潜魔窟物語

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第七章『テマスの闘技場』

第五十三話『ダールの勝者』

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 横殴りの軌道で、ナシャのメイスが唸りを上げてキマーダに迫る。

 そのまま肋骨を砕くかに思われたが、キマーダが後ろに飛び退き革鎧を僅かに掠めただけだった。
 常人であればメイスの重さに負けて身体が泳ぐが、ナシャは強靭な肉体でメイスを止め、キマーダの顔面目掛けて突くように振った。

 これを上体を反らせて避けるキマーダをナシャは小盾で殴りつけようとするも、素早く身を屈めて避けられた。

 次の瞬間、キマーダは全身のバネを躍動させ、疾風の如き速さで下方から両手の短剣を交差させるように突き上げた。

 並の闘士であれば、簡単に首を切り裂いているところだが、キマーダは、ナシャであれば身を反らして回避するだろうと考えていた。

 だが、ナシャは、メイスの柄で首を守るようにしながら、身を屈めるようにしてキマーダに突っ込んできた。

 完全に想定外の動きで虚を突かれたキマーダは、思わず少し後ずさりして立ち上がった。


「ぐっ!」
 攻撃を回避してから身を翻して立ち上がったナシャを、キマーダが右肩を押さえながら鋭い目で睨んだ。

「……そう言うことか」
 キマーダの様子と僅かに感じる麻痺毒匂いで、ナシャはハーシマからの伝言が罠の回避を意図したものだと察した。

 全身の動きが麻痺毒により強張るのをこらえ、必死の抵抗を試みようとするキマーダであったが、ナシャはあっさりと短剣を叩き落とし、抵抗すら困難になった。

「降伏しろ、お前の命を奪うことに興味はない」
 ナシャがキマーダの目の前にメイスを突き付け、敗北を認めるように勧めた。

「殺せ、さもなくばお前を必ず殺す。お前の連れも必ず殺す」
 キマーダが憎悪の眼差しでナシャを見つめた。
 その様子を見て呆れたように失笑したナシャが、一瞬、視線を評議員に向けた。

 次の瞬間、奥歯に仕込んでいた毒針をナシャに吐きつけたが、警戒を解いていなかったナシャはヒラリと避けると小盾で顔面を殴った。

 殴られた衝撃でふっ飛び、顎が外れ目元周辺の骨が折れ、キマーダはあまりの痛みにもんどりを打った。
 ナシャはもがくキマーダに近寄り、抵抗を防ぐために右手を踏みつけつつキマーダに語りかけた。

「殺せるようなら殺してみるがいい。私は何度でも貴様を返り討ちにしてやろう。だが、仲間を傷つけようとしたら私は貴様を殺す……必ずな」
 キマーダはナシャから放たれた殺意に怯え、敗北を認めた。


 それを見て「今回のダールの勝者は、ナシャ・オスロ!」と宣告を受け、観客の怒号と悲鳴、そして一部からの祝福の声を背に、ナシャはうやうやしく評議員達へと一礼した。



 ナシャは、不殺かつ五体満足での評議員ダールの勝利という快挙を成し遂げた。



「さすが、にぃちゃんだ」
 手が痛くなるほどの勢いで祝福の拍手を送るハーシマの隣に、音もなくウルが戻ってきた。

「う、ウルさん!ナシャさんが、か、勝ちました!」
 ハーシマが興奮のあまり顔を紅潮させウルの手を取りピョンピョンと跳び跳ねた。

「にぃちゃんの実力は、ダールでも抜きん出ていたからな、勝って当然だ。大事なのは勝つことで自信を取り戻すことだからな」
 ウルは、今のナシャに最も必要なことを見抜いていた。
 だからこそ、ダールへの出場を勧めたのだった。

「と、ところで、どど、どういう意味だったんですか?」
 ハーシマはまだウルの伝言の意味がわからなかったので聞いてみた。

「にぃちゃんの相手は暗殺者でな、人の耳には聞こえない特殊な笛で合図すると、別の暗殺者に背後から毒針を撃たれる作戦だったのよ。俺は
 、その笛の音を感じることができるし、毒針を当てるための動きも知ってたから、助言できたのよ」
 ウル自身、暗殺者としての訓練を受け、育てられた過去があるからこそ、今回の罠を察知することができたのだった。


 はしゃぐハーシマとどこか冷静なウルの姿を観客席に見たナシャは、礼の意味も込めて、2人に向けて手を振った。

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