2 / 4
1.忍び寄る病
しおりを挟む
病に倒れ、エルヴィスに命を救われてから数年が経った。成人したフェネリアは立派な女性へと成長し、命を救ってくれたエルヴィスに報いるべく彼の下で薬の研究を手伝うようになっていた。
時には近くの森、時には遠くの山へ出掛け薬草や新種の花を見つけては採取し持ち帰り効能について調べている。
エルヴィスの住居でもあり研究所でもある館はいくつも部屋があり、膨大な資料が並ぶ書庫もまたその1つだった。
「あれ…?こんな本、あったっけ…」
書庫の隅の本棚に、古ぼけた厚い本が忘れ去られたように置かれている。装丁は丁寧だが見慣れない物で、表紙には手書きの文字で『薬についての記録』と書かれてあった。それは本というよりも手記に近い。
中には文字と何かのスケッチのようなものが所狭しと詰め込まれていて、全てを読み切るには1日ではとても足りなさそうだ。最後の方のページの隅に、「秘薬」の文字を見つけてフェネリアは手を止めた。
「…!」
秘薬──それは、植物等を使う通常の薬とは異なり、エルフ族の持つ魔力をとある特殊な方法で抽出し作られるという稀有な薬だ。どんな傷や病にも効くとされるが、その効能故に魔力を抽出する方法はエルフ族の中でも限られた者しか知らない。
もちろんフェネリアも知るはずもなく、今まで特に知りたいと思った事もなかったが、目の前にあるかもしれないそれに目が勝手に文字を追おうとする。それをなんとか引きはがして、フェネリアは本を閉じた。今自分が見て良いものではない。本当に知りたいと思ったその時は、この本の持ち主であり館の主であるエルヴィスに教えを乞うのが正しい。そう思った。
その本の事は頭の片隅に残りながらもいつしか気にならなくなってきたある日、フェネリアがいつものように作業をしていると館の扉を荒く叩く音がした。エルヴィスが扉を開くと、そこには男が1人肩で息をしながら立っていた。
「何があった?」
エルヴィスが尋ねると、男は妻が突然倒れて苦しみ出したのだと話した。薬を飲ませても効果がなく、どんどん顔色も悪くなってきてなす術もなくエルヴィスを頼ったのだと。
「エルヴィス様、」
傍らで話を聞いていたフェネリアが顔を上げると、エルヴィスはすぐに頷いた。
「すぐに向かおう。フェネリア、薬籠の用意を」
「はい!」
一通りの薬と器具の詰め込まれた薬籠を持ち、エルヴィスと共に男の家へと急ぐ。男の妻は寝室のベッドに寝かされていた。顔が真っ青で、息が驚くほど荒い。首筋には見たこともないような紫色の斑点がうっすら浮かんでいた。
「これは…」
エルヴィスの顔がこわばった。
「フェネリア、ルーデアの花とネテスの芽を」
言われた通り薬籠の中から青色の花と小さな黄色い植物の芽を取り出してエルヴィスへと手渡す。解毒剤として広く知られている薬の材料だった。慣れた手つきで調合した薬を水に溶いて患者の口元へ添える。
「さあ、これを飲んで」
「……うう」
ゆっくりと喉が動いて女が薬を飲みほした。しかし効果はうすく、少し呼吸が落ち着いたようには見えるが症状は治まっていない。
「……」
エルヴィスは少し押し黙って、いつも身に着けている腰の袋へ手を伸ばした。しゅるりと紐を解くと、中から淡い金色の光をまとう丸い粒が転がりでてくる。見たことのない物だった。エルヴィスはそれを1粒つまむと、同じ薬を調合し、その上に金の粒を落として混ぜ込んだ。金の粒はさらさらと砕けて金の粉になり、水に溶けばそれは神秘的な光を放つ聖水のようだった。さきほどの物よりもとろみのあるそれを患者に飲ませる。すると効果はすぐに表れ、瞬く間に呼吸は落ち着き顔色は本来の明るさを取り戻した。妻の回復を目の前にした男が安堵に涙を浮かべ頬をゆるめた。
時には近くの森、時には遠くの山へ出掛け薬草や新種の花を見つけては採取し持ち帰り効能について調べている。
エルヴィスの住居でもあり研究所でもある館はいくつも部屋があり、膨大な資料が並ぶ書庫もまたその1つだった。
「あれ…?こんな本、あったっけ…」
書庫の隅の本棚に、古ぼけた厚い本が忘れ去られたように置かれている。装丁は丁寧だが見慣れない物で、表紙には手書きの文字で『薬についての記録』と書かれてあった。それは本というよりも手記に近い。
中には文字と何かのスケッチのようなものが所狭しと詰め込まれていて、全てを読み切るには1日ではとても足りなさそうだ。最後の方のページの隅に、「秘薬」の文字を見つけてフェネリアは手を止めた。
「…!」
秘薬──それは、植物等を使う通常の薬とは異なり、エルフ族の持つ魔力をとある特殊な方法で抽出し作られるという稀有な薬だ。どんな傷や病にも効くとされるが、その効能故に魔力を抽出する方法はエルフ族の中でも限られた者しか知らない。
もちろんフェネリアも知るはずもなく、今まで特に知りたいと思った事もなかったが、目の前にあるかもしれないそれに目が勝手に文字を追おうとする。それをなんとか引きはがして、フェネリアは本を閉じた。今自分が見て良いものではない。本当に知りたいと思ったその時は、この本の持ち主であり館の主であるエルヴィスに教えを乞うのが正しい。そう思った。
その本の事は頭の片隅に残りながらもいつしか気にならなくなってきたある日、フェネリアがいつものように作業をしていると館の扉を荒く叩く音がした。エルヴィスが扉を開くと、そこには男が1人肩で息をしながら立っていた。
「何があった?」
エルヴィスが尋ねると、男は妻が突然倒れて苦しみ出したのだと話した。薬を飲ませても効果がなく、どんどん顔色も悪くなってきてなす術もなくエルヴィスを頼ったのだと。
「エルヴィス様、」
傍らで話を聞いていたフェネリアが顔を上げると、エルヴィスはすぐに頷いた。
「すぐに向かおう。フェネリア、薬籠の用意を」
「はい!」
一通りの薬と器具の詰め込まれた薬籠を持ち、エルヴィスと共に男の家へと急ぐ。男の妻は寝室のベッドに寝かされていた。顔が真っ青で、息が驚くほど荒い。首筋には見たこともないような紫色の斑点がうっすら浮かんでいた。
「これは…」
エルヴィスの顔がこわばった。
「フェネリア、ルーデアの花とネテスの芽を」
言われた通り薬籠の中から青色の花と小さな黄色い植物の芽を取り出してエルヴィスへと手渡す。解毒剤として広く知られている薬の材料だった。慣れた手つきで調合した薬を水に溶いて患者の口元へ添える。
「さあ、これを飲んで」
「……うう」
ゆっくりと喉が動いて女が薬を飲みほした。しかし効果はうすく、少し呼吸が落ち着いたようには見えるが症状は治まっていない。
「……」
エルヴィスは少し押し黙って、いつも身に着けている腰の袋へ手を伸ばした。しゅるりと紐を解くと、中から淡い金色の光をまとう丸い粒が転がりでてくる。見たことのない物だった。エルヴィスはそれを1粒つまむと、同じ薬を調合し、その上に金の粒を落として混ぜ込んだ。金の粒はさらさらと砕けて金の粉になり、水に溶けばそれは神秘的な光を放つ聖水のようだった。さきほどの物よりもとろみのあるそれを患者に飲ませる。すると効果はすぐに表れ、瞬く間に呼吸は落ち着き顔色は本来の明るさを取り戻した。妻の回復を目の前にした男が安堵に涙を浮かべ頬をゆるめた。
0
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる