身代わりで処刑された執事を救うため、悪女になります!

七海ななな

文字の大きさ
6 / 8

落ち着いてください、ロザリア様。

しおりを挟む
「……少しばかり、コルセットがきつくなるかもしれませんが、ご容赦を」
​「ちょっと待って、それって私が太ったって言いたいわけ!?」

​私が睨むと、ユリウスは表情一つ変えずに、私のウエストを視線でなぞった。
​「滅相もございません。ただ、今夜のロザリア様はいつも以上に『隙のない美しさ』が必要だと思いまして。……骨が二、三本折れる覚悟で締めて差し上げますよ」
​「いやだ、怖い!お手柔らかにってば!」
​「おや、あんなに威勢よく『完璧にしろ』と仰ったのはどなたでしたっけ?」

ぐぬぬ……。ユリウスはいつもそうだ。
意地が悪くて、主である私をからかって楽しんでいる節がある。

「分かったわよ、もう! 好きにして!」

私が半ばヤケクソで言い放つと、ユリウスは「心得ました」と短く応じ、私の背後に回った。

「失礼いたします」

その直後だった。
ぎりっ、と空気が軋むような音がして、私の胃のあたりに凄まじい圧力がかかった。

「ひ、ふぎっ……!?」

冗談抜きで骨の数本が悲鳴を上げそうな締め上げっぷり。ユリウスの手加減なしの「完璧」が、私のウエストをさらに限界まで絞っていく。

「やりすぎよバカユリウス!!」

私が涙目で叫んでも、背後の男は微塵も動じない。むしろ、さらに「ぎりり」ともう一段絞り上げてきた。

「バカとは心外ですね。私は貴方の『完璧にして』という仰せを忠実に守っているだけですが」
「っ、限度があるでしょ、げん、どが……っ!」
「お喋りができるうちは、まだ余裕がある証拠です。さあ、息を吐ききってください」
「ひいぃ……っ!」

酸素が肺から強制的に追い出され、意識が飛びそうになる。
けれど、最後にユリウスが流れるような手つきでリボンを固定すると、あら不思議。あれほど苦しかったはずなのに、私の体は一本の芯が通ったように凛と立ち上がり、鏡の中には見違えるほど凛然とした「公爵令嬢」がいた。

「……ふぅ。……死ぬかと思った」

私はようやく肺に空気を送り込み、鏡の中の自分をまじまじと見つめた。
ヴィルヘルム殿下の瞳と同じ、深い青のドレス。それが私の肌と、ユリウスに締め上げられた腰をこの上なく美しく強調している。

​「ほう、もうお疲れですか? ですが残念ながら、コルセットは単なる土台に過ぎませんよ。……さあ、次は髪です。座ってください」

鏡の前に座らされた私の髪を、彼は迷いのない手つきで梳き上げていく。
複雑な編み込みに、青いドレスに合わせたサファイアの髪飾りを絶妙な位置に差し込む。さらに、私の肌の色を一番綺麗に見せるネックレスを選び出す。

手袋のシワひとつ、スカートのドレープのゆらぎひとつに至るまで、彼は一切の妥協を許さない。あまりの早業と出来栄えの良さに、私は呆然として鏡の中の自分を見つめた。

「……ユリウス。あなた、意外とセンスあるわね……というか、どこでそんな技術覚えたのよ!」

思わず振り返って詰め寄ると、ユリウスはサファイアのピアスを私の耳元に飾りながら、事も無げに答えた。

「執事の教養のひとつですよ。」

ユリウスは最後の一仕上げに、私の肩に薄いレースのショールをふわりと掛けた。

「お待たせいたしました、ロザリア様。……実にお似合いですよ」

背後でユリウスが、さも当然といった顔で微笑んでいる。
腹立たしいほど完璧な仕事だ。

「……うん、いいわ。これならエミリアの隣に立っても、一歩も引けを取らない」

◇◇◇

​大広間へと続く長い回廊。私はふと足を止める。

​「あら、いけない。ユリウス、自室の机に扇を忘れてきてしまったわ。取ってきてくれないかしら?」
​「扇、ですか。……予備のものがこちらに」
​「いいえ、あれじゃなきゃ嫌なの。……お願い」

​私が少し我が儘な主を演じて見せると、ユリウスは私の意図を察したように「かしこまりました」と深く一礼し、音もなく背後へ去っていく。

​一人になった私は、壁に飾られた大きな鏡の前で立ち止まった。
その時、柱の影から滑り出すように、一人の少女が現れる。

……エミリア。

​鏡越しにその姿を認めた瞬間、全身の血液が逆流するような感覚に襲われた。
最後に去っていく傷だらけのユリウスの背中、広場を埋め尽くした民衆の罵声、そして何より――最期の瞬間に私を見下ろした、彼女のあの冷酷な、悦びに満ちた瞳。

​(……よくも、のうのうと私の前に、その薄汚い顔を晒せたものね)

​握りしめた扇が、みしりと音を立てる。
今すぐその細い喉を掴み、あの日私が味わった絶望のすべてを叩き込んでやりたい。その「天使の仮面」を剥ぎ取り、地を這いずらせてやりたい。

……落ち着け、ロザリア。
ここで感情に任せて動けば、一周目の二の舞になる。
彼女を殺すのは今じゃない。最も残酷で、最も惨めな形で、彼女が築き上げた偽りの世界をすべて奪い取ってからだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

退屈扱いされた私が、公爵様の教えで社交界を塗り替えるまで

阿里
恋愛
「お前は僕の隣に立つには足りない」――そう言い放たれた夜から、私の世界は壊れた。 辺境で侍女として働き始めた私は、公爵の教えで身だしなみも心も整えていく。 公爵は決して甘やかさない。だが、その公正さが私を変える力になった。 元婚約者の偽りは次々に暴かれ、私はもう泣かない。最後に私が選んだのは、自分を守ってくれた静かな人。

見捨ててくれてありがとうございます。あとはご勝手に。

阿里
恋愛
「君のような女は俺の格を下げる」――そう言って、侯爵家嫡男の婚約者は、わたしを社交界で公然と捨てた。 選んだのは、華やかで高慢な伯爵令嬢。 涙に暮れるわたしを慰めてくれたのは、王国最強の騎士団副団長だった。 彼に守られ、真実の愛を知ったとき、地味で陰気だったわたしは、もういなかった。 やがて、彼は新妻の悪行によって失脚。復縁を求めて縋りつく元婚約者に、わたしは冷たく告げる。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

さようなら、私を「枯れた花」と呼んだ貴方。~辺境で英雄を救って聖女と呼ばれたので、没落した元婚約者の謝罪は受け付けません~

阿里
恋愛
「お前のような見栄えの悪い女は、俺の隣にふさわしくない」 婚約者アレクに捨てられ、辺境へ追いやられたセレナ。 けれど、彼女が森で拾ったのは、アレクなど足元にも及ばないほど強くて優しい、呪われた英雄ライアンだった。 セレナの薬草が奇跡を起こし、王都を救う特効薬となったとき、かつて自分を捨てた男との再会が訪れる。 「やり直そう」と縋り付くアレクに、セレナは最愛の人と寄り添いながら静かに微笑む。 ――あなたが捨てたのは、ただの影ではなく、あなたの未来そのものだったのですよ。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。

銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。 しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。 しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……

処理中です...