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第四章

30.遭遇

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「――というわけで男子、段ボール集めよろしくね」
 一週間後に迫った学園祭に向けて、休み時間や放課後を利用しクラスで一致団結して準備に取りかかる。
「ホント女子って勝手だよな」
「人遣いも荒いし」
「自分たちは試作品のお菓子づくりだって威張ってやがるし」
 一致団結……しているはず。
「まぁまぁ」
 間を取り持つクラス委員の高橋を見て大変だなと同情する。
 カフェの装飾に段ボールが必要だからと女子から取ってくるように頼まれた。ただ模擬店をやるにしても出し物をやるにしても舞台をやるにしても、ほとんどのクラスが装飾や看板に段ボールを使いたがるから学校にあるものだけじゃ到底足りず、校外のスーパーや本屋さんなどから調達して来なければならない。まぁ言ってみれば面倒で体力のいる仕事だ。それを相談もなしに女子から押しつけられた形になったもんだから男子どもが文句を垂れ流しているってわけ。
 高橋も困っているみたいだし、俺は去年も取りに行ったけどそこまで嫌じゃなかったから協力は惜しまないつもりだ。それに登下校以外で制服を着て学校の外を出歩くのってなんだかワクワクするし。
「俺行ってもいいぞー」
 パァ、っと高橋の顔が輝いた。そんなに嬉しそうな顔してくれるなら名乗り出たかいがあったってもんだ。
「ホントに? ありがとう瞬! 助かるよ」
「他ならぬ高橋の頼みとあらば行くしかねぇだろ」
 高橋は俺の手をギュッと握り、少女漫画ばりのキラキラした目で見つめてきた。
「分かった。分かったから離せって」
 無理やりほどこうとするけど野球部の握力は半端じゃなかった。
「この恩は一生忘れないよ」
 この恩て、そんな大したことじゃないだろう。大げさだな。
「じゃ、じゃあ一回この手を放してくれ。お前握力強すぎて痛いわ」
「おぉ、それは失礼」
 やっと解放してくれた。手をブラブラさせて白くなった指先まで血を渡らせる。
「まぁ今年もお前と取りに行きたかったっていうのが本音だけどな」
「すまんな。クラス委員が教室を離れるわけにはいかなくて」
「分かってるって。その代わり――」
 窓際で暇そうにくっちゃべっていたヤツの腕を取る。
「コイツ借りてくわ」
 太一は「なになに?」と状況が掴めずオドオドしている。
「なんだか分かんねぇけど、南、お前も来いよ」
 そう言うと太一は俺と同じく有無を言わさない感じで南の腕を取った。俺が太一の、太一が南の腕を掴んで連結した形になったのがおかしかった。
「じゃあ行ってくる」
 そのまま太一の腕を引っ張って――必然的に南も引っ張られて――学校を出た。まずは状況把握をできていない太一と南に段ボールを取りに行くことを説明した。
「そういうことか。じゃあいっぱい持って帰ってやろうぜ」
 よかった。やる気になってくれたみたいだ。
「でもどこに取りに行くのさ?」
 近くのお店はもう他のクラスに取られてしまって余っていないかもしれない。
「ふふふ。それにはちょっと心当たりがあるんだ。まぁ着いてきてよ」
 二人を先導する形で歩くことになった。
「まさか今年も同じ出し物することになるとは思わなかったな」
「そうだね」
 太一と南が少し残念そうな顔をした。確かに去年の学園祭でも二人のクラスは執事・メイドカフェをやっていた。想像以上に似合っていた二人の執事姿は今でも覚えている。その評判が結構よかったこともあって、俺たちのクラスは最終的に執事・メイドカフェをやることになった。まぁ同じ出し物をやることになった二人からすれば退屈かもしれないけど。
「それにしても瞬たちすげぇよな」
 空を見上げながら感慨深げに南が言った。
「なにが?」
「新人戦だよ。新人戦」
「あぁ」
「『あぁ』って。ベスト8だぞ! エ・イ・ト! もっと喜んだっていいだろうに」
「ちゃんと喜んでるって。嬉しいよ」
「ホントかぁ? 瞬って悔しい感情はあれだけ曝け出すのに、喜びの感情はあまり出さないんだな」
 そんなことはないと思うけどな。確かに都大会での敗戦はショックだったけど、新人戦の結果についてはホントに嬉しく思っている。まさかベスト8まで行けるとは思ってもみなかったから。全国を目指しているヤツがベスト8ごときで喜んじゃいけないんだろうけど、でも今までの成績からしたら考えられないくらいの結果だったからやっぱり嬉しかった。
「あーあ。同じ時期にテニス始めたヤツがもう手の届かないところまで行っちまったなぁ」
「それを言うなら、ついこの間テニス始めたヤツがもう俺より先に行っちまったんだぜ。まったく気が滅入るぜ」
「ちょっと、二人ともやめてよ」
 焦る俺を見て二人は笑っている。
「冗談だよ。でも瞬の努力を一番近くで見てきた俺たちからすれば当たり前の結果だけどな」
「……そんなことないよ」
 俺の言い方がネガティブすぎたせいか、二人は困ったように目を合わせた。
「あっ、いや。その……正直今の俺にとっちゃベスト8なんて奇跡みたいなもんだよ。自分でもできすぎだって思うほどにね」
 確かに大会中の調子はよかった。それもすこぶる。俺が後衛でハルが前衛の形の時なんてほとんどポイント落とさなかったんじゃないかな。
「多分山がよかったこともあっただろうし、ハルも言ってたけど、どの学校も新チームが始動して最初の大会だったからペアも即席で組まされたなんてところもあったりして、まだペアの連携が上手く取れていなかったんじゃないかな。そういう面ではずっと一緒に練習してきた俺たちの方に分があったんだと思う」
「ダブルスじゃペアの息の合った連携プレーが絶対的な生命線だからな。確かにお前ら二人はいいペアだと思うぞ。息も合ってるし、なにより一球一球楽しそうにプレーするもんなぁ。見ているこっちまで楽しくなってくるよ」
「ありがとう」
 南に褒められた。いつも冷静に周囲を見ている南から褒められるのは誰に褒められるよりも嬉しい。
「でも前衛の動きはホントにダメでさ。『ここだ!』って思って出たポーチでミスしたり、ストレート抜かれたりしたよ。そのくせ速いラリーの時なんて怖くて間に割って入ろうにもできないし、サービスゲームだってまだキープ率50パー切ってるし……」
 はぁ、と溜め息をつく。自分で自分の弱点を並べただけでも、まだまだ未熟な点がこんなにあるんだってホント嫌になる。同時にここまで勝ち進めたのはやっぱりハルの力が大きかったんだって否応なしに言われているみたいで、足を引っ張ってしまっていて申し訳ない気持ちになる。ここから先のステージへ行けるかどうかは俺の成長にかかっているんだ。プレッシャーは大きいけど、絶対に行ってみせる。
「瞬ってホント上昇志向が強いよな。俺もがんばらないとなぁ。俺の敵は外っていうより内にいるからな」
「土門のことか?」
「あぁ。土門には、アイツにだけはぜってぇ負けたくねぇ!」
 南は右手でつくった拳を左の手のひらに打ちつけて敵意剥き出しって感じだ。おー怖い怖い。土門のこととなるとホント南は怖くなる。まるで心の中にもう一人、悪魔のような南がいて、ソイツに体を乗っ取られているような感じ。いつもの冷静な南は影も形もない。
「今までの対戦成績はどうなんだよ? 定例戦も含めて何度かやったんだろ?」
「……三戦……全敗」
 ガクッ、と首を折りうなだれる南。問いかけた太一は気まずそうに俺を見てきたけど、俺も苦笑いしかできなかった。でもすぐに南は前へ向き直った。
「いいんだ。今までは負けてばかりだったけど、これから少しずつ勝ち星を増やしていけば。そして来年の都大会には俺が出る!」
「その気合いはいいけど、俺とのダブルスも忘れんなよ」
 もちろん、と答えた南に太一は嬉しそうに笑った。
「でもよ、今回の新人戦でうちのメンバーいいところまで行ったヤツら多いから、ひょっとすると今年は念願の選抜戦に出られるんじゃないか?」
 選抜戦――東京都選抜高等学校テニス大会――は先の新人戦の結果によって、優勝110ポイント、準優勝90ポイント……というように上位からポイントが振り分けられていき、総保有ポイント数の多い上位十六校のみに出場権が与えられる、その名の通り〝選抜された〟学校同士で競う大会だ。都の選抜戦を勝ち上がると次は関東、その次は全国と続いていく。夏のインターハイや冬の私学大会と並んで全国まで続く大会だ。
「なんといっても堂上が準優勝したのが大きいな。アイツは本物のバケモノだよ」
「でも南だってベスト32に残ったじゃないか。土門だって16に入ってたし」
「これだけの順位に食い込んでいればもう出場は間違いないだろう。まぁダブルスの結果が反映されないのがうちとしては惜しいけどな」
 その通り。ポイントの振り分けにはシングルスの結果のみが反映される。残念ながらダブルスの結果は反映されないのだ。ガックシ。
「戦国時代って言われるほど今はどこの学校も強いからな。ポイントが分散しちまうから上位十六校に選ばれるだけでも狭き門だよ。去年うちは僅差で出場を逃したからな」
「先輩たちの雪辱を一つは晴らせたな」
「まぁまだ決まったわけじゃない。皮算用はやめておこう」
 さすが南。冷静沈着だ。
 そうこうしているうちに目的地が見えてきた。入り口にでかでかと『スーパーあおい』の看板が掲げられている。学校から見て校門とは正反対の方向にある『あおい』は繁華街の方からも少し外れていて、生徒たちが段ボールを求めて探し歩くお店のリストには載っていない穴場なのだ。少し遠いけど。去年もここで大量に段ボールをもらってお世話になった。
「すいませーん!」
「あいよー!」
 威勢のいい返事の後にエプロンをしたおじさんが奥から出てきた。
「おっ、吹野崎の生徒さんじゃないか。今日はどうしたんだい? 学校のお遣いかい?」
「いえ。学園祭で使う段ボールをもらいに来たんですけど、もし余っていたら――」
「あぁ、学園祭ね! もうそんな時期か。早いなぁ。……あぁ段ボールだったね。いっぱいあるから好きなだけ持っていくといいよ」
 そう言っておじさんはゴミ捨て場まで俺たちを案内してくれた。
「うわー! 大量だ!」
 段ボールの海を見て太一が嬉しそうにダイブした。でも思ったよりクッション性がなかったみたいで、打ちつけた胸を抑えながら弱々しく立ち上がる。
「バカなことやってないで、持てるだけ持ってさっさと帰るぞ」
 三人とも両手に抱えられるだけの段ボールを持った。これがまた重いのなんの。それでもクラスのためだとなるべく多くの段ボールを抱え、おじさんにお礼を言ってから『あおい』を後にした。
「これだけあれば足りるだろ」
「余ったら他のクラスに売りつけようぜ」
「それじゃどのクラスも欲しがらねぇよ」
 太一の案は南にバッサリ切られた。
 それにしてもこの量の段ボールを持って学校まで帰るのはいくらなんでも疲れる。それに前方の視界も持っている段ボールで遮られて見えづらい。誰かとぶつかりでもしたら――
 ドンッ。
 おっと。言っているそばからぶつかってしまった。危ない危ない。幸い向こうの人にもケガはないようだ。
「すいません」
「こちらこそすいま……」
 突然雷に打たれたような衝撃が走った。昔の苦く、惨めな思い出が一瞬にして全身を駆け巡り、体を硬直させる。向こうから名前を呼ばれるまではしばらく言葉が出なかった。
「桜庭……」
「……鈴木……田所」
 同じ制服に同じ色のエナメルバッグ。バッグの表面には英語でFOOTBALL CLUBの文字が書かれている。
「なにしてんだよ、瞬」
 先を歩いていた二人が俺の方を振り返って呼んできた。
「知り合いか?」
 うん、と一瞬答えようとしたけど、コイツらはきっと俺のことなんか知り合いだなんて思ってもいないだろうと思ったからやめた。
「いや……今行く」
 偶然遭ってしまったことは仕方ないけど、ここは知らないふりをしてなにもなかったかのように振る舞った方がお互いのためだ。コイツらだって俺のことは記憶から抹消したいと思っているはずだ。
 俺は二人の元から離れるようにして太一たちの方へ歩みを進めた。
「待ってくれ桜庭!」
 その声に俺は足を止めた。以前のように俺に怒り、軽蔑の念を向けるような言い方ではなく、切に俺に止まってほしいと頼まれたように感じたから。
「お前、今テニスしてるんだろ?」
「……あぁ」
 答えはしたけど目は合わせなかった。目を合わすことが怖かったという方が正しいかもしれない。
「二人はサッカー続けているんだな。西和大付属なんて有名な強豪校じゃん」
「……あぁ」
 去年よっちゃんから二人が毎日練習をがんばっていると聞いたことを思い出す。泥だらけになっているバッグからもそれは伝わってきた。バッグにプリントされている学校名が俺には眩しく見えた。
 沈黙が流れる。
 これ以上太一たちを待たせるわけにもいかない。最後に一言別れを告げて行こう。
「じゃあな。サッカー、がんばれよ」
 返答はなかった。まぁいいか。そう思って行こうとした時だった。
「俺たち、ずっとお前に謝りたかったんだ!」
 背中越しに鈴木の叫ぶ声が聞こえた。俺はその言葉に驚いて即座に振り返った。自然と二人の目を見ていた。
「俺たち、ずっとお前に謝りたかった」
 鈴木は繰り返した。今度は俺の目をしっかりと見ながら。
「……謝りたいって。なんで……」
 あまりの唐突さに俺も返す言葉が見つからない。〝あの試合〟で俺はプレッシャーに負けて最低なプレーをした。そして結果的にチームを敗戦に追いやり、チームメイトみんなの将来を奪った。それで俺はサッカーが怖くなってやめた。全て俺が悪い。
「あの日――」
 鈴木がおもむろに話し始める。俺から一切目を逸らさずに。
「俺たちの最後になった、〝あの試合〟。俺たちは敗戦の原因を全部お前のせいにした。お前はチームのエースだったし、それまでもたくさんのゴールを決めてチームを勝利に導いてきた。俺たちもお前ならゴールを決めてくれると思ってたくさんボールを回した」
 そう。〝あの試合〟だって俺にチャンスの場面は何度も回ってきた。でも俺は負けたら終わりというプレッシャーを自分自身で必要以上に大きくしてしまい、結果それに呑まれてチャンスを全て棒に振ってしまった。なにもすることができなかった。
 俺たちは全国を目指していた。全国に行けば強豪校のスカウトの目にも留まったはずだ。実際うちのチームにはスカウトから声をかけられてもいい選手が何人もいた。鈴木や田所、そして赤井もその一人だった。でも大会で勝ち進まなければスカウトの目には留めてもらえない。〝あの試合〟で負けてしまったことで、俺は自分自身の将来だけでなくチームメイトの将来まで奪ってしまったんだ。
「でもあの日、お前はいつになく不調だった。シュートを打っても打ってもゴールには結びつかない。そのことにお前が焦っていたことは俺たちにだって分かっていた。調子が悪いならチームに頼ればいい。そう思った。でも終盤になっても俺たちにパスをせず、お前が一人だけで果敢にゴールを狙いにいっている姿を見て、『あぁ、俺たちは信用されていないんだな』って思ってしまった。それが悔しかった。その鬱憤晴らしのために、敗戦の責任を全てお前になすりつけてしまった。でも――」
 鈴木の声に急に力がこもった。
「今思えば、それは俺たちがお前にとって信用に値する選手じゃなかったからだって分かる。俺たちはお前に頼りすぎていた。お前に任せておけばゴールを決めてくれる、試合に勝てるって錯覚していたんだ。それで自分たちでゴールを決めにいく姿勢を捨ててしまったどころか練習もおざなりに……。そんなヤツら、誰が信用するかって話だよな」
 二人は肩にかけていたバッグを地面に下ろし、姿勢を正して頭を下げてきた。
「だからゴメン! すまなかった!」
 ゴメン、って。今更そんなこと言われたって……。俺は怒ればいいのか? そんなことないよと慰めればいいのか? 俺はどうしたらいいのか分からないよ……
「それはお前らの身勝手すぎないか!」
 数メートル先にいた太一がいつの間にか俺の隣にまで来ていた。
「他人が口を挟むことじゃないってことは分かってる。でも今の一方的な謝罪を聞いていたら、なんて勝手なんだって思うよ。少しだけど、俺も事情は知ってる。瞬から聞いたからな。その時コイツは全部自分が悪かったような言い方をしていたけど、普段の瞬を見ている俺からすればそんなことはないんじゃないかってずっと思ってた。そして今、お前らが話したことを聞いてようやく腑に落ちた。やっぱり瞬は間違ってなんかいなかった」
 太一は俺の肩を一度優しく叩いてくれた。
「自分たちの力不足を棚に上げて、全国を目指し人一倍努力していたヤツを非難するなんてどうかしている!」
 大声を張り上げた太一には俺が一番驚いた。
「今更謝られたって過去に瞬が受けた苦痛は変わらないし、変えられない。ただ自分たちの罪を軽くしたいだけなんじゃないかって、俺にそうは見えるよ」
 鈴木と田所は太一の大声に一瞬たじろいだ様子だったけど、再び落ち着きを取り戻してから口を開いた。
「その通りだ。俺たちが今更謝ったところで過去は変えられない。桜庭に負わせた傷を消すこともできない。だけど、俺たちも桜庭に謝らなければ次へ進めない気がしていたんだ。そのことがずっと心のどこかに引っかかっていた」
 隣の太一は敵意剥き出しの目つきで二人を睨んでいるけど、話は静かに聞いている。
「ただこれだけは言わせてくれ。お前のお陰で俺たちもこのままじゃダメだと思えたんだ。強豪に行って一から揉まれて、誰に頼るでもなく自分たちの手で全国を目指そうってチャレンジすることに決めた。今はまだ一軍ではないけど、毎日必死にがんばっているよ。ただ赤井は……」
 ――赤井。その名前を聞くと今でも鮮明に思い出す〝あの目〟。試合後、怒りのあまり俺に泣きついてきて、絶対許さないと見据えられた〝あの目〟。その後も俺は〝あの目〟に縛られ、苦しめられた。今でもその呪縛からは解き放たれていないんだと悟る。
「おいっ! 今アイツの話はいいだろ!」
 田所が止めに入った。赤井と俺の確執は二人が一番よく分かっているから、俺の前で赤井の話はしない方がいいと気を遣ってくれているんだろう。でも――
「いいよ。話して」
 自然と言葉を発していた。理由は自分でも分からない。でも俺以上に二人の方が驚いていた。「本当にいいのか?」と探るように俺の目を見てくる二人。俺が瞬きもせずに二人を見続けると、「分かった」というように話し始めた。
「アイツはすげぇよ。スカウト組がレギュラーのほとんどを占めているのに対して、一般入部組の中でアイツだけがそれに食い下がってる。強豪校にありがちなことだけど、スカウト組以外は期待されることなんて少ないし、監督から見向きもされないことがほとんどだ。でもアイツはそんなことにも負けず、毎日毎日なにかに憑りつかれているかのように努力してる。執念がすごい。今は一軍のベンチだけど、そろそろレギュラーの座を掴むんじゃないかって噂にまでなってる」
 西和大付属は何度も全国に出ている常勝校だ。昔、テレビ中継されていた試合は録画までして研究していたくらいだからよく知ってる。中3の時、まだ〝あの試合〟が行われる前、俺は進学先として西和を第一に考えていた。だから西和がどれほど強いチームかはよく分かっているつもりだ。そこでレギュラー。そんなにすごいのか、今のアイツ。いろんな感情を抜きにしても赤井がそこまでやれるヤツだったとは正直驚いた。
「でもアイツ、時々怖いように呟くんだよ。『〝あの試合〟に勝っていたらこんな苦労はせずに済んだのに』って。――勘違いしないで! 桜庭のことを非難してるとか、そういう感じじゃないんだ。俺たちにもアイツの真意は分からない。ただ俺たちとも遠い存在になっちまったってことは事実だけどな」
 フッ、と鈴木は少し寂しそうな笑みを浮かべた。
「それでもさっき言ったように俺たちも諦めない。少しでもアイツに近づいてやるんだって思ってる。だからお前もがんばれよ、テニス。応援してる」
 二人は地面に置いたバッグを再び担ぐと、背を向けて去っていった。残された俺はただ茫然と立ち尽くした。心の隅に追いやっていた過去の記憶を無理やり掘り返され、謝られ、どうしたらいいのか分からずに。それに鈴木はああ言っていたけど、きっと赤井は俺のことを許しちゃいない。
「気にするな。行こう」
 太一に背中を押され学校へと戻った。学校へ戻るなり大量の段ボールにみんな喜んでくれたけど、「遅い! サボってたでしょ」と女子の鋭いツッコミもあった。「いやぁ道に迷ってるおばあちゃんがいてさぁ」と太一がおもしろおかしく誤魔化そうとしてくれたけど、俺はそれに乗る元気がなかった。そんな俺を見た太一が「あんなの気にするなよ。まずは学園祭楽しもうぜ。なっ?」ってまた励ましてくれたけど、俺は「うん」と力なく答えるしかできなかった。
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