4 / 5
第三話
しおりを挟む
【13】
廃病院を東側に向かって進む。
東側の病棟は、いくつかテーブルや机が並べられており、本棚も大きなテレビもあった。
よく見てみるとトランプや将棋の盤とコマ、それにオセロなどもある。
まるでちょっとした遊戯スペースだ。
「ここ、病院ってより遊び場じゃね? なんか場違いっつーかさ」
奏人が撮影しながら、首をかしげる。
「左様、おそらくここはそういった場所じゃ。考えても見よ、奏人。ここは長い間人々を病院の中に押し込めておく場所じゃぞ。ベッドや食事があれば良いというワケではない。多少なりとも娯楽でもなければ、病状は悪化するだけじゃ」
「なるほどねぇ、ここは可哀想な患者さんたちの、数少ない憩いの場ってことかぁ」
「そ、そのせいでしょうか? この場所からはあまり霊圧を感じませんね!」
まわりを見て、あかりさんが言った。俺もここには特にイヤな感じはしない。
それでも神楽と太刀風僧正はお清めを行っていく。
「油断は禁物じゃ。どこにでも、無念は残るものゆえな。わらわたちは、出来ることをすべてやっていかねばならぬ。ここだけ手付かずでは、居場所を無くした霊が悪霊と化してここに集まってくるかもしれないのじゃぞ?」
「そうか、お清めは良くないモノを祓うのと同時に、その場自体も整えるんだな」
「遥人も少しはわかってきたようじゃのう。霊木刀の使い方といい、お主はなかなか見込みがあるかもしれん。……さて、清めも終わった。二階へ行くかのう」
東側の病棟の真ん中に、タイルで舗装された白い階段があった。
横には非常ドアや非常口と書かれた、すでに明かりの灯らない案内もある。
ここが主な移動場所となっていたようだ。
俺は階段へ一歩踏み出して、たまったチリに足をすべらせた。
「おっと、危なかった。皆、気を付けろ。この階段、かなりすべるぞ」
「お清めと一緒に大掃除でもした方がいいんじゃねーか、ここ。ホント昇りにくいったらありゃしねーぞ、クソ」
五人で注意しながら階段を昇っていく。
階段は真ん中に少し広い場所があり、折り返すように逆向きの方向に階段が続いている。学校などでもよく見られる形のものだ。
その小さめの広場を通りかかったとき、俺たちの持っていた明かりが一斉に消えた。
「うわっ、なんだ!?」
「おいおい、なんも見えないじゃねーか!」
「きゃあああ! 怖いですぅ!」
俺と奏人、それにあかりさんが取り乱す。
真っ暗になった廃病院は突然圧し掛かってきた闇で重く、息苦しく感じられる。
ともすればパニックを起こしてしまいそうな心を、なんとか抑え込む。
もしも視界のきかないこの中でおかしな霊にでも襲われたら――そう考えると、背筋に冷たい汗が流れた。
しかし俺たち三人と違い、神楽と太刀風僧正は冷静だ。
「廃病院が……我らの行動を邪魔をしてきておる……。つまりはそれだけ……真相に近づいたということ……」
「そういうことじゃ。遥人、落ち着いてスマートフォンの光をつけよ。おそらく電球を切られたのだろう。こんなこともあろうかと、いくつか替えは持ってきておる。それぞれ取り替えるのじゃ」
「その間は……私が場を守ろう……」
そういうと、太刀風僧正がお経を唱え始めた。
言うなれば、これが廃病院の攻撃に対しての守りになるのだろうか。
俺は神楽に言われた通りにスマートフォンのライトモードを起動させた。
その明かりの中で、神楽が背負っていた大きなバッグを開く。それぞれ照明器具の電球を交換したり、予備の懐中電灯に切り替えたりした。
「廃病院の霊ってのも、なんかセコイ手使ってくるよな。こんなのただの嫌がらせじゃねーか!」
「それだけわらわたちが廃病院に存在するなにかを追い詰めているということじゃ。明かりを換えたなら早々に先にゆくぞ。何度もこんなことをされてはかなわぬゆえな」
照明を揃えて、もう一度階段を昇り二階に到着した。
見取り図を見ると、二階は一階よりだいぶせまい。三階はさらにせまくなっている。
さっきよりも短時間でお清めを終えることが出来そうだ。
二階は入院患者の病床用に作られているようで、いくつも病室が並んでいた。
一階のずらりと並べられたベッドとか違い、せいぜいふたつからよっつほどのベッドが置かれている。
明らかに待遇が違う。
おそらくこの階に入院していた人たちのほうが、家族などが病院に多く金銭を支払ったのだろう。そういう意味では恨みや不満は少ないかもしれない。
「やり方は一階と同じじゃ、ひとつひとつ回って清めてゆくぞ」
「なんか、平凡な部屋ばっかになっちまったなー、ちょっと撮影しがいがないぜ」
病室を回り、お清めをしていく。ベッドの数が少ない分病室も広くないので、神楽や太刀風僧正の作業も効率よく進んでいく。
「な、なんだかこの階は静かですね。このまま進むといいんですが」
「気は抜くなよ、あかり。病院はわらわたちを面白くないと考えているはずじゃ」
「は、はぃぃい!」
それでも、やはり二階のお清めは順調だった。
時に、ベッドに血のあとのようなものが残っていてゾッとしたりもした。
だがそういう場所も、神楽たちが丁寧にお清めをしていくと、何も起こらないのであった。
「ここが最後の部屋か……うっ!?」
残った部屋に懐中電灯を向けた俺が、言葉に詰まる。目の前に、影が揺れている。
天井から紐かロープのようなもので吊るされている、人の形をしたもの――。
明かりのなかでよく見てみると、それは天井から首を吊るされたガイコツであった。
【14】
「こ、これまさか首吊りか? もう白骨化しているけど……」
「うっわ、気持ちわりぃ! やべぇもん撮っちゃったじゃん。こんなん動画に使ったらアカウントをBANされちまうぜ。ここはカットだな」
神楽と太刀風僧正、それにあかりさんが首吊りガイコツに近づいていく。
俺も後を追うように続いた。
よく見ると吊るされた紐は、天井に金属の留め具がつけられている。なんであんなところにフックのような留め具があるのか。
これではまるで、ここに縄をかけて首を吊れと言っているようなものである。
「あの、このガイコツさん、まだかなり思念が残っています。あたしを通せば多分、お話も出来るんじゃないかと思うんですけど」
「左様か……なれば、あかりに降霊を頼む……。今はどんな情報でも……欲しい状態ゆえ……」
「わかりました!」
あかりさんが、ガイコツのそばに正座する。
神楽と太刀風僧正が、それを守るようにそばに立つ。
あかりさんは逆さ魔除け――魔寄せのネックレスをつけると、大きな深呼吸を繰り返す。
やがて、部屋の空気があかりさんに集まるように風が吹きだした。
あかりさんが口を開く。声は、低く沈んだ男性のものであった。
「ナニユエ、今更コノヨウナ場所ニ、生キタ人間ガオル……」
「この廃病院は、現世に呪いをもたらしておる。わらわたちはそれを解放したいのじゃ」
神楽の問いかけに、吊るされたガイコツがかすかに動く。
懐中電灯に照らされ長く伸びた影が、不気味に揺れた。
「呪イ……今モナオ……続イテイルノカ……忌マワシヤ……」
「そなたはここで首を吊って、なお思念が残っておる。思い残したこと、ここで起きたことなどを教えて欲しいのじゃ」
キィ、キィ……とガイコツを吊るしている金具が耳障りな音を立てる。
俺たちのまわりに、次第にイヤな空気とにおいが押し寄せて来た。
「私ハ……ノゾンデ死シタ訳ニアラズ……コノ病院ノ者タチノ倣イニ背キ……コノ有リ様ヨ……。私ハ、生贄ニサレタノダ……」
――生贄?
サクリファイス・ホスピタルの名前、そのままじゃないか。
いったいこの廃病院にはどんな因果が残り、今もまた続いているのだろう。
「この病院か、または病院に属した何者かが生贄を欲している。それはわらわたちも聞き及んでいる。しかし、なぜかようなことをしてまで生贄を求めるのか?」
「私ハ、聖母様ニ……背イタ……ユエニ……生贄ニサレタ……」
「くっそ! また聖母様かよ、ワケわかんねぇ。なんなんだよ、そいつは」
「聖母様ハ……コノ病院ノ患者ニ……崇メ、奉ラレ……象徴……彼ラヲ……マトメ……」
何度も聞いた言葉、聖母様。
おそらくは女性であろうその存在は、この病院に有り、なおかつ患者に信頼されていたのか。それならば、なぜゲームをプレイしてあんな状態になってしまったすわりんは、聖母様とつぶやいていたのだろう。
病室の空気の密度があがり、息苦しささえ感じるようになってきた。
「聖母様とやらが、病院の患者をまとめていた? なれば、なぜそなたはそれに背き、そのように目に合わされているのじゃ? 生贄というのはどういうことなのじゃ?」
「聖母様ノ教エガ全テ……患者タチハソマッテイッタ……私ハ、ソコニ馴染マナカッタ……ソノトキ、アノヨウナコトガ……起、キ……テ……復活ヲ願……アアアッ!」
ガイコツが苦しそうなうめき声をあげる。
骨全体から、ミシミシときしむような音が聞こえ始めた。
吊るされたガイコツが、全身を大きく震わせている。
「神楽……あのガイコツが壊されては……あかりの精神が持たぬ……。謎は残るが……もはや話はここまで……」
「うむ、止むを得まい。彼の者の降霊を解き放つ! はっ!」
神楽があかりさんの額に符を当てて、降霊を解除する。
あかりさんが、その場に倒れこむのを太刀風僧正が支えた。風が吹き抜ける。
その瞬間、首を吊っていたガイコツの骨がさらに激しい音を立て、バラバラに崩れて地面に落下した。
「うむ……間一髪であったか……」
「あかり、しっかりせよ。無理な降霊であったな。大事はないか?」
太刀風僧正の手を借りて立ち上がったあかりさんが、弱弱しく微笑んだ。
「ええ、だいじょうぶです神楽さん。太刀風さんもありがとうございます。謎が増えたような気もしますけど、わかったことも多い降霊でしたね」
ふぅっと息を整えて、あかりさんが居ずまいを正す。
少し顔色が良くないが、自分で動くことは出来るようだ。
「生贄と病院がつながったのは大きなことだと思うんだけど。サクリファイス・ホスピタルは建物だけではなく、現実に生贄を捧げていたってことだよな」
「そうじゃな、そしてその行いには聖母様なる者が絡んでいる。復活を願い、とも言っておったな。そして、ゲームをプレイした者が聖母様と言ったことを考えても、すべてはなんらかの形で関連していると考えられよう」
廃病院、聖母様、生贄。
そしてサクリファイス・ホスピタルというゲーム。
病院が廃墟になり、医者も患者も職員も消えたはずなのに未だ残る因縁のようなもの。
すわりんや消息を絶っている配信者たちのためにも――。
なんとかして、この負の連鎖を断たなくてはならない。
「ともあれ……まずはこの廃病院の呪いを……解くことが先決なり……。それで見えてくる因果もあろう……。時間が惜しい……行くぞ……」
太刀風僧正に促されて、ボロボロになった骨に手を合わせてから、俺たちはガイコツが吊るされていた部屋を出る。
【15】
これで二階は周り終わったが、もうすぐ夕方だ。
神楽が言うには、夜になると霊の力が強まるらしい。急がなくてはならない。
階段に差し掛かると、俺の耳に下から奇妙な音が鳴るのが聞こえて来た。
複数、何十もの何か固いものが動くような音。誰もいないはずの廃病院で、いったい何がこんな音を立てているのか。
「神楽、太刀風僧正! 階段の下から音が迫ってくる! それもすごい数だ!」
「音が……いったいなんじゃ? またおかしなまじないか何かか?」
「そこまではわからないけど……だんだんこっちに向かって来ている!」
「はぁー、何も起きなかったり不気味なことが連続で起きたり、なんなんだよぉ、クソ!」
奏人がいら立った声で言い捨てる。なおも音は近づいていた。
皆にも音が聞こえ始めたらしく、神楽たちが身構える。
「わらわと太刀風は相手をしなくてはならぬかもしれん。あかり、音の方向に光を当ててくれ」
「は、はいっ!」
あかりさんが手にした大きな懐中電灯で階下を照らす。
そこには、階段を這い上がってくる数え切れないほどの人骨があった。
「ほほほ、骨がうごいてますぅ!? なんですかこれぇ!?」
「むう……妙だとは思わぬか、神楽……」
「お主も思うか、太刀風。やはりこれはおかしいのう」
落ち着いて動く骨を観察しているふたりが、言い合った。
「ふたりとも、おかしいってどういうことなんだ!?」
「今までわらわたちが触れて来た心霊現象は、言うなれば和、日本に現れるものじゃ。しかして、白骨が動き迫ってくるなど、あまり起こらない。死体は火葬するゆえな。むしろこれは西洋の呪術、ネクロマンサーのようなものだ」
「だけど、怪奇現象なんてどれも同じだろう?」
「違う……。今までのものはそこに怨念などがあれば……自然に起きてもおかしくない現象……。しかし……これは異なる……誰かが意図的に魔術を施さねば……こんなことはおきない」
意図的に魔術を行った――?
つまり、怨念や苦しみが霊になったのではなく、誰かが人為的にこの怪奇を起こしているということか?
考えてみれば、サクリファイス・ホスピタルだってそうだ。
ゲームが自然に生まれるワケがない。
勝手にインターネットに出回るハズがない。
誰かが、サクリファイス・ホスピタルを作ったからこそ存在するんだ。この事件には、裏で糸を引いている黒幕がいるのか――。
「とにかく、こいつらをどうする!? ぶったたいて壊すか!?」
俺は腰に差していた霊木刀を構えて言った。
「いや……数が多すぎる……。これでは……時間の無駄だ……」
「それに、この人骨どもが魔術の産物ならば、病院の呪いとは別物じゃ。後回しでも問題ない。幸いこやつらは動きが遅い、無視して三階にゆくぞよ!」
そうか、病院の呪いではないなら、清めても地下に控えた強敵の弱体化にはつながらないワケか。
まさに時間稼ぎの相手……。黒幕は、かなり周到なやつのようだ。
人骨から逃げるため、駆け足で階段をあがっていく。
三階に着いたとき、神楽の息があがっていた。華奢な身体で大きな荷物を背負っているのだから、当然だろう。
「おいおい、神楽息あがっちゃってるじゃん。しょーがねーなぁ、ほれ、荷物よこせよ。俺が持っててやる」
「ぬ、この程度、どうということない」
めずらしく奏人が気の利いたことを言った。
自分が何もしていない自覚はあるようだ。
「まだあの骨野郎が追いかけてきてるんだろ、走る場面もあるかもじゃん。神楽と太刀風センセーが戦えないと俺たちが困るワケ。ここは一般人代表に任せろって」
「むう……」
神楽は奏人に疲れを見抜かれ、仕方ないといった様子で荷物を奏人に預けた。
「どうだ遥人、これで俺も役に立ってるんだからな! うるさいこと言うなよな!」
「わかってるよ奏人。でも撮影はいい加減にしとけよ」
「荷物持ちしてるんだから、撮影くらい良いだろ。この事件が終わったら、ハルカナチャンネルは登録者数が爆増だぞ、俺たち一気に人気者だ、遥人も喜べよ!」
「すわりんたちのことが優先だろ。やれやれ」
本当に奏人はマイペースである。
ただ、いつもと変わらぬその姿が、俺の気持ちを少しだけ落ち着かせてくれる。
三階もまた、入院患者用の病室が並んでいた。
今度はどれも個室である。
一階は雑魚寝のような部屋、二階はやや複数。そしてここは個人専用と使い分けられているようだ。個室だけに、お清めも手早く進んでいく。
ある個室に入ったとき、俺はおかしな気配を感じた。
何かいる――。俺の直感がそう言っている。
いったいどこに……。
「あれは……人形?」
この部屋に入院していたのは女の子だったのだろうか。
ベッドのそばの棚に腰掛けるようにして、西洋人形が置かれていた。
その人形が、なにかおかしい。首筋が痺れるような感じ。この違和感――。
「神楽! 太刀風僧正! あの人形はなにかおかしい! 注意しろ!」
霊木刀を抜いて、叫ぶ。
神楽と太刀風僧正も、俺の言葉に素早く反応した。
その瞬間、西洋人形はものすごいスピードで飛び掛かって来る。
「今度は人形が動くとか、ホラー映画そのまんまじゃねーか!」
「くそ、こいつ速いっ!」
霊木刀を思い切り叩きつける。しかし、人形はひらりと身をかわした。
手の甲に、小さな痛みが走った。見ると切り傷が出来ている。あの人形の爪だろうか。
「注意しろ、何か鋭いものを持ってる!」
人形は、素早く自在に宙を舞う。
神楽の符も太刀風僧正の数珠も、なかなか人形を捉えることが出来ない。
しびれを切らした奏人が声をあげる。
「なぁ、太刀風センセーよぉ! こんなの無視して先に行くってのはダメなのかっ!?」
「先ほどの骨と違い……かなり速い……。逃げても、追い付かれるだけ……」
「ここで片づけるしかないのじゃ! ええい、それにしてもわずらわしい!」
三人がかりでも、なかなか人形に攻撃を当てることが出来ない。
人形は俺たちを嘲笑うように、俺と神楽と太刀風僧正の間を動き回っている。
――なぜ、俺たち三人しか狙わないんだ?
――どうして、あかりさんと奏人に攻撃をしない?
俺は人形の動きをじっと観察した。すると、あることが見えてきた。
この人形は、攻撃してくる相手に反応して動いているんだ。
神楽が符を出せば神楽を襲い、太刀風僧正の数珠が飛べばそれをかわして斬りかかる。
それならば、攻撃をかわし反撃に移る瞬間の隙を狙えば、もしかしたら――。
「神楽、考えがある! 俺の合図で人形に攻撃を仕掛けてくれ!」
「なんじゃと? いや、ここはお主を信じるか。把握した!」
人形が太刀風僧正の数珠をかわし、反撃した。
回避から反撃に変わる一瞬、人形は動きを止める。狙うのはそこだ。
「神楽、今だ! 人形に攻撃してくれ!」
「承知した! てやぁ!」
神楽の繰り出した符を、人形がひらりとかわした。
ほんの一瞬、反撃に映ろうとする人形の動きが止まる。
一気に間合いをつめ、俺は人形に霊木刀を振り下ろした。
「そこだ! おおおっ!」
重い手応え。
俺の霊木刀は、見事に人形の頭に命中した。
しかし、頭部を破壊された人形はまだビクビクと動いている。
「祓いたまえっ、清めたまえ!」
神楽の符が人形の中心に押し当てられた。
ぶしゅうっと空気が抜けたような音をして、人形が地面に落下した。「南無……」と短く言った太刀風僧正が、数珠を持った手で人形の残骸を殴り潰す。
「おー、すっげー! 遥人やるじゃん!」
「遥人さん、お見事でございますっ!」
「よく観察して、なんとか動きを読めたよ。うまく行って良かった」
念入りに人形にお札を張り付けた神楽が、俺に向き直る。
「やるのう、遥人。これもお主の勘か?」
「これは勘じゃないよ。人形の動きをよく見ていたら、攻撃と回避の間に一瞬止まるときがあるって気付いたんだ」
「良い判断であった……。我らのように……悪霊と闘いなれた者には、見えぬことも……そなたになら見えるのやもな……」
皆に褒められると、ついつい浮かれてしまう。
けれど嬉しい気持ちを抑え込んで、気を引き締めた。
「日没までもうあまり時間がない、どんどん行こう」
「そうじゃな、手間取ってしまったゆえ、急がねばじゃな。それにしても……晴人、太刀風、気付いたか? あの人形はまだ置かれて間もないものだったぞ。汚れもなく、ほこりもかぶっていなかった」
「誰かが立ち入り……設置したということ……。ゲームの流行と言い……意図的なものだな……」
言われてみれば、人形だけは廃墟に似つかわしくなくキレイなままであった。
この廃病院に、つい最近誰かが入って仕掛けたということか。
「これからも罠はあるじゃろうな、警戒して行こう」
それからも個室をひとつずつ浄化して回る。
個室には窓があり、すでに外が夕暮れのオレンジに包まれているのが見て取れた。
もうすぐあの夕日が沈んでしまう。
その前に呪いの正体を突き止めて解決しなければ。
決意も新たに踏み込んだ最後の個室で、俺は言葉を失った。
その部屋には、ずらりと人形が並べられていたのだ――。
【16】
「なぁ、おい、遥人……。まさか、アレ全部ヤバイなんてことないだろうな?」
奏人が声を震わせる。俺は霊木刀を抜いて、歯ぎしりして言った。
「悪い知らせだ、奏人。あの人形全部からイヤな予感がする」
「マジかよ……。たった一体であんなに手こずったのに」
「さっきの洋風の人形以外にも、和人形とかよくわからないものまでありますよっ!?」
「そうは言っても、やるしかなかろう!」
神楽と俺が身構える。しかし、その前に太刀風僧正が立った。
「ここは……我に任せよ……」
「何を言うんですか、太刀風僧正! 皆でこいつらをやっつけましょう!」
「もうすぐ日が沈む……その前に本体を叩かねばなるまい……。ここで時間を……無駄にするワケにはいかぬ……」
今までにないほど長い数珠を取り出して、太刀風僧正が大きく息を吐いた。
「大規模な術式を使うゆえ……心配無用……。こやつらを片づけたのち……すぐに私も地下に参ろう……」
「だけどっ!」
身を乗り出して太刀風僧正を止めようとした俺を、神楽が手で制した。
「太刀風はこの部屋全体を一気に浄化するつもりじゃ。ここにわらわたちがいても邪魔になるだけであろう。地下へ行くぞ、遥人・奏人・あかり」
どうすれば良い?
俺は束の間、迷った。しかし、こうして迷う間にも時間は過ぎていくのだ。
「くっ、それしかないのか……。太刀風僧正、どうかご無事でっ!」
「太刀風センセー、地下で待ってるからなっ! カッコつけてやられちゃうとかすんなよ!」
「太刀風さん、あたしたち先に行って待っていますから! 絶対絶対来てくださいね!」
「太刀風、頼んだ! よし、地下へ行くぞ!」
個室を抜けて走り出す。部屋からは太刀風僧正が呪文を唱える声が聞こえた。
――どうか、無事で。
思いを込めて、進んで行く。しかし、その足が止まった。
階段に続く廊下に、何十体ものガイコツの群れがいたのである。
「うげぇ! こいつら、あんなにのろかったのにもうここまで来たのかよ!?」
「人形に時間をかけ過ぎたようじゃな」
「どうする神楽!? 強引に駆け抜けるか!?」
焦る俺を、冷静な神楽の声がたしなめた。
「落ち着かぬか、遥人。見取り図を思い出すのじゃ」
「見取り図がどうしたっていうんだ?」
「三階は、円を描くように作られておったじゃろう。つまり、ぐるりと回り道をすればこやつらを避けて、安全に階段を降りられる。むしろこやつらが階段に残ってなくて幸運だったと言えよう」
そうだった。三階は、円形に作られてるんだ。
ならば、こいつらと闘って切り抜けるより、迂回した方がずっと早い。
そんなことにも気がつかないなんて――。
太刀風僧正が抜けてしまって、俺がもっとしっかりしないといけないのに。
気持ちだけが先走っている。
こういうときこそ冷静に。
奏人たちとやったゲームの数々を思い出せ。
相手を追い詰めたとき、勝負が決まる瞬間、引き金を引くとき。
どんなときも、慌てたほうが負ける。
落ち着いてプレイした方が、勝利を収めるんだ。
俺はふぅと息をついて神楽の顔を見た。まだあどけない顔の中で、芯の強そうな大きな目が輝いている。
「すまなかった、神楽。なんか俺、太刀風僧正がいない分もやらなきゃって変に気負ってたみたいだ。神楽の言う通り、回り込んで下に降りよう!」
「それで良い、遥人。いかなるときも冷静さを失うな。では、走るぞ!」
四人で廊下を逆方向に走り出す。
ガイコツたちは追いかけてくるが、やはり動きは遅い。
あっという間に差をつけて、無事に階段までたどり着いた。
「ふぃー、焦った。遥人、皆、こっからどうするワケ? 俺らが見てたホラーゲームだと、地下ってなんか別の場所に入り口があったよな?」
「まずは、一階まで降りましょう! それで地下に続く階段を探さなきゃ!」
無事にガイコツにも遭遇せずに、階段を降りきって一階までついた。
すわりんの配信を思い出して、なんとか地下に続く階段を探り当てようと記憶をたどる。
そのとき、激しくドアが閉まる音と奏人の悲鳴が響いた。
「うわぁぁぁぁ!」
「奏人っ!? どうした、どこだ!?」
「遥人、ここだ! 出られない、助けてくれっ!」
声を追いかけて視線を向けると、鉄製のドアに閉じ込められた奏人の姿があった。
【17】
ドアの上部に鉄格子が付けられていて、なんとか奏人の顔だけは見える。
「奏人っ! どうしたんだ、いったいなんでそんなところに!?」
「俺だってよくわかんねぇ! 急に変な力に引き寄せられて……とにかく、ドアが開かないんだ! そっちから開けてくれ!」
「わかった、すぐに開けるから落ち着け!」
ドアに手を伸ばす。
しかし、レバーハンドル型のドアノブを動かしても、ドアはガタガタと金属が鳴るだけで、一向に開かなかった。
「なんだよこのドア、開かない!?」
「遥人、奏人、どうしたのじゃ?」
「神楽ぁ! ここに閉じ込められたんだよー! こえぇよ、なんとかしてくれよぉ!」
怯えきった表情の奏人が、神楽に必死に助けを求める。
その間も俺は全力でドアを開けようとしていたが、扉はどうしても動かなかった。
「落ち着くのじゃ、奏人! その部屋の中には何かおるか?」
「わかんねぇ! 見たくもねぇ、たのむ! ここから早く出してくれっ!」
「か、奏人さん落ち着いて……きっと神楽さんがなんとかしてくれます!」
パニック状態の奏人を、あかりさんがなんとかなだめる。
部屋の中に引きずり込まれた――?
これも廃病院に仕掛けられた罠か呪いなのか?
神楽がドアに符を当てても、なんの反応も示さない。分厚い金属のドアは、どっしりと閉じたまま微動だにしなかった。
「むぅ、符が効かぬ。よほど強い呪術なのか?」
「符が効かない? ならこの霊木刀で! 神楽、あかりさん、離れて!」
ふたりを下がらせて、霊木刀でドアやノブを何度もたたく。
それでも、ドアは開かない。三人で力を合わせて引っ張ってみても、無駄なことであった。奏人はずっと「早く助けてくれよぉ!」と悲痛な叫び声をあげ続けている。
「符も霊木刀も、腕力でもどうにもならぬ。これではラチがあかぬぞ」
「どうしてここの部屋のドア、こんなに分厚い鉄製なんだ?」
「独房と書いてある、恐らくは暴れる患者を押し込めていたのであろう。そういう場所を選んでなにかを仕掛けておったのかもしれぬな」
「そんな……どうしたら奏人を助け出せる?」
俺の問いかけに、神楽は口を閉じる。
「おい、何静かになってるんだよお前らっ! もうイヤだ、怖いんだ! 閉じ込められているのが怖い! はやくなんとかしてくれよぉ!」
奏人が声を枯らして懇願する。
すぐにでも助け出したいのに、鉄格子越しの奏人があまりにも遠い。
こんなに分厚い鉄の扉では、何かをぶつけてみても無駄だろう。どうすれば……。
「……奏人、お主はしばらくここで待っておれ」
「なっ!? 何を言い出すんだよ神楽! 奏人を閉じ込められたままにするのかっ!?」
「オイっ! ウソだろっ!? 神楽てめぇ、待っていろってなんだよそれっ!?」
おどろく俺たちを順に見て、神楽が顔をゆがめながら口を開く。
「わらわとて、奏人を助けたい。だが、符も効かぬ。霊木刀でも開かぬ。全員で引っ張ってもピクリとも動かぬ。お手上げじゃ、ここにわらわたちに出来ることはない」
「そんな! 神楽さん、ほ、本気でおっしゃってるんですかっ!?」
「本気じゃ、あかり。晴人も奏人も、聞け。奏人は閉じ込められておるが、何かに攻撃を受けているワケではない。ならば、今わらわたちに出来ることは、一刻も早く地下室に行き呪いの元を叩くことじゃ。呪いをかけている者が消滅すれば、このドアにかけられた呪術も力を失うであろう」
歯を食いしばりながら、神楽が悔しそうに言った。
確かに、このドアは俺たちにはどうしようもない。呪いの元をやっつければ、このドアが開く可能性が高いこともわかる。
だけど、それでも――奏人をここに、たった一人で置いて行けるのか?
「神楽ぁ! 何を言ってんだよ俺を見捨てるのかよ、本気かよ!? なぁ、遥人! なんとか言ってくれよ! お前なら、ゲームでもいつもなんとかしてくれてたじゃねーか!」
「奏人……」
泣きながら助けを求める奏人。
どうしても助け出すことが出来ないふがいなさが苦しい。つらい。
少しでも早く、奏人を救いたい。
そのためには……神楽の言う通り、一刻も早く呪いの根源を断つしかないのかもしれない。
少しでも、奏人が怖い思いをする時間が短くなるように。
「奏人、絶対助けてやるからな。ちょっとの間、待っていてくれ!」
「おいおい、遥人っ!? ウソだろ……お前、お前まで俺を置いていくってのか!?」
「この扉を開けるために、地下室のバケモノをやっつけてくる! 絶対に倒して、奏人を迎えに戻ってくる。だから、ここで少しだけ待っていてくれ」
奏人が、信じられないというような表情を浮かべる。
あるいはそれは、絶望の思いだろうか。
「イヤだよ、遥人! 俺はイヤだ、ここでひとりなんておかしくなっちまう! 閉じ込められたままなんて、狂っちまうよ! なぁ! なぁ、なぁ! 今すぐ出してくれ、お願いだよ遥人ぉ!」
今まで見たこともないほどの奏人の悲痛な表情と、切迫した声。
立ち尽くしてしまいそうになった俺の腕を、神楽が掴んだ。
「遥人、おぬしには、おぬしが出来ることをやるしかないのじゃ。迷うな!」
「神楽……。そうか、そうだよな。わかってる、わかっているよ。……奏人、ごめんな。少しだけそこで待っていてくれ。……行ってくる!」
駆けだす。
「俺をひとりで置いて行かないでくれよ、遥人ぉぉぉ!!」
奏人の絶叫が耳に、背中に、心に痛かった。それでも、走るのはやめなかった。
神楽とあかりさんも、つらそうな顔でついてきている。
記憶をたどる。
すわりんはもともと、サクリファイス・ホスピタルは一階から三階をプレイして終わったと思っていた。そこに、真っ黒のアイコンが、コメントを付けていた。
【受け付けのウラのカルテ保管室から、戸を動かすことが出来ます】
受け付けのウラ、カルテ保管室。そこの戸――。
サクリファイス・ホスピタルが完全にこの廃病院を再現したものならば。
地下に通じる道はそこにあるはずだった。
廃病院を東側に向かって進む。
東側の病棟は、いくつかテーブルや机が並べられており、本棚も大きなテレビもあった。
よく見てみるとトランプや将棋の盤とコマ、それにオセロなどもある。
まるでちょっとした遊戯スペースだ。
「ここ、病院ってより遊び場じゃね? なんか場違いっつーかさ」
奏人が撮影しながら、首をかしげる。
「左様、おそらくここはそういった場所じゃ。考えても見よ、奏人。ここは長い間人々を病院の中に押し込めておく場所じゃぞ。ベッドや食事があれば良いというワケではない。多少なりとも娯楽でもなければ、病状は悪化するだけじゃ」
「なるほどねぇ、ここは可哀想な患者さんたちの、数少ない憩いの場ってことかぁ」
「そ、そのせいでしょうか? この場所からはあまり霊圧を感じませんね!」
まわりを見て、あかりさんが言った。俺もここには特にイヤな感じはしない。
それでも神楽と太刀風僧正はお清めを行っていく。
「油断は禁物じゃ。どこにでも、無念は残るものゆえな。わらわたちは、出来ることをすべてやっていかねばならぬ。ここだけ手付かずでは、居場所を無くした霊が悪霊と化してここに集まってくるかもしれないのじゃぞ?」
「そうか、お清めは良くないモノを祓うのと同時に、その場自体も整えるんだな」
「遥人も少しはわかってきたようじゃのう。霊木刀の使い方といい、お主はなかなか見込みがあるかもしれん。……さて、清めも終わった。二階へ行くかのう」
東側の病棟の真ん中に、タイルで舗装された白い階段があった。
横には非常ドアや非常口と書かれた、すでに明かりの灯らない案内もある。
ここが主な移動場所となっていたようだ。
俺は階段へ一歩踏み出して、たまったチリに足をすべらせた。
「おっと、危なかった。皆、気を付けろ。この階段、かなりすべるぞ」
「お清めと一緒に大掃除でもした方がいいんじゃねーか、ここ。ホント昇りにくいったらありゃしねーぞ、クソ」
五人で注意しながら階段を昇っていく。
階段は真ん中に少し広い場所があり、折り返すように逆向きの方向に階段が続いている。学校などでもよく見られる形のものだ。
その小さめの広場を通りかかったとき、俺たちの持っていた明かりが一斉に消えた。
「うわっ、なんだ!?」
「おいおい、なんも見えないじゃねーか!」
「きゃあああ! 怖いですぅ!」
俺と奏人、それにあかりさんが取り乱す。
真っ暗になった廃病院は突然圧し掛かってきた闇で重く、息苦しく感じられる。
ともすればパニックを起こしてしまいそうな心を、なんとか抑え込む。
もしも視界のきかないこの中でおかしな霊にでも襲われたら――そう考えると、背筋に冷たい汗が流れた。
しかし俺たち三人と違い、神楽と太刀風僧正は冷静だ。
「廃病院が……我らの行動を邪魔をしてきておる……。つまりはそれだけ……真相に近づいたということ……」
「そういうことじゃ。遥人、落ち着いてスマートフォンの光をつけよ。おそらく電球を切られたのだろう。こんなこともあろうかと、いくつか替えは持ってきておる。それぞれ取り替えるのじゃ」
「その間は……私が場を守ろう……」
そういうと、太刀風僧正がお経を唱え始めた。
言うなれば、これが廃病院の攻撃に対しての守りになるのだろうか。
俺は神楽に言われた通りにスマートフォンのライトモードを起動させた。
その明かりの中で、神楽が背負っていた大きなバッグを開く。それぞれ照明器具の電球を交換したり、予備の懐中電灯に切り替えたりした。
「廃病院の霊ってのも、なんかセコイ手使ってくるよな。こんなのただの嫌がらせじゃねーか!」
「それだけわらわたちが廃病院に存在するなにかを追い詰めているということじゃ。明かりを換えたなら早々に先にゆくぞ。何度もこんなことをされてはかなわぬゆえな」
照明を揃えて、もう一度階段を昇り二階に到着した。
見取り図を見ると、二階は一階よりだいぶせまい。三階はさらにせまくなっている。
さっきよりも短時間でお清めを終えることが出来そうだ。
二階は入院患者の病床用に作られているようで、いくつも病室が並んでいた。
一階のずらりと並べられたベッドとか違い、せいぜいふたつからよっつほどのベッドが置かれている。
明らかに待遇が違う。
おそらくこの階に入院していた人たちのほうが、家族などが病院に多く金銭を支払ったのだろう。そういう意味では恨みや不満は少ないかもしれない。
「やり方は一階と同じじゃ、ひとつひとつ回って清めてゆくぞ」
「なんか、平凡な部屋ばっかになっちまったなー、ちょっと撮影しがいがないぜ」
病室を回り、お清めをしていく。ベッドの数が少ない分病室も広くないので、神楽や太刀風僧正の作業も効率よく進んでいく。
「な、なんだかこの階は静かですね。このまま進むといいんですが」
「気は抜くなよ、あかり。病院はわらわたちを面白くないと考えているはずじゃ」
「は、はぃぃい!」
それでも、やはり二階のお清めは順調だった。
時に、ベッドに血のあとのようなものが残っていてゾッとしたりもした。
だがそういう場所も、神楽たちが丁寧にお清めをしていくと、何も起こらないのであった。
「ここが最後の部屋か……うっ!?」
残った部屋に懐中電灯を向けた俺が、言葉に詰まる。目の前に、影が揺れている。
天井から紐かロープのようなもので吊るされている、人の形をしたもの――。
明かりのなかでよく見てみると、それは天井から首を吊るされたガイコツであった。
【14】
「こ、これまさか首吊りか? もう白骨化しているけど……」
「うっわ、気持ちわりぃ! やべぇもん撮っちゃったじゃん。こんなん動画に使ったらアカウントをBANされちまうぜ。ここはカットだな」
神楽と太刀風僧正、それにあかりさんが首吊りガイコツに近づいていく。
俺も後を追うように続いた。
よく見ると吊るされた紐は、天井に金属の留め具がつけられている。なんであんなところにフックのような留め具があるのか。
これではまるで、ここに縄をかけて首を吊れと言っているようなものである。
「あの、このガイコツさん、まだかなり思念が残っています。あたしを通せば多分、お話も出来るんじゃないかと思うんですけど」
「左様か……なれば、あかりに降霊を頼む……。今はどんな情報でも……欲しい状態ゆえ……」
「わかりました!」
あかりさんが、ガイコツのそばに正座する。
神楽と太刀風僧正が、それを守るようにそばに立つ。
あかりさんは逆さ魔除け――魔寄せのネックレスをつけると、大きな深呼吸を繰り返す。
やがて、部屋の空気があかりさんに集まるように風が吹きだした。
あかりさんが口を開く。声は、低く沈んだ男性のものであった。
「ナニユエ、今更コノヨウナ場所ニ、生キタ人間ガオル……」
「この廃病院は、現世に呪いをもたらしておる。わらわたちはそれを解放したいのじゃ」
神楽の問いかけに、吊るされたガイコツがかすかに動く。
懐中電灯に照らされ長く伸びた影が、不気味に揺れた。
「呪イ……今モナオ……続イテイルノカ……忌マワシヤ……」
「そなたはここで首を吊って、なお思念が残っておる。思い残したこと、ここで起きたことなどを教えて欲しいのじゃ」
キィ、キィ……とガイコツを吊るしている金具が耳障りな音を立てる。
俺たちのまわりに、次第にイヤな空気とにおいが押し寄せて来た。
「私ハ……ノゾンデ死シタ訳ニアラズ……コノ病院ノ者タチノ倣イニ背キ……コノ有リ様ヨ……。私ハ、生贄ニサレタノダ……」
――生贄?
サクリファイス・ホスピタルの名前、そのままじゃないか。
いったいこの廃病院にはどんな因果が残り、今もまた続いているのだろう。
「この病院か、または病院に属した何者かが生贄を欲している。それはわらわたちも聞き及んでいる。しかし、なぜかようなことをしてまで生贄を求めるのか?」
「私ハ、聖母様ニ……背イタ……ユエニ……生贄ニサレタ……」
「くっそ! また聖母様かよ、ワケわかんねぇ。なんなんだよ、そいつは」
「聖母様ハ……コノ病院ノ患者ニ……崇メ、奉ラレ……象徴……彼ラヲ……マトメ……」
何度も聞いた言葉、聖母様。
おそらくは女性であろうその存在は、この病院に有り、なおかつ患者に信頼されていたのか。それならば、なぜゲームをプレイしてあんな状態になってしまったすわりんは、聖母様とつぶやいていたのだろう。
病室の空気の密度があがり、息苦しささえ感じるようになってきた。
「聖母様とやらが、病院の患者をまとめていた? なれば、なぜそなたはそれに背き、そのように目に合わされているのじゃ? 生贄というのはどういうことなのじゃ?」
「聖母様ノ教エガ全テ……患者タチハソマッテイッタ……私ハ、ソコニ馴染マナカッタ……ソノトキ、アノヨウナコトガ……起、キ……テ……復活ヲ願……アアアッ!」
ガイコツが苦しそうなうめき声をあげる。
骨全体から、ミシミシときしむような音が聞こえ始めた。
吊るされたガイコツが、全身を大きく震わせている。
「神楽……あのガイコツが壊されては……あかりの精神が持たぬ……。謎は残るが……もはや話はここまで……」
「うむ、止むを得まい。彼の者の降霊を解き放つ! はっ!」
神楽があかりさんの額に符を当てて、降霊を解除する。
あかりさんが、その場に倒れこむのを太刀風僧正が支えた。風が吹き抜ける。
その瞬間、首を吊っていたガイコツの骨がさらに激しい音を立て、バラバラに崩れて地面に落下した。
「うむ……間一髪であったか……」
「あかり、しっかりせよ。無理な降霊であったな。大事はないか?」
太刀風僧正の手を借りて立ち上がったあかりさんが、弱弱しく微笑んだ。
「ええ、だいじょうぶです神楽さん。太刀風さんもありがとうございます。謎が増えたような気もしますけど、わかったことも多い降霊でしたね」
ふぅっと息を整えて、あかりさんが居ずまいを正す。
少し顔色が良くないが、自分で動くことは出来るようだ。
「生贄と病院がつながったのは大きなことだと思うんだけど。サクリファイス・ホスピタルは建物だけではなく、現実に生贄を捧げていたってことだよな」
「そうじゃな、そしてその行いには聖母様なる者が絡んでいる。復活を願い、とも言っておったな。そして、ゲームをプレイした者が聖母様と言ったことを考えても、すべてはなんらかの形で関連していると考えられよう」
廃病院、聖母様、生贄。
そしてサクリファイス・ホスピタルというゲーム。
病院が廃墟になり、医者も患者も職員も消えたはずなのに未だ残る因縁のようなもの。
すわりんや消息を絶っている配信者たちのためにも――。
なんとかして、この負の連鎖を断たなくてはならない。
「ともあれ……まずはこの廃病院の呪いを……解くことが先決なり……。それで見えてくる因果もあろう……。時間が惜しい……行くぞ……」
太刀風僧正に促されて、ボロボロになった骨に手を合わせてから、俺たちはガイコツが吊るされていた部屋を出る。
【15】
これで二階は周り終わったが、もうすぐ夕方だ。
神楽が言うには、夜になると霊の力が強まるらしい。急がなくてはならない。
階段に差し掛かると、俺の耳に下から奇妙な音が鳴るのが聞こえて来た。
複数、何十もの何か固いものが動くような音。誰もいないはずの廃病院で、いったい何がこんな音を立てているのか。
「神楽、太刀風僧正! 階段の下から音が迫ってくる! それもすごい数だ!」
「音が……いったいなんじゃ? またおかしなまじないか何かか?」
「そこまではわからないけど……だんだんこっちに向かって来ている!」
「はぁー、何も起きなかったり不気味なことが連続で起きたり、なんなんだよぉ、クソ!」
奏人がいら立った声で言い捨てる。なおも音は近づいていた。
皆にも音が聞こえ始めたらしく、神楽たちが身構える。
「わらわと太刀風は相手をしなくてはならぬかもしれん。あかり、音の方向に光を当ててくれ」
「は、はいっ!」
あかりさんが手にした大きな懐中電灯で階下を照らす。
そこには、階段を這い上がってくる数え切れないほどの人骨があった。
「ほほほ、骨がうごいてますぅ!? なんですかこれぇ!?」
「むう……妙だとは思わぬか、神楽……」
「お主も思うか、太刀風。やはりこれはおかしいのう」
落ち着いて動く骨を観察しているふたりが、言い合った。
「ふたりとも、おかしいってどういうことなんだ!?」
「今までわらわたちが触れて来た心霊現象は、言うなれば和、日本に現れるものじゃ。しかして、白骨が動き迫ってくるなど、あまり起こらない。死体は火葬するゆえな。むしろこれは西洋の呪術、ネクロマンサーのようなものだ」
「だけど、怪奇現象なんてどれも同じだろう?」
「違う……。今までのものはそこに怨念などがあれば……自然に起きてもおかしくない現象……。しかし……これは異なる……誰かが意図的に魔術を施さねば……こんなことはおきない」
意図的に魔術を行った――?
つまり、怨念や苦しみが霊になったのではなく、誰かが人為的にこの怪奇を起こしているということか?
考えてみれば、サクリファイス・ホスピタルだってそうだ。
ゲームが自然に生まれるワケがない。
勝手にインターネットに出回るハズがない。
誰かが、サクリファイス・ホスピタルを作ったからこそ存在するんだ。この事件には、裏で糸を引いている黒幕がいるのか――。
「とにかく、こいつらをどうする!? ぶったたいて壊すか!?」
俺は腰に差していた霊木刀を構えて言った。
「いや……数が多すぎる……。これでは……時間の無駄だ……」
「それに、この人骨どもが魔術の産物ならば、病院の呪いとは別物じゃ。後回しでも問題ない。幸いこやつらは動きが遅い、無視して三階にゆくぞよ!」
そうか、病院の呪いではないなら、清めても地下に控えた強敵の弱体化にはつながらないワケか。
まさに時間稼ぎの相手……。黒幕は、かなり周到なやつのようだ。
人骨から逃げるため、駆け足で階段をあがっていく。
三階に着いたとき、神楽の息があがっていた。華奢な身体で大きな荷物を背負っているのだから、当然だろう。
「おいおい、神楽息あがっちゃってるじゃん。しょーがねーなぁ、ほれ、荷物よこせよ。俺が持っててやる」
「ぬ、この程度、どうということない」
めずらしく奏人が気の利いたことを言った。
自分が何もしていない自覚はあるようだ。
「まだあの骨野郎が追いかけてきてるんだろ、走る場面もあるかもじゃん。神楽と太刀風センセーが戦えないと俺たちが困るワケ。ここは一般人代表に任せろって」
「むう……」
神楽は奏人に疲れを見抜かれ、仕方ないといった様子で荷物を奏人に預けた。
「どうだ遥人、これで俺も役に立ってるんだからな! うるさいこと言うなよな!」
「わかってるよ奏人。でも撮影はいい加減にしとけよ」
「荷物持ちしてるんだから、撮影くらい良いだろ。この事件が終わったら、ハルカナチャンネルは登録者数が爆増だぞ、俺たち一気に人気者だ、遥人も喜べよ!」
「すわりんたちのことが優先だろ。やれやれ」
本当に奏人はマイペースである。
ただ、いつもと変わらぬその姿が、俺の気持ちを少しだけ落ち着かせてくれる。
三階もまた、入院患者用の病室が並んでいた。
今度はどれも個室である。
一階は雑魚寝のような部屋、二階はやや複数。そしてここは個人専用と使い分けられているようだ。個室だけに、お清めも手早く進んでいく。
ある個室に入ったとき、俺はおかしな気配を感じた。
何かいる――。俺の直感がそう言っている。
いったいどこに……。
「あれは……人形?」
この部屋に入院していたのは女の子だったのだろうか。
ベッドのそばの棚に腰掛けるようにして、西洋人形が置かれていた。
その人形が、なにかおかしい。首筋が痺れるような感じ。この違和感――。
「神楽! 太刀風僧正! あの人形はなにかおかしい! 注意しろ!」
霊木刀を抜いて、叫ぶ。
神楽と太刀風僧正も、俺の言葉に素早く反応した。
その瞬間、西洋人形はものすごいスピードで飛び掛かって来る。
「今度は人形が動くとか、ホラー映画そのまんまじゃねーか!」
「くそ、こいつ速いっ!」
霊木刀を思い切り叩きつける。しかし、人形はひらりと身をかわした。
手の甲に、小さな痛みが走った。見ると切り傷が出来ている。あの人形の爪だろうか。
「注意しろ、何か鋭いものを持ってる!」
人形は、素早く自在に宙を舞う。
神楽の符も太刀風僧正の数珠も、なかなか人形を捉えることが出来ない。
しびれを切らした奏人が声をあげる。
「なぁ、太刀風センセーよぉ! こんなの無視して先に行くってのはダメなのかっ!?」
「先ほどの骨と違い……かなり速い……。逃げても、追い付かれるだけ……」
「ここで片づけるしかないのじゃ! ええい、それにしてもわずらわしい!」
三人がかりでも、なかなか人形に攻撃を当てることが出来ない。
人形は俺たちを嘲笑うように、俺と神楽と太刀風僧正の間を動き回っている。
――なぜ、俺たち三人しか狙わないんだ?
――どうして、あかりさんと奏人に攻撃をしない?
俺は人形の動きをじっと観察した。すると、あることが見えてきた。
この人形は、攻撃してくる相手に反応して動いているんだ。
神楽が符を出せば神楽を襲い、太刀風僧正の数珠が飛べばそれをかわして斬りかかる。
それならば、攻撃をかわし反撃に移る瞬間の隙を狙えば、もしかしたら――。
「神楽、考えがある! 俺の合図で人形に攻撃を仕掛けてくれ!」
「なんじゃと? いや、ここはお主を信じるか。把握した!」
人形が太刀風僧正の数珠をかわし、反撃した。
回避から反撃に変わる一瞬、人形は動きを止める。狙うのはそこだ。
「神楽、今だ! 人形に攻撃してくれ!」
「承知した! てやぁ!」
神楽の繰り出した符を、人形がひらりとかわした。
ほんの一瞬、反撃に映ろうとする人形の動きが止まる。
一気に間合いをつめ、俺は人形に霊木刀を振り下ろした。
「そこだ! おおおっ!」
重い手応え。
俺の霊木刀は、見事に人形の頭に命中した。
しかし、頭部を破壊された人形はまだビクビクと動いている。
「祓いたまえっ、清めたまえ!」
神楽の符が人形の中心に押し当てられた。
ぶしゅうっと空気が抜けたような音をして、人形が地面に落下した。「南無……」と短く言った太刀風僧正が、数珠を持った手で人形の残骸を殴り潰す。
「おー、すっげー! 遥人やるじゃん!」
「遥人さん、お見事でございますっ!」
「よく観察して、なんとか動きを読めたよ。うまく行って良かった」
念入りに人形にお札を張り付けた神楽が、俺に向き直る。
「やるのう、遥人。これもお主の勘か?」
「これは勘じゃないよ。人形の動きをよく見ていたら、攻撃と回避の間に一瞬止まるときがあるって気付いたんだ」
「良い判断であった……。我らのように……悪霊と闘いなれた者には、見えぬことも……そなたになら見えるのやもな……」
皆に褒められると、ついつい浮かれてしまう。
けれど嬉しい気持ちを抑え込んで、気を引き締めた。
「日没までもうあまり時間がない、どんどん行こう」
「そうじゃな、手間取ってしまったゆえ、急がねばじゃな。それにしても……晴人、太刀風、気付いたか? あの人形はまだ置かれて間もないものだったぞ。汚れもなく、ほこりもかぶっていなかった」
「誰かが立ち入り……設置したということ……。ゲームの流行と言い……意図的なものだな……」
言われてみれば、人形だけは廃墟に似つかわしくなくキレイなままであった。
この廃病院に、つい最近誰かが入って仕掛けたということか。
「これからも罠はあるじゃろうな、警戒して行こう」
それからも個室をひとつずつ浄化して回る。
個室には窓があり、すでに外が夕暮れのオレンジに包まれているのが見て取れた。
もうすぐあの夕日が沈んでしまう。
その前に呪いの正体を突き止めて解決しなければ。
決意も新たに踏み込んだ最後の個室で、俺は言葉を失った。
その部屋には、ずらりと人形が並べられていたのだ――。
【16】
「なぁ、おい、遥人……。まさか、アレ全部ヤバイなんてことないだろうな?」
奏人が声を震わせる。俺は霊木刀を抜いて、歯ぎしりして言った。
「悪い知らせだ、奏人。あの人形全部からイヤな予感がする」
「マジかよ……。たった一体であんなに手こずったのに」
「さっきの洋風の人形以外にも、和人形とかよくわからないものまでありますよっ!?」
「そうは言っても、やるしかなかろう!」
神楽と俺が身構える。しかし、その前に太刀風僧正が立った。
「ここは……我に任せよ……」
「何を言うんですか、太刀風僧正! 皆でこいつらをやっつけましょう!」
「もうすぐ日が沈む……その前に本体を叩かねばなるまい……。ここで時間を……無駄にするワケにはいかぬ……」
今までにないほど長い数珠を取り出して、太刀風僧正が大きく息を吐いた。
「大規模な術式を使うゆえ……心配無用……。こやつらを片づけたのち……すぐに私も地下に参ろう……」
「だけどっ!」
身を乗り出して太刀風僧正を止めようとした俺を、神楽が手で制した。
「太刀風はこの部屋全体を一気に浄化するつもりじゃ。ここにわらわたちがいても邪魔になるだけであろう。地下へ行くぞ、遥人・奏人・あかり」
どうすれば良い?
俺は束の間、迷った。しかし、こうして迷う間にも時間は過ぎていくのだ。
「くっ、それしかないのか……。太刀風僧正、どうかご無事でっ!」
「太刀風センセー、地下で待ってるからなっ! カッコつけてやられちゃうとかすんなよ!」
「太刀風さん、あたしたち先に行って待っていますから! 絶対絶対来てくださいね!」
「太刀風、頼んだ! よし、地下へ行くぞ!」
個室を抜けて走り出す。部屋からは太刀風僧正が呪文を唱える声が聞こえた。
――どうか、無事で。
思いを込めて、進んで行く。しかし、その足が止まった。
階段に続く廊下に、何十体ものガイコツの群れがいたのである。
「うげぇ! こいつら、あんなにのろかったのにもうここまで来たのかよ!?」
「人形に時間をかけ過ぎたようじゃな」
「どうする神楽!? 強引に駆け抜けるか!?」
焦る俺を、冷静な神楽の声がたしなめた。
「落ち着かぬか、遥人。見取り図を思い出すのじゃ」
「見取り図がどうしたっていうんだ?」
「三階は、円を描くように作られておったじゃろう。つまり、ぐるりと回り道をすればこやつらを避けて、安全に階段を降りられる。むしろこやつらが階段に残ってなくて幸運だったと言えよう」
そうだった。三階は、円形に作られてるんだ。
ならば、こいつらと闘って切り抜けるより、迂回した方がずっと早い。
そんなことにも気がつかないなんて――。
太刀風僧正が抜けてしまって、俺がもっとしっかりしないといけないのに。
気持ちだけが先走っている。
こういうときこそ冷静に。
奏人たちとやったゲームの数々を思い出せ。
相手を追い詰めたとき、勝負が決まる瞬間、引き金を引くとき。
どんなときも、慌てたほうが負ける。
落ち着いてプレイした方が、勝利を収めるんだ。
俺はふぅと息をついて神楽の顔を見た。まだあどけない顔の中で、芯の強そうな大きな目が輝いている。
「すまなかった、神楽。なんか俺、太刀風僧正がいない分もやらなきゃって変に気負ってたみたいだ。神楽の言う通り、回り込んで下に降りよう!」
「それで良い、遥人。いかなるときも冷静さを失うな。では、走るぞ!」
四人で廊下を逆方向に走り出す。
ガイコツたちは追いかけてくるが、やはり動きは遅い。
あっという間に差をつけて、無事に階段までたどり着いた。
「ふぃー、焦った。遥人、皆、こっからどうするワケ? 俺らが見てたホラーゲームだと、地下ってなんか別の場所に入り口があったよな?」
「まずは、一階まで降りましょう! それで地下に続く階段を探さなきゃ!」
無事にガイコツにも遭遇せずに、階段を降りきって一階までついた。
すわりんの配信を思い出して、なんとか地下に続く階段を探り当てようと記憶をたどる。
そのとき、激しくドアが閉まる音と奏人の悲鳴が響いた。
「うわぁぁぁぁ!」
「奏人っ!? どうした、どこだ!?」
「遥人、ここだ! 出られない、助けてくれっ!」
声を追いかけて視線を向けると、鉄製のドアに閉じ込められた奏人の姿があった。
【17】
ドアの上部に鉄格子が付けられていて、なんとか奏人の顔だけは見える。
「奏人っ! どうしたんだ、いったいなんでそんなところに!?」
「俺だってよくわかんねぇ! 急に変な力に引き寄せられて……とにかく、ドアが開かないんだ! そっちから開けてくれ!」
「わかった、すぐに開けるから落ち着け!」
ドアに手を伸ばす。
しかし、レバーハンドル型のドアノブを動かしても、ドアはガタガタと金属が鳴るだけで、一向に開かなかった。
「なんだよこのドア、開かない!?」
「遥人、奏人、どうしたのじゃ?」
「神楽ぁ! ここに閉じ込められたんだよー! こえぇよ、なんとかしてくれよぉ!」
怯えきった表情の奏人が、神楽に必死に助けを求める。
その間も俺は全力でドアを開けようとしていたが、扉はどうしても動かなかった。
「落ち着くのじゃ、奏人! その部屋の中には何かおるか?」
「わかんねぇ! 見たくもねぇ、たのむ! ここから早く出してくれっ!」
「か、奏人さん落ち着いて……きっと神楽さんがなんとかしてくれます!」
パニック状態の奏人を、あかりさんがなんとかなだめる。
部屋の中に引きずり込まれた――?
これも廃病院に仕掛けられた罠か呪いなのか?
神楽がドアに符を当てても、なんの反応も示さない。分厚い金属のドアは、どっしりと閉じたまま微動だにしなかった。
「むぅ、符が効かぬ。よほど強い呪術なのか?」
「符が効かない? ならこの霊木刀で! 神楽、あかりさん、離れて!」
ふたりを下がらせて、霊木刀でドアやノブを何度もたたく。
それでも、ドアは開かない。三人で力を合わせて引っ張ってみても、無駄なことであった。奏人はずっと「早く助けてくれよぉ!」と悲痛な叫び声をあげ続けている。
「符も霊木刀も、腕力でもどうにもならぬ。これではラチがあかぬぞ」
「どうしてここの部屋のドア、こんなに分厚い鉄製なんだ?」
「独房と書いてある、恐らくは暴れる患者を押し込めていたのであろう。そういう場所を選んでなにかを仕掛けておったのかもしれぬな」
「そんな……どうしたら奏人を助け出せる?」
俺の問いかけに、神楽は口を閉じる。
「おい、何静かになってるんだよお前らっ! もうイヤだ、怖いんだ! 閉じ込められているのが怖い! はやくなんとかしてくれよぉ!」
奏人が声を枯らして懇願する。
すぐにでも助け出したいのに、鉄格子越しの奏人があまりにも遠い。
こんなに分厚い鉄の扉では、何かをぶつけてみても無駄だろう。どうすれば……。
「……奏人、お主はしばらくここで待っておれ」
「なっ!? 何を言い出すんだよ神楽! 奏人を閉じ込められたままにするのかっ!?」
「オイっ! ウソだろっ!? 神楽てめぇ、待っていろってなんだよそれっ!?」
おどろく俺たちを順に見て、神楽が顔をゆがめながら口を開く。
「わらわとて、奏人を助けたい。だが、符も効かぬ。霊木刀でも開かぬ。全員で引っ張ってもピクリとも動かぬ。お手上げじゃ、ここにわらわたちに出来ることはない」
「そんな! 神楽さん、ほ、本気でおっしゃってるんですかっ!?」
「本気じゃ、あかり。晴人も奏人も、聞け。奏人は閉じ込められておるが、何かに攻撃を受けているワケではない。ならば、今わらわたちに出来ることは、一刻も早く地下室に行き呪いの元を叩くことじゃ。呪いをかけている者が消滅すれば、このドアにかけられた呪術も力を失うであろう」
歯を食いしばりながら、神楽が悔しそうに言った。
確かに、このドアは俺たちにはどうしようもない。呪いの元をやっつければ、このドアが開く可能性が高いこともわかる。
だけど、それでも――奏人をここに、たった一人で置いて行けるのか?
「神楽ぁ! 何を言ってんだよ俺を見捨てるのかよ、本気かよ!? なぁ、遥人! なんとか言ってくれよ! お前なら、ゲームでもいつもなんとかしてくれてたじゃねーか!」
「奏人……」
泣きながら助けを求める奏人。
どうしても助け出すことが出来ないふがいなさが苦しい。つらい。
少しでも早く、奏人を救いたい。
そのためには……神楽の言う通り、一刻も早く呪いの根源を断つしかないのかもしれない。
少しでも、奏人が怖い思いをする時間が短くなるように。
「奏人、絶対助けてやるからな。ちょっとの間、待っていてくれ!」
「おいおい、遥人っ!? ウソだろ……お前、お前まで俺を置いていくってのか!?」
「この扉を開けるために、地下室のバケモノをやっつけてくる! 絶対に倒して、奏人を迎えに戻ってくる。だから、ここで少しだけ待っていてくれ」
奏人が、信じられないというような表情を浮かべる。
あるいはそれは、絶望の思いだろうか。
「イヤだよ、遥人! 俺はイヤだ、ここでひとりなんておかしくなっちまう! 閉じ込められたままなんて、狂っちまうよ! なぁ! なぁ、なぁ! 今すぐ出してくれ、お願いだよ遥人ぉ!」
今まで見たこともないほどの奏人の悲痛な表情と、切迫した声。
立ち尽くしてしまいそうになった俺の腕を、神楽が掴んだ。
「遥人、おぬしには、おぬしが出来ることをやるしかないのじゃ。迷うな!」
「神楽……。そうか、そうだよな。わかってる、わかっているよ。……奏人、ごめんな。少しだけそこで待っていてくれ。……行ってくる!」
駆けだす。
「俺をひとりで置いて行かないでくれよ、遥人ぉぉぉ!!」
奏人の絶叫が耳に、背中に、心に痛かった。それでも、走るのはやめなかった。
神楽とあかりさんも、つらそうな顔でついてきている。
記憶をたどる。
すわりんはもともと、サクリファイス・ホスピタルは一階から三階をプレイして終わったと思っていた。そこに、真っ黒のアイコンが、コメントを付けていた。
【受け付けのウラのカルテ保管室から、戸を動かすことが出来ます】
受け付けのウラ、カルテ保管室。そこの戸――。
サクリファイス・ホスピタルが完全にこの廃病院を再現したものならば。
地下に通じる道はそこにあるはずだった。
0
あなたにおすすめの小説
アリアさんの幽閉教室
柚月しずく
児童書・童話
この学校には、ある噂が広まっていた。
「黒い手紙が届いたら、それはアリアさんからの招待状」
招かれた人は、夜の学校に閉じ込められて「恐怖の時間」を過ごすことになる……と。
招待状を受け取った人は、アリアさんから絶対に逃れられないらしい。
『恋の以心伝心ゲーム』
私たちならこんなの楽勝!
夜の学校に閉じ込められた杏樹と星七くん。
アリアさんによって開催されたのは以心伝心ゲーム。
心が通じ合っていれば簡単なはずなのに、なぜかうまくいかなくて……??
『呪いの人形』
この人形、何度捨てても戻ってくる
体調が悪くなった陽菜は、原因が突然現れた人形のせいではないかと疑いはじめる。
人形の存在が恐ろしくなって捨てることにするが、ソレはまた家に現れた。
陽菜にずっと付き纏う理由とは――。
『恐怖の鬼ごっこ』
アリアさんに招待されたのは、美亜、梨々花、優斗。小さい頃から一緒にいる幼馴染の3人。
突如アリアさんに捕まってはいけない鬼ごっこがはじまるが、美亜が置いて行かれてしまう。
仲良し3人組の幼馴染に一体何があったのか。生き残るのは一体誰――?
『招かれざる人』
新聞部の七緒は、アリアさんの記事を書こうと自ら夜の学校に忍び込む。
アリアさんが見つからず意気消沈する中、代わりに現れたのは同じ新聞部の萌香だった。
強がっていたが、夜の学校に一人でいるのが怖かった七緒はホッと安心する。
しかしそこで待ち受けていたのは、予想しない出来事だった――。
ゾクッと怖くて、ハラハラドキドキ。
最後には、ゾッとするどんでん返しがあなたを待っている。
笑いの授業
ひろみ透夏
児童書・童話
大好きだった先先が別人のように変わってしまった。
文化祭前夜に突如始まった『笑いの授業』――。
それは身の毛もよだつほどに怖ろしく凄惨な課外授業だった。
伏線となる【神楽坂の章】から急展開する【高城の章】。
追い詰められた《神楽坂先生》が起こした教師としてありえない行動と、その真意とは……。
クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました
藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。
相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。
さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!?
「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」
星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。
「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」
「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」
ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や
帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……?
「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」
「お前のこと、誰にも渡したくない」
クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。
ノースキャンプの見張り台
こいちろう
児童書・童話
時代劇で見かけるような、古めかしい木づくりの橋。それを渡ると、向こう岸にノースキャンプがある。アーミーグリーンの北門と、その傍の監視塔。まるで映画村のセットだ。
進駐軍のキャンプ跡。周りを鉄さびた有刺鉄線に囲まれた、まるで要塞みたいな町だった。進駐軍が去ってからは住宅地になって、たくさんの子どもが暮らしていた。
赤茶色にさび付いた監視塔。その下に広がる広っぱは、子どもたちの最高の遊び場だ。見張っているのか、見守っているのか、鉄塔の、あのてっぺんから、いつも誰かに見られているんじゃないか?ユーイチはいつもそんな風に感じていた。
四尾がつむぐえにし、そこかしこ
月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。
憧れのキラキラ王子さまが転校する。
女子たちの嘆きはひとしお。
彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。
だからとてどうこうする勇気もない。
うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。
家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。
まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。
ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、
三つのお仕事を手伝うことになったユイ。
達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。
もしかしたら、もしかしちゃうかも?
そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。
結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。
いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、
はたしてユイは何を求め願うのか。
少女のちょっと不思議な冒険譚。
ここに開幕。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
「いっすん坊」てなんなんだ
こいちろう
児童書・童話
ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。
自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる