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第四章

29.新人戦

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「よーし、今日も勝つぞー!」
「おー!」
 いつもなら浮かれているハルに落ち着くよう促しているかもしれないけど、今日は俺もノリノリだ。というのもこの新人戦ではすこぶる調子がよくて、ここまで破竹の勢いで勝ち上がってきているからだ。
「まさか昨日の相手にあそこまであっさり勝てるなんてな」
「そんなに強いペアだったの?」
「うーん、強いってわけじゃないけどそこそこの実力はあったと思うぜ。打ってて感じたからな。でもそれ以上に瞬がタフだったのに驚いたよ。最後は完全に走り勝ちだったな」
「まぁね。合宿で死ぬほどきつい練習したんだもん。あれくらいは当然だよ」
「言うねぇ」
「ヘへッ」
 春の都大会で3年生が引退してから、どの学校もこの新人戦が最初の公式戦になる。特にダブルスはこの時期にまだペアが決まっていないところも多いってハルが言っていたけど、確かにこの破竹の連勝の要因は俺たちペアの連携にある気がする。都大会が終わってからはずっと二人で練習を重ねてきて、最近やっとハルとの連携が形になってきたこともあり、二人で取るポイントも多くなってきた。以前はハル個人の力でポイントを取っていた感じだったけど、今じゃ俺も少しは力になれているのかもな。それはきっとハルも分かってくれていると思う。
「次勝ったら準々決勝だね」
「このまま勝ち続けて優勝しちまうか」
 新人戦は都大会と違って団体戦がなく個人戦だけの大会だ。でも新人戦の結果次第で十一月に行われる選抜戦に出場できるかが決まる。選抜戦は全国へつながる数少ない大会のうちの一つだ。ハルもいつも以上に気合いが入っている。だからこの新人戦は選抜戦に出場するためにもとても重要な大会だ。ポイントの加算される対象がシングルスだけっていうのが残念だけど、シングルスでもなるべく多く勝ち進んでたくさんのポイントを獲得してみせる。
 選抜戦に関しては去年あと一歩のところで出場機会を逃してしまったから、今年こそはと特に2年生を中心に部内でそんな気迫が流れているのを感じる。いい雰囲気だ。でもまずは――
 場内アナウンスで俺たちの名前が呼ばれ、指定されたコートに入る。相手ペアとコート中央に集まり、ラケットをコマのように回してサービス権を決める。サーブは相手からになった。
「ザ・ベスト・オブ・1セットマッチ――」
 まずはリターンゲーム。ブレークできなかったとしても、とにかく粘る姿勢は貫いて次のゲームにつながるプレーがしたい。
 ダブルスのリターンには制約がある。シングルスの場合は一人が両サイドのリターンをすればいいんだけど、ダブルスの場合はペアでサイドを固定しなければならない。ハルとペアを組む時、俺はいつもデュースサイドを担当している。金子先輩とペアを組んでいた時もそうだったからやりやすい。
 相手がサーブを打ってきた。スピードはそこそこ速い。でも返せない球じゃない。俺がリターンを返すと、相手は次に際どいコースを攻めてきた。体勢を少し崩される。でもこういう時は一旦ロブで逃げると決めている。時間を稼いで次の返球に備えて体勢を整える。よし。そこからなんとか粘り、カウンターで俺たちのポイントにすることができた。さっきのロブが活きた。
 それにロブは逃げるためだけに使うものじゃない。相手のペースを崩したい時やこっちから仕掛ける時にだって使う。都大会での最後の試合でこそ攻めるロブがミスに終わってしまったけど、金子先輩もハルも言ってくれた通りあれは攻めた結果のミスだから今では後悔していない。練習量が足りなかったからあの時は失敗しただけで、これからは百発百中で成功させるために練習を積んでいくだけだ。こういう実践の場でもどんどんチャレンジしていくぞ。
 最近俺たちの調子がいい理由として、後衛での俺の動きが安定してきたことが挙げられると思う。相変わらずパワーで押していくことはできないけど、粘り強くラリーをつないで前衛にいるハルのアシストをしたり、時には相手の前衛の動きを見てストレートを抜いたり、ロブで抜いたりしてポイントを取っていけるようになってきた。
「ゲーム瀬尾・桜庭ペア。ゲームスカウント1―0」
 よっしゃ! 早速ブレークできた。幸先いいぞ。ハルと力強くハイタッチを交わす。次はハルのサービスゲームだ。
 後衛の動きは安定してきたとはいえ、まだ前衛の動きがいまいち分からない。というのも、前衛と後衛とでは動き方やボールへのアプローチ方法が全く違うからだ。前衛には後衛同士のラリーの応酬を見極め、間に割り込んでポイントを奪う技量が求められる。一瞬の判断がものを言う世界。要はラリー中にいつポーチに出るかというタイミングの話だ。まだ俺はそれに慣れていない。
 ハルのサービスゲームだと必ず俺が前衛をやることになるから弱点が顕著に出てしまう。ポーチに出ようか出まいか迷ってネット際で立ち往生することもしばしば。意を決して「出るぞ!」って決めた時に限って――ほら、またストレートを抜かれたりする。自分が後衛の時にストレートを抜いた時は「相手を出し抜いてやったぜ」って思うけど、逆にやられた時は「チクショー!」っていうくらいホントに悔しい。
 幸いハルのサーブは強烈だから、リターンが甘くなった時にはポーチに出てポイントを取ることができるようになってきた。でも更に上の世界へ行けばハルのサーブだって普通に返されることはあるだろうし、もっと速いラリーの展開になることだってあるだろうから、俺の前衛の動きはこれからもっともっとレベルアップさせていかなくてはいけない。
「なにかポーチのコツってないの?」ってハルに聞いても、「『おっ! 今いける!』ってビビってくる瞬間があるんだよ」って言われるだけ。全くもって聞く相手を間違えたって思うけど、タイミングの話である以上こればかりは感覚で掴んでいくしかないと俺も思っている。当面の課題だ。
「ゲーム瀬尾・桜庭ペア。ゲームスカウント2―0」
 だから少しでも参考にしようと思って、俺が後衛の時には前衛にいるハルの動きをよく見ておこうと思うけど、ボールにも集中しなきゃいけないから中々じっくりとは見られない。それでいて気づいた時にはハルがポイントを決めてしまっている。――ほらね、今みたいに。またハルの動き見れなかった。
 俺が思うにプレーを参考にするのは身近な人がいい。テレビでやっているプロの試合――この前録画した全米オープンの試合とか――は見ていて楽しいけど、明らかに次元が違うから真似しようとしてもあまり参考にはならない。でも身近な人ならプレーを近くで細かく見れるし、「今のどうやって打ったの?」って詳しく聞くこともできる。自分の糧になるのは間違いない。少し億劫だけど今度山之辺や川口にもアドバイスもらいに行こう。
「ゲーム瀬尾・桜庭ペア。ゲームスカウント3―0」
 それと重要な課題はもう一つある。サーブだ。次は俺のサービスゲーム。上手くキープできればいいんだけど……
 ベンチに戻って水分補給。それから深呼吸、深呼吸。
「リードしてるし、気楽にいこうぜ」
 ポンポンと俺の肩を叩きながらハルは言う。
「うん」
 ハルに叩かれて肩に力が入っていたことに気づいた。どうやら少し硬くなっていたみたいだ。ひとまず肩の力を抜いていこう。……よし!
 ハルがニコッと笑って顔の高さに手を挙げた。俺が力強く叩くとパンッといい音がした。手のひらに残る微かな痛みをギュッと握り締める。
 ベースラインに立ってから一つ深呼吸をする。それから、ポン、ポン、ポン、と地面に三回ボールをつき、狙いのセンターを一度確認してからトスを上げた。
「アッ!」
 打った瞬間に少し声が漏れた。よしっ、センター入った! でもサーブスピードが遅い分、簡単に追いつかれてクロスに返される。でもそれはハルが読んでいたみたいでポーチに出て決めてしまった。
 ハルがニコニコしながら俺に近づいてきた。
「ナイッサー、瞬!」
 パンッ!
「うん。でもいいコース行ったと思ったのにあんな簡単に追いつかれるとは思わなかったよ。やっぱりハルみたいに速くて際どいコースを突くサーブは難しいね。コースを重視すればスピードが落ちちゃうし、スピードを重視すればコースが甘くなる」
「そうだなぁ。でもまずは今みたいにコースを狙って打った方がいいと思うぜ。その方が俺もポーチに出やすいし、今だってポイントにつながったじゃん。ほら、次も頼むぜ」
「うん」
 ベースラインに戻る。深呼吸をし、ボールを三回つく。次の狙いであるワイドを確認し、トスを上げた。
「フォルト」
 少しオーバー。気を取り直してもう一度深呼吸。ボールを三回つく。コースを確認し、トスを上げた。セカンドサーブだから入れにいった分、スピードも遅いしコースも甘く入ってしまった。相手のリターナーはそれを狙って攻めてきた。これには前衛のハルもポーチに出ることはできず、俺の返球もかろうじて返しただけの甘いボールになってしまった。そこを相手の前衛にボレーで決められた。
「ゴメン、サーブ甘くなった。次はファースト絶対入れる」
「おう! 任せた」
 サーブ。試合中、唯一自分のペースで始められるプレー。でも同時にコート内外の視線を一心に集め、サービスキープが前提というテニスのセオリーがプレッシャーとして重くのしかかってくる。
 ダブルスではサーブがいいところに決まれば高い確率でポイントを奪うことができる。シングルスと違って前衛がいるから、甘く返ってきたリターンはボレーやスマッシュで決めることができる。逆にサーブの威力が弱かったりコースが甘いと途端に攻め込まれる。今みたいにセカンドサーブになるとそういう場面は増える。都大会でも嫌というほど経験した。
 だから大会を勝ち進んで上位に食い込んでいくためにはサーブの強化が絶対条件だ。もちろんそのためには筋トレも必要だと思うけど、俺とほぼ同じ体格のハルがあんなに強烈なサーブを打っているんだから俺も無理じゃないはず。多分体の使い方とか、腕のしならせ方とか、そういう問題が大きいんだと思う。サーブ側が有利になるダブルスにおいて、簡単にブレークを許しているようでは話にならない。だからこれも当面の課題だ。がんばらないと。
「ゲーム豊中・三田ペア。ゲームスカウント1―3」
 結局俺のサービスゲームはブレークされてしまった。ファーストサーブが入った時こそ高い確率でポイントできていたけど、セカンドサーブになると途端に威力も精度も落ちて相手につけ込まれてしまう。原因は分かっている。ダブルフォルトをしないように、とにかく入れにいくサーブを打ってしまっているからだ。それじゃ威力も精度も落ちて相手につけ込まれる格好の的だ。
 ハルはセカンドサーブでもしっかりとスピンをかけて、コースを突いていくような攻めるサーブを打つ。でも俺にはまだそこまでの自信がない。ダブルフォルトをしてしまうんじゃないかっていう恐怖心の方が強いから。「セカンドこそ自信を持って振れ」って前にハルから言われたことがあったけど、きっとそういうところなんだろうな。自分に打ち克ってなんぼか。テニスって難しい。
「ドンマイドンマイ。まぁサーブは帰ったら特訓だな」
「うん。お願いしたい」
 ホントに、頼む。
「それより今は次のリターンゲームに集中だな。今の俺たちはサービスゲームよりもリターンゲームの方が調子いい。次もブレークして、相手に流れなんて渡さねぇぞ」
「うん!」
 パンッ!
 そうだ。前の悪いプレーを引きずったまま次のゲームを戦うのはよくない。切り替えだ、切り替え。
 俺はハルみたいに強烈なサーブや巧みなボレーができるわけじゃない。だから自分にできることから少しずつやっていくしかない。俺にできることといえば、粘り強くラリーを続けることだけだ。ラリーなら負けないぞ。後衛からリズムをつくっていくんだ。
 気合いを入れ直してリターンに立った。
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