた。彼女が綺麗なスニーカーを履いているところを見たことはなかった。退廃的な牧野の格好は、似通った格好をした女子大生の中で、異彩を放っていた。牧野と同じような格好をしている子もいたが、清潔感の欠乏という点において、牧野には及ばなかった。
牧野と頻繁に会うようになってから、僕は煙草をやめた。牧野は煙草が嫌いだったし、僕は好きでも嫌いでもなかった。ただ周りが吸っているから吸っているという、格好のつかない動機でタバコを吸っていた。しかし、当時の格好の悪い僕を弁明するのなら、大抵の大学生はそういうものだと言うことだ。大抵の者がそうだと言うことは、もちろん僕はその大抵に含まれる人間だ。人生におけるほとんど場合において、周りの意思と行動により自分の道を選択してきた僕は、牧野と出会い、二人でいる時間が長くなるにつれ、煙草を吸わなくなっていった。なんとも情けないのだが、実に僕らしい。
牧野は美人だったと思う。万人が絶賛するようなタイプではないが。一重の少し細い切れ長の目と小ぶりな鼻、血色の悪い小さな口が、顔の中央に集まっていた。基本的にその口はきつく閉じられており、牧野の意志の強さを表しているようだった。唇を開けると少し大きな二本の前歯が覗いた。あまりにもコーヒーを飲みすぎるため、その歯は少し黄色くなっていた。肌は白いというよりも、血色が悪かった。偏った食事ばかりしていたから、病人のような頬の色をしていた。そんな頬に牧野が化粧をすることもなかった。目付きが良いとは決して言えず、いつも不機嫌そうに見えた。その目付きと退廃的な格好が障壁となり、牧野と積極的に関わろうとする人はいなかった。
僕と牧野は大学の食堂で出会った。僕も牧野も大学二年の五月だった。大学にも慣れ就活も始まらない、大学生にとって一番怠惰で退屈であるべき時期だった。その時の僕はすでにそんな生活に飽きていた。相変わらず授業に興味は持てなかったし、飲み会や合コンといったイベントも新鮮さを失っていた。かつてあれほど望んでいた自由は、いざ与えられると、選択肢の多い不自由だということに気づいた。自己決定のできない人間に、自由は贅沢品すぎた。
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