エルフの秘薬

かずら

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1.忍び寄る病

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病に倒れ、エルヴィスに命を救われてから数年が経った。成人したフェネリアは立派な女性へと成長し、命を救ってくれたエルヴィスに報いるべく彼の下で薬の研究を手伝うようになっていた。
時には近くの森、時には遠くの山へ出掛け薬草や新種の花を見つけては採取し持ち帰り効能について調べている。
エルヴィスの住居でもあり研究所でもある館はいくつも部屋があり、膨大な資料が並ぶ書庫もまたその1つだった。

「あれ…?こんな本、あったっけ…」

書庫の隅の本棚に、古ぼけた厚い本が忘れ去られたように置かれている。装丁は丁寧だが見慣れない物で、表紙には手書きの文字で『薬についての記録』と書かれてあった。それは本というよりも手記に近い。
中には文字と何かのスケッチのようなものが所狭しと詰め込まれていて、全てを読み切るには1日ではとても足りなさそうだ。最後の方のページの隅に、「秘薬」の文字を見つけてフェネリアは手を止めた。

「…!」

秘薬──それは、植物等を使う通常の薬とは異なり、エルフ族の持つ魔力をとある特殊な方法で抽出し作られるという稀有な薬だ。どんな傷や病にも効くとされるが、その効能故に魔力を抽出する方法はエルフ族の中でも限られた者しか知らない。
もちろんフェネリアも知るはずもなく、今まで特に知りたいと思った事もなかったが、目の前にあるかもしれないそれに目が勝手に文字を追おうとする。それをなんとか引きはがして、フェネリアは本を閉じた。今自分が見て良いものではない。本当に知りたいと思ったその時は、この本の持ち主であり館の主であるエルヴィスに教えを乞うのが正しい。そう思った。

その本の事は頭の片隅に残りながらもいつしか気にならなくなってきたある日、フェネリアがいつものように作業をしていると館の扉を荒く叩く音がした。エルヴィスが扉を開くと、そこには男が1人肩で息をしながら立っていた。

「何があった?」

エルヴィスが尋ねると、男は妻が突然倒れて苦しみ出したのだと話した。薬を飲ませても効果がなく、どんどん顔色も悪くなってきてなす術もなくエルヴィスを頼ったのだと。

「エルヴィス様、」

傍らで話を聞いていたフェネリアが顔を上げると、エルヴィスはすぐに頷いた。

「すぐに向かおう。フェネリア、薬籠の用意を」

「はい!」

一通りの薬と器具の詰め込まれた薬籠を持ち、エルヴィスと共に男の家へと急ぐ。男の妻は寝室のベッドに寝かされていた。顔が真っ青で、息が驚くほど荒い。首筋には見たこともないような紫色の斑点がうっすら浮かんでいた。

「これは…」

エルヴィスの顔がこわばった。

「フェネリア、ルーデアの花とネテスの芽を」

言われた通り薬籠の中から青色の花と小さな黄色い植物の芽を取り出してエルヴィスへと手渡す。解毒剤として広く知られている薬の材料だった。慣れた手つきで調合した薬を水に溶いて患者の口元へ添える。

「さあ、これを飲んで」

「……うう」

ゆっくりと喉が動いて女が薬を飲みほした。しかし効果はうすく、少し呼吸が落ち着いたようには見えるが症状は治まっていない。

「……」

エルヴィスは少し押し黙って、いつも身に着けている腰の袋へ手を伸ばした。しゅるりと紐を解くと、中から淡い金色の光をまとう丸い粒が転がりでてくる。見たことのない物だった。エルヴィスはそれを1粒つまむと、同じ薬を調合し、その上に金の粒を落として混ぜ込んだ。金の粒はさらさらと砕けて金の粉になり、水に溶けばそれは神秘的な光を放つ聖水のようだった。さきほどの物よりもとろみのあるそれを患者に飲ませる。すると効果はすぐに表れ、瞬く間に呼吸は落ち着き顔色は本来の明るさを取り戻した。妻の回復を目の前にした男が安堵に涙を浮かべ頬をゆるめた。
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